037.錬金術姫の砂漠化の改善
「エリス。そなたの腕を見込んで、一つお願いがあるのにゃ」
ある日、ラズロが珍しく真剣な顔をして私に依頼ごとをしてきたのだ。
「なあに? 珍しいわね」
「この姿で説明するのもめんどうにゃん」
そう言ったかと思うと、いつだか見せた、銀色のたてがみの様な髪を持つ男性の姿になって、「ソファに座れ」と促してきた。
「……それで、どういうご用件で……?」
どうにも、この姿でまともに話したこともない私は居心地が悪い。けれど、ラズロ自身は真剣で険しい顔つきをしたままだったので、居住まいを正して、話し出すのを待つことにした。
「広がり続ける砂漠を、なんとか出来んか?」
「砂漠……」
確かに、私の領地と、隣接するサウザン王国にある砂漠は、年々その面積を増していて、その土地を治める長であるお父様を筆頭に頭の痛い問題だった。
「最初に、私は大けがをしていただろう?」
「はい……」
「あれはな。竜どもともめた結果なのだ。砂漠化が原因で、年々、緑竜の力が衰え、数が減ってきている。我々精霊族は人側の存在なのだが、竜達は、人が増えすぎ砂漠化が進むのであれば、いっそ人間を滅ぼしてしまえと、極論を掲げるものも出てきてな……」
「え……竜が、人間の敵に、なるのですか?」
自然と、人型の精霊王であるラズロに対して敬語になりながら、私は、体を抱えてぶるっと震えた。
だって、竜って竜よね? あの、火を吐いたりする、ファンタジーお約束の……。
しかも、精霊王だっていうラズロだって、深手を負わされた相手なのよね?
「おそらく、砂漠化が改善されて、緑竜に力が戻らない限り、竜はいずれ人と、人側に付いている精霊の敵になるだろう……それを、そなたの力でなんとかして欲しいのだ」
――どうしよう。すごい課題をもらってしまった。
私は前世の知識をひっくり返して、「砂漠の緑化」について考え得るものを集めて回る。
まず必要なのは水。
「うーん……まずは水源が必要だわ……。砂漠の中の、地下深くに眠った水源を探す存在はいる?」
「それならば、水の精霊にやらせよう」
よかった。まずは、課題が一つクリアね。
「あとは、その水源を掘り起こしてもらったとして。その水を撒くのは……魔道具かしらね」
「ふむ。風の魔石を動力源にすれば、水も広範囲に撒けるであろう」
私は、ラズロと会話を続けることによって、一つずつ課題を整理していく。
「大地が潤ったら、その土地に根付く種を撒かなくてはいけないわ。そうね、マメ科の植物なら、最初は放牧地くらいでしょうけれど、だんだん土地に栄養をため込むわ。そうしたら、農耕地にも出来るはずよ」
「それも、さっきの魔道具の応用でいけるだろう」
「……それもそうね」
「あとは……そもそも、一度枯れ果てて栄養もない土地だから、大地に栄養を与えてあげないといけない……あ、そうだわ」
そこで、はっと気がついた。
「錬金術で、栄養剤が作れるわ……!」
私は、自分にも出来ることがあることが嬉しくて、思わず、立派な男性の姿のラズロに抱きついてしまう。
「ラズロ、ラズロ! 私の魔力を使って作った栄養剤を魔道具で撒いたら! きっと良い農耕地になると思うのよ! そうしたら、緑が増えて緑竜も助かるし、私達人間も、仕事も収入も増えて幸せになれるわ!」
そして、私は興奮のあまりラズロのたくましい胸に頬ずりをしてしまう。
そんな私とは対照的に、ラズロは面食らった様子で咳払いをする。
「ン、ウン。エ、エリス。こら、落ち着け……私とて男なのだぞ……」
そう窘められて、はっと我に返った私は、ばっと勢いよく体をラズロから引き離す。
「そ、そうよね。……ごめんなさい、つい、興奮しちゃって……」
俯きながらも、ちらっと人型のラズロを見れば、豊かな銀髪と美しい獣の目、たくましい体を持った立派な男性だった。
――そんな人に、抱きついちゃったなんて恥ずかしい……。
正直、穴があったら入りたい気分だ。
「……と、とにかく、まずは、ラズロは水の精霊にお願いして、水源を探してちょうだい。私は、水や種、栄養剤を撒くための魔道具の素案作りと……栄養剤の作り方を調べてくるわ」
「承知した。地図は、そなたの部屋のものを借りたいのだが、よいか?」
「ええ、もちろんよ」
私は引き出しからそれを取り出して、ラズロに渡すと、ラズロはしなやかな獣の姿になって、いずこかへと走り去っていったのだった。
「さて。あれよね。水を撒いたり、種をまいたりっていうのは、前世でいう所のスプリンクラーみたいな感じでいいわよね?」
確か、アメリカのような広大な土地で農業を行う場合には、数カ所にスプリンクラーを置いて、余すところなく水が行き渡るようにしていたはずだ。
「とすると、中心に動力源の風の魔石を配置して、そこを中心に円形に広く風の力で吹き飛ばすような仕組みを……」
私はまず、そうして、設計図の素案を描き起こしていくのだった。
――そうだ。これはお父様にも協力をお願いしないと無理よね……。
この領を緑化するだけじゃない。多分、隣の国のサウザン王国。そっちの方が確か砂漠も広かったはずだ。そこも緑化しないと、この問題は解決しないだろう。
私は、お父様に相談をしに行くことに決めたのだった。