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044.打ち明けられた事実

 私達は、しばらく黙々とバラ園へと向かって私を先頭にして歩いていた。やがて、背丈ほどの多くのバラたちに囲まれた場についたとき、私は片方の手首をつかまれ、優しく引き寄せられ、触れるだけの口づけを受けた。


 そして、唇が触れそうな距離のまま、頬を両手で固定されて囁かれる。


「会いたかった……」


「……やっぱり、ユリウスなのね?」


「ああ。会っていた場所が、国境付近だったからね。立場的に、そこまで抜け出していたとは言えなくて……。君を迎えるにあたっての理由がなかなか見つからなかったんだ。待たせて、ごめん」


 私は、初めて彼の腕に抱き寄せられ、その胸の中に顔を埋める。その身の鍛え上げられた厚さと堅さと熱。そして、彼の発する香りが鼻腔をかすめる。


「私、ずっと会いたかったの。……突然国王陛下と王妃殿下がいらして。婚約だなんて話が上がって、驚いたわ……」


 だんだん、私は彼の胸の中でしゃくり上げてしまう。大きな驚きと喜びと、少しの怒りと。ない交ぜになって、ぐちゃぐちゃになった感情が高ぶって、涙が溢れてきたのだ。


「驚かせるつもりはなかったけれど……。書簡での婚約の申し入れじゃあ、君は『うん』とは言えなかっただろう?」


「ひっく、そのために……ひっく、リルルがいるんじゃなかったの……? そっと、教えてくれたら良かったのに……」


「……それは……。ああ、綺麗な顔が台無しになってしまう。……ああ、でも、私のために泣いているそんな顔も可愛い。どうしたらいいんだろう、エリス」


 そんなことを言いながらも、私が泣いている間、ポケットから取り出した柔らかい絹のハンカチで私の涙を拭ってくれる。


 そして、ようやく私が泣き止むと、彼が胸元から小さな箱を取り出した。そして、それを開けて見せた。


 中に入っていたのは、大きなダイヤモンドが一粒飾られた、指輪だった。


「正式に、会ってプロポーズしてしまいたかったんだ。親の許しも得て、全て万全の状態で、君に結婚を申し入れたかった。これは、母から譲り受けた、代々の王妃が身につける指輪だ。今度は私から君に贈らせて欲しい」


「ユリウス……いえ、ユリシーズ殿下」


 名前を言い直すと、ユリウスは首を横に振った。


「いいや、ユリシーズ、それでいい。そう呼んでくれないかい?」


「ええ……。ユリシーズ」


「ああ、あとね。ユリウスっていうのも、嘘じゃないんだ」


「えっ? それはどういう……?」


「幼い頃の、呼び名だったんだよ」


「……そう、だったの」


 それを聞いて、私の心も和らいで、自然と笑顔があふれ出てきた。


「婚約して……いつか必ず私と結婚して欲しい。エリス」


「喜んで、お受けします……」


 すると、彼は嬉しそうに目を細め蕩けそうな笑みを浮かべた。


「指輪を、受け取ってくれるね?」


「……はい」


 そう言われて、私はきっと顔が赤らんでいるのだろう。さっきから頬に熱を感じて恥ずかしい。


 そうして、指輪を嵌めてもらおうとしたその時だった。


 我が家の家令達が私達を探す、場にそぐわない騒がしい呼び声がしてきた。


「ユリシーズ殿下! エリス様! 至急お戻りください!」


 私達は顔を見合わせる。


 何があったかはわからない。でも、もう何が起ころうとも。


 想いがすれ違っていくのは嫌だったから。


 私は彼に向かってはっきりと頷き。


 そして彼は、私の左の薬指に、その指輪を嵌めたのだった。



 私達が客間に戻ると、お父様が顔を真っ赤にして怒り心頭に発するといった形相をしていた。サウザン国王陛下ご夫妻も、困惑顔を隠しきれない様子だ。


「一体何があったんです、お父様!」


 私がお父様に尋ねると、お父様がこちらにやってきて、握りつぶした書簡をこちらに差し出してきた。


「……エリス……! お前をもう一度王家に差し出せと! 今度は第二王子のヴィンセント王子の婚約者にするとの勅命を送りつけてきた! しかも、前回のことについての謝罪も無くだ!」


