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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

追いかけてきたアナタの言葉で幸せが溢れる

作者: ルゥルゥ

思ってたのと違う~って思った方はぜひ、静かにUターンしてくださいませ~。



「"勇者一行"が王都を凱旋したらしいぞ!」


「ディノスは隻眼となってもいい男だねぇ」


王都の新聞紙なんて何ヶ月も経ってから辺境のこの街に届く。

ということは、この新聞紙に書かれた事柄は既に終わったことなのだ。

私は手元に回って来た新聞紙を見下ろし、安堵の吐息をつく。

そこには勇者一行が仲良さそうに立っている姿が描かれていた。

その中で目を引くのは片目に眼帯をした、整った顔立ちの男だ。

眉間にシワを寄せて、不機嫌そうに見える。

思わず、ジッと見入ってしまう。


「おや、ルーシャもディノスに憧れているのかい?」


私の隣に座っていたリヒトさんが声をかけてきた。

憧れている⋯⋯のだろうか?

この思いは憧れなんて、綺麗な気持ちじゃない。

もっとドロドロとした重いもの。

けれど、私はその感情に名前をつけることが出来ないでいた。

首を傾げる私の頭をクシャリと大きな手で撫で、リヒトさんは笑う。


「魔王を倒した英雄だもんな!」


その笑い声を聞きながら、私は静かに目を伏せた。

ディノスのことはよく知っている。

五年前に魔素を吐き出し、生き物を魔物へと変える存在・魔王が誕生した。

爆発的な魔物の増加によって、人々の生活は血と死が日常となった。

そんな中、魔王を倒す存在として勇者ジークが選ばれた。

彼を支える為に集められたのは仲間達。

歴代最高の力を持つ癒しの聖女・マリア。

竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を持つ戦士・ディノス。

最年少で難関の王城付きになった魔法使い・ルド。

そして⋯⋯私、弓使いのルーシャ。

弓使いと言っても内容は皆の旅路が円滑になる為のサポートが主だった。

華やかな経歴のある人達の中にある小汚い雑草。

私の存在は仲間達以外からはそう思われていた。

たまたま応募して受かった勇者一行の仲間の座は、嫌ならお金をもらって辞退すればいい⋯⋯最初はその程度に思っていた。

それなのに仲間達との旅路は苦難に溢れたものだったが楽しくもあった。

王都から出たことのないマリアやルドは目にすることが目新しくて、終始興奮して私に説明を求めてきたし、ジークは良くも悪くもあっちにフラフラ、こっちにフラフラ⋯⋯ディノスは荒っぽい言動だが唯一の常識人だった。

