剣技の型
シェールとフォルスはゼノスの話を聞く中で、ティロは自称こそ災禍孤児であるがゼノスの言うように革命孤児であるという仮説も間違いではないのではという気がしてきていた。
「あの人の剣技はやっぱり、予備隊時代に身につけたものですかね?」
フォルスは何気なくゼノスに尋ねたつもりだったが、思いの外ゼノスは真剣な表情で答える。
「それが……よくわからない」
「わからない?」
フォルスは怪訝な顔で復唱する。
「最初は剣技の基本は予備隊で全部習ったと言っていたし、基本が完全にリィアの型だからそれは疑いの余地はなさそうなんだが……」
「そうなんですか?」
ゼノスはティロの剣技について語り出した。
「確かにあいつの剣は妙なところが多くてな。基本は完璧にリィアのものだったが、それにしてもなかなか癖のある型を使う奴だった」
剣技には型と呼ばれるいくつかの基本の動きがあり、これは各地で大きく異なっていた。更に師事した者によっても微妙に違うことがあり、基本の型に加えて様々な流派が生まれていた。
「癖のある型、ですか?」
「特に実践形式になると多用してきた。基本はリィアの型を忠実にこなすんだが、たまに見たこともない動きを平気で繰り出してくる。最初に見た時はかなり焦ったな。一体それは何だと聞くと『自分で考えた型だ』と言っていた。いくら剣技が好きでも、型を自分で考えるなどあまり聞いたことがない話でな」
フォルスもティロと手合わせをした経験を思い出していた。
「確かに、言われてみるとリィアの型というより随分と変な型を平気で使ってきていました。しかもそれを僕にやれって言ってました。僕も正式にリィアの型を全部知っているとは言えなかったので、そういうものかと思っていたんですが……」
「変な型、か。攻守もバラバラで他の完成している型に比べれば連携も何もあったものではないが、突き詰めていけばまた新しい型ができるかもしれないな」
ティロは剣技においてもやはり気になる点はあるようだった。
「どうしても剣技は習得している型が中心になるから、そこを外されると脆くなるのをあいつはよく知っていた。しかし知っていたからと言って出来る芸当でもない。しかも疲れてくると妙な型を出してくる時があってな。それについて尋ねると何かとごちゃごちゃ言って誤魔化して……何が何だかわからないのだ、あいつに関しては」
ティロの剣技について一通りの話が終わったと思ったシェールは、ティロに関する大きな疑問点について尋ねてみることにした。
「わからないと言えば……これは本人から聞いたのですが、奴は自分が災禍孤児であるとはっきり言っていたのですが、何かご存じですか?」
想像以上にゼノスはシェールから告げられた「災禍孤児」という言葉に反応した。
「何だって……!? そんな話聞いたことがない。それにもしあいつがエディア出身だとしたら、話がかなり変わってくる」
「そんなに何か違うんですか?」
フォルスは何故ゼノスが驚いたのかよくわからなかった。
「エディアは港湾都市の他に、積荷を警護するために各地から腕利きの剣士たちを集めたという歴史があってな……昔から非常に剣技が盛んで、剣技を志す者には憧れの都だった」
ゼノスはかつてのエディアの様子を二人に話して聞かせた。
「特にエディアの公開稽古と言えばかなりの規模で、国内外から様々な腕利きの剣士が参加していたそうだ。災禍後は王家と共に主だったエディアの精鋭たちは全員処刑されてしまって、公開稽古も禁止された。これはビスキで反政府勢力が台頭した反省からの処置と聞いているが、リィア国内でも彼らを惜しむ声があったくらいだ。エディア領になってからはエディアの剣技の型の継承も難しかったようだ。あの公開稽古の復活は絶望的だろうな」
そう言えばセラスがエディアについてそんなことを言っていたような気がするとシェールは思い出していた。
「じゃあその妙な型って、エディアのものだったんですか?」
「いや、エディア勤務のときに一応基本のエディアの型は覚えてきたんだが……そうだとは断言できない。型というより、癖のようなものだな。型にはなっていない、しかしリィアの型とも違う、変な動きがあった」
「すると、剣技の型からエディア出身という確証はないんですね」
「そうだな……剣技に限ってはそうかもしれない。それに、エディアで剣技を習得していたとしても災禍のときに奴は8歳か。どのくらいから剣技を習っていたのか知らんが、リィアにいて、しかも予備隊で再び叩き込まれたのであればエディアの型などほぼ覚えてないだろう」
ゼノスはしみじみとティロのことを思い出していた。
「そう考えるとやはり変な奴だったな。基本右利きだというのに剣だけは左利きなんだと言って左で持っていたし」
「ちょっと待ってください。あの人は剣を右手で持ってましたよ」
フォルスが口を挟むと、ゼノスは反論した。
「そんなはずはない。左手で剣を扱うから多少やりにくかったんだぞ」
「でも、僕はあの人と手合わせをしたとき確実に右で持っていたのを覚えています」
思いがけない食い違いに、シェールはライラから聞いた話を思い出した。
「……今思い出したのだが、確か子供の頃に左腕を骨折しているはずだ。普通に考えれば怪我をしている左腕ではなく、右利きならなおさら右手で持っているのが正しいはずだ」
ティロが左で剣を持つわけがない根拠を出されて、ゼノスはますます混乱した。
「そんな、確かにあいつは左で剣を持っていたはずだ!」
「違いますよ、右ですって!」
フォルスもティロの利き手には自信があるのか、一歩も引こうとしなかった。
「……後でうちの剣技娘にも聞いておこう。まさかこんな根本的な食い違いが起こるとは思わなかった」
「しかし、右でも剣を扱えるだなんて聞いていないし左腕を怪我していたという話も知らないぞ。その話が本当なら、な」
ゼノスは釈然としない様子だった。フォルスもしきりに首を捻っていた。
「何故か利き手ではない上に怪我をしたことのある左手で剣を持っていたことになりますね。しかもそれで上級騎士を勤め上げています」
並大抵の鍛錬や精神力では到達できそうにない状況に三人は頭を抱えた。
「ああ、何で利き手すら食い違うんだ? 一体あいつは何だったんだ!?」
ティロについて思い出して行くにつれ、ゼノスの苛立ちが増してきているのをシェールは感じていた。こうやって次々と関係者を混乱に陥れるティロ・キアンがやはり何者なのかを暴かなければならないのかもしれないと思い、シェールは話題を変えることにした。
「利き手のことは考えても仕方が無いので、他に気になることを整理していきましょう。そしてこれは元リィア軍の関係者として是非聞いておきたいことがあるのですが……トリアス山の『死神』についてご存じですか?」
ティロだけでなくリィア軍全体のこととして、そして一応オルド国のものとしてここははっきりさせておきたいとシェールは考えていた。