「なっ……。だって、そもそも婚約破棄したのはあちら……」


 私は困惑で頭がくらっとして倒れそうになったところを、ユリシーズが支えてくれた。


「ありがとう……」


「気を確かに。大丈夫かい?」


 ユリシーズは、私を片手で抱きかかえながら、頬に手を添えて顔色を伺ってくる。


「……ちょっと……何が起こったのかよくわからなくて……正直、大丈夫かわからないわ。私は、『田舎出の錬金術師など王太子妃にふさわしくない』と言われて、婚約破棄をされたのです」


「……エリス……」


 痛々しそうに、ユリシーズが私の肩をさすってくれる。


「こっちがダメなら、次はこっちだとか……私は。私は、簡単に交換できる物ではありません……!」

 そう答えると、痛々しげに顔をゆがめて、ユリシーズが私をぎゅっと抱きしめてくれた。


「みなさん! 見て下さい。この通り、すでにエリス姫には、私との婚約を受け入れていただきました」


 そう言って、私の左手をすくい取ると、その薬指に嵌められた指輪を皆に掲げて見せた。


「私は、エリス姫から婚約の承諾を受けました。ですから、私達はこの誓いを違えるつもりはありません!」


「……ユリシーズ……!」


「放蕩のあげくに婚約破棄とかいう酷いことをする者もいるようですが」


 それは、私の前の婚約者のアルフォンスのことを指しているのだろう。その名を上げてから、再びユリシーズが声高に宣誓する。


「婚約は、本来神にも守られし神聖なものであるはず。私達は違えることはできません」


「……ユリシーズ、嬉しいわ……!」


 私は、はっきりと言ってくれたそのもの言いに頼もしさを感じて、彼の胸に身を預けた。


「我々サウザン王国側も、その婚約破棄の話は聞き及んでおります。確か、相当失礼な理由で一方的なものだったと聞いていますが……」


「かわいそうに……いくら女は婚約というものから逃げられないとはいえ、このように相手をすげ替えて道具かのように扱うなんて……」


 サウザン王国の国王陛下と王妃殿下も、私やお父様に同情的だった。


「……ですが、エリス姫。大丈夫です」


「え……?」


 ユリシーズによく似た顔つきの、少し皺が目に付くようになった、そんな柔和な微笑みがそこにはあって。


「あなたは、すでに我が国の王太子の婚約者だ。あなたを守るのは、あなたの家だけじゃない。我が国も、あなたを守りましょう。錬金術姫と名高いエリス姫。あなたのおかげで我が国の砂漠は緑地となり、民も喜んでおるのだ」


 そう、国王陛下がおっしゃってくださって。


「そうですよ。あなたはもう、私達の娘のようなものなんですからね! そもそも、あなたの薬のおかげで私達はこうしてこの場にいられるのです。アネスタの錬金術姫、エリス姫を我が家の娘にいただけるなんて。こんな嬉しいことはないわ」


 そう、王妃殿下がおっしゃってくださった。


「薬……?」


 不思議に思って私がユリシーズのほうに振り返ると、「以前譲り受けた万能薬だよ」と教えてくれた。


 私とユリシーズは、二人で顔を見合わせて、私達の恋を守ってくれる人たちがいる幸福に、自然と微笑み合うのだった。


「そうですな。家と家。そして当人同士がしっかりと決めた婚約。親も守ってやらねばなりませんな」


 先ほどの激高状態から、お父様も落ち着いたようで、私達の婚約を守れるよう約束してくれたのだった。

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