マリアは道端で倒れている人すら放っておけなくて、旅をしているというのに「猫さんが可哀想です」なんて捨て猫を拾ってきたりした。

仕方ないので私が猫の里親を探して、きちんとお別れしたこともあった。

ジークは辺境の村の出身だから、二人に比べると生活能力は高かったが⋯⋯かなりマイペースだった。

フラ~ッとどこかへ行くのを襟首掴んで引き戻すのは腕力のない私には無理で、いつもディノスに頼っていた。

しかし、ジークは勇者に選ばれるだけあって、剣を握ると別人のように魔物を圧倒的な力で屠っていて、すごかった。

ルドは魔法や遺跡の仕掛けに目がなくて、罠にわざと引っかかることもあった。

そのせいで私が怪我をしてからは止めてくれたが、知的好奇心が高く、立ち寄る街や村の文献を読み漁っては目を輝かせていた。

唯一の常識人のディノスの存在はとてもありがたかった。

困った時にはさりげなく声をかけてくれ、泣きたくなる夜は一緒に酒を飲んで、道端に綺麗な花が咲いていたら私にくれて⋯⋯これで好きにならない方がどうかしていると思う。


ーーーだけど、私はディノスから逃げた。


魔王退治の最終は魔王との激闘。

仲間にバフをかけるマリア、私の弓とルドの魔法で動きを封じ、ジークおディノスの剣で魔王を傷つける。

五年もの間一緒にいたメンバーの連携は素晴らしかった。

そうして二日に及ぶ激闘の末に私達は魔王を倒した。

体力も魔力も底をつきかけて、地面に崩れ落ちた私達。

これでやっと、旅が終わった。

世界に平和が訪れるのだと涙が出そうになった。

ホッとした空気が流れ、皆で顔を見合せて笑った時⋯⋯。


『ルーシャ、危ない!』


広い背中が私の前を塞ぐ。


『くっ、ぐっ!』


呻き声と共に飛び散った赤が視界を染める。


『ディノス!』


悲鳴をあげたのは私か、マリアか。

ジークが恐ろしいほどの速さで剣を片手に駆けて行く。

ルドもそんなに残っていない魔力で魔法を繰り出し、騒然とする周囲。

最期の力でディノスを傷つけた魔王はあっさりと塵一つ残さず、消滅した。

私は⋯⋯私は腕の中にディノスを抱えて、泣いた。

腹部を貫かれ、右目を潰すように横断する傷。

ドクドクと流れ続ける血に死を予見して、マリアに助けを乞う。

歩くのもしんどそうだったマリアは私の願いにディノスに治癒魔法をかけてくれた。

歴代最高の聖女の名は伊達ではない。

あっという間に腹部の傷は治った。

しかし⋯⋯。


『ごめん、ごめんね、ルーシャ』


青ざめ、息切れしたマリアはそう言って謝った。

右目の傷は治せなかった。

力が枯渇してフラフラのマリアを、何も出来なかった私が責めることは出来なかった。

隻眼となってしまったディノス。

王都に帰ったら、また冒険者稼業をしたいと笑っていたのに。

やりたいことがあるのだと、未来を想像して微笑んでいたのに、私なんかを庇ったせいでこんなことに。

どうして、気を抜いてしまったのだろう。

どうして、ディノスを押しのけなかったのだろう。

私が傷を負えば良かったのに。

治癒魔法では失った血は戻らない。

眠り続けるディノスを前に私は恐怖に震えた。

目覚めた時に自身が隻眼になったことを知ったら、彼は私を恨むだろうか。

あの穏やかな翡翠色の瞳が冷ややかな色を乗せて、私を見たら⋯⋯?

恐怖にかられ、身勝手な私は逃げた。

あれほど良くしてくれた仲間達にも何も話さず、静かに王都を離れた。


「ルーシャ!五番テーブルに料理を運んでおくれ!」


「はい、女将さん」


さぁ、休憩は終わりだ。

賄い飯も食べ終わったし、仕事をしよう。

ヒラヒラと手を振るリヒトさんに会釈をして、厨房へと向かう。

弓使いのルーシャは、宿屋兼食事処の【アナグマ亭】の看板娘ルーシャとなったのだ。

胸の奥にくすぶるディノスへの思いに名前はつけることは出来ない。

かつては恋情で溢れていたのに、そこに落とされた罪悪感が想いを複雑にさせていた。


■□■□■□■



この街は近くに大きなダンジョンがいくつもあり、冒険者が多い為、とても賑わっている。

【アナグマ亭】は二階から上が宿屋なので冒険者が短期間宿泊してと、入れ替わりも激しい。

私は一階にある食事処で働いており、朝から晩まで忙しさに目が回りそうになる。


「最近、ダンジョンの魔物の数が減ったんだよなぁ」


憂鬱そうにカウンターに頬杖をついたリヒトさんがそうボヤく。

リヒトさんはそこそこ腕の立つ冒険者らしい。

よく新人の冒険者に指導をしては、打ち上げだとこの店に連れて来てくれる良い常連さんだ。

ダンジョンとはダンジョンコアという魔力の塊の石を基点として、周囲の環境が変質してしまった場所をさす。

コアがある限り延々と魔物が生まれるはずだ。

魔王の生む魔物とは違って、ダンジョンの中のみ徘徊する為、中に入らなければ特に害はない。


「コアがチカラを失ったのかな?」


う~んと首を傾げる。

こんな時にルドがいたら、「それは⋯⋯」などと嬉々として解説してくれただろう。

そんな風に思う自分自身に苦笑する。


「それにしては変なんだ。魔石や薬草なんかは普通にあるしな」


ダンジョンが稼働していると自然の中の魔力が澱み、滞り、魔石や薬草⋯⋯時には冒険者の落とした武器等を変質させてドロップ品になるのだ。

ということは、ダンジョンは稼働している。

ならば、どうして魔物だけが生まれないのだろう?

