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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
有明編 第5話 亡霊
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命の恩人

 港の端の展望台で尋ね人であるティロ・キアンことジェイド・カラン・エディアの捕獲に成功したフォルスとセラスは、早速偽名の由来らしきティロ・カルディアについて尋ねたところだった。


「知らないって……じゃあなんでティロだったんですか?」

「そう言われても俺は顔も知らないし、多分そいつが死んでるってことしか知らない」


 ティロ・カルディアとジェイドに本当に接点はなかったことがわかり、フォルスとセラスは顔を見合わせた。


「じゃあどうして?」

「なんて言えばいいのかな……命の恩人、っていうのかな」


 ジェイドは辺りを警戒しながら、ようやく昔の話を始めた。


「俺と姉さんが埋められて、それで俺は何とか穴から這い出して倒れているところを拾ってもらった。命だけあったような感じで、俺は全部を失っていた。家族や親戚は全部死んでるし、ひどい怪我で全身は痛いし、後遺症だったのか声がほとんど出なかった」


「おまけに俺が生きているって知られたらどんな状況でも殺されるのは明らかだった。もう生きているのも嫌だし、だからと言って積極的に死ぬのも苦しそうで嫌だった。死にかけたばかりだったからな」


「放り出された避難所で俺はほとんど死んでた。多分このまま何も口にしなければ静かに楽になるんじゃないかって思って、早く楽になれ楽になれってずっと思ってた。誰も俺のことなんか気にもしなかった。皆自分のことで精一杯だったから、仕方ないよな」


「そしたらさ、突然知らない女の人に肩を掴まれてティロ、ティロなの、って尋ねられたんだ。女の人は俺のことをじっと見て、それで泣いてた。多分自分の子供を探してるんだろうなって思って、それで俺がそいつじゃないってわかって、すごくがっかりしたのかな。俺が可哀想だったのかな。よくわからないけど、俺のこと抱きしめてくれて、しばらく泣いてくれた。それで女の人は多分ティロのお父さんだと思う男の人に連れられて行って……」


「それで俺、すごく申し訳なくなって。あんなに帰りを待ってる親がいるティロって奴が死んで、俺みたいなどうしようもない奴が生き残ったなんて理不尽だなあって強く思って。それでとりあえず生きられるところまで生きておこうか、って思った」


 フォルスとセラスはラティの話を思い出した。おそらく当時のジェイドの背格好がちょうどティロ・カルディアと何となく似ていたのだろうと思った。


「それでティロ、だったんですか……」


 災禍で亡くなった少年が人知れず1人の少年の命を救っていたことにフォルスとセラスは不思議な運命を感じていた。


「まあな。それから予備隊に入れられるまで本当に一人で生きてきた。その辺のことは、本当に思い出したくない。だから予備隊に入れられたとき、リィア軍に入るのは嫌だったけど、本当に救われたと思った。少なくとも死んだはずの俺を人間として認識してくれて、剣まで持たせてもらえたんだ。頑張らないとなあって、一生懸命頑張ったんだ」


 ジェイドはビスキに渡った話をしなかった。フォルスはテレスから聞いていた「出来れば話をするのも避けたいような理由」があるのだろうと思った。


「後はなんとなくわかるだろう。頑張って生きて、死にたくなる気持ちをなんとか誤魔化して自分自身を殺して生きるよう頑張ってきた。それで自棄になって、また死に損なって、未だに死ぬ決心が出来ないでいる。本当にダメな奴なんだよ」

「何でそんなに自分のことを悪く言うんですか! あなたは立派ですよ!」


 自虐に走るジェイドにセラスは大きな声を出した。


「どこが立派なんだよ。こんなクズで、ゴミみたいな人殺しに何ができるんだよ。決めたんだ、俺はこのままここで野垂れ死ぬって。だから何とかしてここまで帰ってきた。もう生きていても俺が迷惑かけた人たちに悪いし、こうやって惨めに死んでいくのが一番なんだと思う。それ以外にもう俺がやれることがないんだよ」


 自虐を通り越した明らかな自死願望にセラスは焦った。


「そんなことないですよ! あなたの剣の腕なら、まだいくらでも必要とされます!」

「剣か……もう俺みたいな奴が持てる剣なんてないだろう」


 その言葉にセラスは衝撃を受けた。到底彼の口から出た言葉とは思えず、セラスの目から思わず涙が零れた。


「なんで、さっきから悪い方悪い方に行くんですか……お願いですから、前を見てください」

「もう何度も前を見ようとした。その度にろくでもないことが起こる。もう俺は疲れたんだ」

「でも……」


 フォルスはセラスを制した。これ以上ジェイドの自虐に付き合うのは危険であると判断して、それ以上にしなければならないことがあることをジェイドに突きつけた。


「その話は後にしましょうか。もうひとつ、あなたには絶対聞かなきゃならないことがあるんですよ。あなたの正体以上に皆が気にしていたこと。トライト家のことと放火の件、そして僕のことです」


 フォルスの剣幕にジェイドは一度目を反らしたが、その後すぐにしっかりとフォルスを見つめた。


「……わかった。話せることは話す。ただし、場所を変えようか」

「どうしてですか?」

「ここは明るすぎる。それに、ここは俺にとって大事な場所だ。人殺しの話なんかここでできない」


 ようやく今までのことを話す決心をしたようだった。


「わかりました。それで、どこに行くんですか?」

「俺が埋まってる場所だよ。それ以外にこの話をする場所が思い浮かばない」


 ジェイドはよろよろと立ち上がると、着いてくるように2人を促した。


「ところで、ここで一体何をしていたんですか?」

「決まってんだろ、海を見てたんだよ。ここは海を見る場所だったんだよ」


 次第に日が傾いていく空を見て、それからジェイドは再び青い海を見つめた。それから何かを呟いたようだったが、フォルスにそれは聞こえなかった。


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