038.砂漠化の問題
「……というわけで、ラズロの話では、砂漠化をなんとかしないと、いずれは人間が竜族に滅ぼされる可能性があるというのです」
お父様の執務室のソファで、私とラズロが並んで座り、その向かいにお父様と長兄のアドルフお兄様、一人用の椅子にコンラートお兄様が座っていた。皆が皆、内容だけに難しい顔をしている。
「そこで、私はラズロと相談して、緑化の手順を考えました……これに、協力をして欲しいのです」
私は、魔導式スプリンクラーの素案と共に、ラズロと考えた手順を書いた紙をテーブルの上に広げた。
「まず、ラズロの配下の精霊に水源を探させます。そして、その水の掘削をお願いしたいのです」
「ふむ……」
「次に、その水源を元に、魔導式スプリンクラー……私が名付けました。そのスプリンクラーを使って、乾いた大地に水を撒いて潤します」
「なるほど」
「そして、十分土地が潤ったところに、種を撒きます。これも、魔道具で一気に撒いてしまいます。撒くのはそうですね……寒暖差が激しい砂漠ですから、それに強い、そして、土壌の改良に優れたマメ科の植物を植え、最初は家畜の放牧地、ゆくゆくは農耕地にしたらどうかと思うんです」
「……マメ科?」
「はい。あれは、根に根粒菌を持っていて、その菌の働きのおかげで空気中の栄養分を土の中に送り込むことができます。やせた土地で生き続け繁殖できる上に、土質を改良してくれるという大きな働きをしてくれる植物ですから、これを使わない手はありません」
「なるほど……! エリス、そこまでよく調べた! 早速領内に……」
袖机をタンと叩いて、勢いよく立ち上がるお父様に、私は待ったをかける。
「違います、お父様、お兄様!」
私の言葉に、三人が首を捻る。
「これは、アネスタ領だけの問題ではないのです……! 隣のサウザン王国にも提案をしていただけないでしょうか? もちろん、まず、我が領地での成功実績が必要ですが、根回しをしておいていただきたいのです」
「それなら、私が請け負おうか」
そう申し出てくれたのはコンラートお兄様だ。
コンラートお兄様は、どちらかといえば武闘派のお父様、アドルフお兄様に比べて、頭脳派で、そちらの面で二人を支えてくれている。
「交渉となれば、私の得意なこと。国の間の交渉ごとは私にお任せを……あ、そうだエリス」
「え。はい?」
不意にコンラートお兄様に名を呼ばれてやや驚いてそちらを向く。
「そもそも、あちらにとっても魅力的な提案に違いないんだけれど、さらに、君の素敵な新たな開発品の輸入権なんかも条件に入れれば、あちらにとっても、もっと魅力的な提案になりそうでね。使わせてもらってもいいかい?」
多分コンラートお兄様が言っているのは、この間開発したおしろいやチーク、口紅。そして、魔道具師が実現してくれたドライヤーなんかだろう。それらを交渉材料にするらしい。
「あれが広く人の役にたって、喜んでもらえるなら、もちろん。どうぞ、使ってください!」
私は快諾したのだった。
◆
さて、私は「栄養剤」を作らないといけないわ。
私は、アトリエの中で、フラスコやビーカーの前で深呼吸した。
性能は、「万能薬」品質が良いわね。
素材は、マメ科の植物の一つである「万年草」と、「豊かの実」。この二つを、それぞれ水の中で成分を抽出して、混ぜ合わせて、変性させる。
――人々の命に関わることだもの。成功してみせるわ。
まず、ビーカーの中に、純水と万年草を入れる。
「抽出」
すると、ビーカーの水が透明な緑色に変化する。
次に、ビーカーの中に、純水と豊かの実を入れる。
「抽出」
すると、今度はビーカーの水が赤い透明な色に変わる。
空のフラスコを用意して、「分離」と命じれば、二つの液体はフラスコの中に移動し、暗褐色の液体に変わった。
「さて、これからが本番よ……」
いつもの感じだと、多分、「変性」の能力が特に私の魔力が影響しやすいように感じる。だから、ここに全力で魔力を注げば、高性能な「栄養剤」が出来るような気がしたのだ。
「いくわよ……! お願い! 変成!」
すると、黄金色の魔力が私の手から流れ出て、フラスコに吸い込まれていく。そして、暗褐色の液体がぐるぐるとフラスコの中を回ったかと思ったと思うと、やがて光り輝く黄色……いや、黄金色の透明な液体に変わったのだった!
「見て! ラズロ。出来はどう?」
隣で見守っていてくれたラズロに、出来を聞いてみる。
「うむ、これはいいにゃ! すごい力を感じるにゃ! 鑑定士にみせるといいにゃ!」
私は早速それをお父様と鑑定士の元へ持っていくことにしたのだった。
そうして場所は変わってお父様の執務室。
ラズロの提案どおり、お父様にお願いしてポーションの時と同じく、鑑定士を呼んでもらった。
「なんですか! これは!」
ところが、見せた途端、またもや鑑定士に叫ばれてしまって、私は苦笑いをする。
「全く姫様が本気で作られる品と来たら、とんでもない品物ばかりですな」
そうしたら、その試薬瓶に入れた栄養剤を見せたら、鑑定士がもう慣れたかのように、呆れたように笑っている。
「で、内容はどうなんだ?」
「はい。これは前回同様、『万能薬』。どんな荒れた土地にも栄養を与えることが出来る、素晴らしい品です」
「……え? ちょっとそれ、そこまですごいの……?」
確かに万能薬を作ったつもりだし、荒れ地である砂漠を開拓するために作ったものだ。けれど、そのあまりの出来に、私が戸惑いながら尋ねると、さらにたたみかけるように鑑定士が説明してくる。
「そうですね……開拓地に出来ないとしたら岩石しか転がっていないような溶岩跡地とかくらいでしょうか? それくらいしか存在しませんよ!」
「エリス……」
「……お父様」
私とお父様は、再び顔を見合わせるのだった。