『魔物の氾濫って知ってるかい?』

ふいに頭に浮かんだのは、いつかの図書館でルドが楽しげに話していたことだった。


「魔物の氾濫が起きる前、魔物は姿を消す」


ダンジョンコアの動きが不安定になると魔物の姿は減り、動きが正常になった時に爆発的な量の魔物を増産するのだという。

ドロップ品は問題なく採れる為、異変に気づくのが遅くなると大変なことになる。


「おいおい、ルーシャ。それが本当なら⋯⋯ヤバくないか?」


魔物の氾濫の怖さは冒険者ならば知っているはずだ。

飽和状態になった魔物はダンジョンから溢れ出て、血を求めて近くの街を襲う。

常とは違う行動パターンをするケースも少なくなく、多くの冒険者が巻き込まれて死んだことをよく聞く話だ。


「早く冒険者ギルドに報告を⋯⋯」


ドォォオオオォォン!!

遠くから響き渡った轟音。

慌てて店から出ると、街の門の付近が燃えていた。

メラメラと立ち上る火。

逃げ惑う人々の叫び声。

魔物の咆哮が大地を震わせる。


ーーーやっと、平和になったと思ったのに!


魔王との死線をかいくぐって来た。

ずっと静かな平穏な生活に憧れていた。

けれど、神様は逃げた私にそんな生活を送らせてはくれないらしい。

迷いはなかった。

人が目の前で死ぬのを見過ごすくらいなら、私は全力で助ける。

だって、私だって⋯⋯勇者一行の一人なのだから!


「リヒトさんは他の冒険者達と手分けして、住民の避難をして」


それだけを言って、借りている部屋へ戻って武器を手に取る。

私と一緒に戦ってくれていた弓はすぐに手に馴染む。

もう、戦えないなんて思っていたのに、こうも簡単に戦いに向かうのだから、あのジークに「優柔不断だなぁ」と思わせぶりに笑われても仕方ない。

店を出ようとすると、女将さんが声をかけてきた。


「行っちまうのかい?」


ほんの少し寂しそうな女将さんに抱きつく。

この街に流れてきて、ボーッとしていた私に声をかけてくれ、住み込みで仕事をさせてくれた優しい人。


「女将さん、行ってきます」


女将さんだけじゃない。

この街に来てからもらった優しさはたくさんある。

居心地が良くて、とても大好きな街。

それを壊そうとする魔物は許せなかった。


「帰って来たら、私特製のシチューを食べさせてあげるよ」


そう言って笑った女将さんの目には涙。

生きて帰って来る保証なんてないのに、女将さんは律儀にシチューをつくって待っていてくれるだろう。

それが嬉しくて、早く帰って来ようと思った。


「なら、ボアは焼け焦げないように始末しなくちゃね」


猪型の魔物、ボアの肉がたくさん入ったシチューが大好物なのだ。

クスクスと笑う私を見て、女将さんもまた笑ってくれた。


「気をつけて、行っておいで」


訳ありだと知りながらも、面倒を見てくれたことがとても嬉しかった。

眠れない日は温かいミルクをつくって、私の取り留めのない話を楽しそうに聞いてくれたっけ。

平穏を知らない私に普通の女の幸せを見せてくれたことを感謝してもし足りないくらいだ。


「さぁ!ルーシャ、頑張るのよ!」


自分で両頬を手でピシャピシャと叩いて、気持ちを切り替える。

戦闘前には必ずやる儀式みたいなものだ。

マリアには「女の子が顔を叩くなんてっ!」といつも怒られていたけど、気が引き締まるから止められなかった。

勇者一行の中で怒らせると一番怖かったのはマリアだった。

普段がポヤポヤと笑っているのに、怒ると無表情になり、淡々と説教をしてきて、話を聞いてなかったら聖杖で床を叩いて粉砕して⋯⋯ジークがよく正座?とやらをして反省させられていた。

あぁ、そんなに月日は経っていないのに懐かしい。

大好きな私の大切な仲間達。

また、会いたいなぁ⋯⋯。


「正門の方を見下ろすには⋯⋯」


キョロキョロと周囲を見る。

街を見下ろせ、弓を使うのに問題のない場所。


「よっ!と」


近くの酒樽を踏み台にして屋根へと飛び上がる。

そのまま屋根の上を走り抜け、目的地が見えたら、魔力を練り始める。

身体能力を向上させる魔法はルドに頼み込んで教えてもらったものだ。

普通、魔法使いは弟子にしか魔法を教えない決まりがあるらしい。

最初は渋っていたが、昼夜問わずに拝み倒して、「頼むから夜に部屋に入って来ないでください!僕が殺されたら、どうするんですか!?」と後半の意味は謎だったが半泣きで引き受けてくれた。


