045.その頃のノルデン王国③
「は? 断る? 王命だぞ!」
ノルデン王国の国王は、玉座から立ち上がり激高する。
「はっ。このたび、エリス姫はサウザン王家の王太子、ユリシーズ殿下との婚約を結びまして……」
アネスタ領から遣わされた伝令は、冷や汗を額に浮かべながら回答する。
「自分の属する王国の王子ではなく、他国と勝手に婚姻を結ぶとは何事か!」
「いえ……、我々のほうには、直々にサウザン国王陛下夫妻と王太子自らが赴いていらっしゃり、正式に婚約を結ばれたものですから」
王家に属するのものならともかく、その他の家の場合、他国との婚姻を結んではならないなどという法律もないのだが、タイミング的にはメンツを潰された状態。国王は顔を真っ赤にして怒鳴っている。
「……だから言ったじゃないですか。早くに彼女を召し出せるよう、謝罪し、私の花嫁にと打診をすればと……」
そこに居合わせたヴィンセントが口を挟む。
「なっ! ちょっと待ってください、父上! そんな話聞いてはおりません。それとその場合、王位継承権は……!」
さらにその場に居合わせたアルフォンスが父王に詰めかかる。
「当然、私の方が上になるに決まっているでしょう? 兄上の婚約相手は所詮男爵家上がり。まあ、兄上が即位できても一代限りでしょう。私が有力な辺境伯家であるアネスタのエリス姫を娶った場合には……次の王太子としてふさわしいのはあなたの子ではなく、私、もしくは私の子なのでは?」
くすりと笑ってヴィンセントがヘマをした兄王子を揶揄する。
「ところで父上。この結果はどういうことですか。断られるなど。誠心誠意、きちんと謝ってから縁談を持ちかけてくださったのですよね?」
詰め寄ってくる兄王子をあしらいながら、ヴィンセントは国王に尋ねた。
「王家が一家臣にすぎない辺境伯に頭を下げるなど、あってはならん!」
「はあ……。いくらなんでも、あちらを侮りすぎです。しかも、今はサウザン王家との縁談も上がっているようですし、一大辺境伯家とサウザン王家を敵に回すようなものでしょうに……」
ヴィンセントは父王の傲慢さと浅慮に、顔を覆ってため息をつく。
「ならば奪い取れ!」
「……は?」
ヴィンセントは我が耳を疑った。
「アネスタの姫も、その姫が産む財産も! 全て奪い取れ! いいや、アネスタなど潰してしまえば良い! 領土も産業も女も全部奪ってしまえ!」
思い通りに行かないいらだちが募り、激高した国王が叫んだ。
「父上! そのお役目、私にご命令ください。そして、成功した暁には、エリス姫を私の未来の王妃とし、ミリアを第二夫人とする許可を下さい! そうすれば、ヴィンセントの野望など……!」
ヴィンセントにエリス姫を奪われれば、廃嫡されかねないと慌てたアルフォンスが、国王にこびへつらい、その役目を我が身にと手のひら返しをする。
「ちょっと待ってよ! 私とすでに婚約してくださっているじゃないですか! 第二夫人なんて嫌ですからねっ!」
ミリアはミリアで、その場にそぐわない分不相応に着飾った姿で、アルフォンスに詰めかかる。
「父上、兄上とも何を……!? すでにエリス姫の縁談は決まっていると言ってきているでしょう? それを奪うなどと。無茶です! しかも、アネスタ家と戦争などと……辺境伯の力を侮りすぎです!」
ヴィンセントは二人を止めるものの、国王とアルフォンスは考えを変えようとはしなかった。
そして、アネスタ家の伝令は早々にその場を逃げるように辞したのだった。




