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悪役令嬢が天使すぎるとか、マジ勘弁ッ!!

作者: 灰路 ゆうひ

よろしくお願いします。

それは、どこかで見たような断罪シーン。


「侯爵令嬢、クララマリア・グレイシスよ。私の婚約者、未来の王妃として、すべての淑女の模範たるべき君が、こちらのメリア嬢に卑劣ないじめ行為を行っているというのは本当のことかい?」

紳士淑女が通う由緒正しい貴族学校の、その美しく整えられたメインホールにて、卒業前のパーティーが開かれていた。

王宮のホールもかくやという、名工の手による豪奢な装飾が施された学園自慢のホールの中央。着飾った令息令嬢たちの中、ひときわ輝きを放つ一団がいた。

建国以来随一の名君の器と誉れ高き、王太子アーヴィン。そして、その腕に縋り付く、はらはらと真珠のような涙をこぼしながら怯えている、可憐なピンクブロンドの男爵令嬢。そして、その二人の両サイドには屈強な騎士団長の子息ダンケルと、神経質そうに眼鏡を押し上げている宰相子息サイラスが控えていた。

そんな彼らの厳しい視線の先には。


「えっ・・・あの、申し訳ございません。一体なんの事をおっしゃっているのか、わたくしわかりませんわ」

困った表情でその可憐な眉をしんなりとハの字にして、首をかしげる・・・・『天使』がいた。


しん・・・

パーティーに参加していた貴族の子息令嬢たちが、一斉に息をのみ、ホール中央に注目した。

眉目秀麗、完璧とうたわれる王太子が、ここ最近、素敵な婚約者がいらっしゃるにもかかわらず特定の男爵令嬢と『特別に』懇意にされているのでは?というスキャンダラスな噂が、まことしやかに流れていた。

そんな噂の渦中の二人が、婚約者の卑劣な行為を断罪しようと詰め寄っているのである。その場にいた全員が、息を止めたように沈黙し・・・


「だよねえ~~~!!!」

大笑いしながら頷いたアーヴィン、ダンケル、サイラスにならうように、会場中の参加者がどっと笑った。

「あらあら・・・?まあ、どうなさったの?」

「えっ・・・!?はああああァッ・・・!?」

戸惑ったようにおろおろと周りを見回すクララマリアと、一瞬、素の悪鬼のような表情になりかけたメリアを除いて。

すっと前に進んだダンケルとサイラスが、くるっと体の向きを反転させて、王太子とメリアに対峙するように向き直る。

「こちらの、天使のようにおかわいらしくも純粋無垢で優しいクララマリア様が、いじめなんてするわけないだろうが!いじめという言葉すら、ご存じなのか怪しいわ!」

「そうそう、ナァーンセンスです!おかしいと思ったんですよ、嘘をつくにしてもお粗末すぎて、ふふふ!笑っちゃいますよ!」

クララマリアを背にかばうようにし、なぜか自分のことのようにドヤ顔をする二人。

「え、え、わたくしさすがに、いじめという言葉の意味ぐらいは存じ上げておりますわ・・・」

おろおろするクララマリアの声は、会場から沸き起こったそうだそうだ~!という共感の叫び声と拍手にかき消された。



「んな、な、ちょ・・・・エッヘン!!!(厳ついおっさんのような咳払い)・・・でもお。わたしい、ほんとにひどい目にあわされたんです~!その人、表では優しそうなふりをしてますけど、裏ではそれはもう、めちゃくちゃえげつな・・・」

てっきり味方だと思い込んでいた王太子の腹心2人の、突然の掌返しに、男爵令嬢メリアは、内心めちゃくちゃ焦った。

だがそれを、令嬢らしからぬ咳払いで押し隠し、気を取り直してあらためて王太子の腕にすがってポロポロ涙を流してみせた。それは、可憐で憐れな被害者にしか見えない、自分でも感心するぐらい会心の出来の悲劇のヒロインの芝居だった。

メリアは、イケる!!!と確信していた。

彼女は平民のスラム出身だが、かろうじて希少な光魔法が使えたため、男爵家に養女に迎え入れられた。生まれつき可愛かったので、王族や上位貴族に近付けさえすれば、余裕で玉の輿に乗れるポテンシャルを持っていると自負していたのである。

それが、優秀な婚約者がいて、自身も完璧な王太子が、鉄壁のガードを自分だけにはゆるめて腕につかまらせてくれた。嘘で固めた泣き落としを親身になって聞いてくれた。

目障りな侯爵令嬢さえ蹴落としてしまえば、この王太子を完璧に誑し込んで、王妃として栄華を極められると、本気で考えていたのである。


しゅぽん!


