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エルフの里

初投稿です。

数多の小説がある中から、興味を持って頂きありがとうございます。

長いですが基本的に一話完結を目指しております。

 そこは、濃い緑の木漏れ日がさす深い森の中。1人の青年が、黙々と歩き続けていた。彼は肩から鞄をかけ、森の緑に負けないほど深い緑色をしたケープを羽織っている。時折、立ち止まっては透明な板を見つめてはまた歩き出す。


 暫く歩き続け、彼は川に出た。そこには丁度、先客がいた。水汲みをしているようで、木桶に水を入れている。白く長めのスカートが涼しげである。金色の長く、美しい髪を緩く後ろで三つ編みにしている。その髪からチラリと見えるのは、特徴的な長い耳――エルフだ。


 青年は迷わず彼女に話しかけた。

「あの……すみません。」


「あ、はい、えっ!」

 水を汲み終えて、青年の方に振り返ったエルフの女性は木桶を落とし、一気に5歩ほど下がる。せっかく汲んだ水がジワジワと地面へと染みていく。


「に、人間!?な、何の御用でしょうか?わ、わたしには何もございませんよ。」

 彼女は明らかな動揺を見せながら、青年の方を伺う。


「……驚かせてしまい、すみません。私は郵便配達人をしております、ティルムと申します。こちらの里にお手紙をお届けに参った次第でございます。」

 ティルムと名乗った青年は、自分の右手を胸にあてて丁寧に一礼する。

 

「ユウビ、タツニン?テガミ?」

 初めて聞く言葉にエルフの女性は首を傾ける。


「郵便配達人です。平たく言うと手紙や物を頼まれた場所に運ぶ仕事です。あ、手紙はいわゆる書き物や文のことです。」


 彼女はティルムの説明を受けて物珍しそうな顔になる。

「初めて知りました。」


「ええ、郵便配達範囲が拡大したのは2年程前に出来たものですからご存じでは無いかもしれません。」


 ティルムの説明を聞いてコクコクとエルフの女性は頷く。

「そうなのですね。えっと、それでアナタ……ティルムさんは遥々こんな所まで。てっきり、襲われるかと。」


「歴史上仕方のないことですが、シレッと失礼ですね。」

 ティルムのツッコミにエルフの女性はクスクスと笑う。


 初めの反応とは違い、彼女はすっかり落ち着き払っていた。

「それで、誰へのお手紙なの?」


「えっと、カムティ森の西にあるヒルルの木の生える里のナリャ様に。」


「そう、その子は私の幼馴染よ。ちょっと待っていてくれるなら家まで一緒に行ってあげてもいいわ。」

 その言葉で、ティルムは彼女の足元に転がっている木桶を見る。


「あ……すみません。お手伝いしましょうか?」


「いいわよ。手紙を持ってるんでしょ?濡れちゃったら良くないわ。」


「ご心配なく。これでも濡れないように、魔法がかかっていますから。」


「フフッ、ありがとう。でもこれは私の仕事だし、そもそも零したのは私だから気にしないで。」


 水を汲み終えた後、二人はナリャの家がある里へと歩いていく。その道すがら、エルフの女性はカナと名乗った。カナとナリャは、年が近く今も仲の良い親友だそうだ。


「へぇ、その緑色のケープは郵便配達人の証なのね。」

 カナは両手に木桶いっぱいの水を抱えながら、ティルムの羽織る緑色のケープをマジマジと眺める。よく見ると、葉柄の透かし模様が入っている。


「はい。ですから、今後このケープを着た者が訪ねてきたら郵便配達人ですので、手紙を是非受け取ってください。」



 そうこうしている内に、大きなヒルルの木を囲うようにして、木造の小さな家々が木々の間に立つ里が見えてきた。中には、大きな樹の中を家としているようで見た目よりもずっと多くのエルフが住んでいるようだ。


