他人事
ジェイドが埋められていたという場所に連れてこられたフォルスは、ジェイドに彼自身が何者なのかを改めて尋ねていた。
「ジェイドか……懐かしいな」
その名前を聞いて、ジェイドは姉が埋められているだろう場所を指さした。
「そいつはな、今そこに埋まってるんだ」
「じゃあ、今ここで喋ってるのは誰なんですか?」
「わからない。ただひとつだけ言えるのは、あの日ジェイドは可愛いライラを守ろうとして一緒に殺されたんだ。ジェイドはな、いい奴だったんだ」
フォルスの問いに、ジェイドは他人事のように語り出した。
「カラン家の次期当主って期待されて育ったんだ。早くに母親を亡くして少々甘えん坊で、それでもエディアの未来は僕が守るんだ、父さんと叔父さんみたいに従兄弟のミルザムと一緒に、公開稽古を引き継いで、ミルザムはお父さんと同じく顧問部で、僕は親衛隊で、アルセイドたちを守っていくんだって、無邪気にそう思っていた」
ジェイドの言う従兄弟は、先ほどサロスから聞いた父方の従兄弟のようだった。
「その従兄弟は……?」
「叔父さん一家は全員処刑されたよ。ミルザムはあの日お母さんと妹とはぐれたって探しに行って……きっと会えたんだろうな。俺も姉さんを探しに行かないでアルと一緒にいたら、間違いなく処刑されていた。だから、きっと姉さんが俺を守ってくれたんだって、そう思うことにしている」
「そう思わないと、何も考えられなくなった。何で俺だけ生き残ったんだ、何で俺だけ皆を踏み台にして、生き続けなくちゃいけないんだって、苦しくて悔しくてどうしようもなく皆のところに行きたくなる。そんなことをしたって何にもならないことはよく知ってるけど、とにかくこの苦しみから逃れたくて仕方なかった」
「さっきも言ったが、予備隊に拾ってもらうまで俺は本当に死んだように生きていた。ただ命があるってだけの状態だ。家も家族も名前も尊厳も健康な身体すら全部奪われて、ただ死ぬのだけは本当に嫌だったから一生懸命隠れて生きていた。ビスキにいたのは好都合だった。あそこは酷い子供がいっぱいいたから、それに紛れていれば何とかなった」
「どうしてビスキに?」
ジェイドはその問いには答えず、話を続けた。
「そのうちヘマやって予備隊に入れられて、もう俺はリィアに捕まったからダメだ、ここで死ぬんだってすごく怖かった。そんな俺にリィアは剣を持てって言ってくれたんだ。もう死に損なった身だからな、死んだ気になって徹底的にリィアに尽くしてやるって俺は予備隊でティロとして生きていくことにした。今でも本当のティロには悪かったと思ってる。こんな最低な奴に名前を騙られてるんだからな」
「結局特務には上がれないし、トリアス山で戦果を上げても無視されたどころか山奥へ放り出されて、やっぱり俺なんか本当に価値がないんだと思ってた。そこにゼノス隊長が来てくれて、一度俺を救いあげてくれた。剣しか取り柄のない奴の剣を認めてくれたんだ」
「本当に隊長には恩義しかない。山奥で腐ってた俺の目をしっかり覚まさせてくれて、もう一度剣を取れって言ってくれたんだ。それに答えないとなあって、思ったんだ。だけど、俺の全力を出すってことはエディアの型を使えってことなんだ」
「エディアのことは全部忘れようとした。だけど、やっぱり姉さんと父さんのことだけは絶対忘れたくなかった。ずっと隠れて鍛錬してエディアの型だけは忘れないようにしていたんだ。父さんと爺さんの剣を一生懸命思い出してさ」
「まあ……後はわかるだろう? 隊長はザミテスに蹴落とされて、あいつが筆頭になりやがった。それどころか俺のことを気に掛けるんだか何だか知らないが家に呼ぶようになった。あいつは俺のことを薄汚いキアン姓だと見くびっていた。お前ならわかるだろう? たかだか上級騎士隊筆頭の分際で、世が世なら一体何してたんだろうなって俺のことをコケにしやがって。それだけじゃない、あいつは姉さんを殺したんだ。それだけで万死に値する畜生にも劣る奴だ」
「俺はあいつらを殺したことだけは後悔していない。そうしないと、俺が死んでいた。ティロ・キアンも、埋められたはずのジェイドも、本当になかったことにされる気がした。ジェイドは今もあの土の下にいるんだ。姉さんと一緒に、今でも誰にも気付かれないで……」
フォルスは上級騎士時代のジェイドが他人を避けていた理由がやっとわかった。彼は何度もジェイドは死んだと言い張っているが、やはり彼はジェイド・カラン・エディアという自意識からは逃れられなかったのではないかと感じていた。
「それで、リィアへの反乱をライラさんを使って企んだというのは?」
フォルスは話を「発起人ライラを使って反乱軍を結集させた」へと変えた。
「これは言っても信じないかもしれないんだが……俺は本気でリィアに楯突くつもりは最初なかった。ただ、リィア軍自体は恨んでも恨みきれないみたいなことは彼女に言った。それだけだ」
「それだけで、こんなことになったんですか!?」
フォルスには俄に信じがたかった。シェールからはあまり事情を聞けないでいたが、発起人ライラが余程ジェイドに入れ込んでいたのか、それともジェイドが発起人ライラに様々な指示を出していたのかという事情を聞けると思ったが、どうにもフォルスが思い描いていた以上によくわからない事情が存在するようだった。
「ああ、それは信じてくれ。俺はそれ以上を画策していない。ちょっとザミテスを殺すのに利用させてもらったりはしたけどな、本当にここまでやるとは思っていなかったんだ。だからお前を助けたのかも知れない」
ジェイドはフォルスをじっと見た。
「そうですね……それじゃ、どうして僕を助けたのかもちゃんと教えてくれますよね? そして置き去りにした理由も」
フォルスはジェイドを見据えて尋ねた。この疑問をぶつけなければ死んでも死にきれないとフォルスは思っていた。