その時。

がっちりと腕を抱き込まれていたはずの王太子が、光の速さで掴まれた腕を引き抜き、華麗なひねりをくわえた空中回転ジャンプをキメたのち、ファサリとクララマリアの隣に降り立った。

この皇太子、スポーツの実力も身体能力も、学園トップである。

そして、愛おしげに婚約者の肩をそっと抱いた。

「バカなことを訊ねてしまってすまないね、クララたん。もちろんこんな戯言、私は微塵も信じてはいなかったとも!」

「まあ、素晴らしいジャンプですわ、アーヴィン様!まるで神話に出てくる風の神に愛されし英雄、グリュンエイデンのようでしたわ!」

パチパチパチ・・・

その可憐な頬をバラ色にほんのり染め、目をキラキラさせながら無邪気に拍手をするクララマリア。まさに天使である。

「フフッ、そういうクララたんこそ、英雄グリュンエイデンの最愛の妻、美の女神オーフィリアのようだよ・・・」

そう言って、アーヴィンは死人が出ると噂の必殺ウインクをクララマリアに贈った。

自分に贈られたものではないにも関わらず、会場の令嬢が何人かばたばたと気絶した。

「まあ、アーヴィン様ったら・・・!」

王妃教育の結果、そうしたアプローチに免疫のないクララマリアは、顔から火が出そうなほどポポポポ、と真っ赤になる。

その可憐なさまに、会場の面々からはため息がこぼれる。


「エッヘン!!!!(厳ついおっさんのような咳払い)ちょ、ちょっと待ってくださあああい!」


ほんわかした空間に、メリアの妙に野太い咳払いと、焦りを含んだか弱い訴えが響く。


「この学校は、『身分を問わず才あるものに学びを』という創立者様の不文律のもと、身分の低いものの意見も平等に聞くべしと、差別はならぬと決められているはずですわ・・・。

男爵令嬢である、この中ではとても弱い立場のわたしの意見など、嘘だと決めつけてなかったことにしようというのは、すべての国民の模範たるべき次期国王様らしからぬ、非道なおふるまいではございませんか・・・?」


ふるふると震えながら、メリアはまたか弱いヒロインの芝居をうった。全身全霊バージョンである。

だが、内心では(無視して自分たちの世界に入ってんじゃねーぞ!!このお花畑バカップルとボンクラ腰ぎんちゃくどもがよおおおお!!!!)と、怒りを抑え込んでいた。主にこの震えは、怒りによるものだ。


「その話はもう済んだだろう。」


だが、メリアの渾身の訴えにも関わらず、アーヴィンはそっけない。婚約者に向けていた甘い表情がすっと消える。まるで能面だ。


「君の言い分はすべて聞いた。その内容をきちんと調査したうえで、不本意だが本人にもこうして一応確認を取った。結果嘘だと判明した。そしてなにより・・・」


アーヴィンは淡々と感情のない声で延べ、婚約者の顔を覗き込んだ瞬間、また嘘のように甘い笑顔になる。


「我が愛おしいクララたんが、ちょっと妬いてくれたりしないかな~と思って、腕に触れるのを許したり、浮気疑惑の噂を故意に流させたりもしたが、不発に終わったからね」

ちょっと唇をとんがらせて、すねたようにクララマリアを見るアーヴィン。

それに、クララマリアはふふふと花のように微笑んだ。

「わたくし、アーヴィン様を信じておりますもの!」

ちょっと誇らしげに胸をはる愛おしい婚約者に、ぶるぶるぶると震えた王太子は、がば~っと感極まって抱擁した。

「ああ~~~~!!!私の婚約者が今日も天使すぎる!!!」

「ほほほ、まあ、アーヴィン様ったら!」

沸き起こる万雷の拍手と、温かい歓声のざわめき。参加した子息令嬢たちは、この国の将来は明るいと期待を新たにした。

「・・・まあ、そういうわけだから。君の虚偽の訴えはともかく、ご協力感謝する。もう結構だよ」

そして、ふたたびメリアを見た王太子の顔と声からは、またスン、と表情が消える。


「ふっ・・・ふっ・・・・」


ブルブルと震えるメリア。


「ふざっけんじゃ・・・・お、お、お戯れが!!すぎますわ王太子殿下も、クララマリア様も!!」


怒りの余り、ヒロインのお芝居はどこへやら。いつしか腹から野太い声を張り上げて叫び出すメリア。

実は、男爵家に迎えられる前、スラム街でストリートチルドレンを束ねて徒党を組んでいた。彼女がかつて、『毒サソリのおメリ』と呼ばれ恐れられていた頃の片鱗が見え隠れし始めていた。


