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035.再お披露目

 そうしてその当日。


 私のアトリエには、再び、化粧品に目のない侍女を中心とした女性達がたくさん集まっていた。


 さらに、前回の化粧水の効果もあってか、うちに仕えてくれる家臣の奥さんや娘さん達とみられる、身なりが良い人々もギャラリーに増えていて、女性比率が高い。


 そして、錬金術師達も、前回より数が増えていた。彼らは勉強熱心にノートと筆記用具を固く握りしめてやってきているものだから、嬉しくなってしまう。


「皆さん。今日は『おしろい』という肌を白くしてくれる化粧品を作ります」


 私は、錬金釜の前に立って、みんなに説明する。


「そして、これは亜鉛です。よくある普通の金属です」


 美容目的の女性達だけでなく、私は錬金術師達に、どういう仕組みで変化するのかと言うことを丁寧に説明することにした。


「この金属も、水が固まった氷と同じなんです」


 そういうと、ざわざわと困惑の声が上がる。


「でも、鉄を精錬して剣や鎧を作るときに、溶けるでしょう?」


 そう彼らに尋ね返すと、「それはそうだ」と見聞きしたことのある事象が例だったからか、落ち着いてくれた。


「問題は溶けた後です。溶けたあと、水と同じようにこれは蒸気……気体になります」


 再び、アトリエ内がざわっとする。


「見ていて」


 私は何個か亜鉛のカケラを錬金釜に投げ込んで、両手を掲げる。そう。石けんのときに固化(ソリディフィケート)したときの逆をたどればいいのだ。


液化(リキフェイト)


 まずはみんなのお手本にならないといけない。だから、私の聖なる力が出てしまわないように制御しながら魔力を注いでいく。すると、普通に亜鉛が溶けて銀色の液体になった。


「次に……気化(ヴァポリゼイト)


 すると、液体の亜鉛がコポコポと沸騰して、どんどん沸騰していく。私の用意してもらった錬金釜は、かなり丸みのある形で、口は小さいので、対流によって気化した気体の亜鉛も外にはほとんど逃げることはない。


 そして、気化すれば、その細かい粒子は自然と空気中の酸素に触れる。こうして、綺麗な白い粉、酸化亜鉛となって、錬金窯の中に溜まっていった。


 酸化亜鉛、別名、亜鉛華(あえんか)ともいう。


 私はそれを長いへらですくい取って、小皿に乗せる。


「これが、亜鉛華よ。これがおしろいっていうの! 肌に載せるととても肌が白く見えるようになるのよ。しかも、これは殺菌作用やお肌の収斂作用もあって、美容にいいの!」


 そして、私は粉にしておいた絹雲母と亜鉛華を適量混ぜ合わす。これで白粉のできあがりだ。


 すると、今度は女性達がわあっとこぞって「試してみたい!」と騒ぎ出す。


「そうねえ……」


 我先にと挙手し出す女性陣の中から、ちょっとそばかすがが目立つ女の子を一人指名する。


「あなた、きてちょうだい」


「えっ。私で良いんでしょうか……」


 その子がぱちぱちと驚いたように瞬きをする。それから、挙手していた大勢の女性達に遠慮しながらも、彼女は私の方へやってきた。


 その子は年の頃は私よりもやや幼いくらい。でも、興味があって母親に連れてきてもらったのだという。


「私、日焼けしているし、そばかすが目立って……その、からかわれたりするものだから。目立たなくなったら良いのになって思っているんです」


 俯きがちに告白する彼女を励ますように、私は正面向かいにしゃがんで、目の高さを合わせ、そして、声をかける。


「じゃあ、そのコンプレックスを減らしてあげる」


 用意しておいた刷毛に作ったばかりの亜鉛華を付け、私の手の甲の上で量を調整しつつなじませる。それから、彼女の顔の上に載せていった。


 額、鼻梁、頬。


 面積の多い中心部分から載せていき、そして、刷毛で丁寧にのばしていく。最後は、薄く地肌となじませて完成だ。


「わあ! 気になっていたそばかすが目立たなくなりましたし、肌が一段と明るくなりました!」


 実験台になってくれた少女が歓声を上げるのと同時に、観客の女性達が、きゃあきゃあと騒ぎ出す。


「まだまだよ。これに、紅を足して、頬色を良くするの」


 私は残っている亜鉛華に紅花から作った粉を混ぜる。するとそれは淡いピンク色になっていく。そして、ちょうど良い頬色になるまで調整した。


「あとは、口紅も欲しいわね……」


 それは、この間作った石けんの素材のシアバターが残っていたから、それと紅花の粉末を混ぜた。少女に真っ赤な口紅というのもどうかと思ったから、ちょうど白色顔料である亜鉛華を混ぜてピンク色に調整する。


「さて、これでいいわ。……もっと、綺麗になって見返してやりましょう?」


 にっこり笑って少女を励ました。もしかしたら、私自身への励ましもあったのかもしれない。


 刷毛を頬に適した太さのものに変えて、ピンク色に調整したチークを刷く。そして、仕上げに、小指の上に載せた紅を口に載せて、完成だ。


「どう? これが新しいお化粧よ!」


「これが……私」


 そばかすのせいで自信がなさそうだった少女も、渡した手鏡を見て感動している。


 観客の女性達も、これは欲しいと大騒ぎだ。そして、身近な錬金術師達に、これを作るようにせがみだした。


「姫様? これは前回と同じように、閣下に商品化を依頼しても構いませんかな?」


 錬金術師の長であるガルムが、私に尋ねてきた。


「ええ。もちろんお願い! 私一人、独り占めしようなんて思わないわ! みんなで綺麗になりましょう!」


 そう叫ぶと、「キャー!」「エリス様―!」などと、女性達からさらなる歓声と、私を賞賛する声があがり、なかなかやむことはなかった。


「錬金術師もここまでくると、ただの錬金術師というより……」


「我が領の錬金術姫だな!」


「錬金術姫! 素敵な響きだわ!」


「エリス様! アネスタの錬金術姫!」


 そうして、熱狂的に支持をうけることになってしまったのだった。


 やっぱり、女性の力って、特に美しさにかける熱ってすごいのかしらね?

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