偽造
反乱の決行予定日まで残すところ1ヶ月余りとなった。決行日にはライラの声がかかった各地の反リィア勢力がリィアの首都を一斉に包囲し、現在ダイア・ラコスの息子が跡を継いでいるリィア王家を廃することになっていた。
ライラが発起人として声を掛けて回ってはいたが、この反乱全体のリーダーは首都近郊を中心として長年地下組織を続けてきたクルサ家の現当主、フォンティーア・クルサになっていた。クルサ家はかつての政変で失脚し、フォンティーアはリィア軍によって監視という名目で軟禁されていた。彼女はリィア軍の目を掻い潜り、ラコス家を中心とした現体制の打破を目指しているところであった。
夜になってもランプの明かりが消えないシェールの部屋の扉を叩く者があった。
「相変わらず頑張るねえ」
屋敷の女主人アルデアの従兄弟にしてシェールの後見人であるセリオン・アイルーロスは書き物机の前でため息をついているシェールに声を掛けた。オルド陥落時にシェールがリィア軍から逃れてアイルーロス家に世話になっているのは、全てセリオンの手引きによるものだった。
「俺だってたまには頑張るんだよ」
「そんなに頑張っていると身体が持たないぞ」
「だって他の連中は毎日鍛錬しているんだ。俺だって何かしてないと……」
そう言うシェールの机の脇には多くの書類が積み重なっていた。
「畜生……俺もビスキに行きたい。海で遊んでみたい」
シェールはティロからライラが海岸に遊びに行ったと聞き、クライオの屋敷で黙々と作業をしているのが心底馬鹿らしくなっていた。それに、山岳国のオルドで育ったシェールにとってクライオに来る際に海路を通ってきたとは言え海は珍しいものであった。
「いいのかい? フォーチュン海岸は観光地なんだろう?」
「それがどうかしたのか?」
「家族連れと恋人同士しかいないところだぞ?」
シェールはそんな海岸を想像した。砂浜で仲良く遊ぶ親子に、仲睦まじい恋人たち。海では父親が子供と泳ぎ、陸では母親が子供に土産をねだられている。恋人たちは人目を気にせず寄り添い、親子連れはもっと人目を気にせず仲良くしている。その中に放り込まれることを想像しただけでシェールの背筋に悪寒が走った。
「嫌だ……誰もいない砂浜で遊ぶ」
「無茶言うな」
呆れたセリオンが笑った。
「でも俺だって頑張ったんだから、少しくらい遊んだっていいじゃないか」
「いや、お前はもう十分遊んでいるだろう?」
「それはそれ、これはこれだろう!?」
「わかったわかった……そのうち海にでもどこにでも行けるようになるさ……それにしてもよくやったよな。大人しく金で解決すればいいものを」
セリオンは偽造された通行証の山を見て呟いた。精鋭たちがリィア国内に入るために必要な書類をシェールは偽造していた。ティロに持たせた通行証も、作成途中のものを急遽書き換えて渡したものだった。それなりのところにそれなりの金を渡せば容易に手が入り、しかも偽造にはそれなりの技術が必要だったにも関わらずシェールは全ての通行証の偽造を一人で行っていた。
「いいんだよ、誰かに頼むとそれが弱みになる。自分で出来ることは自分でやる。それに、俺だけ何もしないわけにはいかないじゃないか」
「全く、相変わらず人を信用しないんだから……」
セリオンの苦笑交じりの言葉をシェールは聞き流した。
「そのくせ、あの亡命者には寛容なんだね」
セリオンはそこを不思議に思っていた。基本的に他人を敵だと思うくらい信用していないシェールであったが、この上なく不審な亡命者を仲間に引き入れたことがどうしてもセリオンには解せなかった。
「あいつに関してはライラの頼みだからな。頼まれたことを受けるのはまた別だ。それに、セラスを負かすようなあの剣技の腕でこちらに敵対するようなことになるのもまずい。表面だけでも味方でいてもらいたい」
この数日でシェールはティロの扱いを固めていた。少女を誘拐してきた件は気になるが、それ以外は至って真面目に過ごしている上に剣技の腕に関しては評価せざるを得なかった。
「ただ、これ以上変な真似したら即刻何らかの方法でリィア側に引き渡してやる」
「もう十分変な真似をしていると思うけどね……まあ、やりたいようにやればいいよ」
セリオンは早く休むようにだけ言うと、部屋を出て行った。セリオンの言うとおり今日はもう休もうかとシェールは考えたが、ふとライラのことが気になった。
「そう言えば……ライラは一人で観光地なんかに行って何をしているんだ? 他に同行者でもいるっていうのか?」
ティロの話では、ライラは一人でビスキまで向かったはずだった。ビスキの反リィア勢力のところに顔を出すならまだしも、何故一人で楽しげな観光地へ行くのかシェールには理解できなかった。しかし、ライラと一緒になら海に行くのも悪くないと思ってしまう。
「畜生……やっぱり俺も海に行きたい……」
清書した通行証をきれいに揃えて、シェールは机に突っ伏した。身体は疲れているはずだが、頭の中はいろんな思考が駆け巡ってとてもではないが眠れるものではなかった。
「外の空気を吸いに行こう、吸いに行くだけ」
そう呟くとシェールは立ち上がって外へ飛び出していった。