「やっぱりこの学園の身分にかかわらず平等の精神なんて、上っ面だけの嘘っぱちですのね!平民出身の男爵令嬢の、弱き立場のわたしの訴えなど握りつぶされてしまうのですわ!国の将来を担う方が!本当にそれでよろしいのっ!?」

まさに獣の雄たけび。言っている内容はずっと同じだが。訴えというより恫喝に近いそれに、おずおずとクララマリアが挙手して発言した。


「ちょっとよろしいですかしら・・・?」

「なんじゃァい!!!」

凄まじい剣幕に、ひっと小さく息をつめつつ、クララマリアはそっと王太子の腕を抜け出し、周囲の制止をきかずにメリアの前に近付いた。

そっと両手で、その手を包み込む。

「いじめを受けているとは、ゆゆしき問題ですわ。ただ、わたくしがいじめた、とおっしゃったのは何か行き違いがあると思いますの。よろしければ、どんなことをされたか詳しくお話しいただけませんこと?一緒に、考えましょう」

国の淑女の模範たれ。どのような時でも、王妃は国民の味方であれ。王妃教育で厳しく指導されて、クララマリアは何の疑いもなく、純粋に彼女の味方であろうとした。

「ふざっけんじゃねえぞこの偽善者が!!はッ、自分がやったくせにしらばっくれやがって!」

一方で、そんな彼女の手を乱暴に振り払って、メリアは吠えた。

「いつもいつもいい子ちゃんぶりやがってよ!前々から気に入らなかったんだよ手前ェは!!・・・いいか、全員よく聴けッ!!この女はなあ、こんな虫も殺せねえような顔して、あたいが王太子殿下に見初められたのが気に食わなくて、あたいの教科書や体操着をズッタズタに切り裂いたり、階段から突き落とそうとしやがったんだよォ!!こちとら、教科書も体操着もズッタズタにされた実物を学校に提出済みだし、階段から落とされて負ったケガ(捻挫)の医者の診断書もあるんだからよお!!」

「いや、私は一秒も見初めてないんだが・・・」

「まあ、なんてひどい!まさかそんなひどい目に遭ってらっしゃったなんて・・・!」

ジト目で事実を指摘するアーヴィンをよそに、クララマリアはいたく胸をいためて涙を滲ませた。

「無理だろ。」「嘘ですね。」

王太子の腹心2人が同時にきっぱり否定した。

「ァアアン!?嘘じゃねえわ!!嘘だってんなら、証拠持ってきやがれってんだ!!」

もはやおメリ全開で噛みつくメリア。その醜さにゲンナリしながら、サイラスはズレてもいない眼鏡を中指でクイッと押し上げた。

「ハア・・・まず。クララマリア様には、お妃候補になられた日から、24時間王家の『影』と呼ばれる監視・・・ゲフンゲフン、護衛が付いています。魔導具もセットされていて、リアルタイムで彼女の行動はすべて王家の専門機関が記録し、管理し、王族の皆さんに毎日、定期報告されています。」

その異様な内容に、メリアは思わずあんぐり。

「ばっ、馬鹿言ってんじゃねえぞ!!そんな都合のいいハッタリが信じられるわけねえだろうが!

