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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
有明編 第5話 亡霊
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誰でもない

 港のはずれの展望台で海に向かって話し続けていたのは、尋ね人であったティロ改めジェイドであった。フォルスとセラスはジェイドの前に姿を現したが、彼はぼんやりとまだ独り言を続けていた。


「ああ、今日はもうダメかもな。キオンと、あとセラスかな。そんな奴らまで見えるようになった。まだ完全にキマってないのに。これはいよいよだな」

「何やってるんですか、こんなところで!!」


 セラスは持っていた警棒で思い切りジェイドを小突いた。


「痛っ! てめえら幻覚のくせに生意気なんだよ!」

「誰が幻覚ですか! 本人です!」


 ようやくフォルスとセラスの存在に気がついたジェイドは2人をまじまじと見つめた。


「本人? なんでこんなところにいるんだよ!?」

「探しに来たんですよ! さあ、一緒に来てもらいますからね!」


 フォルスに腕を掴まれたが、ジェイドはそこから動く気配を見せなかった。


「……どこに行くんだよ?」

「とりあえず、一切合切全部喋って貰いますからね。その後ゆっくり今後のことを話し合いましょうか、ジェイドさん」

「……誰だよそいつは。知らねえよそんな奴」


 かつての名前を呼ばれて一瞬ジェイドは目を見開いたが、あくまでも彼はしらを切るようだった。 


「昔キオンとスキロスを飼っていた男の子ですよ。さっきサロスさんって人に教えてもらったんです。ついでにステラさんっていう王宮の女中筆頭だった方からアルセイドっていう男の子の話も聞いてきたんですけど」


 ジェイドに連なる具体的な名前を出されても、まだ認める気はないようだった。


「だから、何だよ、偶然じゃないのか、そいつは……」

「そのジェイドにはライラっていうお姉さんがいたそうなんですけど」


 その名前を聞いて、いよいよジェイドの瞳から涙が零れた。


「認めますか?」

「……今更何だって言うんだよ。そんな死んだ奴のこと持ち出してくるなよ」

「どうして彼が死んでるってわかるんですか? 知らないんじゃなかったんですか?」


 彼はとうとうジェイドとは無関係であると言い張ることができなくなった。


「認めるんですね?」

「ああ、わかったよ! 畜生、何で今更なんだよ!」

「今更、だからです」


 ジェイドはまだ火のついていた煙草を海へ投げ捨てた。


「なんだよ……どうして見つけるんだよ。こんなゴミみたいな奴放っておけばいいのに。何でお前らみたいな立派な奴が、わざわざこんなところにまで来るんだよ……」

「そういう訳にはいかないんですよ、あと大体のことは調べてきましたからね」

「大体って……お前、どこまで調べたんだよ?」


 ジェイドは過去を調べられたことに対して不信感を顕わにした。


「いろんな人に聞き込んだんです。アルセイド王子を城に残してきてしまったジェイドは姉のライラと逃げる途中でリィア兵に襲われて生き埋めにされたんですよね? その後何故かビスキで強盗を働き、予備隊から特務に上がれず、トリアス山で戦果も挙げられずコール村に左遷された。それから上級騎士になって……」

「ザミテス・トライトとその家族を殺したって言いたいんだろう?」


 フォルスの話を打ち切るようにジェイドが苦々しく呟いた。


「そうですよ! 一体どうして、それに、反乱ですよ! 何なんですか貴方は!?」


 ジェイドは大きなため息をつくと、改めてその場に座り直した。ようやく何かを話す気になったようだった。 


「最初に行っておくが、俺はジェイドじゃないからな」

「さっき認めたじゃないですか、今更何言ってるんですか?」


 いきなり筋の通らないことを言い出したジェイドにフォルスは面食らった。


「大体、そのジェイドって奴はカラン家の次期当主なんだろう? 俺を見てみろよ」


 フォルスとセラスは改めて今のジェイドの姿を見た。あちこちに泥がついた服はぼろぼろで、以前に身繕いをしたのがいつなのかわからないほど汚らしい姿になっていた。あまりにも惨めなその姿は、道端ですれ違ってもわからないくらいに変貌していて、特にセラスはジェイドの変わりように動揺しているようだった。


「こんな奴が次期当主に見えるか?」


 それは彼がかつてのジェイドとして扱って欲しくないという意味だとフォルスは解釈した。


「じゃあ、ティロ・キアンはどこに行ったんですか?」


 セラスが尋ねると、ジェイドはため息をついた。


「ティロかあ……久しぶりに聞いたな。そう言えばティロだったんだよな、俺」


 ジェイドはどこか他人事のように呟いた。


「何言ってるんですか、あなたの名前じゃないですか」

「まあ、そうなんだけど……結局俺、ティロじゃないし」


 まともに話し合うつもりはジェイドになさそうだった。


「今はジェイドでもティロでもないってことは、貴方はレキ・ラブルってことでいいですか?」

「それもなあ、リィアの飼い猫だしなあ。それに俺、もうお前に飼われてないから」


 フォルスへの返答にもジェイドは強い拒絶を見せた。


「じゃあ結局、私たちはあなたを何て呼べばいいんですか?」


 セラスの問いにもジェイドは真面目に答えようとしなかった。


「俺は誰でもない。言ってしまえば、ジェイドの亡霊だ。生きてるんだか死んでるんだか今でもよくわからない。お前らも俺なんかに関わると本当に死んじまうぞ」


 懐から新しい煙草を取り出そうとした手をセラスは掴んだ。そのまま煙草の束を奪ったが、ジェイドは抵抗しなかった。


「何訳のわからないこと言ってるんですか。じゃあ、ティロって何なんですか? 何か由来でもあったんですか?」

「ティロね、ティロ……そいつには申し訳ないことをしたな」


 ジェイドは災禍で亡くなったティロ・カルディアについて思い当たることがあるようだった。


「知ってるんですか、その子について」

「いや、俺は知らない」


 相変わらず的を得ないジェイドとの会話に2人は早速呆れることになった。



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