「"身体強化"」


全身に力が漲る。

体をバネのように使って、大きく屋根を踏んだ。

べキッ!と屋根が壊れた音がしたが、どっちにしろ魔物による被害を受けることを考えたら安い代償だと思けど⋯⋯後で屋根の修理代を出そう。

いくつかの大きな屋根へと飛び移り、最後には街の正門近くにある時計塔へとたどり着いた。

これくらいでは息が乱れたりはしない。

眼前にある正門の方を見下ろすとあちこち燃えていて、魔物達がなだれ込んで来ている。

冒険者達が必死に押し返そうと戦っていた。

まず、私がしなくてはいけないのは⋯⋯。


「シルフィ、私に力を」


風の精霊に願い、魔力を矢へと流し始める。

弓に数本の矢をつがえ、集中する。

狙い撃つは空を飛び交う魔物達。

飛空型の魔物は厄介だ。

地面からではとてもではないが攻撃が届かない。

まぁ、ディノスみたいに地面を蹴って、飛空型の魔物に飛び乗るなんて芸当が出来たら楽勝だろうが。

ジークいわく「ディノスはヤバい」らしい。

同じ芸当が普通の冒険者に出来るはずもない。

矢の先に淡い光が灯り始める。

この矢尻は魔鉱石を薄く砕いて、研いだ物。

そうすると魔力伝導率が良いらしい。

私みたいな弓使いが勇者一行に入ることを許されたほど珍しい物だ。


「いけっ!」


ビシュッ!と音を立ててつがえていた矢が放たれた。

光速で飛んだ矢が魔物を居抜く。

それと同時に魔物に触れた私の魔力が炎となり、燃え盛る。

魔物は絶命の叫びをあげ、地面へ落ちる前に灰へとなっていった。

私へ向けて、魔物達の意識が向くのを感じつつ、次の矢を放つ。

狙いを外すことはない。

どんどんと消えて行く飛空型の魔物。

地上の魔物達の数は多少は減っているだろうか。

しかし、それよりも傷を負った冒険者の数が増えている。

このまま冒険者達が押し負ければ、街は最悪の場合には全滅も有り得る。

取りあえず、正門を閉めて、魔物の数を限定するか。

この街の門は門番が綱を引いて開け閉めしていたはずだ。

目に魔力を込めて、強化する。

こうすると遠くの物まではっきりと見えるのだ。


「うわっ!」


矢が綱を切ったのを確認すると、乗り出していた体を慌てて引っ込める。

飛空型の魔物がこちらを襲ってきたのだ。

グルグルと時計塔を飛空する魔物。

囲まれたと悲観することはない。

矢をつがえて、ギリギリと弓を引き絞る。

自分達を攻撃されると思ったのか、魔物達が距離をとったのを幸いに地面で群れている魔物へと矢を放った。

爆音を立てて消失する魔物。

背中の矢筒に手をやると、もう矢がない。

こういう所が弓使いのダメなところなんだろう。

矢がない弓使いは役に立たないと嘲笑されたことは数多い。

だから、私は弓使いでありながら他の攻撃方法を覚えた。

腰につけていた短刀を手に持つ。

「護身用だ」とディノスが何気ない様子で渡してくれたこの短刀は銘はないが何度攻撃しても切り味が変わらない逸品だ。

時計塔の塀に足をかけ、下を見下ろす。

風に煽られて落ちたら死んでしまうだろう。

ギーギーギャーギャーと鳴く飛空型の魔物達を見つめ、微笑んだ。


「私と遊ぶ?」


可愛くあざとく、ほんの少し首を傾げる。

トンッと軽く塀を蹴った私は一匹の魔物の背中へ飛び乗った。

ギョエーッと奇声を出す魔物。

殺気を察知して背中を蹴ってから、また違う魔物へと移る。

魔法で身体強化をしていなかったら、絶対に出来ない。

