責任
ティロが災禍孤児で、更に個人的な理由でザミテスを狙っていたことを知ったゼノスは今まで誰にも言えずに抱えてきた胸中をフォルスとシェールに語り出した。
「実は、俺はあいつを養子にすることも真剣に考えていた」
「そうだったんですか!?」
フォルスが意外そうに声を上げた。
「ああ、あいつの悩みの根本は寄る辺のなさだと思ったからな。貴族連中のように家やコネがあるわけでもなく、俺のように一般や執行部を経てきた信頼というものが全くない。剣の腕だけでそこにいたんだ。ただでさえ二言目には『自分なんか』っていう奴のことだ、相当辛かったと思う。まだ一般にいた方が気は楽だったのかもな……」
「それで、養子に?」
「あいつが何かと良くないことを言われているのは知っていた。あいつ自身の問題も相当あったが、それ以上に育ちの違う者をを受け入れられない上級騎士内の空気も良くなかった。建前だけでも俺の息子ということになれば、表立って変な扱いをされることも少なくなるだろうと思っていた矢先の交代劇だ。だから『俺についてこい』と言ったのだが、どうしても軍でやらなきゃいけないことがある、と頑なに上級騎士に残ったんだ」
背任容疑をかけられた以上、軍に残ると固辞したティロと一緒にはいられなかった。ティロが少しでもゼノスに着いていく気持ちが見えれば、ゼノスはこのことを打ち明ける予定であった。せめてキアン姓からだけでも解放し、後はもっと自由にティロが生きられる場所を探すことが彼に対する責任の取り方だとその時ゼノスは真剣に考えていた。
「そうか、そのときからあいつはザミテスを狙っていたのか……」
ゼノスは今までになく大きなため息をついた。
「あの……個人的な興味で申し訳ないんですけど、どうしてそれほど彼を気に掛けていたんですか?」
シェールはラディオに声を掛けた際「ティロについてならゼノスの方が詳しいことが聞けるし、思い入れが深いだろう」というような返事をもらっていたことが気になっていた。
「気に掛ける、か。あいつを直接知っていればわかるだろうが、何となく放っておけなかった。最初は本当に剣技の腕を見込んだから、という気持ちしかなかったがあの危なっかしいところを見ているうちにどうにかしてやりたくなった。とにかくあの剣の腕と内面が一切釣り合っていないところは、俺でなくてもかなりの者が皆気にしていた」
シェールはライラやラディオも似たようなことを言っていたのを思い出した。そして、こうしてティロのことを調べている自分も同じような感覚なのだろうと思い至った。
「それにしても、これだけのことをやらかした部下を持った者として、もうリィアにはいられそうにないな」
「そんな、貴方ほどの人がどうしてそんなことを!?」
ゼノスの後ろ向きな発言に、かつての彼を知っているフォルスは驚いた。
「深く考えるな、と言われてもどうしてもいろんなことが頭を過ってしまって……こうなってしまったのは全部自分のせいなのではないかと思ってしまう。もし俺があいつを説得できていればあいつは死ななかったのではないかといつも考えていた。そもそもがコールから俺が勝手にあいつを連れてきてしまったのが間違いだったのでは、と」
ゼノスから漏れ出た自責の念はかなり根深いものであった。
「それが今日初めてあいつが生きていて、かなり酷いことをやらかしていたことを知って、やはり俺はもうこの国にはいられないのではとしか思えない。俺のせいで、殿下も……」
「それは貴方の責任では全くないです、悪いのは全部あの人なんですから」
当事者であるはずのフォルスはきっぱりと言い切ったが、それでゼノスの気分が晴れるわけではなかった。
「それはわかっているつもりです。それでも、この気持ちだけはどうしようもない。死んで償うまではいかないが、いろんな人に対して申し訳が立たない。おそらくこの気持ちを一生抱えて生きていくのが、一番の報いなのだろうな」
ゼノスの深い後悔の念を聞き、フォルスとシェールも居たたまれない気分になった。
「それにしてもエディアか……復興事業で数年いたことがあるが、あそこもビスキ以上に悲惨なところだった。あいつも災禍の時にいろいろ見てきたんだろう」
話せることは話した、とゼノスはフォルスを見据えた。
「もしあの人が見つかったら、何か聞きたいことはありますか?」
フォルスの問いに、ゼノスはしばらく考えた後に答えた。
「……ザミテスと子供たちの居場所だな。もしあいつの話が本当なら、ザミテスとクラドには弁解の余地はない。しかし、何故妻や子供まで狙ったのか。何でこんな大がかりなことを仕出かす必要があったんだ……?」
何かわかったらまた教えてほしい、と言い残してゼノスはクルサ家を後にした。その後悔と悲しみに溢れた背中を見て、シェールは再度ティロに対して怒りとも何ともつかない感情が沸いた。そしてライラに各代表者たち、そしてフォルスに限らず過去に関わったゼノスにも罪悪感や後悔などを植え付けるティロの背後に一体何があるのか一層気になってきた。
***
その晩、シェールは早速セラスにティロの剣を持っていた手について尋ねた。セラスからは右手であったという証言が得られた。
「ほら、右で持ってたじゃないですか」
「しかし、それなら左で持っていたという話をわざわざするだろうか?」
二人ともゼノスが嘘をついているとは思わなかった。しかし、この証言の矛盾をどう処理してよいのかもわからなかった。
「仮にどちらも正しいとすると、あいつは上級騎士時代は左で剣を持ち、クライオに亡命以降は右で剣を持っているということだ」
「だから意味がわからないですよ、何でそんなことをする必要があるんですか?」
「それを言えば奴の行動は全部意味がわからないぞ」
「そうですけど……」
言い淀むフォルスに、シェールは一通の手紙を見せた。
「それより、先ほどようやくビスキからの返事が届いた。近日中にこっちに来るらしい」
この食い違いについての最終的な判断は、ティロを子供の頃から知っているはずのシャスタの証言を聞いてからということになった。
新たに勃発した利き腕問題に誰にも知られていなかった問題行為。ますますわからないことだらけなのですが矛盾があるということは何かの怪しいサインでもあります。
次話、予備隊時代を根掘り葉掘りされて、更にティロの正体に近づいていきます。
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