反旗の理由
ティロがクライオの反リィア組織に亡命してきて3日が経った。昼間は修練場で稽古に参加し、夜はアイルーロスの屋敷でセラスの個人特訓を続けて、その間に監禁しているレリミアの世話をするという生活が定着しつつあった。
「ここには馴染んだか?」
その日の稽古が終わった後、ティロの元にシェールが訪ねてきた。
「んー、まあまあってところだな」
「そうか、それよりも上級騎士はきっぱり辞めてきたんだろうな?」
「いいや、一応今でも俺の身分は上級騎士三等のはずだ」
「はずだ、って、それなら今頃お前はリィアで行方不明になって騒ぎになってるんじゃないのか? これからリィア国内に潜伏するのに尋ね人がいると困るんだが」
シェールはティロの返答に不安になった。
「それなら問題ない。一応俺は長期休暇ってことになってるんだ。最初はライラにくっついてビスキに行こうと思ったんだけどな、いろいろあってこっちの世話になることになったんだ。それに……いや」
「それに?」
何かを言いかけて止めたティロだったが、シェールはそれを聞き漏らさなかった。追求する視線を感じたのか、ティロは渋々続きを語り出した。
「例え俺がいなくなったところで誰も騒いだりしない。今回だって誰にも言わずにリィアを出てきたが、多分俺がいなくなってることに誰も気がついていないだろうさ」
亡命するのに誰かに言づてをする奴などいるものか、というのを飲み込んでシェールは更に気になった点について尋ねた。
「いや、それだけの剣の腕があったら流石に気にされるだろう? 上官とか、同僚とか」
「その辺は、まあ、いろいろ複雑なんだよ」
相変わらずティロは尋ねられることに対しては誠実でなかった。
「そうか、複雑ついでにそろそろ教えて欲しいのだが」
「何を?」
しらを切ろうとするティロにシェールは大きな声を出した。
「何を、じゃないだろ。何なんだあの娘は!?」
精鋭を10人連続で倒した上にセラスまでも圧倒したため、なんとなく言い出せずにここまで触れずに来てしまったが、シェールは流石に縛り上げて箱詰めにしてきた娘を無視することができなくなっていた。
「リィアを裏切るのはわかる、亡命したいのもわかる。しかしな、事前連絡なしに女を縛って亡命する奴は見たことも聞いたこともない! なんだ、何がしたいんだお前は!!」
シェールが言いたいことを一通りまくし立てた後、ティロはしばらく悩んだような顔をしてやっと答えた。
「それな……難しいんだよ、説明するのが」
説明の一切を放棄した返答にシェールは目眩がする思いだった。
「難しかろうが何だろうが説明くらいしろ! ただの人さらいなのかお前は!?」
シェールの剣幕にティロも負けじと反論する。
「そりゃそうなんだけど……俺は悪くないぜ。ちゃんと伝えなかった奴の責任だ。俺はしっかり『人質を連れていくから監禁出来るようにしておいてくれ』と言ったはずだからな」
言いたいことは様々あったが、シェールはとりあえずわずかでも囚われている娘についての情報が引き出せたことでそこを追求することにした。
「それよりも、あの娘は人質なのか?」
ティロは考え込みながら、慎重に言葉を選んでいるように答えた。
「まぁ、な。人質というか、何と言うか……人質という説明が一番適切というか」
「結局何がしたいんだお前は」
人質というからには何かしらの敵対勢力があるのだろうが、その背景がシェールには思いつかなかった。
「正確に言うと、俺の目的は娘じゃない。娘の父親だ。そいつにちょっと個人的な用事があって……」
「個人的な用事で亡命したのか……」
「いや、ちゃんと打倒リィアの意志もあるぞ」
ティロが珍しくしっかり反論する。
「ほう、その根拠は?」
「根拠、か……」
ティロはじっとシェールを覗き込んだ。
「そうだな、あんたはオルド王家の生き残りなんだろ?」
その台詞にシェールが露骨に嫌な顔をした。
「それがどうした?」
「それだけで打倒リィアの理由になるんだろ?」
「……世間一般にはそういうことになるんだろうな」
肯定はしつつ、シェールは歯切れの悪い返事をする。
「それなら俺はエディアで生き残った。それだけでいいだろ」
「生き残ったって……あの災禍をか?」
エディアという言葉を聞いて、シェールは信じがたいものを見るようにティロを見た。
「そうだ。信じるかどうかは任せる」
相変わらずティロの真意はその飄々とした表情からは読み取れなかった。
「なるほどな。相当酷い目にあったのだろう?」
「あぁ、親兄弟含めて全部ぶっ壊されたからな。恨んでも恨み切れるもんじゃない……そうだ」
ティロは何かを思いついたのか、その場から立ち去った。その後ろ姿から「これ以上その話はしたくない」というものをシェールは読み取った。
(エディアは反リィア勢力も立ち上げられないくらい徹底的に破壊されたと聞いていたが……まさか個人で抵抗を試みる者がいるなんて思わないだろうな)
シェールは何も言わないティロの背中に強烈な憎悪と悪意が浮かび上がっているような気がした。
(あの娘の父親が目的と言っていたな。一体奴の過去に何があったんだ?)
気まぐれで少女を誘拐しているわけではないことを理解しつつ、シェールはティロの中に底知れぬどす黒くて冷たいものがあると感じていた。
(話にしか聞いたことはないが、奴の悪意の根底にあの災禍があるとするなら……)
シェールには災禍と少女の誘拐の繋がりがよくわからなかった。ただ、そこから先を話したがらないティロの心境だけはなんとなく理解することが出来た。