いつかどこかの世界【1】
この作品の登場人物たちはやたらと「もしあの時ああだったら」ということを言うので、そんなコンセプトで終章前におまけ話を挿入します。今回は「ジェイドとアルセイドが2人で助かっていたら」というもしもの未来の話です。
オルドの首都は騒然としていた。トリアス山に進軍してきたリィア軍をなかなか追い返すことができず、リィア軍はじりじりとトリアス山を進んできていた。その頃、オルド軍の本部に使者が訪れていた。
「増軍の提案、だと?」
「はい、僕らとしてもオルドを落とされるわけにはいかないのです」
「しかし、いち反リィア組織ごときに国ひとつを援護できる増軍などできるのか?」
「侮ってもらっては困りますね。ご存じありませんか? リィア打倒戦線を」
リィア打倒戦線の使者はまだ若く、それだけでオルド軍の総司令は不信感を顕わにした。
「それほど大きな組織だって言うのか?」
総司令はリィア打倒戦線のことを名前くらいしか知らなかった。
「僕ら自体は大変小さな組織です。しかし、手を組んでいる組織は多いです。大きなところではリィア解放同盟、ビスキ復興同盟も僕らが動けばきっと動きます。ただ何分規模が大きくなるもので、まずこちらの確約を頂いてから兵の調達に入ろうと思いまして」
リィア解放同盟、ビスキ復興同名の名前とその活動は総司令も聞いたことがあった。既に彼らは裏で繋がっているようだった。
「リィア解放同盟か。かつての政敵を討つために組織されたと聞いているが、君らの目的を教えては貰えないか?」
「目的、ですか……港の再興、ですかね」
使者の返答で総司令は彼らの正体とその真の目的を察することになった。そして彼らが目の前に現れたということが、総司令の心を愉快にさせた。
「なるほど……組織が小さい理由、そしてそれだけの組織を動かせる力がある理由、この戦いでオルド軍の味方になると言い出した理由……実に面白い。検討の余地がありそうだ」
総司令は使者の様子を観察した。目的を尋ねた瞬間、彼の様子が変わった。それまでヘラヘラとしているだけの若者だと思っていたが、急に強い殺気のような圧をぶつけられて内心で冷や汗をかいていた。それが彼の潜ってきた道を如実に物語っていた。
「ところで君の名前は?」
「ああ、申し遅れました。僕はリィア打倒戦線のキオンというものです。明日またこちらに来ますので、その際まで詳細なご検討をお願いします」
キオンはそれだけ言うと、すぐさま姿を消した。
「ついに動くか、エディアの生き残りが……」
かつてリィア軍の不意打ちにより滅ぼされたとされてきた国の残党勢力と思われる味方が現れたことで、オルド軍の総司令は勝利を確信していた。
***
城門を出るキオンを追いかけてくる影があった。
「待ってくれ!」
それはオルドの上級騎士の隊服を着た、錆色の髪の男だった。
「何の用ですか?」
「お前、リィア打倒戦線なんだよな?」
「え、ええ……あまり大きな声では言えませんが」
「じゃあさ、デイノ・カランの孫がいるって噂は本当なのか!?」
キオンは明らかに動揺したようだった。
「あ、その……聞いたことは、ありますね……」
「そうか! それならそいつに今度俺と手合わせしようって頼んでくれ!」
急に馴れ馴れしく頼み事をしてきた上級騎士に、キオンはどう対応するか悩んでいるようだった。
「ええ、いきなり何なんですか……このごたごたしているときに」
「いいんだよ、俺は機会を逃さない男なんだ!」
「確かに、あなたがその人と近づくには今がいい機会なんでしょうね……」
「わかっただろう! じゃあよろしくな!」
オルドの上級騎士はそれだけ言うとさっさと立ち去ろうとした。
「待ってください、その前に僕と軽く手合わせしませんか?」
キオンは上級騎士の背中に声を掛けた。
「お前と? なんで?」
「僕に勝てないようだと、その人になんか絶対敵いませんよ」
「それもそうだな……来いよ、お前面白い奴だな」
「あなたも面白い人だって、彼に伝えておきますよ……そう言えば、あなたの名前は何ですか?」
オルドの上級騎士は胸を張って名を名乗った。
