剣技の実態
ティロの予備隊時代の話を聞いていく中で、シャスタから「ティロは予備隊に入る前にかなり本格的に剣技を習っていたのではないか」という新しい証言が得られそうだった。
「そもそも俺があいつに目を付けたのは、初めて手合わせした時なんだよ。俺は新入りのなんかちっちゃい奴が来たなって思ってビビらせようとしたら、明らかに新入りとは思えない鋭い一撃食らってさ、俺もビビったんだが何故かあいつもビビっててさ……それからは本当に素人みたいな動きしてたからまぐれ当たりなのかって思ったんだ。でもまぐれ当たりにしてもそんな一撃を出すことが出来るって時点で只者じゃないなって思って」
「何で今まで誰にも言わなかったんですか!?」
あまりにも不自然な話にフォルスは思わず声を上げた。
「だって怪しいにも程があるじゃないか。最初の一撃だけ玄人で、その次からはふにゃふにゃした素人って……剣技やってたことを明らかに隠そうとしていた。しかも素人の振りも異様に上手くて……多分俺以外誰も気づいてなかったんじゃないかな。そんな中で俺だけあいつがおかしいって言うのも面倒だったしな」
「確かにすごく怪しいですね……」
「だから最初はどっかの国の特務か訓練された過激派の一派なんじゃないかって思ったくらいでさ。それならしっかり正体を見極めてからって思っててさ、それでロッカー事件があって、これは特務なんてタマじゃねえなって」
シャスタもティロがどこかで訓練された革命孤児である可能性があると思っていたようだった。
「ただ今だから思うんだが……わざと素人の振りをするってかなり難しくないか? 何のためにわざわざそんなことをするのかわからないし、何より相当技量が必要なはずだ。剣技の経験を隠している奴なんか他には一人もいなかった。一体こいつは何考えてるんだって思うと怖くなって、それで余計何も言えなかったな」
シャスタの言うとおり、予備隊に入る前の剣技の経験を隠している子供は他にいなかった。大体は自身の経験を自慢したがっていたが、すぐに上級生の技量に圧倒されることが多かった。
「そう言えば、あの人は剣をどっちの手で持ってましたか?」
「利き手か……? そう言えば剣だけは左手で持ってたな。他は全部右利きだったはずだ。たまにそういうどっちも使える奴もいるし、そこは特に不自然だとは思わなかったな」
フォルスはシェールと目を合わせた。ゼノスの証言と一致したことで、これ以上ややこしくすることを防ぐためにシャスタにはこれ以上利き手の話をしないことにした。
「まあ何故か強いことを隠しているけど……ロッカー事件のこともあって、こいつは敵に回したらめちゃくちゃ危険な奴だぞって思って……」
「それで仲良くなったんですか?」
フォルスの問いにシャスタは頷いた。
「そうだな。飯抜きの謹慎でしょんぼりしてるところにこっそりパン持ってったら話しかけてくるようになった」
「ほとんど犬じゃないか」
餌付けされて懐いたというような話を聞いて、シェールは「動物のようだった」というゼノスの印象が間違っていないような気がした。
「実際犬みたいな奴だったから……あと、あいつ話すといい奴だし」
「いい奴? あれが?」
どうしてもシェールはレリミアを誘拐してきたときの印象が強いため「ティロはいい奴」というシャスタの評価がよくわからなかった。
「基本的にすごくいい人ですよ。どうしてこの人予備隊にいるんだろうっていつも思ってました」
リオも同様の印象を持っているようだった。
「でも上級騎士では一切人付き合いしないで小さくなってたって言ってましたね」
フォルスはゼノスの「人間として関わり合いになりたくない」という印象とは違う評価に違和感を覚えた。
「それは、俺でもそうなるかもな。いい身分でいい暮らししてた奴らの中に野良犬みたいな奴がぶち込まれるんだ。どんなに取り繕っても野良犬根性が消えるはずがない。卑屈にだってなるし、逃げたくもなる気持ちはわかる」
「そうだな、そう言われるとわかる気もするな」
「なんで貴方がわかるんですか?」
シャスタの話に頷くシェールにもフォルスは違和感を覚えた。
「う……とにかく、あいつがいい奴っていうのがよくわからない。数年一緒に暮らした身としてはどうなんだ?」
シェールは「ティロがいい奴」という点についてフォルスに確認を促した。
「そうですね……やってることは邪悪の権化みたいな悪党でしたけど……妙に甘いところありましたね。とくにどんなにムカついてても子供には絶対手を上げないし……いや、基本誰にも手は上げませんでした。むしろ子供にはすごく優しかったような気がします」
フォルスもティロが「いい奴」という印象を持つことは納得しているようだった。
「変な騎士道精神みたいなの持ってるんだよな」
「そうそう、女子供は守るもんだから大切にするみたいなことよく言ってましたね」
予備隊時代のティロの話を改めて聞いて、特にシェールはティロ・キアンがどんな人物だったのかがわからなくなった。
「あの……そう言えばリオさんから見てあの人はどういう人だったんですか?」
フォルスはリオから見たティロの印象について尋ねた。
「そうね……私たちは不眠仲間だったのよ」
「不眠仲間?」
ティロの閉所恐怖症と並ぶ酷い不眠症について新しい話が聞けそうだった。