047.開戦
そうして、ノルデン王国の他領と私達のアネスタ領とを隔てる領境までやってきた。
「ねえラズロ。ここまで飛んできて……どうするつもり?」
「私は精霊王だ。大地の力の戻った今、全ての精霊達の力を使えば、壁など一日で出来てしまうだろう! 土の精霊達よ、出でよ!」
すると、屈強な土人形のような精霊達が土の中から現れた。
「この領境に、長い壁を作るのだ!」
すると、土の中から現れた精霊達にラズロが命じた。
「ぐあああああー!」
ラズロの命に応じるように、精霊達は岩を砕いては積み重ね、土を掘っては練り上げてどんどん高い壁を作り上げていく。これなら、ラズロの言うとおり、領地の境を十分守れるだけの長さが、あっという間に出来るのだろう……!
「すごいわ、ラズロ。これなら、攻めてこようにも来られないわ!」
「だろう?」
ふふん、と鼻が高いといった様子でまんざらでもなさそうに賞賛を受け取るラズロ。
「では次に……こちらに攻めてこようなどと愚かなことを考えている輩の上まで飛んでいくぞ。緑竜の子竜よ」
「ピィ!」
「竜達の長を全て呼ぶのだ! そして、奴らの前に見せつけてやるのよ!」
「ピィ――――――!」
子竜を叫ばせながら、ラズロは飛ぶ方向をノルデンの王城の方へと変える。
「しっかりつかまっているのだぞ!」
ラズロの言うとおり、飛ぶ速度がぐんと上がり、景色が流れるように移り変わっていき、あっという間にノルデンの城の上に到着した。そして、到着したのは私達だけではなく、先日出会った、赤竜、水竜、風竜、土竜、緑竜の五色の大型竜も一緒だった。
子竜の鳴き声が、彼らを呼んでくれたらしい。
◆
「陛下!」
ノルデン王国の伝令が、国王一家が集まる部屋に息せき切って駆けつけた。
「竜です! 竜が攻めて参りました!」
「な……なんだと!?」
窓から確認すると、確かにノルデンの天空を五色の竜と白銀のライオンのような翼の生えた獣が空を旋回していた。
「なんなんだ、この事態は……!」
「我々竜族は、大陸の砂漠を緑地化し、緑竜を救った錬金術姫のエリス姫に忠誠を誓うものなり。エリス姫に害をなそうとするものは、我ら全竜族と敵対するものと見なすが、いかがするか!」
竜族の長らしい赤竜が、まるで地響きでも起こりそうな低く大きな声で宣言する。
「陛下!」
騎士団達がうろたえて陛下に判断を仰ごうとする。
「父上、竜が相手とて、矢も投石器もあります! エリス姫を奪えば、竜だって思うがままじゃないですか!」
すると、功を焦って血迷ったかのように、アルフォンスが竜を相手に迎え撃ってやるなどと言いだし始めた。
「父上! 兄上! 何を血迷っておられるのか。おやめください……!」
ヴィンセントが必死になって窘める一方、アルフォンスは父王をたきつけようと唆す。
「父上、私にご命令を!」
アルフォンスが無謀にも兵を出せと父王に訴えかける。
「良い。やってみろ!」
「やめてください!」
ヴィンセントが止めるのもむなしく、すでにアネスタ攻めのために用意されていた兵士達を集めてアルフォンスが外に出ていった。
◆
「投石器、用意! 狙うのはエリスの乗っているあの白い獣だ! ただし、女は殺すな。獣だけ殺し、女は下で受け止めるのだ!」
アルフォンスが無謀にも投石を試みようとする。
「発射!」
アルフォンスの命じる声で、ぶんっと振り子の要領で空中に石が打ち出される。しかし、大空を飛ぶラズロには掠りもしない。全く飛距離が足りないのだ。
「大砲、用意!」
周りからは竜や神々しい姿のラズロに敵対するという行為に対して疑念や恐れの声も上がってくる。
しかし、アルフォンスは王太子の座がかかっている。必死になって、父の前で良いところを見せようと躍起になって攻めさせる。
だが、大砲も、投石器も、矢も、魔法も。ラズロや竜達が飛ぶ位置まで届くものは何一つなかったのである。
「な、な……!」
「人間よ。分をわきまえよ。我々の守護するエリス姫に危害を加えようとするなどもってのほか。我々の力をもってすればそなた達など今すぐ竜の息で消し炭になるのだぞ」
赤竜が諫めるが、アルフォンスは引き下がれないらしい。まだまだ、と攻撃の手を止めさせようとはしなかった。
けれどそれらは、ただむなしく、空中にかき消えていくか、飛んでは落ちていくだけだった。
「ダメよ、人は攻撃しないでちょうだい」
そんな中でも、エリスは竜達に懇願した。
「ああ、優しい娘よ、エリス姫。そなたの望み、かなえよう。ギリギリのところで威嚇すれば、一兵卒達は恐れをなして逃げるであろう。あの一人騒いでいる者も、一人になっては何も出来はしまい」
そして、赤竜が威嚇射撃とばかりに、竜の息を兵の最前線に向かって吐き出し、投石器や前方に置かれた大砲を溶かしていく。
「わあああっ!」
大きな炎がやってくるのを見て、アルフォンスの命令など放棄して、兵士達は後方へと退散していったおかげで、上空から見ても、人の被害者は出ていないようだった。
「何をしている! 持ち場を離れるな!」
後方で指揮するアルフォンスの命令など聞く者はいない。兵士達は、「竜になど敵いっこない」とばかりに、我先にと皆が散り散りに散っていく。
「良かった……」
その光景を見て、エリスは安堵する。
そして、アルフォンスと、その向こうにいるであろう国王に向かって、エリスは堂々と宣言した。
「アネスタはノルデン王国から独立します! もうすでに、長い城壁が領境に完成していて、攻めることもかなわないでしょう。私は、ノルデン王国に嫁ぐことはありません! 私はサウザン王国のユリシーズ殿下と婚約済みです。私の身はユリシーズ殿下のもの。……もう二度と、我々に関わらないでください!」
そう宣告すると、私はラズロに合図する。それをきっかけに、竜達もラズロ達もノルデン王国を後にし、そして、無事に独立宣言を果たしたのだった。
「竜の皆さんも、ラズロも……みんなありがとうございます」
帰途につく中、エリスは大空を翔るそうそうたる顔ぶれを前に頭を下げていた。
「いや……これで恩義を返せたかな?」
赤竜が、さっき竜の息を吐いたとは思えないほど優しい柔和な表情でエリスに尋ねる。
「はい……念願どおり、無事に独立も出来そうです」
そうエリスが答える下で、ラズロがからかい混じりに口を挟む。
「良いのではないかな? これで彼女は、さっき言っていたとおり、本来結ばれたかった男と一緒になれるのだからな」
「おお、すでに番がいるのか」
「ほう、それはめでたい」
「ならば番の誓いの際には祝福に訪れようかの」
「えっ! ちょっと、ちょっと! ラズロ、そう言うデリカシーのないことを言わないでちょうだい!」
鐙を蹴るように、パシンと足で蹴りつければ、痛くもかゆくもないといった様子で、ハッハと笑って帰ってくる。
「では、そろそろアネスタかな……。エリス姫、番殿と幸せにな」
そう言うと、赤竜を筆頭に、竜達が去って行く。
「その子は残しましょう。側で大切に育ててやってください」
「はい!」
子竜は、私の元に残ってくれるらしい。きちんと名前を考えなくちゃ、なんて考える余裕がようやく出てきた。
そうして、エリス達は無事にアネスタの地に戻るのだった。