「お前は鈍臭いな」といつもディノスには笑われた。

岩から岩へと身体強化も使わず飛び移る彼に憧れ、何度転びかけたのを助けてもらったことか。

私に狙いを定めていた魔物が飛びかかってきて、同士討ち状態となるように、身軽に動き回る。

風魔法で足場をつくって⋯⋯ジークやディノスは繊細な魔法行使は苦手だったから、こんな風には出来ない。

私が考えた、私だけの戦闘スタイル。

弓使いに求められる身軽さを最大限に発揮するこの方法にディノスは渋い顔をしていたけど、結局は短刀をくれたのだ。

動き回りながらも合間に魔物の羽に傷をつける。

細かな傷も積み重なると、飛空が安定しなくなる。

地面へ落ちていく仲間を見て、魔物もようやく私に勝てないことを知ったのか、逃げようと街を離れようとする。

街を囲う塀が近づいてきたのを確認し、魔物の首に短刀を押し当ててかき切った。

飛び散る血しぶきを避けて、塀の上に降り立つ。

そこには弓兵の残した矢があちこちに散乱していて、あまりの幸運に笑った。

街の中に入り込んでいる魔物は冒険者達の手で何とか成りそうだ。

塀の外を見ると押し寄せた魔物達が蠢いている。

中へ入ろうとしていることに眉を寄せる。


「これ以上、好きにはさせない」


矢尻が魔鉱石ではないが、普通の矢でも百発百中の私。

群れる魔物を前にしたら面白いくらいよく当たる。

勇者一行の一人として、弓使いとして、仲間に誤射しない為、仲間のピンチを助ける為に血が滲むような努力をしてきた。

マリアに苦言を呈され、ルドに頭を小突かれ、ジークにため息をつかれ、ディノスに眉を寄せられても頑張ったのだ。

何だかんだ言いながらも練習でマメだらけの手に軟膏を塗ってくれたディノスは優しい人だと思う。

だって、私は大切な人達を守りたかったから。

中型や小型の魔物はほとんど死んだ。

しかし、やはり矢では大型の魔物はトドメを指すことは難しい。

私のいる塀の下の方へ体当たりをし始める魔物。

徐々に塀に亀裂が入るのを見て、舌打ちをする。

こんな時にディノスがいてくれたら⋯⋯。

弱気になる心に顔をしかめた。

きっと、今頃は王都でゆっうりとしているだろう。

ズキリと胸が痛む。

逃げたくせにディノスには私のことを覚えていて欲しい。

あまりにも身勝手な思いだと分かっていても、期待してしまう自分がいる。

私を追いかけて来てくれたらいいのにと夢想しているなんて、自分自身が恥ずかしい。

ビキビキと音を立ててひび割れていく塀。

この塀が壊れてしまえば、見えてきた勝利はなくなってしまう。

街の中にいる冒険者達は何とか魔物を駆逐出来たようだが疲労が見て取れる。

私は、どうしたらいいのだろう。

迷う間にも塀に体当をし続ける魔物達。

ふ、と空を見上げて目を見開く。

小さな鳥が街の上を旋回している。

あれは救援を呼びに行った伝言鳥?

街ごとに色の違う伝言鳥は普通の鳥とはどこか雰囲気が違うから、すぐに見分けがつく。

今回使った伝言鳥は緊急のもので、受け取り先の人間が街へと連れて帰って来るはずだ。

戻って来たということは救援が近くまで来ているのだろう。

これで、私に何かあっても、誰かが助けてくれる。

ホッと安堵の息をついた私の足元へと魔物の投げた石が飛んできて、足場にしていた塀が崩れた。

体勢を立て直そうとする私は身動きを止めた。

そのまま落ちる私の体。


ーーーどうして、ここにアナタがいるの?