 人影はあるが、外からやって来た人間であるティルムに興味の目、奇異の目を向けるもの多種多様だった。


 中には、石を投げようとする子供もいたがカナが直前に気づいて止めてくれたりした。


「おや、カナ。そいつ人間じゃねーか。誘惑したのか??」


「やあね、この人は郵便配達人よ。手紙を届けるために遥々この森まで来てくれたのよ。」

 などと軽い世間話を他のエルフと交わしながら、カナはナリャの住む家まで案内してくれた。


 ティルムはカナがいてくれて、良かったと内心で思うと共に何処か違和感を感じていた。エルフはとにかく人間や他の種族との交流を好まない。寧ろ、大昔からつい300年程前まで人間はエルフを迫害していたといわれるのだから嫌われているのが大概だった。

 今、街などで見かけるエルフ達は物好きで出てきているといった感じである。


 一度、カナは自分の家に木桶の水を置いてからナリャの家へ向かった。


「ナリャ〜、カナよ〜、いる〜??」

 他とは一段と違う、大きめの樹の家の前でカナは大声でナリャを呼ぶ。


 すると、中から扉が開いた。中から出てきたのは、カナと同じく、金色の髪をした女性だった。


「おやおや久しぶりねカナ。」

 柔らかい笑みを浮かべて、その女性はカナを見る。


「あ、おばさん。久しぶり。」


 そして、その隣に立つティルムを見て少し驚いた表情を浮かべた。


「あら、アナタは人間さん?こんな所でどうしたの?」


 説明しようと口を開きかけたティルムより前にカナが説明してくれる。


「この人はティルムさん。えっと、手紙とか物を運ぶ仕事をしてるんだって。さっき、川に水を汲みに行ったら出会ったの。」


 カナが説明してくれたおかげなのか、納得してくれるのが早かった。


「なるほどね。それで……ナリャ宛ての物?」

 

「はい。お手紙と、小包を預かっております。」


「遥々こんな所まで、ありがとうね。でもナリャは今、採集に行っていていないのよ。どうしましょう。」

 少し困ったように眉を下げてキョロキョロと周りを見回す。周囲は緑に溢れているとはいえ、他のエルフの目がある。


「どうぞお構いなく。ナリャ様にお渡しできるまで適当な場所で休みますので。」

 ティルムが微笑んで伝える。こういったことは日常茶飯事だから、慣れている。


「そう……ごめんなさいね。家のお義父さんが厳しい人でね、本当ならお家にお招きしたいところなのだけど。」

 

「お構いなく。それではまた来ますね。」

 ナリャの家を後にし、ティルムは何処か休める場所を探しながら歩きだす。その後ろをカナが着いて行く。


「うーん、残念ね。」


「仕方ありません。というか、カナさんを付き合わせてしまいました。お仕事は大丈夫なのですか。」


「ああ、それなら大丈夫。大体は終わらせたから。ね、それよりもティルムさんの話が聞きたいのだけど……。」

 少しオズオズとした様子で、カナはティルムを見つめる。


 そこまで聞いて、ティルムはやっと彼女の今までの行動に合点がいった。つまり、カナはナリャの家を教えることで恩を売った訳である。もちろん無茶なお願いでは無いので、引き受けるが。


 適当な場所に倒木があるのを見つけて、二人とも腰かける。

「話くらいならいいですよ、面白いかどうかは判りませんが。ナリャさんが来るまで。それに……君たちも聞きたいのかな?何もしないから出ておいで。」


 ティルムは木々しかない方向に向かって声をかける。すると、木陰の裏からティルムの腰くらいの背丈をした子供達と目が合い、ドミノ倒しのように5、6人の小さな子供のエルフ達が出てきた。