「俺はビュート・アルゲイオ。いつか世界を取る男だ」
「アルゲイオ!? あの、アルゲイオ家の……なるほど」
「それじゃ、早速! あっちが修練場だぞ!!」
ほぼ引っ張られるようにキオンは修練場へ連れて行かれた。ビュートが見知らぬ男を連れてきたことで修練場はざわついた。キオンはビュートによって模擬刀を強制的に持たされた。
「じゃあ遠慮なく行くからな」
言うが早いか、ビュートは一気に踏み込んできた。キオンも精一杯対応するが、技術や経験は僅かながらビュートが勝っていた。特にキオンはビュートの繰り出す独特のズレを多用するオルドの型に翻弄されていた。
「やっぱり、エディアの型は速いな」
「いえ、オルドの型も複雑で……」
キオンも必死でビュートの剣を捌いていたが、ビュートもキオンの隙を完全に突くことはできなかった。
2人の手合わせを見ていたオルドの上級騎士たちはため息をついた。そしてオルドで最強なのではないかと名高いビュートに食らいついている若者の正体についてそれぞれがささやき合った。
やがて、最初から押されていたキオンが力尽きたところで勝負が付いた。
「キオン君だっけ? 君もかなり強いじゃないか」
「いえ、僕なんか……」
「そう言えばその孫ってのはどんな奴なんだ? やっぱり強いのか?」
キオンはしどろもどろに答えた。
「実は……彼は既に亡くなってるんです。孫がいるっていうのは、人寄せというか、宣伝みたいなものです」
「そうだったのか……一度手合わせしてみたかったぜ、その孫と!」
ビュートは屈託のない笑顔を向けた。
「それでは、もし作戦が無事終わりましたらまた会いましょう。このままやられっぱなしでは悔しいですから」
「いいぜ、俺は強い奴なら何だって歓迎するからな! そうだな……まずは俺の妹と勝負しろ」
「妹さん、ですか?」
女と勝負しろ、と言われてキオンはきょとんとした。
「そうだ、俺の末の妹なんだが兄妹の中で俺の次に剣技が上手いと来てやがる。びっくりするぞ、お前」
「そうですか……それは楽しそうですね。ご兄弟は他に?」
「俺が長男で、あとは下に男が三人、そして妹の五人だ」
「賑やかそうでいいですね、僕なんか姉が一人だけでしたから。是非皆さんと手合わせ願いたいですね」
キオンはビュート並に剣の腕が立つ女性というのが想像できなかった。
「じゃあ、リィアをぶっ飛ばしてからな!」
ビュートはキオンを元いた城門まで送っていくと、走り去っていった。
「何だったんだろう、あいつ……それにしても強かった。本当に世界を取るんじゃないかな」
キオンはビュートが走り去っていた方をしばらく眺めていた。
「畜生……鍛錬不足か。何が孫だ畜生畜生! いつか絶対ぶっ飛ばしてやるからな、覚えとけビュート・アルゲイオ!」
キオンと名乗った使者――実のデイノ・カランの孫であるジェイド・カラン・エディアは大いに悔しがった。
***
オルド軍から正式に援軍の要請を受けて、ジェイドは地下にある組織の本部へと戻ってきていた。
「それで、オルドの許可はとれたのか?」
「大丈夫だ。こっちの作戦を伝えたら奴らびっくりしてたよ」
本部と言っても特定の場所を指すわけではなく、首謀者を密かに「本部」と呼び習わしていた。
「しかし、トリアス山で挟み撃ちなんて最悪な作戦よく思い浮かんだな」
オルド軍への提案は、反リィア組織で構成した反乱軍をリィア軍の後方に展開し、その間にリィアの首都を同時に叩くというものだった。
「港をぶっ飛ばされるよりマシさ。民間人には多分被害は出ないんだから」
「確かに、仰るとおり」
ジェイドは目の前にいる作戦を発案した青年を見てため息をついた。本部と呼ばれる彼は支援者たちの手により場所を常に変えて暮らしてきた。
「それよりもさ……オルドにすっごい強い上級騎士がいてさ……オルドの剣技すごすぎるよ! しかもオルドでは女も剣技をやるらしいぞ! 俺も負けてられないな!」
興奮しているジェイドを青年は冷ややかな目で見る。
「何? 負けたの?」
「ま、負けてないぞ! ちょっと競り負けたけど、断じて負けてないぞ!」
「負けたんだ」
「だから負けてないってば!」
