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033.重なり合う心

「ユリウス!」


「エリス!」


 私もユリウスも、互いに馬に乗っていつもの場所へやってきて、そして馬から下りた。手綱を木にくくり、馬が逃げないように固定する。


 私達が久々にいつもの場所で落ち合うのも、ポーションを渡して以来だ。


 私は、手紙でその後の経過を聞いても良かったのだけれど、彼からの連絡が来るのを待っていて、少し間が空いていた。


 ――便りが無いのは良い便りともいうし……。


 問題があったという連絡がないというのは、大丈夫なのだろうと思うことにして待っていた。そうしてようやく便りの中で、会おう、ということになって、久々の再会を迎えたのだ。


 相変わらずラズロは護衛だと言って付いてくるのだけれど、私達が出会うと、距離を取って暇を潰してくれている。すでにあさっての方向で蝶を追いかけて花畑で戯れていた。


「あっちの花畑に行こう。今が盛りで綺麗だ」


 ユリウスが、ラズロとは違う方の、景色がよく見える小高い丘の方を指し示す。


「そうね」


「じゃあ、行こう」


 そう言って、さらっと自然に手をすくい取られて、手を握られた。


 ――大きくて、熱い。


 その、男性の手の感触に私の胸がドキンと高鳴った。


 手にできている硬いタコのようなものは、剣か何かの訓練で出来たものだろうか。皮膚も、自分のものとは堅さが違う。


 ペンだこすらない柔らかな自分の手と違う、その感触にドギマギする。


 でも……。


 多分、首から上が熱く、赤くなっているだろう自分。でも、ユリウスの顔をみると、とても自然に見えて、その差に不意に不安がよぎる。


 ――ユリウスは私を女性として意識していないのかしら? それとも慣れているの?


 私から見るユリウスは余裕に見えて、私は不安になった。


「あっと……ごめん……手……。私の手は無骨だろう」


 すると、ユリウスはとっさの行動だったらしい。急に気恥ずかしそうに握っていた手を離して、私に謝罪する。


「あ。ごめん、嫌だとかそうじゃなくて……」


 今度は、手を離したことで私の気を害したのではないだろうかと謝罪してくるユリウス。


 そんな彼の様子を見て、私は少しほっとする。


 ――緊張していたのも、違いを感じていたのも、私だけじゃなかったのね。


 しかも、明らかに女性慣れはしていない様子に、ほっとすると同時に、さらに好感が増した。


「大丈夫よ。……ね、あっちでしょう? 行きましょうよ」


 私は何事もなかったかのように振る舞って、彼が誘おうとした花畑へと先に向かった。


 ――でも、離れていった手の熱が名残惜しいのはなぜかしら。


 ユリウスが私を女性として意識してくれたこと、やたらと女慣れしているわけでもないということを知って、ほっとしたはずだ。だけど、その熱が離れていくことにさみしさを感じるのはなぜだろう。