「やい人間、お前なんか退治してやる。」

 1人の男の子が出てきて、木の枝をティルムに向かってフリフリする。


「ちょ、ちょっと君たち!」

 カナが焦って止めようとしたのもつかの間、ティルムに向けられた木の枝から小さなつむじ風が生まれた。つむじ風はすぐに解けてそよ風となって消える。


「ウッ。」


 すると、ティルムは苦しみの表情を浮かべながらパタン、と後ろに倒れた。


「えっ、嘘でしょ?」

 カナと子供達は慌てて、ティルムの顔を覗き込む。


「な、お、お、俺は何にもやってない……ぜ。」

 やった張本人は木の枝を後ろに回して、素知らぬ振りをする。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

 子供達は心配そうにティルムに群がる。


「そういえば人間って、軟弱って記録板に書いてあった気がある。」


「ええ、今ので?」


 すると……。


「フッ、ハハッ。かかりましたね。」

 倒れてから何の反応も示さなかったティルムが、笑いだす。


「なっ、オイ、騙したのかよ。」


 ティルムは男の子と目が合うように前にしゃがむと真顔になって、男の子の持つ小枝を人差し指でさす。

 

「相手に風魔法を使っておいてよく言えるね。それ、誰かを容易に傷つけかねないから、気をつけた方がいいよ。」


 男の子はギクッとして、思わず小枝を手放した。


「魔法は意思で発動できるから便利なものだけど、ちゃんと訓練していないと大きな事故になることだってあるんだ。今回はあの小さな風で済んだけど、もし大きな嵐を呼ぶ魔法だったら僕だけじゃなく、君もここにいるお友達も怪我だけじゃ済まなくなる。そのことを理解した上で魔法は使わないといけないよ。」


 するとカナも口を開き、今度は子供達全体に言い聞かせる。

「その通りよ。いつも言ってると思うけど、私達は森の恩恵を受けて生きてる。魔法もその内の1つよ。その力で他者や森を傷つけるようなことはあってはならないわ。」


 少し泣き出しそうになりながら、男の子はごめんなさい、と謝った。


「ちゃんと学んだならいいわ。」


「これからは気をつけてね。」

 カナとティルムのお説教が済んだら、男の子はカナが慰めていた。


 それからティルムはカナや子供達に聞かれるまま、森の外について話した。


 雄大な高原、切り立った山脈の話、人間の暮らし、食べ物、街について。



「人間、そこで何をしておる。」

 そんな話で盛り上がっていると、威厳のある声が聞こえた。


 見ると、白い短髪に口髭を長く生やしたエルフが少し太めの杖を支えに立っていた。後ろには二人別のエルフを伴っている。


「ゲッ、長老。」

 カナがいかにも、しまった、という顔を浮かべた。


「勝手にお邪魔して申し訳ありません。私は……。」

「出て行け。」


 ティルムが自己紹介するよりも早く告げられた言葉は刺々しく、嫌悪を感じるものだった。


「あ、あの。僕は……。」

「出て行けと行っているんだ。ここに人間の居場所は無い。」

 ティルムがなんとか説明しようとするも出て行けと二度も言われてしまった。


「長老様、それはひどいよ。ティルムさんは色んなお話聞かせてくれたんだよ。僕らは何もされてないよ。」

 子供の一人が、長老に向かって訴えかけるが焼け石に水、いや、炎だったようだ。


「お前達も騙されるな。人間はずる賢いものだ。そうやって私たちに取り入ろうとするものだ。」


「あ、あのぉ……。」

 罪の無い子供達が怒られているのを見てなんとかティルムは発言しようとするが……。


「まだ、おるのか人間。とっとと出てゆけ。」

 長老は、怒りを露わにする。


「用事が済んだら出ていきますから、どうかそれまでここにいさせてください。日が落ちる前には出ますから。」

 

