007.父と娘
『愛するお父様へ。
私、王太子殿下に夜会という公衆の面前で婚約破棄をされました。
新しいお相手はすでにいるそうです。
家名も怪しい新興男爵家のお嬢さんらしいです。
そうそう。
殿下は、私の職業が錬金術師なのが嫌なのですって。
ああ、そうでした。
私のことを田舎者で、垢抜けなくて嫌だったとも言っていましたよ。
さすがに、我がアネスタ家に失礼だと思うんですけど。
そうそう新しいお相手の職業は聖女だそうですから、
だからきっと、私がいなくても国は安泰なのでしょう。
国王陛下の決定が下る前にでも、由緒あるアネスタ家の娘としては、
私はさっさとこの茶番劇を降りるために帰りたいのです。
良いでしょうか?』
まず報告に送った手紙はこうだ。
すると、早々にリルルは手紙を持って帰ってきてくれた。
『可愛い我が娘エリスへ。
なんとも、可愛い我が娘エリスと、
我がアネスタ家を馬鹿にしてくれたものだ。
そもそも、どうしてもとしつこいから断り切れずに縁組みをしたものを……。
それはいい口実になる。
そんな愚かな王太子の嫁になってやる必要などない。
国王がなんと言おうと、この話は破談にしてやる。
ああそうだ。
この話をしたら、お前の兄達も激怒していた。
皆がお前への一方的な仕打ちをかわいそうに思っている。
勿論、帰郷することを心待ちにしているぞ。
安心して早々に帰って来るといい。豪速馬の馬車を手配しておこう』
少し説明が入るけれど、豪速馬というのは通常の馬が魔獣化し、それをさらに飼い慣らしたもの。普通の馬よりも、ものすごく足が速い。
私の領地はそれこそ辺境なので、国の一番端にある。だから、王都から領地へ移動しようと思ったら、普通の馬車では何泊も街で宿を取りながら移動しなければならない。けれど、豪速馬をつかうことで、数日で移動できてしまうのだ。
ただし、足が速い分馬車への負担や揺れも激しいので、馬車自体の作りもしっかりしたものにしなければならず、自前で持つにしても借りるにしてもとっても高価だったりする。
って、話が大分逸れてしまった。
話を手紙に戻しましょう。
『愛するお父様へ。
帰郷のお許しありがとうございます。
一つお願いがあります。
私は先の成人式で錬金術師とされました。
ですから、私がそちらへ向かう間にでも、
それらの文献や器材を集めておいていただきたいのです。
せっかく帰郷するのです。
帰ったら、錬金術の技を極めて、
故郷のために役立てたいのです』
『可愛い我が娘エリスへ。
なんと、この環境下でも前向きに、
そして、慈愛に満ちた発想ができるのだ。
我が娘ながら誇りに思うぞ。お前の願いは早々に着手しよう。
何なら、王家よりも裕福とさえいわれる我が領の財力をもって、
国内外問わず文献も器材も集めておこう』
そうして、何度かやりとりをし終わって、リルルが私の指先で羽を休めていた。
「お疲れ様、リルル」
ご褒美に用意しておいた赤い柔らかな木の実をリルルのくちばしの前に差し出す。
「ピィ」
パクリと銜えると、リルルはそのままひょいっと口の中に頬張った。
「たくさん往復したものね。もう少し、あげましょうか」
「ピィ!」
リルルが嬉しそうに羽を羽ばたかせるのを見て、私は目を細めて見守った。
「じゃあ、お部屋に帰りましょうか?」
「ピ!」
お部屋とは勿論、リルルの鳥かごのこと。
正直言えば転移を使えるのだから、カゴになど入れていても意味はない。
けれど、お父様からプレゼントされた銀製の鳥かごはとても細工が繊細で、ツタや花などを模した文様がリルルにぴったりだと思うのだ。そのカゴの中には、彼女が寝床に出来る柔らかい藁で編んだ巣もある。
だから、彼女専用のお部屋となっているのだ。
勿論出たいときには勝手に出てきて私に甘えてくることもある。
彼女は私の可愛く、優秀な友達なのだ。