予備隊
ティロとセラスの夜の個人特訓は続いていた。昼間の稽古でティロは精鋭たちそれぞれと手合わせをしていたため、セラスと集中して稽古が出来るのが夜間のみというところもあった。
「ところでお前さ、まずどうして剣をやりたいなんて思ったんだ? 家族の反対とかなかったのか?」
稽古の合間にティロが尋ねると、セラスは胸を張って答える。
「うちは代々続く名門なんです、私の上に兄が4人、待望の女の子だったというわけです」
「そりゃますます剣とは程遠くなりそうなもんじゃないか?」
「逆ですよ。男しかいないから物心ついた頃から男の世界で育ってしまって、私も剣技をやるものだと思い込んでいたんです」
「なるほどなぁ、それでもよく女の子に剣持たせたよな」
感心したようにティロが溢す。セラスの態度が多少柔らかくなっていることには気付いていないようだった。
「全くですよ。兄たちも最初は子供だと思って真似ごとをさせるだけのつもりだったらしいんですけど……気がつけば下の兄2人には勝てるようになっていまして。特別に稽古に参加させてもらうことになったのが6歳で、それからずっと稽古を続けています」
「そりゃ並の野郎になら軽く勝てるだろうな」
ティロは6歳の妹に負けた兄たちのことを考えると居たたまれない気分になった。
「ところで、あなたは何故剣士に?」
「そうだな……成り行きだな。特に理由はない」
「理由もなくそこまで上達するものなんですか?」
セラスの問いに、ティロが一瞬悲しそうな顔をしたのをセラスは見逃さなかった。
「……聞きたい?」
「配慮の必要のない範囲で、できれば」
セラスの返答に、ティロは覚悟を決めたように話し始めた。
「リィア軍には特務って呼ばれてる表では出来ない仕事をやってる機関がある。そこは特殊なところでさ、特別な訓練をしている上に才能のある奴じゃないと務まらない。そんで、そこへ放り込むために身寄りのない子供を集めて訓練しているところがある。そこが通称特務予備隊。俺はそこで剣技を覚えたんだ」
セラスもリィア軍の特務の存在は知っていた。元々は国家を否定する革命主義者を取り締まるための諜報機関で、かつては国内の革命主義者を次々と捉えては粛正していったという話は聞いたことがあった。しかし、その下に予備隊と呼ばれる組織があったのは初耳だった。
「今思えばなかなか酷いところだった。死んでも誰も困らないような孤児ばかり集めて、適性がないと見ると次の日にはもうどこかへ連れて行かれている。そうでなくても気を抜くと訓練で死ぬ奴もまあまあいた。隣で一緒に訓練していた奴が、次の日にはいなくなってる、死んでるなんて日常茶飯事だ」
思ったより重たい話にセラスは戸惑った。
「訓練で死ぬって……例えばどんな訓練だったんですか!?」
「要は諜報員にするわけだからな。高いところに登らせるとか、毒の味を覚えるとか、山の中に置き去りにされて自力で戻ってくるとか、いろいろやらされた。多かったのは転落死とか、溺死だな。俺も泳ぐのは好きじゃないが、死にたくないから必死で泳いだ。出来ればもう水には入りたくないな……でも今でも大体の壁なら登れる自信はある。昔は建物の4階くらいまでは行けたんだけどな……今は無理かな。せいぜい2階だ」
昔を思い出しながら語るティロの声は淡々としていた。
「じゃあ、剣技もそこで習ったってことですか?」
「まあな。諜報員だからあらゆる戦闘術は文字通り叩き込まれる。狭いところで戦闘することも前提にした体術だの投擲術だの、一応銃の扱いも習っている。俺の本業は剣技だけど、その気になれば素手でも十分戦えるぜ」
「そうなんですか……って、さっき身寄りのない子供って言いませんでした?」
セラスが気まずそうに尋ねる。
「そうだけど、どうした?」
「つまり、その……」
ティロはセラスがはっきり言えないでいることを察した。
「……ああ。シェールの奴には言ったが、俺は災禍孤児だ。災禍は聞いたことあるだろう?」
「災禍孤児、ですか……」
セラスも災禍については知っていた。その惨状がどういうものかは詳しくは知らなかったが、大勢の犠牲者が出た酷いものであるということだけは学んでいた。
「別にリィアでは珍しくも何ともないぞ。エディア領に行けば災禍孤児だけじゃなくて子供を亡くした親だって大勢いるし、ビスキなんか未だに内戦で孤児だらけ。今のオルド領も多分、そんな感じなんじゃないか」
「何でそんな他人事みたいに言うんですか?」
気の毒な話を抑揚なく淡々と語るティロにセラスは腹が立った。
「そんなもん、他人の気持ちなんて当事者以外だれもわからないんだから考えるだけ無駄だろ。事実は、親も保護する者も誰もいなくて軍に使い捨てにされても文句も言えない奴らがいる。それだけだ」
どきりとするほどの正論にセラスは腹を立てた自分が情けなくなった。当事者であるティロ自身がどんな気持ちで今の話をしたのかを考慮しなかった浅はかさが身に染みた。
「ほら、だから嫌なんだよ、俺の話! 絶対こうなるってわかってるんだ!」
沈んだセラスの様子を見て、ティロが模擬刀を持ち直す。
「続きやるぞ続き! こういう湿っぽい気分は手合わせして忘れるに限るんだ。ほら模擬刀持て! 行くぞ!」
必要以上に明るいティロの声に、セラスは慰められているような気になった。ただ、彼が胸の内に何を隠しているのかを積極的に暴こうという気にはなれなくなっていた。