「まったく、昔から負けず嫌いなんだから……素直に負けを認めることも戦術なんじゃないの?」
「それとこれとは話が別だ! これは男と男の話であってだな!」
喚くジェイドを本部――アルセイド・エディア・ルクスは楽しそうに見つめた。何事か言い訳を並べ立てて満足した彼を見て、アルセイドは遠い目をした。
「もう10年か、あの日から」
「長かったのか、短かったのか」
「わからないけど、ようやくここまでたどり着いた。まずは占領軍をどかさないと始まらない」
あの日、港から脱出したアルセイドとジェイドは市内の火が落ち着くまで避難所にいることを選択した。避難所にも火の粉が襲ってきて、いつ派手に炎上するかわからない状況だった。それでも二人で身を寄せ合って、何とか鎮火まで逃げ続けることができた。
鎮火後、二人はリィア軍の侵攻を知って衝撃を受けたが驚く暇も悲しむ時間もなかった。二人の生存を知ったエディアの兵士たちによって彼らはすぐに匿われ、すぐさま国外へ脱出させられた。支援者たちによって諸外国を渡り歩く中でエディア再興のためにそれぞれが力を付け、2人が成人したときに正式に「リィア打倒戦線」として反リィア組織を立ち上げることができた。
そして、ようやく反撃の機会が巡ってきた。エディア王家の生き残りという切り札を使って各反リィア勢力と密に連絡を取り合い、リィアがオルドと開戦したことで戦力がトリアス山に集中しているところでリィアの首都を叩き、ビスキ及びエディアの占領軍を撤退させる作戦は各反リィア勢力から支持され、実現しようとしていた。
***
深夜、ジェイドは人の目がないことを確認しながらアルセイドを連れて外へ出た。ジェイド以上に常に人目から遠ざけられていたアルセイドはなかなか外へ出ることも叶わなかった。郊外の家の納屋に掘られた地下室から出てきた2人は思い切り外の空気を吸い込んだ。
「今日の月はきれいだよ」
「本当だ、最近こうやって月なんか見ていなかったね」
2人は夜空を見上げてため息をついた。
「いつまで続ければいいんだろうな、こんな生活」
「そうだね、いつまでも地下だの隠れ家だの……もっと広いところに行きたいよ」
アルセイドほどではなかったが、ジェイドもかなり不自由な生活を強いられていた。支援者らによって剣技の鍛錬は続けられていたが、いつリィア軍に捕まるともしれない身の上は彼らの心を疲弊させていた。
「俺がリィアをやっつけたら、好きなだけ連れて行ってやる」
「どこに行こうか?」
「そうだな……海がいいな。二人で海を見て、船を見るんだ」
「それに、こんな夜じゃなくて、明るい昼間のことだろう?」
アルセイドとジェイドが思い描いているのは、幼い頃に2人で見ていた港の風景だった。
「もちろん。出来たら、国も家も全部忘れて、2人だけでゆっくりとな」
「そんな暇あるかな?」
「暇は作るんだよ」
2人は顔を見合わせて笑った。
「でも、君は剣は持っていくんだろう?」
「そうだな、こいつだけは許してくれよ」
ジェイドはアルセイドの隣にいる際は真剣を放さなかった。王家の親衛隊として、彼の命は自分の命に代えても守り抜く覚悟があった。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
「本当にいつまでこんな生活をするのかな」
しばらく月を見上げた後、ジェイドはアルセイドを連れて再び地下室に戻り、その入り口を固く閉ざした。
ここで初出もどうかと思ったのですが、やはり彼と釣り合うのがアルゲイオ家長男だけだったので登場させてしまいました。かなり強烈なキャラクターです。もちろんオルド側の話ではかなり重要な人物です。そして作中のジェイドに剣技だけで対抗できるのはオルド側だと彼とアルゲイオ家父くらいです。なにげにアルゲイオ家やばかったんですね。
基本的に2人で手を取り合って生きてきたというもしもの話なのですが、本編のジェイドは薬中のゴミになっています。
次話、第一部の終章になります。ようやく主人公が本心を出してくれます。
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