「儂はさっさと出て行けと言っているんだ。それでも居座るのなら、力づくで……。」

 そこまで長老が言うと、木の蔦がティルムに絡みつく。


「ちょっ、ちょっと話を……。」

 ティルムはアワアワと焦りながらも蔦が絡みついて身動きがとれない。


「そうよ、簡単に物事を決めつけるものじゃないわ。私が言うのもだけど、こういうのが乱れを生むんじゃ無いの?」

 ティルムは手足に絡みついた蔦を離そうともがく。そんな彼を助けようとカナは風魔法を使い、子供達は手で蔦を剥ごうとする。


 その様子を見て、長老は更に怒りを見せた。

「カナ、お前はいつからそんな反抗的に、ゴホッ、ゴホッ……。」


「長老様‼」

 突如、長老は咳き込んで倒れ伏した。後ろにいた二人は、彼を介抱する。


 カナの小さな呟きが、ティルムの耳に入った。

「……ほら、言わんこっちゃない。無理して出てくるからよ。」






「それで、なんか家の中が騒がしいしこんな雰囲気なのね。」

 長老が倒れて運ばれて、ティルムが蔦からやっと解放された頃にナリャが帰ってきた。先程、家の前で対応してくれたのはナリャの曾祖母だったらしい。さすがエルフ、見た目で年齢は推し量れない。


 ナリャはカナと同じくらいの背丈をしており、金色の髪を短く切り衣服は裾をキュッと締まるズボンを履いていて、日常から活発なのか動きやすいようにしているのが伺えた。


 ナリャは迷わず家にティルムを入れてくれた。諸々の事情を知るカナも一緒だ。

「ごめんね。私が家にいればこんなことにならなかったのに。大お爺様は少し頭が硬くて。まぁ、色々と事情があってね。あと、お届け物、ありがとう。」

 

 机の上には、ティルムが持って来た封筒と小包が乗っている。


 ナリャは長老のひ孫だった。彼女はお詫びと言ってティルムに夕食と寝床を用意してくれた。家の他の者は長老の世話に忙しいようで、ナリャの父親と母親は顔を見せて、挨拶と謝罪をした後さっさと行ってしまった。



「それで、誰からだったの?」

 手紙に目を通すナリャにカナが少し前のめり気味になって問いかける。


「想像ついてるんでしょ?兄さんで合ってるわ。ハイ、これ。カナの分。」

 封筒には何枚か便箋が入っていたが、それぞれ宛先が異なっていたみたいだ。

 ティルムはそのことに内心、苦笑いをしながら暖かいお茶を頂いた。最悪、暗くて獣が出るかもしれない森の中で野宿だったのだ。宿を提供してくれるのだからこのくらい目を瞑ろう。


 ティルムがぼんやりと二人の会話を見ていたら、ナリャに声をかけられた。


「少し、聞いてくれる?私達の話。」


「それは、私が聴いてもよろしいお話ですか?」


「いいの、いいの。人間と話するのは初めてだし、ちょっと興味あるのよね。あと、アナタは良い人だと思うから。大丈夫。」

 いい加減な返事にティルムは今度こそ苦笑いを浮かべた。


「私が言うのもなんですが、不用心ですね。」


 ナリャの隣のカナが肩をすくめながら口を開いた。

「この森で用心するべきは、神の怒りくらいよ。」


「なるほど。」


 

 三人で食卓を囲んで座る。

「私には、ケイっていう兄がいてね、とても賢くて人当たりも良い、自慢の兄だったの。それは、ひいお爺様も同じで、周りからはいつかは長老になるんじゃないかって噂されてたの。」

 ナリャは、食後の飲み物を木で出来たコップに入れると二人に渡してくれた。


「でも、兄さんはずっと森の外の世界に憧れてた。」


「そうね、口を開けばいつも外について喋ってたわね。」

 懐かしげに話すナリャとカナの間には、幼馴染特有の穏やかな空気が流れている。


「この里には、いくつか書物があって歴史とかについて書いてあったの。そのほとんどには私達エルフが虐げられてたことばかりだったけど、人間や他の種族の暮らしぶりも描かれていたわ。」


