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034.化粧品

 そうしてまんじりともしないで過ごしていても日にちは過ぎていく。


「元気がないのかにゃ?」


 ソファに座って、本を開いたままぼうっとしている私の膝を、ぽふんとラズロが叩いてきた。


「ごめんなさい、ラズロ。ぼうっとしていたわね、私」


 私は本を閉じ、サイドテーブルに置いて膝を空けると、ラズロが膝に乗ってきて丸くなった。そっとその毛並みを撫でると、ふさふさとしていて心地いい。


 ペットと触れ合うとオキシトシンが脳内に出てきて幸福感を感じさせてくれると聞くけれど、そのとおりなのかしら? と思うくらい穏やかな気持ちになってくる。


 喉元をカリカリと掻いてやれば、くるくると喉が鳴る。その音も、私に安らぎを与えてくれた。


 すると、ふいに気持ちよさそうにしていたラズロがこちらをまっすぐに見上げてきた。


「想い煩っているのは、あの男のことかにゃ?」


「えっ!?」


 思わず動揺が出て、カリカリとしていた私の手が止まる。


「図星にゃん」


 我が意を得たりとばかりに、にやりと笑うラズロ。


「もう。意地悪ね。……そういう子には、気持ちがいいって所を掻いてあげないわよ?」


 ラズロには、気持ちがいい場所が何か所かある。喉、ほっぺたのあたり、耳の周りや肩甲骨の辺りだ。


「にゃにゃにゃ! それは勘弁にゃ!」


 まるでごますりをするように、ラズロが私の手のひらに額をすり寄せてきた。


「だってにゃ? エリスらしくないのにゃ!」


「私らしくない?」


 そう指摘されて、私は「はて?」と首を捻った。


 ――逆に私らしいって何だろう?


 思わずそう思ってしまう。


「だったら、ラズロはどんな風だったら私らしいっていうの?」


 逆に問いかけてみることにした。


「エリスだったら、悩みがあっても立ち止まらずに、今できることをやろうと、いつも前向きにゃん。そんなエリスが私は好きだにゃん」


 言われてみて、はたと考える。


 ――そう言われてみれば、私は思い悩むくらいなら動いちゃえ、って感じよね。


「……確かにラズロの言うとおりかもしれないわね。それに私、まだまだやらなきゃいけないことがあるもの。錬金術師として未熟だしね!」


「頑張るのにゃ」


「ありがとう、ラズロ」


 思いを込めて、ラズロを撫でた。すると、彼は嬉しそうに目を細めた。


「そういえばこの間、石けんやら化粧水やらを作ったわよね。それで、魔導式の加熱機能付きの浴槽も完成したわ。これで気持ちよく毎日お風呂に入れるから一安心……って想ったんだけど……この世界、ドライヤーがなくて困るのよね」


「どらいやー?」


 ラズロが聞き慣れない言葉に首を捻った。


「ああ、ごめん。髪の毛を乾かす道具でね、温かい風がこう、ゴー! って吹き付けてきてあっという間に髪の毛を乾かしてくれる道具があったらいいなぁって思って……」


「加熱……だったらまた、魔道具で作る案を魔道具師に渡してみればいいんじゃないのかにゃ? 前の浴槽と同じ、加熱をするんだにゃ?」


「うーん。加熱だけじゃなくて風も送るんだけど……そうね! 考えてみるわ!」


 ただ待たされるだけではない。今やるべき新しいことがあると思い出せば、創作意欲がわいてきて、あれこれ色々とやってみたくなってきた。


「そういえばこの間、化粧水を作ったんだから、おしろいとかのお化粧品を欲しいって声も聞こえそうね。女性ならば、より美しくありたいというニーズはあるはずだわ!」


「おしろい?」


 再びラズロが首を捻った。


「顔にね、こうやって刷毛で塗って、顔をより白く見えるようにする顔料のことよ」


 確かおしろいは前世でも存在していて、酸化チタンや酸化亜鉛が主成分だったはずだ。確か亜鉛とチタンでは大分沸点が違うはずで、かなりの高温が必要なチタンだと、どれだけ魔力が必要になるかの見当も付かなかった。


 それに、亜鉛ならば割合この世界でも手に入りやすい金属だし、それで作ってみるのもいいかも!


 おしろいをするならチークや口紅もないと、のっぺりとしてバランスが取れなくなりそうだから、それも作りたい!


 ――垢抜けない田舎者なんて言わせないわ!


 だったらこっちの方がおしゃれな地方にしてやろうじゃないの!


 そうだ。いっそ、ここを美容の一大産業地帯にしてみたらおもしろいかもしれない。輸出品が増えれば、お父様達のお役にも立てるわけだし、民にとってみれば、産業が増えるということは仕事が増えて喜ばしいことだもの!


 そう意気込んで、私はまずはドライヤーの設計図作りから始めるのだった。魔道具師達に頼むのだから、まずはこっちを先に手をつけておいた方が同時期に使えるようになるだろう。


「形は前世と同じようなものが効率いいわよね……」


 そう小声で呟きながら、私は素案を紙に描いていく。


 動力源は火の魔石と風の魔石。


 その名の通り、火の魔力と風の魔力をそれぞれ内包した石のことだ。これを同時に起動させることで、魔力を放出させて温風を生み出す。そして、それはスイッチのオンオフによって制御される。


「うん。これは、お父様経由で魔道具師に作ってもらうとして……」


 私はその紙を持って椅子から立ち上がる。そして、チリン、と呼び鈴でマリアを呼んだ。


「姫様、失礼します」


 そう待たずにマリアがやってきて、用向きを尋ねてきた。


「また、この間のように魔道具の開発のお願いと、私の錬金術で新しいお化粧品を作ろうと思うのよ。せっかくだから、前の品のように量産体制ができると嬉しいから、みんなを呼んでおいて欲しいの。紅花からとった紅と、亜鉛って金属と絹雲母の調達もお願いしたいわ」


「なるほど。それでしたら、皆に声をかけておきますので、亜鉛などの用意が出来る日に、また人を集めましょう」


「そうね、よろしくね、マリア!」


 そうしてお膳立てはマリアにお願いして、準備が済むまで数日待つことになった。

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