覚えのある姿が目に入り、地面を蹴ったその人が私を温かな腕で包み込んだからだ。


「お前は何をしているんだ」


呆れたような、安心したような穏やかな声が耳に吹き込まれる。

ディノスが⋯⋯私を抱き締めていた。

見慣れていたはずの顔は右目を横断する傷跡のせいで隻眼となり、精悍さが増している気がする。

翡翠色の瞳が物言いたげに私を真っ直ぐに見ていた。


「色々と言いたいことはあるが⋯⋯先に片づけるぞ」


私を片腕で抱えたまま、ディノスは下へ落ちる力を利用して振りかぶった剣で魔物を切り裂いた。

私を地面へ下ろす間にも別の魔物が屠られていく。


「援護を頼んだ」


それだけ言うと魔物の群れへと平気で突っ込んで行くディノス。

私が援護をすると疑ってもいない様子に頬が熱を持つ。

『お前とジーク達になら背中を任せられる』

かつて、旅の途中でそう言ってくれたことを思い出す。

私はその信頼に応えたかった。

放たれた矢が狙い通りに魔物の目を潰し、ディノスが危なげもなく魔物を一刀両断にする。

あっという間に減っていく魔物の数。

こんなにディノスは強かっただろうか。

剣を軽々と振り回して、魔物を狩っていく姿はまるで戦神のようだ。

けれど、やはりまだ右目側からの攻撃は間合いが取りづらいようで、そういった魔物を弓で片づける。

矢がなくなれば、短刀を片手にディノスの邪魔にならないように細心の注意を払って助けに入る。


「ルーシャ、ありがとな」


楽しげに弾むディノスの言葉に私も微笑む。

あぁ、何て居心地がいいのだろうか。

ディノスが楽しそうにしていることが嬉しくて、泣きたくなるほど幸せに感じる。


「お~い!ジーク、置いて行くなよ!」


遠くに土煙が見えると思ったら、ジークが金髪を振り乱して走って来た。

ジークの放つ魔力によって、魔物達が距離をとる。


「そういうジークさんこそ、置いて行かないでくださいよぉ!」


汗だくのルドがそれを追いかけてきて、姿は見えないがマリアの神聖魔法の光がキラキラと空から降ってきた。


「ルーシャ!元気そうだなぁ!」


近くにいた魔物を一瞬で屠ったジークは、私の所に来ると頭を撫で回した。

視界がぐわんぐわんと揺れるものだから困ってしまう。

ジークなりに私を心配してくれていたのだろう。


「ルーシャさんが見つかって良かったですよ!こっちは殺されるかと思って、ヒヤヒヤしてたんですよ!?」


プリプリと怒っていたルドは私と目が合うと、僅かに口の端を持ち上げて笑う。

私に笑顔を向けるなんてめったにないことで目を瞬かせる。

相変わらず、殺されるとか訳が分からないけど、安堵している様子に申し訳なくなる。


「後でマリアに謝れよ」


ディノスに言われて、小さく頷く。

同じ女ということもあり、マリアはいつも私のことを気にかけてくれていた。

何も言わずにいなくなったから、さぞや怒っているはずだ。

いや、悲しんでいるかもしれない。


「よっしゃ!勇者一行の大活躍だ!」


ヒャッホ~イ!と雄叫びをあげて、魔物の掃討を始めるジークは楽しそうだ。

ルドも惜しみなく魔法を降らせる。

そんな二人をポカンと見ていた私の肩に手が乗せられた。


「なぁ、ルーシャ。ルーシャがいない時のアイツ等を見せてやりたかった。それはもう、魂が抜けたみたいだったんだぞ?と言っても、俺もだがな?」


カラリと何でもないことのように笑うディノスが眩しい。


「でも、私は⋯⋯」


脳裏を過ぎる、ディノスの傷ついた姿。

溢れた赤を思い出して、今更ながらに恐怖で体が竦む。


「大丈夫だ。俺は死んでないだろう?」


私の頬を大きな手が包む。

見上げた先の翡翠色の瞳が煌めく。


「ルーシャはそこにいてもいいぞ?俺が守ってやる」


ニヤリと笑ったディノスの力強い言葉に驚く。

私を守ってくれる?

問いかけようとする私を置いて、ディノスが魔物の群れへと飛び出して行く。

その後ろ姿を見て、私は胸がざわついた。

私は⋯⋯私は守られるだけでいいの?

皆が、ディノスが大変な思いをしているのに?

