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我儘姫と郵便配達人

 とある世界の、とある小さな国に、それはそれは、愛らしいお姫様がいました。


 しかし、彼女の欠点を挙げるのであれば、非常に我儘であるということでしょうか。


「ねぇ、お菓子を持ってきて。」

「今日のお勉強は無しにして。」

「このお茶は好みじゃないわ。淹れなおして。」

「こんな授業、つまらない。詩歌の方がやりたいわ。」


 どんな侍女や家庭教師を雇っても、お姫様は我儘を言っては逃げ、辞めさせてしまいました。


「また侍女が三人も辞めたと聞いております。」

「あの執事は、十年も仕えてくださった方でしたのに……。」

「我儘姫様がまた何か言っておられるぞ。」

「また逃げられた……。まったく、次は何日持つかしら。」


 次第にお城の中では、お姫様の悪い噂が飛び交う様になっていました。

 

 困り果てた王様と家臣は、国中から知恵のある者を呼びました。著名な教育者、厳しいマナーの先生、果ては道化師まで。

 

 しかし、王様達が呼び寄せた者達は、ことごとく追い返されてしまいました。

 そうして、最後にやって来たのは、深緑色のケープが印象的な郵便配達人でした。


 謁見室で、国王陛下は平伏している郵便配達人を見下ろしました。


「郵便?ああ、最近話に聞くな。手紙や荷物を運ぶ者か。」

「その通りでございます。」

「お前は、どこから来たのだ。」

「クィ・ヴィトラでございます、陛下。」

「自由都市の者か。」

 

 国の外からやって来たという彼は、お姫様を治せると言いました。頭を悩まされ続け、疲れていた王様も、家臣も、その郵便配達人に我儘なお姫さまを託すことにしました。






「ユウビンハイタツ?なぁにそれ。古い言葉?それとも、何かの楽器?」

「いいえ。郵便配達人は、手紙や物を運ぶことを生業とする者のことでございます。」


 王宮の中、色とりどりの花が咲き乱れる庭の四阿で、平伏している郵便配達人を不躾に見下ろしながら、お姫様は聞きました。


「そう。物を運ぶ人がどうして、わたくしの元にいらしたの?」

「姫様に、お手紙をお持ちしました。」

「手紙?」


 お姫様は、驚きました。手紙は、いつも侍女や執事が持ってくるもので、それ以外の人が持ってくることはありませんから。更に、次の一言がお姫様を更に驚かせます。


「はい。姫様のお母君よりお預かりしております。」

「何言っているの!おかあさまは、もうお空に昇ってしまったのよ。」


 お姫様の母である王妃様は、病で半年前に亡くなってしまいましたから。


「ええ、存じております。これは、ご生前に書かれたものです。」

「信じないわよ。」

「それは、困りましたね。」


 郵便配達人は困ったように、目尻を下げました。



「お母さまは、ずっとベッドの上にいられたのよ。手紙なんて書ける訳ないわ!」


 お姫様は知っていました。床に伏したお妃様があまり座っていられなかったことも、最後の1か月は代筆を頼める状態でなかったということも。


 憤るお姫様に黙り込んでいた郵便配達人は、少し考える素振りを見せてお姫様に話しかけました。


「……姫様の大好きな御本は、『銀の聖女様』でしたか?」

「え?」

「好きな食べ物は、鶏肉とメトイの煮込み料理。お菓子なら、飴のトッピングがついたクッキー。お気に入りのドレスは、白いレースに赤い花をあしらったドレス。着られなくなってしまっても、手直しをしながら、着るほどに。それから、初めて刺繍をしたハンカチは宝箱に入れているのではないのでしょうか。」

