006.ヴィンセント
「あっ、ああ……」
ああ、なんてお馬鹿さん。
自分で責任を負っちゃうなんて。
でもまあ、この際、背負う物は背負っていただきましょう。
だって、身から出たさび、と言うでしょう?
私は早々にこの話を進めてしまうために、話を先に進めた。
――だって私、もう実家に帰りたいし!
「私の魔道伝書鳩を使えば、すぐにこの件は実家に伝えられるでしょう。この決定はすぐに実家に伝えますね。それでは。ごめんあそばせ」
そう伝えると、私は背筋をピンと伸ばす。そして、長い銀の髪とドレスの裾を翻して彼らに背を向けた。
と、そのときだ。
「おや、潔い。いいね、そういう毅然とした態度。実に美しい」
気配も感じさせず、すいすいと人混みの中を縫って私の元へやってきたのは、第二王子殿下のヴィンセント殿下だった。
彼は私の横に当然とばかりに立つと、肘を差し出してくる。
「さあ、レディ。退場のエスコートをさせてください。全く。こんな月の女神のような麗しく若いレディを誰もエスコートしないだなんて。誰も彼も男としてのマナーに反している」
月の女神、というのは、私の銀の長い髪と紫水晶の瞳をもっての表現だろう。
「ありがとうございます」
彼のこの場でのこの行動の思惑はわからない。けれど、やはり一人でこの場を去るのは様にならなかったのでありがたい。
ただ、そこで私と共に王太子殿下に背を向けていたヴィンセント殿下が首だけで振り返った。
「兄上。本当にその選択は正しいでしょうかね? 彼女は職業はともあれ、そもそもその高い魔法の能力で『水の聖女』とまで称された女性。そして、アネスタ家は……とまあ、あとで後悔なさらなければよいですが。いやはや、結果が楽しみですよ」
そう言うと、竦めた肩を揺らして笑いを漏らす。
「ヴィン! 余計なお世話だ!」
私もヴィンセント殿下のあまりの挑発の言葉にびっくりして背後を振り返ると、王太子殿下が顔を真っ赤にして怒鳴っていた。となりにいるミリアさんも怒り心頭に発するといった顔をしている。
――わぉ、こわい。ちょっとびっくりしてしまった。
「申し訳ありません、レディ。兄は、目の前の恋に聞く耳も持たないらしい。代わりに、弟の私めで申し訳ありませんが……」
「大丈夫よ。ありがとう」
どうしても浮かんでくる苦笑いを抑えつつ、私はヴィンセント殿下の腕に手をかけた。
今の兄弟のやりとりはちょっと想定外だったのだけれど、ヴィンセント殿下が、私の名誉をこの場で明確な言葉で回復してくれようとしてくれたことは、正直嬉しかったのだ。
そして、二人で混乱の夜会をあとにしたのだった。
◆
翌日早々に、私は王宮内に与えられた自室で、鳥かごの中にいる魔道伝書鳩を時折眺めては言葉を選び、手紙をしたためていた。
魔道伝書鳩。
それは非常に珍しくかつ捕獲が難しい鳥で、所有できる者は限られている。
魔道伝書鳩とは、転移という魔法を使える、非常に特殊な鳥なのだ。捕獲の難しさが推測できるだろう。捕まえようとすれば転移で逃げてしまうのだから。
ただし、手に入れ、なつかせることができれば非常に役に立ってくれる。
転移できるから、記憶にある場所や相手であれば、一瞬で移動し、手紙を運ぶことができるのだ。
ちなみに彼らは、獣というよりは精霊の類いに近い種族らしい。
この子リルルは、怪我をして地に伏せっているのを、私が子供の頃に見つけて保護した子。
ちなみに、私の今の世界では魔法が存在する。それは職業とは別に。
私は物心ついた頃にはすでにかなり魔法の才能に恵まれていて、水魔法と聖魔法を使うことができた。だから、リルルを見つけたときに、すぐに傷口を水で清め、そして、聖魔法の治癒を使って治すことにした。そしてそれは成功したのだ。
そうしたら、手当をされたことに恩義を感じたのか、はたまたただなついただけなのか。私専用の魔道伝書鳩として働いてくれるようになった。行き来の相手は主に実家と数少ないお友達。
リルルは、虹色にも光る青い羽根で胸は銀色と、とても美しい子。
私は、彼女の足に手紙をくくりつけてカゴを開ける。
彼女は、なれた様子で私の肩に留まった。
私は、両手で両開きの窓を大きく開く。
「さあ、リルル! お父様に手紙を届けてちょうだい!」
すると、彼女は私の肩から飛び立って窓から外へと飛び立っていく。
青空に、彼女の青が溶けて消えていったのだった。