 外の世界を自分の目で見てみたいといつも言っていたケイはよく両親や家族とぶつかっていた。しかし、それでも彼は諦めなかった。


「誰も本気にしていなかった。まさか、本当に出て行くなんて。」


 それは、突然の家出だったそうだ。


「大お爺さまと大喧嘩してね、次の日の朝にはもう兄さんはいなかった。」


 外の世界を随分と悪く言う長老に耐えられなくなり、反発した結果、喧嘩になった。


「それから大お爺様、強がってるけどみるみる弱っちゃって。みんな心配しているのよ。」


 聞いたことがある、感情で体を悪くすることがあると。もしかすると長老も同じなのだろうか。


「そしたら、貴方が兄さんからの手紙を持って来てくれたって訳。」


「なんだか、寂しいですね。」

 話を聴き終えて、ティルムは無意識にそんなことを口にしていた。が、ハッとして訂正した。


「あぁ、いや、その、忘れてください。外の者がとやかく言えることではありませんね。」



「いいのよ。私が勝手に話したことだし。それでね、相談なんだけど……。」

 少し迷いを見せながら、ナリャは言った。


「その、手紙って私達から兄さんに送れる?」


「ええ、もちろんです。手紙で誰もが繋がれるようにするのも私達の仕事です。」


 ナリャの顔がホッと綻んだのを見て、ティルムは付け足した。


「あ、もちろんお代は頂きますよ。」


「そこはちゃっかりしてるのね。」

 カナがからかうように笑うのを、ティルムはおどけてみせた。

 

「これも仕事の内であるので。」



「でも私達、人間が使う……なんだっけ。」

 ナリャは思い出せないらしく、隣のカナに聞く。


「お金、よ。」


「そうそう、お金なんて持って無いけどいいの?」

  カナの質問は尤もだった。普段から人間との交流の無いエルフが人間のお金を持っているはずなど無い。


「そうですね。こういった場合はお金に代わる物をお代としていただいています。」


 首を同じ方向に傾げて、いまいち理解できていなさそうな二人にティルムは説明する。


「つまり、価値があるものであればなんでも良いのです。例えば、珍しい木の実、薬草、魔石。あと、工芸品などでも取り扱っています。私達はそれらを街で換金して、配達代にします。」


「なるほど。それなら思い当たるものがあるわ。」

 ナリャはバタバタ部屋を出て行くと、すぐに両手で抱えるほどの大きなカゴを持って戻って来た。


「これでどう?」


 カゴの中には、緑色の大きな葉草がドッサリと入っていた。それを見たティルムは目を丸くする。


「これはツスの葉ですね。こんなにあるのは珍しい。」


 ツスの葉は、痛み止めに重宝される薬草だ。煎じて飲むもよし、湿布にして貼るのもよい万能的な薬草だ。しかし、育てるのが難しいため、よく群生している森へ摘みに行かなければならない。ただ、森の中と言っても大体が奥地にあるので、多少の危険も伴うのだ。

 ここ最近は自由職者の活躍もあって昔よりかは流通しているようだが、まだまだ庶民には手の届きにくい代物でもある。


 ナリャはティルムが驚いているのを見て、腰に手を当てて、胸を張った。


「採集に行くついでで見つけたら少しずつ取って置いておくんだけど、この小さい村だし、年じゅう怪我人が出る訳でも無いから、よく残っているのよ。余った分は煎じて飲む分として毎回作るけど、すり潰したりする分は新しくないといけないしで、でも必要な時に無いと困るから増えちゃって。これで大丈夫そう?」


