革命孤児
後日、クルサ家の屋敷へ元上級騎士筆頭のゼノス・ミルスが呼び出された。現在はシャイア主導の新リィア政府警備隊をあちこち回って細々と剣技を教えていた。ゼノスを知る者は是非要職についてほしいと願い出たが、当のゼノスが固辞していた。
「お忙しいところをわざわざお呼びだてするようなことになってすみません」
ゼノスには詳しい内容は伏せられたままになっていた。シェールはゼノスを屋敷の一室へと案内する。
「いえいえ、特にこれと言って何かをしている訳ではないですから……それよりも、内密の要件とは? 他言無用と聞いているのですが……」
「実はですね……話すよりも、直接見てもらった方が話がはやいのでとりあえずこいつの顔を見てもらいたいんです」
シェールは辺りを確認すると、ゼノスを通した部屋にフォルスを入れた。ゼノスはフォルスの顔をじっと見て、シェールとフォルスの顔を行ったり来たり交互に眺めた。
「……フォルス殿下」
「わかるんだ、流石だね。新年の御前試合では見事だったよ」
ゼノスは今から行われる「内密の要件」がかなり大変な要件であることを悟り、大きく顔を引きつらせた。
「多少見た目を変えたところで、見る人が見ればわかります。しかし、何故……」
フォルスはゼノスの前に座ると、ゆっくり話し始めた。
「実はね、僕は極秘である人に助けられた。その人はリード・シクティスを破って僕のところまで来た……あなたはその人に心当たりがあるはずです」
「リードを倒すだと……まさか」
再びゼノスの顔が引きつった。
「……やはり、ティロ・キアンなのか?」
フォルスが頷いた。しばらくゼノスはフォルスを見つめた後、一度遠くを眺めてから深いため息をついた。
「……そうか。最初からリードがむざむざ負けるなどあり得ないと思っていた。あいつしか考えられないと思っていたが、改めてそうだと言われると悲しくなるな」
フォルスはゼノスを見つめ、互いに再会の喜びよりも起きてしまった出来事に同じ悲しみを抱えていることを確信した。
「実は今日お呼び立てしたのは他でもなく、彼について聞きたいことがあるからなんです」
シェールはこれまでの経緯を簡単にゼノスに説明した。ティロがトライト家の一家全員を抹殺するためにザミテスの娘を連れてクライオへ亡命し、更に首都に単独で戻って軍本部へ火を放ちフォルスを連れてコール村から再度亡命して、そして現在フォルスがティロの身辺を調査していることを伝えると、ゼノスは戸惑いながらも事実として受け入れた。
そしてゼノスの見てきたティロの様子を正確に知りたかったため、資料からはわからない災禍孤児であるということやザミテスに埋められた件については最初は伏せておくことにした。これは予めフォルスにも了承を取っていた。
「それにしても……こうやって殿下がご生存されていたとは……」
「あ、あのさ。僕もう王子でもなんでもないからさ。できればただのキオンとして扱って欲しいんだけど、ダメ?」
「しかし……」
「是非とも僕としてはお願いしたいんだけどな?」
ゼノスは非常に困った顔をした。
「わかりました……善処致します」
「だから、そういうんじゃないんだけど……まあ、いいか」
何ともやりくにそうなゼノスにシェールは多少同情した。
「それでお聞きしたいのですが、ティロ・キアンの一連の行動について何か思い当たることはありますか?」
ゼノスはなるべくフォルスを見ないようにして話し始めた。
「何か思い当たるところか、余りにも多すぎて整理するのが難しいくらいだ……何から話せばいいのか迷うほどだな」
「そんなに問題児だったんですか?」
「剣の腕だけなら親衛隊で十分やっていけるレベルだが、それ以外があまりにも酷くてな……勢いでコールから引き抜いてしまったが、今思えばそれが間違いだったのかもしれない」
フォルスはコール村のことを思い出していた。
「あの関所の村ですよね。僕も当時の知り合いがいるかもと期待していろいろ聞き込んでみたんですけど、村の人も詳しいことはわからなかったんですよ。ただ暇さえあれば剣の練習をしていたという話だけで、後は『都会の人はよくわからない』だけでした」
「相当退屈だったのだろうな」
ゼノスもコール村の様子を思い出していた。冬は雪に閉ざされ、それ以外の季節も険しい山に囲まれて外界と接触はなかなか持てない。知り合いも娯楽もない村でティロがひとり何を考えて過ごしてきたのかを想像すると、ゼノスは途端に寂しい気持ちに襲われた。
「そうですね……村の子供のチャンバラにかなり本格的な指導をしたこともあったらしくて、苦情を言われたらしいですよ。うちの子が剣士になりたいって言い出したらどうするんだって」
ゼノスにはその光景がありありと浮かぶようであった。
「批評眼も鋭かったあいつらしいな……基本的に人と関わるのを嫌うし、宿舎にも帰らないし、やたらと卑屈だしで人間としてあまり付き合いたい奴ではないんだが、剣技に関しては一切妥協がなかった。自分にはこれしかない、とよく言っていたが……たしかあいつが捕まったのはビスキだろう?」
「資料によると、そうですね」
やはりゼノスはラディオ同様、ティロが災禍孤児であることを知らなかったようだった。
「あいつの身の上としては、革命孤児と考えるのが妥当だろう。俺がビスキに赴任していた頃はあちこちで暴徒が粛正をするって言うんで、いろいろ鎮圧に走ったものだ」
「それはいつ頃のことですか?」
「ちょうどエディア攻略の頃だ。それで俺はエディアに行っていないんだ」
「じゃあ、もしかするとビスキであの人に会っていた可能性も?」
「なくはない。革命孤児とひと言でいってもそれぞれにいろいろと複雑な事情を抱えていたからな。まさにあいつのことだ。かなり後ろめたい事情があったのだろう」
シェールはシャスタの素性を聞いて顔色を変えたリクを思い出した。
「じゃあやっぱりあの人は革命孤児なんですかね?」
フォルスはちらりとシェールの顔を見る。
「あの挙動不審は革命孤児の特徴だからな、人の顔色を伺って何かに怯えているのは……親が過激な革命思想だとそうなりがちだったような気がする。少しでも意見をすると激しく折檻されるとか、とにかく悲惨な育ち方をした子供は多かった。とにかく昔の話をしたがらないというのも、そういう経験をしてきたからだと思っていた」
ゼノスはビスキへ赴任していた時のことを思い出していた。
「ひとつ気になることがあるんですが……その『顔色を伺って怯えている』って表現、僕の知ってるあの人と合わないんですよ」
フォルスは自身が見てきたティロと印象があまりにも違うことが気になっていた。
「おそらく、自分より立場が低い者には強気に出られるんだろう。革命思想は平等を宣言しながら過激な者は他者を排除するほど攻撃的になる。おそらく予備隊で革命思想は取り除かれたのだろうが……」
ゼノスの話を聞いて、シェールは革命孤児として予備隊に入れられたシャスタを思い出していた。ティロも革命孤児であるとするなら、シャスタが涙を流すほどティロに執着していたことに説明が付くと考えた。しかし、彼が自称した災禍孤児であるということとセラスも夜間特訓の間に聞かされたという災禍の話が嘘だとはどうしても思えなかったし、嘘をつく理由もよくわからなかった。