いっくら素行を問われる王妃候補だっていっても、24時間だなんてトイレや風呂や寝てる時まで監視されて平気な奴なんているわけないだろうがよ!!」

「安心しろ。さすがにそういうのは女性が付いているから問題ない。何も異常なことはないぞ?愛するもののことを四六時中知りたいというのは、愛ゆえのこと、自然だろう」

「ええ、それに、わたくし、物心ついたころからこの生活でしたから、もう慣れっこだから平気ですわ!」

それが何か?ときょとんとする婚約者の二人に、さらにメリアは顎が外れそうになっている。

「お前ら異常だよ!!!」

「・・・ともあれ、彼女の行動のすべては周囲に把握、記録されている。調べたが、もちろん君のいじめに関与した形跡はない。不可能だと証拠をもって証明できる」

サイラスが眼鏡をきらりと光らせ、鋭い狐目でメリアを睨みつけた。

「な、ふ、ふざけんなよ、このキザメガネ野郎が!!そんなもんは、王家の力をもってすれば、いくらでも捏造したりもみけしたりできんだろうがよ!?眼鏡割んぞこらあ!」

キザメガネ野郎、というピッタリすぎるワードに半笑いになりつつ、ダンケルが口をはさんだ。

「捏造?無理だぞ。クララマリア様の監視魔導具も、学内の魔導監視カメラも、不正改ざん防止の契約魔法のもと作られている国の司法機関の謹製で、正式なものだ。

王族であっても不正をすることはできないさ。・・・おや?この学園の入学後、すぐに習う基礎中の基礎だぞ?授業をちゃんと聞いていたか?」

むぐぐ、と言葉につまるメリア。そういうことは、正直ぼんやりしか知らない。男を追いかけることに夢中で、授業なんて最低限しか聞いていないのだから。

追い込まれたメリアは、目にぶわわっと涙を滲ませた。いつでも泣ける、彼女の特技である。

「ひ、ひどいですわあああ、権力をふりかざして、事実をもみ消そうとしているんですわね。ひ、被害者のわたしが!!恥を忍んで訴えているんですのよ!?寄ってたかっていじめるなんて、ひどいですわああ!」

再び特大の猫をかぶり、さめざめと泣き始めたメリアに、彼女の本性をすでに見ている周囲は冷めた視線を向けた。

ただ、一人をのぞいて。

「そうですわ、被害者のかたが勇気を出して訴えているんですのよ、みなさんもっと慎重にお話を聞いて差し上げるべきですわ。」

我らが大天使、クララマリアである。

「だって、だって、いくらなんでもありえないでしょう?」

ふたたびメリアの手をそっと包み込んで、涙に霞む視界をものともせず、訴える。

そのとき、空気を読んだ優秀な王太子の腹心たちがひそかに動いた。

ホール奥の壁面に、スーッとスライドが下りてくる。

サイラスがさっと手を上げると、とある魔導監視カメラの映像らしき映像が映し出されるが、一生懸命訴えているクララマリアだけが背を向けていて気が付いていない。

つまり、クララマリア以外の全員がスライドの映像を見ている。


「教科書や体操服を切り裂かれただなんて、それを捏造しようと思ったら、ご自分で教科書や体操服をずたずたに切り裂かないといけませんわ!?そっ、そっ、そんな恥知らずなこと、いくらなんでもできませんでしょう!?」

スクリーンに映し出される、狂ったように哄笑しながら教科書と体操服を切り裂いている、悪鬼のような表情のメリアの姿。

そして、スクリーンの映像はぱっと切り替わる。

「それに、それに、現に階段から落ちてお怪我をなさっているんですのよ?え?まさか自分から階段から落ちたとでもおっしゃるの!?打ち所が悪ければ死んでしまうかもしれないのに、そんなに無謀で愚かしい事、本当にする人がいるなんて思えませんわ…!」

そして同時に映し出されるのは、思いっきり『せーのっ!』という口の動きをしてから、階段のわりと低いところから故意にひっくり返るメリアの姿。

受け身に失敗して、思っていたよりしたたかにあちこちを打ちつけてしまい、痛みに転げまわっているのまできっちり映っていた。


ふたたびホール中に沸き起こる、大爆笑。

「えっ!?えっ!?あの、みなさま、どうしてお笑いになりますの?」

クララマリアだけが、わけもわからず可愛らしく首をかしげている。

まさに無自覚煽り。彼女の邪気のない発言が、とうとうメリアのくすぶる怒りに油を注ぐ結果となる。

ゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

「ふっ・・・・」

・・・・・・ぷつり。


「ふざっけんじゃねえぞこの、お花畑クソバカップルに、クソボンクラ貴族どもがよおおおおお!!!!」

メリア、大噴火。


「「「さすがに、不敬罪。」」」


怒りをおメリ全開でぶちまけたメリアに、アーヴィンと腹心2人が指を突き付けてハモり、合図とともにメリアが悪態を吐き散らかしながら連行されていった。


のちに、この卒業パーティーでの事件は、仲睦まじい新国王陛下と王妃のほほえましい愛のエピソードの一つとして、末永く面白おかしく語り継がれることとなったという。


END


お読みいただきまして、ありがとうございます。

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