「ええ十分すぎるくらいありますよ。」


「じゃあ、手紙を書くのにどれくらい必要かな?」


「そうですね。ツスの葉は、需要がありますからそれなりに値段がつきます。枚数ではなく重さでの取引が一般的なので……これくらいあれば十分かと。」


 ティルムがバッサリと手に取ったのは、大体30枚くらいだろうか。これで籠の六分の一くらいの量だ。


「え?たったそれだけ?」

 籠の中にはまだまだ沢山残っている。

 ナリャの話ぶりからして、まだ他にもカゴが残っていることが想像できる。


「これくらいあれば、充分足ります。いくらあるからと言って、あまり安売りはしない方がいいですよ。」


「なるほどね。じゃあ、それで手紙を書くわ。」



「承知しました。では、我々郵便社のシステムをご説明させて頂きますね。」


「急にどうして?」

 ティルムの突然の話にナリャとカナは不思議そうに首を傾ける。ティルムはその様子を見て、穏やかに微笑む。

 

「後で色々と不都合があってはお互いに困りますから。」


「分かったわ。」

 あまり、その感覚がないのかナリャは首を傾げながらも了承してくれた。

 

「私達、郵便社では手紙や物を運ぶことを基本的な仕事としております。簡単にいいますと運ぶことでお金を稼いでいます。お支払い方法として送り主が払う前払い、受け取り主が払う着払い、届いたことを確認してからお支払いして頂く、後払いがあります。今回、私がお届けしたのは後払いになっております。先程、このカードにお名前を書いて頂いたでしょう?」


 ティルムは、首から下げている透明なカードを見せる。


「この署名をお兄様にお見せして、代金を支払って頂く手筈になっております。あ、これは一部の地域限定のサービスなので、ここでは通用致しかねます。」


「そう、人間の作る物って何かよく分からないわね。それで、私達はどうしたらいいの?」


「既に、ツスの葉をお譲り頂けることになっているので、先払いという形で大丈夫です。その他、ご質問などあればお伺いいたします。」


 ナリャとカナの2人はお互いの顔を見合わせて、悩んでいたがナリャが何かに気づいた。


「この……手紙?これは人間語よね。」

 ナリャが机の上の封筒に書かれている文字の羅列を指差す。


「そうです。私たち郵便配達人は人間族が大半を占めますし利用する方も人間族が多いので人間語の方が何かと便利なのです。ここに書かれているのは、宛先ですね。受け取る方の名前と住んでいる場所が書いてあります。よろしければ、私が代筆します。もちろん中身はエルフ語で結構です。」


 ティルムの説明を聞いて、カナはフムフムと頷く。

「なるほど、今なら至れり尽くせりってわけだ。」

 

「ねぇナリャ、紙はどうするの?普段は地面とか石板、あと木札だから紙なんて使ってないよ。」


「あ。」

 カナの問いかけにナリャから表情が抜け落ちた。


「ありますよ。紙も、ペンも、インクも、封筒も。」

 ティルムは、鞄の中から手紙を書くのに必要なものを全て取り出す。


「……すごい。」

 机の上に並んだペンやインクに思わず、ナリャとカナは目を輝かせた。

 

 間髪入れずにティルムはナリャに問いかける。

「封筒と便箋、インクの追加料金で、ツスの葉をもう少し頂いても?」


「ええ、どうぞどうぞ。」


「木札や石板の配達ですと、かさばりますし料金も異なりますからね。」


 その様子を見ていたカナが一言。


「ティルムって見かけによらず商売上手ね。」

 

 三人の笑い声が台所に響いた。




 ナリャ達家族やケイの友人が手紙を書くのでティルムは、翌々朝までエルフの里で世話になることとなった。手紙には思いの丈を書き連ねるので、多少時間がかかっても致し方ない。


 その間、ティルムは子供達の遊びに付き合っていた。

 朝から子ども達がナリャの家にやって来て、ティルムは連れ出されたのである。特にナリャ達家族は何も言わなかったため、そのまま遊戯に乗じていた。ティルムにとってエルフに会うのは初めてでは無いが、子供となると違った。