そんなの堪えられない。

キッと魔物を睨みつける。

守られるだけの存在にはなりたくなんてない。


「ははっ!それでこそ、ルーシャだ!」


短刀で魔物を切り裂き、ジークとディノスが動きやすいように魔物を引きつけ、ルドが魔法を放ちやすいように二人から離れた位置に魔物を集める。

そうしていると、何だか胸に抱えていたモヤモヤが晴れていくようだ。

私は皆と戦えることが嬉しい。

皆と一緒にいられることが幸せなのだ。

魔物達の群れが瓦解していく。

積み上がる魔物の亡骸。

あっという間に魔物達は片付いてしまった。

私だけの時はあんなに苦労したのに、やはり仲間の力はそれだけ大きい。


「疲れたのか?」


頬に温かな物を押しつけられ、目を瞬かせる。


「ん、飲め」


そう言って差し出されていたのは、温かなミルク。

逃げて行った魔物はジークとルドが処理しに行ってくれたから、私とディノスは街に残って万が一に備えている。

焚き火を見つめながら、二人で並んで座る。

微かに触れ合う肩に気づき、どうしたらいいのか分からなくてうつ向いた。


「追いかけて来たことを⋯⋯怒っているのか?」


一瞬、ポツリと呟かれた言葉の意味が分からなくて、首を傾げる。


「あ~⋯⋯その様子なら違うか」


気まずそうに頬を指で掻くディノス。

見つめていると、ディノスは目を伏せて、ため息をついた。


「なぁ、どうして俺を置いて行ったんだ?」


苦しげな声音に私の方まで苦しくなった。

どうしてって⋯⋯ディノスに嫌われるのが怖かったから。

そんなことを言えるはずもなくて、誤魔化すように視線を逸らせる。


「別にディノスを置いて来たりなんて⋯⋯」


「嘘だ。目覚めるのを待ってもくれなかったじゃねぇか」


言い訳をしようとした私の言葉をディノスが途中で遮った。

唇を噛み、悔しげな様子に驚く。


「俺が傷を負ったからか?片目が見えなくなったら、俺は用済みか?」


「は!?」


まるで私が捨てたとでも言いたげなディノスに目を白黒させる。


「目が覚めたらルーシャがいて、良かったって⋯⋯生きていたことを喜んでくれると思っていたんだ」


両膝に顔を埋めて、再び深々とため息をつくディノス。


「俺との⋯⋯約束を忘れたのか?」


ディノスとの約束。

ふと、浮かんだのは真っ白な花畑。

旅の合間に立ち寄った渓谷にあったその花畑はとても綺麗で、休憩するのにはピッタリだった。

幼い頃につくった花冠を思い出して、マリアにつくってあげていると、いつの間にかディノスが傍にいた。


『綺麗だな』


微笑むディノスの顔はとても優しくて、私は顔を真っ赤にした。

何だか私が綺麗と言われたみたいで落ち着かない気持ちになったのだ。

でも、翻弄されたまま終わるなんて、少し悔しい。

つくり終えた花冠を頭に乗せ、ディノスを振り返って、満面の笑みを浮かべた。


『ねぇ、ディノス、綺麗でしょう?』


目が合ったディノスはポカンと口を開けていて、まるで魂が抜けたみたいだった。

馬鹿言うなくらいは言われると思っていたのにどうしたのだろうか。

さすがに反応がないことにオロオロとしていると、ハッと我に返った彼が目を細めて私を見た。


『あぁ⋯⋯本当に綺麗だ』


低くて甘い声は初めて聞いた。

慈しむように大切そうに、ひと言ずつ噛み締めるように紡がれたそれに私は目を見開いた。

胸が早鐘を打つ。

赤く染まった頬がより一層熱を持って、戸惑いに顔を伏せる。

そんな私の頬に触れた大きな手によって顔を上げさせられた。

絡まる視線はどこか熱を持っていて⋯⋯。


『なぁ、ルーシャ⋯⋯ずっと傍にいてくれないか?』


囁かれた言葉に戸惑う。

ずっととはどういう意味だろう?

ディノスに恋人が出来るまで?

いや、ディノスがそんな不誠実なことをするはずがない。

なら、この問いかけの意味は?

グルグルと思考が回る。


『ルーシャ、頼む。頷いてくれ』


頷かない私に翡翠色の瞳が悲しみに揺れる。

何て、綺麗な目なのだろう。

懇願するように額に額を押し当てられ、ボヤけるくらいの近さでディノスのまつ毛が震える。

私は、私はあの時⋯⋯。


「ずっと傍にいるって言っただろう?約束を違えるな⋯⋯」


珍しく弱った声に思わず、いつものように背の高い彼の頭を撫でた。

こんなことが癖になるほど、ずっと一緒だったなぁとボンヤリと思う。

そうだ。

私はあの時、ディノスに約束をした。

ずっと傍にいてあげる。

ディノスもずっと傍にいてね、と。

そんな私の頭を撫でていた手をとったディノスは自身の右目側に走る傷跡を触れさせた。


「この傷のことを気にしているのか?それなら、責任をとって、俺と結婚してくれ」


懇願するように手の甲に落とされたキス。

私の前で跪き、潤んだ目で私だけを見ているディノスの姿に頭がクラクラとした。

胸が高鳴り過ぎて、苦しい。


「お前は目を離すとすぐに死にかけるからな。俺が守ってやりたいし、幸せにしたいんだ。⋯⋯なぁ、いいだろ?」


そう言って、目を細めて笑ったディノスの手を振り解くなんて、私には出来なかった。

けれど、飛び散った赤を思い出して、怖くなる。


「でも⋯⋯だって⋯⋯」


「どうした?言いたいことがあるなら聞くぞ」


優しく促され、ボタボタと涙が溢れてくる。

こんな顔を見られたくないと顔を伏せそうとするのに、顎を掴んだディノスの手が邪魔をする。


「怖いの⋯⋯怖いのよ。ディノスが目の前で死んじゃうかもしれないって思ったのが⋯⋯私のせいで傷が残ってしまったから嫌われるかもって⋯⋯」


「俺がお前を嫌うわけないだろ?お前は強い男が好きだからな。むしろ、嫌われるかもしれないって思ってたのは俺なんだが?」


ハハッと笑ったデイノスは何故か嬉しそうに私を抱き締めてくる。

私は真剣に言っているのに。

というか、強い男が好きってどういう意味?