「……なんで、どうして、知っているの?」


 郵便配達人が口にしたのは、お姫様とお妃様しか知りえないことでした。


 信じられない、といった顔をしたお姫様の問いに、郵便配達人は静かに微笑み手紙を差し出す。


「だから、お母上からのお手紙だと言っているでは、ありませんか。」


 郵便配達人から手紙を奪い取ると、そこには几帳面でいて、美しい文字が並んでいました。お姫様が知る王妃様の文字では無かったものの、不思議と温かみがありました。


 手紙を読み進める内に、お姫様の大きな瞳からは大粒の涙が次々と零れ落ちていきます。


「わたくしだって、本当は、もっと御本を読んでもらいたかった。もっと、刺繍を教えてもらいたかった。……もっと、一緒にいたかった。だけど、一緒にいたら駄目だったの。良い子にしていたら、神様が助けてくれるって。でも、ちっとも良くならなかった。」

「姫様……。」


 手紙をくしゃっと握りしめて、お姫様は涙を拭いながら言いました。

「お母さまは、もういないの。良い子にしていたって、願いはかなわないの。だったら、良い子にする意味は無いって気づいたの。初めは楽しかった。でも、だんだん不安になって……。」


 郵便配達人は、膝を折るとお姫様と目を合わせました。そして、事実を淡々と語るように話しました。


「そうですね。神様は、とても意地悪です。どんなに大切な人も、大切なものも、簡単に奪ってしまう。だから、後悔のないように、今あるものを大事にしてください。」

「奪われてしまうのなら、何もいらないわ!皆、いなくなってしまうのなら、いっそ……もう。」


 郵便配達人は、今度は咎めるような声を出しました。


「姫様、それはきっと違います。」

「違うくないわ!失くしてしまうのは、悲しいもの。」

「ええ。ですが、失うことで得る物もあるのです。」

「どうして?それでも大切なものは失くしたくないの。貴方に、貴方なんかに私のことは分からないわ!」


 お姫様は、そう言い切った後、少し後悔しました。郵便配達人の静かな表情に気づいたのです。自分を見つめながらも、遠くの何かを見つめるようなその視線は、どこか悲しげで、それでいて、不思議なことに、かつて母君が慈しんでくれたものと同じようなものを感じました。


「……姫様、どうかお母君との、その思い出を大事にしてください。忘れず、閉じ込めず、心の中で大切にしてください。そうすれば、きっと何よりも代えがたい宝となるでしょう。」


 郵便配達人のその言葉は、不思議とお姫様の心に響きました。


 王妃様がいなくなってから、お城中が昏くなっていたことを、お姫様は感じていたから。

 侍女や家庭教師の痛々しいものを見るような眼差しに、どうしても耐えなければと思っていた。自分を元気づけようとする王様や国民に応えなければと思っていた。

 そう思えば思う程、苦しくて、辛くて、逃げていた。


 

(でも、今ここにいる郵便配達人は……わたくしを、わたくし自身のことを見てくれているんだわ。)

 


 そう気づいたお姫様の頬には、また雫が流れてゆきました。


 お姫様は、泣きました。

 泣いて、泣いて、沢山泣きました。

 




「姫様、もしよろしければ、お母君に手紙をお書きになってはいかがでしょうか。」


 暫くして、泣き止んだお姫様に郵便配達人が、そう提案しました。


「えっ、でも……。」

「届けます、必ず。それが仕事ですから。」


 郵便配達人の自信ありげな面持ちに、お姫様は不思議とそうしたくなりました。

 それから、お姫様は母君に向けて手紙を書き始めました。




 

 そして、郵便配達人の旅立つ日がやってきました。

 見送りを兼ねて謁見室には、王様とその臣下である貴族達が大勢集まっています。


「お母様への手紙、書きましたわ。」

「天の国のお妃様に必ずお届けしますね。」

「ええ。お願いね。」


 郵便配達人がお姫様から、手紙を受け取り依頼内容を復唱しました。その様子を、父である国王陛下と見届ける姿は、まさしく一国のお姫様でした。


「此度の働き、見事であった。姫の我儘を治してくれた礼に、褒美を取らせよう。」

 王様の臣下が、金貨の入った袋を持ってきた。

 しかし、郵便配達人は受け取るどころか、首を振るのでした。


「受け取れません。」

「何故だ。其方は、受け取るに値する働きをしたのだぞ。」


 郵便配達人は国王陛下の隣に立っているお姫様を一瞥すると、柔らかな声で言いました。


「姫様は、元来、素晴らしいお方です。ただ一時期、ご自身を少し見失ってしまっていただけのこと。私は、姫様がご自分を見つめ直すのに、少しお力添えさせて頂いただけでございます。何も、特別なことはしておりません。」


