049.愛し合う二人
ノルデンに独立宣言をしてから数日後、私はのんびりと自室でくつろいでいた。
私がノルデン王国に向かって堂々と独立宣言をしたこと。そして、実際に領の境には長大な長い城壁ができあがっていて、攻めようにも攻められないという有様を前に、ノルデン王国はさすがに諦めたらしい。
となると、我が領は、ノルデン王国の一領地ではなく、一つの独立国として立国することになるので、お父様やお兄様達は、その準備だの整備だのに大わらわになっている。
そんなお父様達の忙しさを横目に、私の目下の悩みは、預かった緑竜の子の正式な名付けだった。
「そうねえ。名前、何が良いかしら?」
緑竜の子。
平和の礎になった子。
「グリューンなんてどうかしら?」
「ピィ!」
小さな翼をパタパタさせて喜んでいる。
「ふふ。じゃあ、あなたの名前はグリューンに決まりね」
パタパタと私の周りを飛び回っていたグリューンをぎゅっと抱きしめて、頬ずりすると、「ピィピィ」と愛らしく鳴く。
「ラズロもありがとう。安心して国として独立できるのは、あなたが土の精霊に命じて、城壁を作ってくれたおかげよ」
そうして、ふさふさとした彼の毛を撫でた。
「それもこれも、そなたが優れた魔力で全てを解決してくれたおかげにゃ」
そうは言ってもまんざらでもないようで、さらに大好きな喉元を掻いてやると、くるくると鳴く。
そして、私は左手の薬指を眺める。
その指には、あの日、ユリシーズから贈られた指輪がきらめいていた。
独立宣言だのなんだのがあったから、結婚はまだ先になるのかもしれない。でも、今ここに確かな約束の証があって。
私は幸せをかみしめるのだった。
けれど、愛しさはさらに、相手の言葉を聞きたいと、相手に会いたいと、そう心をせき立てる。
――あの人の言葉が欲しい。会いたい。
「リルル、お手紙を運んでちょうだい?」
久しぶりに、手紙の運搬を頼むと、嬉しそうにリルルが羽を羽ばたかせた。まるで「まかせて!」といわんばかりで、微笑ましくて口元に笑みが浮かぶ。
『ユリシーズへ。
私の愛しいユリシーズ。元気にしているかしら。
私の周りは独立を前に、バタバタしているけれど、
私は元気にしているわ。
早くあなたに会えたらいいのに』
『エリスへ。
ああ、愛しいエリス。
会って、愛の言葉を囁いて、君に口づけられたらいいのに。
あのいつもの場所に抜け出せないだろうか?』
――そうだわ。なにも、おとなしく待っている必要なんてないじゃない!
『ユリシーズへ。
ええ、あなたに会いたいわ。
もう、明日にでも、どうかしら?』
『エリスへ。
ああ、もちろんだ。
あのいつもの木陰で待っているよ』
そうして、私達は会いたいときに会えるようになった。
「エリス!」
「ユリシーズ!」
乗ってきた馬から飛び降り、そして、愛しい人のもとへ駆けていく。
「会いたかったわ」
「私もだよ、エリス」
そうして、優しく額に、頬に、と優しく触れるだけのキスを受けた。
その感触は温かく柔らかだ。
「くすぐったいわ」
私はその感想を素直に言葉にする。
唇にはしていないけれど、それでも、初めてキスをした、受けたという事実に、互いに気恥ずかしげに、上目遣いに互いをみる。
ユリシーズの目元が上気したようにほのかに赤い。私も、首から上に熱を感じるから、きっと耳朶や頬が赤らんでしまっていることだろう。そうして、私達はしばらく互いの顔を見合う。
やがて、私達はどちらからともなく手に手を取って、いつもの見晴らしのよい丘に向かい、そして花畑の絨毯の上に腰を下ろす。
「ねえ? あなたはいつから私を好きでいてくれたの?」
「……っ! そういうことを聞くかなあ」
ユリシーズは照れたように、口元を手で覆い隠す。
「だって、そういうことは、とても気になるのよ」
くすくすと笑いながら、私はのぞき込むようにして、ユリシーズを見る。
「……本当にはじめからなんだよ。私は良く、視察と称してはあちこちに抜け出していてね。そんなとき偶然、リルルを治している君を見つけたんだ。……多分、その時から好きだった」
「……そんな、前から……」
「あ、いや。でも、気持ちに気がついたのは……君がノルデン王国の王太子の婚約者に決まって、もう連絡すら取れないと、そう知らされた時だよ。その時にようやく気がついたんだ」
「あっ……それは……私も同じかもしれないわ……」
そう告白すると、私達は自然と見つめ合う形になる。
「大切な物は、なかなか気づけないものなのかもしれないね」
そう言って、ユリシーズが私の手をすくい取る。
「でも、もう捕まえた。絶対にこの手を離さないよ」
「ええ……ずっとこのまま。捕まえていてちょうだい……」
そうして、私達は片手を絡め合って、誓い合うように口づけを交わしたのだった。