「ねぇ、お兄ちゃんこっちで木登りしよう!」


「えーかけっこがいい!」


「こっちで、おままごとするの、ね!ティルムさん。」


「魔法見せてー!」


「順番!順番!順番にやろう。」


 とにかく元気、元気の一言に尽きる。

 昨日、村長に叱られたはずなのに全く懲りていない所もまた、子供らしかった。


 ティルムは一日中、子供達の相手をすることになった。




「つ、疲れた。楽しかったけど、疲れた。」

 夕方、お世話になっているナリャの家でティルムは1人、ベッドの上に倒れこんでいた。


 木の葉を大きな籠の中に入れ、その上から少し硬めの布をかけ、またその上から肌触りの良い布を重ねてあるベッドは、フカフカでティルムの全体重を受け入れてくれる。



「……おい、起きておるか?」

 ウトウトと眠りそうになっていたティルムの耳に少ししわがれた、低い声が届いた。


「っは、ハイ!!」

 ティルムが慌てて飛び起きると、そこには昨日の長老が杖をついて立っていた。

「……長老様?お身体は大丈夫なのですか?」

 

「もう大分良くなった。すまんの、子供達の相手をしてもらって疲れている所に。」

 昨日の怒りはどこへやら、長老は申し訳なさそうにティルムを見た。


「やはり見ていらっしゃいましたか。勝手をしてしまい、すみません。」


「よいよ。ああ、昨日のことは申し訳ない。つい人間と聞いて、あたってしまった。」

 長老は立て続けてティルムに謝る。


「いえ、いいえ。確かに私は皆様からすれば侵入者に違いないでしょうし、そこまで謝って頂くことは……。」


「いや、アナタは手紙を届けに来た。それだけのことなのに私は事情を聞かず、アナタを襲うという醜い仕打ちをした。申し訳ない。」

 再び謝る長老にティルムは、慌てる。


「大丈夫です。私に怪我もありませんし、どうかお気になさらず。」


「ああ、アナタは優しいのだね。子供達の相手をしているアナタを見て私は己が間違っていたと気づいたよ。人間が皆アナタのような方なら良いのに。」

 フッと、緩んだ長老の瞳に何かを感じてティルムは、長老に座ってもらい、彼自身も向かい合って座った。


 

「ケイの話はナリャから聞いたかね?」


「はい。ナリャさんのお兄様で、森を出て行かれたのだと伺いました。」

 そうか、と長老は一言頷くと口を開いた。


「今から3、40年ほど前だったじゃろうか、大きな戦争が起こったであろう?アナタは知らぬかもしれぬが。」

 静かで穏やかな声で紡がれた言葉は厳かさをまとっていた。

 

「ええ。終わったのが幼い頃でしたが覚えていますよ。20年ほど続いたと聞き及んでおります。」


「そうか、もう終わっていたのだね。ここにずっといると外の世界には疎くなってしまう。アナタも大層苦労なさったのだろうね。」


「あの頃は食べる物が無かったので大変だったという記憶はありますね。」

 ティルムの返答を聞いて、長老は少し眩しそうに窓の外を見上げた。夕陽に染まる空が、もうすぐ訪れる夜の闇色を静かに受け入れる頃だった。


「そうか。それで当時、私には人間の街で暮らす息子がいたのだよ。彼は活発で愛想が良くてね、街に出ても上手くやっていたんだ。私も何度か会いに行ったことあったがいつも楽しそうに過ごしていたよ。」


 しかし戦争が始まり、彼が住んでいた街は襲撃に遭った。その時にエルフだった彼は二の次にされ、命を落としたのだと、後になって知人に聞いたのだと長老は話してくれた。


「私は後悔した。息子を街に行かせるべきでは無かったと。」


「それは……とても辛いこと、ですね。」


「ああ、だから、ケイが森を出たいと言った時には反対したよ。嫌われてもいい、とすら思った。また家族を、大切な同志を失うと思うと堪らなかったんだ。」


 ティルムは、昨日の村長が人間は嫌いだと言った本当の理由が分かった気がした。



「ケイは、どこかあの子に似ている所があったから余計にそんな気がして堪らなかった。だが、戦争はもうとっくに終わっていて、外の世界があの頃のように戻っているのだと知って少し安心したよ。」


