此岸彼岸
ジェイドの姉が埋められている場所で、フォルスはジェイドに尋ねたかった最大の疑問をぶつけていた。
「なんでお前を助けたのか……か。何でだったかなあ、よく覚えてないんだよな」
あまりにも不誠実なその言葉にフォルスは言葉を失った。
「ただ、俺はお前が調べ上げたとおりの男だ。それもこれも俺が王族で騎士一家の生まれだってことだけが原因だ。俺自身に何か落ち度があったのかと言われれば、俺は何も思い浮かばない。あまりにも理不尽じゃないか。だから、俺は親だの生まれだので処刑されるべきなんておかしいと思ってる」
フォルスはアルセイド王子のことでジェイドが後悔を抱えていることから自身を助け出したのだと思っていた。そしてそれは同時に自身を再度助けるためなのではとも思い至っていた。しかし、そう考えるとひとつどうしても腑に落ちないことがあった。
「じゃあ、どうしてトライト家の人たちは殺されなきゃいけなかったんですか? ザミテス以外は何も悪いことをしていないのでは?」
フォルスの問いにジェイドは沈黙した。
「そうだな……そう言われると、そうだな……確かにあいつら、何にもしてないんだよな……」
しばらくジェイドは考え込んでいるようだった。
「なあフォルス・リィア・ラコスにとって家族って何だと思う?」
「家族、ですか……?」
「お前の父さん、母さん。兄さんと姉さん。そして、お前の爺さん」
祖父を引き合いに出されて、フォルスはジェイドが何を言おうとしているのか全く理解できなかった。
「確かに俺はお前の爺さんには殺しても殺し足りないくらいの恨みがある。だけど、お前をどうこうしたいとは思わないんだ。でもな、ザミテスは違う。あいつらは……」
そこでジェイドはやはり言葉に詰まった。そして、意を決したように話し出した。
「俺は、されたことをやり返したかった。それだけなんだ」
「よくわからないんですけど……」
「だから言っただろ、俺自身もよくわからないって」
この話題になると、ジェイドは頑なに口を開こうとしなかった。
「もういいです。あと……何で貴方のお姉さんと例の発起人の方の名前が一緒なんですか?」
ジェイドはその質問に明らかに動揺したようだった。
「それな……何でも革命家になるからって、何か名前をつけてくれっていうから……」
「それで、何でそれがお姉さんの名前になるんですか?」
ジェイドと発起人ライラの詳しい関係はわからなかったが、順当に考えれば恋仲を前提にしていたと思われるような関係の女の子に死んだ姉の名前を贈る心境がフォルスには全く理解できなかった。
「……だから本当に下手なんだよ、名前付けるの。他に女の子の名前が思い浮かばなかったんだよ……悪いか……?」
「そう言えば僕らの偽名を考えるときそんなこと言ってましたね……」
フォルスは「名前を考えるのが苦手だから何かいいのを適当に考えてくれ」と言われて、本当に適当に昔飼っていた猫の名前を提案したところ、ジェイドも昔飼っていた犬の名前を提案してきたことを思い出した。
「……わかりました。それじゃあ最後に聞きたいんですけど、貴方はこれからどうしていくつもりですか?」
「さっきも言っただろう。俺はもう姉さんの側を離れたくないし、エディアの海を見れたから後はどうでもいい。俺をトライト家殺しで処刑したいって言うなら大人しくそうされてやるよ。その代わり、俺は姉さんの件とトリアス山の件、ゼノス隊長の嫌疑にリニア・トライトから搾り取った金がどうなったのかとお前の存在を全部ぶちまけるけどな」
ジェイドの声は冷たく、先ほどセラスに言っていた「これから死ぬつもりだ」ということは冗談ではなさそうだった。この廃屋はあまりにも死の匂いが強く、このままここに居続けるのは危険だとフォルスは思った。
「とにかく、こんなところ……って言ったら失礼かも知れないんですけど、あなたはまだ生きているんですから、早くこっち側に帰ってきてください」
「いいんだよ、もう決めたんだ。ずっと帰ってきたかったエディアに帰って来れただけでも嬉しくて仕方ないんだ。だから、俺のことは俺が決める」
「決めるって、何をですか?」
嫌な言葉にフォルスの背筋が寒くなる。
「お前から逃げて、ずっとその場その場で生きてきた。どこかに落ち着いたらなんて思ったこともあったけど、もう落ち着き方なんてすっかり忘れてて、どうすればいいのか全然わからなかった。誰かと深い関係にもなりたくないし、もう誰かを傷つけてまで生きていきたくなかった」
「それなら俺がこの世からいなくなるしかないじゃないか。エディアに帰って来れたからもう未練もないし、後はもう、どうでもいい。このままここで、どうにかなるまで姉さんといたいんだ」
ジェイドはもうフォルスを見ていなかった。姉が埋められた辺りを眺めて、今にもそこへ吸い込まれていってしまいそうな儚さがあった。
「そんな悲しいこと言わないでくださいよ。僕、あなたのこと好きですよ」
「なんでこんな奴のこと好きなんだよ」
フォルスは何とかジェイドを思いとどまらせようとした。
「それは……みんな言ってましたよ。あなたを心配していました。だから帰りましょう、一緒に」
立ち上がって手を差し出すと、ジェイドはようやくフォルスの顔をじっと見た。
「そうか……お前、俺のこと好きなのか」
「好きに決まってるじゃないですか、だからこうやって探しに来たんですよ。もし貴方がまた埋められても、僕が何度でも掘り返しに来ます。だからお願いします、帰ってきてください」
真剣なフォルスの顔に、ジェイドはその手を握り返した。
「わかった、帰ってやるよ。仕方ないな」
「よかった! じゃあ、一度セラスさんのところへ帰りましょう。まだまだ聞きたいことも言いたいこともたくさんあるんですから」
フォルスはジェイドの手を取り、立ち上がらせた。ジェイドは姉の埋まっている場所をじっと眺めた。それから、フォルスに連れられて再びエディアの首都へ戻っていった。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
事件編も残すところ次回のおまけの挿入話と終章のみになりました。
おまけは「もし災禍で彼らが城に戻らなかったら」という話です。
彼らの行く末をどうか見守ってあげてください。
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