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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
探求編 第3話 上級騎士時代
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死神の疑惑

 ティロの利き手について、ゼノスとフォルスの証言に食い違いが出てきて混乱したためにシェールはゼノスに『死神』について尋ねることにした。


「『死神』……聞いたことはないが、その話はあいつと関係があるのか?」


 不穏な言葉にゼノスは警戒心を見せた。その様子を見て、シェールはやはりリィアには『死神』の話が伝わっていないことを確信した。


「オルド側には、トリアス山で一人のリィア兵によって一日に何十人も斬り殺されたという記録があります。その兵士を通称『死神』と呼んでいるのですが、肝心のリィアにその記録が一切ないんです。あいつは自分で自分のことを『死神』と自称していたので、活躍からしてもおそらくあいつで間違いないと思うのですが……何故そのようなことになっているか、何かご存じですか?」


 ゼノスは少し考え込んだ後、思い出したように語り出した。


「ああ、命令違反の件か。あいつも詳しくは話したがらなかったが、あいつが戦場に出て隠れているとはとても思えない。一応あいつの言い分だと……やはり戦場にはいたらしい。たくさん戦果を上げれば執行部へ上げてもらえるかもしれないと少し張り切っていたらしいのだが……」

「たくさん戦果を取りたくて張り切って、一日に何十人ですか……」


 規模が大きいのか小さいのかわからない話にフォルスは目眩がするようだった。


「ここからはあいつの言い分だけで裏がとれているわけではないのだが、やはり目立つ戦果を上げたことで連隊長に呼び出されて、連隊長の命令で直々に動いていたらしい。ただ全日忠実に動いていたわけでもないらしく、少々サボっていたことはサボっていたらしい。それでも十分戦果を上げたんだからいいだろう、と帰還時に小隊長のところへ戻ったら『今までどこに行ってたんだ』とのことで取り付く島がなかったそうだ」


 語っているゼノスも信じがたいという表情になっていった。


「その連隊長は小隊長には伝えておく、とティロに言ったらしいのだが何も伝わっていなかったそうだ。連隊長のミスか伝達ミスか、それは今となってはわからないがトリアス山にいる間、あいつはリィアの記録では何もしていないことになっている。流石にいろいろ訴えたらしいんだが、それで服務違反がついたらしい」


 何とも辻褄の合わない話にフォルスとシェールの顔も険しくなった。


「まあ、行方不明の一般兵が『実は一日に何十人も斬り殺していました』って出てきても、普通は信じないですよね」

「そうだ。普段から孤立していたあいつのことだ、誰も味方になってもらえずリィアに帰還してそうとう荒れていたらしい。それもあってすぐコール行きが決まったそうだ」

「……かなりキツいな」


 ティロの置かれていた状況を想像し、シェールは同情したがフォルスは疑問があるようだった。


「でも、何で連隊長に直訴しなかったんでしょうね」

「上司の失態を後から指摘するなど、この世界では御法度だからな。直近の軽微で修正可能なものや命に関わるようなものならともかく、戦果をあげてくれなどという話は無理だ。最悪連隊長の失態を指摘したことで一切の立場がなくなる。まだコール行きなどかわいいものだ」

「じゃあそんな理不尽な目にあっても、何も言えなかったってことですね」

「ああ。あいつがエディアの出身でなかったとしても、リィアを恨む気持ちは十分にあった。必死で予備隊で腕を上げても特務に入れてもらえず、戦場で戦果を上げてもなかったことにされて……だからあまりあいつ自身の問題に触れることができなかった。あいつでなければ怒鳴りつけるようなことは四六時中だったが、結局何も言えないことの方が多かった」


 フォルスはそろそろティロの素性について気になるところを尋ねたくなった。


「その……剣技意外で気になるところは」


 ゼノスは遠い目をして答える。


「あり過ぎると言っただろう……極力人を避けて、いつも端の方でぼんやりしていたな。あいつが誰かと親しく会話をしているところを見たことがない。俺とも剣の話以外はしようとしなかったし、いろいろ話しかけても何だかんだと有耶無耶にしてきた。よっぽど自分の話がしたくなかったのだろう。そのせいか、年の割に異様に子供のような反応をすることもあったな。急に拗ねたり黙り込んだり、大体は何も言わずにどこかに逃げたりだな」


 ゼノスから語られた上級騎士時代のティロの様子に、シェールとフォルスは顔を見合わせた。


「でも、クライオに来たときは自意識過剰と思われるくらいの態度だったな」

「そうなんですよね……僕もどっちかというとその自信が無い、というのが想像できないんですよ」


 ここに来ても食い違うティロの印象に、三人はまた頭を悩ませた。


「そう言われてみると……コール村で初めて手合わせをしたとき、あいつは居眠りをしながら公開稽古に参加していた。それで後で声をかけたとき、かなり挑発的な態度を取ってきたので驚いたんだ。もしそれがあいつの素だったとすると、あの卑屈な態度は一体何だったんだ……?」


 ゼノスは自身の知っている限りのティロの様子を思い出した。剣を持っていないときは大抵下を向いて、ただでさえ小柄な身体がますます小さく見えたのをよく覚えていた。


「それに、非番のときはどこで何をしているのかを見せようとしなかった。昼夜問わず宿舎には滅多に帰らないし、稽古と勤務以外は人に姿を見せることがなかった。何というか、休んでいるところを人に見せないというか、今思えば動物のような奴だった」

「動物、ですか……それは何だかわかります。全体的に妙な警戒心があるんですよね、あの人」


 ようやくゼノスとフォルスの考えるティロの人物像が擦り合った。


「さっきも言ったとおり、本人を問い詰めてもよかったんだが事情が事情だからな。下手に刺激をしてあいつ自身がどうにかなっても困る。それに……いや、でもこれは話してよいものか……」

「どんどんお願いします」


 ゼノスが何かを言いかけたところを、フォルスが詰め寄る。


「しかし、これはかなり……」

「いいんです、勝手にいなくなったのが悪いんですから悪口でも恥ずかしい話でもどんどんお願いします」


 ゼノスはためらいつつ、ティロについて誰にも話したことのない話を始めた。


「いいのか……しかし、あいつのことを話せというならやはり外せないな……あいつが薬に頼っていたのは知っているな?」

「はい、全面的に薬漬けでした」


 フォルスが力強く返事をしたことで、ゼノスもティロについて踏み込むことへの覚悟を決めたようだった。


「稽古中に倒れて謹慎処分を食らうほどだ。どれだけやっていたのか……」

「薬のことは知っていたんですか?」

「睡眠薬の話は聞いていたが、他は俺が上級騎士だった時には明確にわからなかった。おそらく勤務に支障が出ない範囲で隠れてやっていたんだろう」


 その後、ゼノスは躊躇いながらも口を開いた。


「実は、作戦前日の夜、俺はあいつに会っているんだ」

「何ですって!?」


 その証言にフォルスはもちろん、シェールも目を見開いた。



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