 国王陛下は、国中から褒美を目当てにやってきた者達を相手にしていたため、拍子抜けしてしまいました。


「謙虚であるのは良いことだが、これでは示しがつかん。」

「では、私の願いを聞き届けて頂けませんか?」

「内容によるが、言ってみろ。」

「寛大なお心に感謝いたします。私には、図々しいことに2つお願いがございます。」


 郵便配達人のその言葉に、その場にいた臣下達が騒めきました。


「沈まれ。声が聞こえぬではないか。」

 王様の一言で、周囲の臣下たちは静まり返りました。


「1つめは、この国の入国証を私が所属する郵便社に発行して頂きたいのです。」

「ほう、そのくらいなら良いだろう。だが、発行してやれる数はそう多くはないぞ。」

「問題ありません。どうぞ、お願い致します。」


「そして、もう1つは?」

「もう1つは、陛下御自身へのお願いです。」

 今にも剣を抜いて、飛び出しそうな騎士を国王陛下は、目で制しました。


「できるだけで良いです。姫様に『銀の聖女様』という御本を読んでください。」

「ちょ、ちょっと!」


 お姫様が、思わず声をあげるのを余所に国王陛下は、思案顔になって頷きました。


「そうか……そうだな。できるだけ努力するとしよう。」

「感謝いたします。」



「短い間ではありましたが、この地に滞在できたこと、感謝申し上げます。」

 郵便配達人は、魔術師の用いる最上級の礼をしました。


「ああ。また、来るが良い。」


 郵便配達人は軽く頷くように頭を下げると踵を返して、謁見室の扉を出ていきました。





「おとうさま、あの手紙が届かないこと、知っているの。」

 お城から去っていく郵便配達人の背を見送りながら、お姫様は父である国王様に言いました。


「でもね、それでもいいの。」

「そうか。」


 お姫様の纏う空気が変わったことに、王様は安心しました。そして、幼さの残るお姫様の頭をポンポンと優しく撫でました。





 王都を見渡せる、その高台に郵便配達人の姿がありました。彼は1人でしたが、彼の瞳には白いドレスの女性が映っていました。


 郵便配達人がお姫様の書いた手紙を広げると、その女性は手紙を覗き込みました。暫くすると郵便配達人に微笑みかけました。

 

『ありがとう。これで、心残りはないわ。』

 白いドレスの女性は、胸に手を当てて、品良くお辞儀をしました。


「いってしまわれるのですね。」

『ええ。ずっと、声が聞こえているの。これ以上、無視し続けたら、きっと還れなくなってしまうわね。貴方に出会えて、よかったわ。』


 郵便配達人は、目を閉じてお姫様のことを思い出して、白いドレスの女性に言葉をかけました。


「……姫様は、きっと分かっていたと思います。王妃様の悲しみを分かっていたと思います。」

『ええ、そうね。きっと、そうね。優しい子だから。ありがとう、心優しい郵便配達人さん。』


 そう言い残し、白いドレスの女性は柔和な笑みを湛え、フワフワと舞う光となって青空へと消えていきました。



「私からも、ありがとう。これが、いつか貴女様の元へ届きますように。」


 郵便配達人の小さな呟きと共に、その手にあった手紙が燃え、灰となって風に運ばれて行きました。


だいぶ前に短編で書いた話なので、色々とフワッとしています。


お姫様  :大好きなお母様がいなくなって、ちょっとグレていました。根はすごく良い子。

国王陛下 :娘が、奥さんにベッタリだったために、距離感を測りかねていました。頑張れ!

郵便配達人:世界中で、手紙や荷物を届けている人。この国に訪れた配達人は、どうやら魔術師らしい。

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