「ええ、私が幼かった頃と比べればだいぶ生きやすくなりました。今の街はよく賑わっていますよ。」

 ティルムの脳裏には友や同僚の顔が浮かぶ。


「そうか、そうか。君が届けてくれた手紙、読ませてもらったよ。」

 長老は、ホッとした様子を見せるとポケットから一枚の便箋を取り出した。


「あの子が街に出て、すごく頑張っていることが分かったよ。色々なことがあったんだろうね。私に謝っていたのだよ。謝るのは私の方だと言うのに。」

 長老の顔は穏やかながらも、何処か寂しげな笑みだった。

 

 ティルムは、思わず口を開いていた。

「これは、僕の経験則なのですが……気持ちは、表に出さなければ伝わりません。とはいえ、皆は面と向かって気持ちを伝えるのに躊躇してしまうんです。特に本当の気持ちに関してはそうです。ですから、手紙が素直に気持ちや想いを伝える1つの手段として昔から存在しているのだと私は思っています。」



「なるほど、実にアナタらしい。……ナリャ。」

 長老はティルムに向かって微笑むとずっと廊下に立っていたであろうナリャを呼んだ。


 彼女はソロソロと部屋へ入って来ると一通の手紙をティルムの前に差し出す。


「ここにみんなの気持ちが詰まっています。どうか、兄さんに、ケイに届けてください。」


「はい、承りました。」

 ティルムは便箋の詰まった封筒を受け取ると、二人の前で手早く、封の確認と昨夜の内に封筒に自分で書いた宛先を確認した。


「念の為、宛先を読み上げますね。」

 これは受付業務の際、必ずすること。

 ティルムは宛名を読み上げるのを、カナは神妙な面持ちで聞いていた。


「では、お手紙をお預かりいたします。必ずお届けしますね。」





 その夜、ナリャをはじめ長老の家族が小さな宴会を開いてくれた。始めは、世話になっている身で恐縮していたティルムも楽しませてもらった。




 次の朝、深緑のケープを纏ったティルムの前には見送りに何人か出てきてくれていた。もちろんナリャとカナもだ。

 ティルムは、家族でも無い郵便配達人に過ぎないのだからここまでするのはどうかと思ったが、長老が乗り気だったので、早々に諦めた。

 

「ねえ、もう行っちゃうの?」


「うん、次のお仕事があるからね。」

 子供達も見送りに出て来てくれていた。


「また、来てくれる?」


「うーん、出来るだけそうしたいけど、今度は僕じゃない人が来るかもしれない。」


「えー!」


「大丈夫、みんないい人達だから。遊んでもらっても退屈しないよ、たぶん。」


「たぶんー?」


「うん、なんというかちょっと個性的な人達が多いから。」

 ティルムは苦笑いを浮かべながら、子供たちの頭をそれぞれ撫でる。


「こら、ティルムさんはお仕事なんだから邪魔しちゃだめ。」

 カナやナリャを始めとして年上が慰めるが、やはり別れは辛いのか、泣き出す子もいた。


 この二日ほどで、子供達に懐かれていたようでティルムも少し胸が痛くなった。


「では、頼むよ。」

 長老に真っ直ぐな瞳を向けられて、ティルムは頷く。


「はい、必ずお届けします。あと、お世話になりました。ありがとうございました。」


「また来てねー!待ってるよ!」

 カナの声、ナリャの声、子供達の声に見送られながらティルムは歩きだす。


「またいつか!」


 ティルムは、エルフの里に別れを告げ元来た道を辿り街へと急ぐ。


 想いを届ける為に。

最後まで読んでくださりありがとうございました!!

設定に気になるところがあると思いますが、そこは追々書いていきます。

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