私、そんなこと言った覚えが⋯⋯酔っ払ってディノスの剣技の凄さを絶賛していたことを言っているのだろうか?

でも、あれは、ディノスだからこそ凄いって興奮して伝えていただけなのに。


「なぁ、前にさ⋯⋯戦いが終わったら冒険者を続けたいって言ったろ?」


そう、そう言っていたのに片目を失ったハンデを負わせることになったことがツラい。


「あれ、訂正するって言ったら怒るか?」


ディノスにはまた違う夢が出来たのだろうか。

瞬かせた瞬間に涙が弾けて、キラキラと焚き火の光にキラキラとか輝く。


「俺はルーシャと夫婦になりたい。ルーシャが心配なら冒険者は辞めてもいい。実は冒険者ギルドのギルドマスターをやらないかって話も来ているし、わりとあちこちから勧誘されているんだ。事務仕事は苦手だが、ルーシャが手伝ってくれるなら条件を精査して引き受けたいと思っているんだ」


どちらかと言うと体を動かすことの方が好きなのに、ギルドマスターを引き受けるなんて。


「まぁ、俺は体を動かすのが好きだからな。ストレスは溜まるとは思う。だから息抜きに魔物を狩りに出るのにも付き合ってもらいたいが⋯⋯四六時中俺と一緒にいるのは嫌か?いや、でもな⋯⋯ルーシャは傍にいないと、面倒ごとに巻き込まれやすいし⋯⋯」


う~ん⋯⋯と悩み始めるディノス。

断られるなんて想像もしていないみたいだ。


「私が嫌って言ったら、どう、するの?」


「あ?そりゃ⋯⋯頷いてくれるまで付きまとうだけだ。俺はしつこいぞ?さっさと頷いた方が身の為だと思う。その代わり、大切にする」


真顔で告げられた言葉に呆気に取られ、次いでおかしくて笑ってしまった。


「本当に拒否権はないの?」


覗き込んだ翡翠色の瞳に迷いはない。


「当たり前だろう!?ルーシャの危機を感じたら、勝手に体が動くくらい好きで、愛しているんだ!俺をこんなに好きにさせたんだから、責任とってもらわねぇと困る!」


必死にそう言い募るディノス。

幸せ過ぎて怖いって、こんな感情なのだろうか。

心が赴くままにディノスの胸へと飛び込む。


「⋯⋯ディノスが生きてくれていて良かった」


本当に怖かった。

二度と目が覚めないのでは?

目が覚めても私のせいだと罵られたら?

片目になったことを憂う姿を正気で見ていられる?

そして、何よりもディノスが死んだら神様も世界も全部壊れてしまえばいいと願う私の苛烈な激情が⋯⋯。

ディノスと出会うまでは感情の起伏にここまで悩んだことなんてなかったのに、私の心を揺さぶるディノスの存在が怖かった。

けれど、離れてしまうと恋しくて、泣きたくなるほど愛おしくて気が狂いそうになった。


「おぅ、俺は生きてるぞ」


優しく髪を撫でる大きな手に目を細める。

愛おしいと告げる翡翠色を見上げ、フワリと微笑む。


「ディノス、好きよ」


そう告げた瞬間にディノスの目が潤んだ。

抱き締めてくる腕に力がこもる。


「俺もルーシャを愛している」


どこまでも甘美な言葉に私はウットリと顔を緩める。

顎を持ち上げられ、整った顔が近づいてくる。

右目に走る傷跡に指先で触れ、私は静かに目を閉じた。

ゆっくりと重なった柔らかな唇はどこまでも甘くて、幸せの始まりを予感させた。



モダモダするカップルって好きです♪

たぶん、これって他の仲間達から見たら、全く違って見えるのかも~と勝手にワクワクしてます( *´艸`)

最後まで読んで下さった方々、本当にありがとうございます!

いいねとか評価して頂けたら、作者のやる気アップしますので、気に入ってくれた方はぜひお願いしますw

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