 そんな微妙な空気を破るかのように、ユリウスから口火を切られた。


「ここに座ろう。今日は君に、お礼をしたかったんだ。それで、お礼を言うのも遅くなった……ごめん」


「……お礼?」


 私は首を傾げた。


「前にもらったポーションだよ。あれのおかげで、父も母も全快したんだ! いままで、どんな治療も効をなさなかったというのにだよ!」


「そうなの!? それは良かったわ! ……でもお礼なんて良いのに」


 私は自分の胸に手を押し当てて、飛び上がりたいほど嬉しい感情を抑える。だって、好ましく思っている人の両親を救えたのだ。これほど嬉しいことはない。


 それからしばらくは、そのご両親の体調の経過や、私の近況など、他愛もないことを話し合っていく。


 私はその間の手慰みに、周りに咲く花々で少女のように花冠を編んでいた。


「ねえ、エリス」


 すると、急にユリウスが話を変えてきた。


「再会するのにね、時間がかかったのは……これを作らせていたんだ」


 そう言って、ユリウスが胸ポケットをまさぐる。そして、私に小さな箱を差し出してきた。


「これを、受け取ってくれないかな? ……お礼として」


「そんな。いいのかしら……?」


「お礼なんだ。いいんだよ。さあ、開けて」


 私はユリウスに促されるまま、おずおずとそれを受け取り、箱を開ける。


 すると、私の瞳の色の紫色の石で出来たパンジーのブローチが姿をあらわした。


「……可愛い」


「それは、ネックレスにも髪留めにもなるように細工してあるから、それで好きに君の身を飾って欲しい」


 そう言われてみて裏返してみると、確かに、鎖を通せばネックレスにもなるし、髪に止めるための金具も付いていた。


「とっても素敵だわ! ありがとう!」


「髪にとめてあげよう。ほら、貸して」


 ユリウスにそう言われ、私はもらったばかりのアクセサリーを彼に手渡す。すると、彼は私の耳の斜め上辺りにそれを飾ってくれた。


「うん。やっぱり。君の目と同じ色の石を探すのに苦労したんだ……よく似合っている」


 その言葉に、私はかぁっと頬に熱が上がってくるのを感じた。


「ユリウス……」


「……ねえ、エリス。パンジーの花言葉を知っている?」


「……?」


 不意に尋ねられて思い浮かばず、近づいてくるユリウスの瞳に私が映るのをぼんやりと見つめていた。


「……『私を想って』だよ」


「……ユリ、ウス……」


 やがて私の手に彼の手がそっと重ねられ、私はそれを払いのけもせずにいた。


「そう言うのは……いいよね? もう君には、君を拘束する男性はいなくなったのだから」


「ユリウス」


「……私が、君にふさわしいと。それを証明すれば、君は私のものになってくれるのかな?」


 そういえば、私は彼が何者なのかしらない。


 身なりが良いから、それなりの家の人だろうとは思っていたけれど、明確に尋ねずじまいだったのだ。


「私、は……」


「今は、私の身の上とか、そういうものを一切抜きにして、一人の男として見て、好ましいと思っていて欲しい……そう思っているんだ。だましたりはしない。がっかりさせたりもしないよ」


「……私、は……」


「……私の思いは、このパンジーに込めているから……」


 そう言って、ユリウスが私の髪に留めたパンジーの髪飾りにそっと触れ、そこから手が滑り降りてきて、私の頬に添えられる。


「……返事をくれないかな?」


 私は、手に持っていた編み終わった花冠を彼の頭の上に載せた。


「辺境の田舎の錬金術師の娘よ? それでもいいの?」


「エリス……当たり前だろう」


「……私の……王子様に、なってくれるの? 垢抜けない、私でも、いいの?」


 ほろ、と、涙がこぼれた。


 かつての心ない言葉は私の心の奥にわだかまっていたらしく、そんな言葉がこぼれ出る。


「……そんなこと、思ったこともない。垢抜けないなんて、見る目がないだけだ。初めて会ったときから私は君が好きだった。誰よりも優しくそして綺麗な君が好きだよ……」


「信じて、いいのね?」


「ああ、後悔はさせないから」


「……だったら、私を信じさせて」


 そう言うと、彼に肩を優しく掴まれて引き寄せられる。そして、彼から初めて、そっと触れるだけの唇への口づけを受けたのだった。


 そのあと、「いつか必ず正式に挨拶しに行くから、待っていて」と言われ、結局家名は聞かずじまいで別れることになった。


「どうしてもそれは、まだ言えないんだ」そう言われてしまって。そう告げながら私をまっすぐ見つめる彼の瞳には私が映っていて。その揺らぎのなさに、嘘偽りはないように感じられた。


「本当に信じて待っていていいの?」


「うん。私を信じて待っていて欲しい」


 そうはっきりと告げられた私は、待つほかはなかった。


 ――どうしてなんだろう。


 その思いは消えないものの。


 彼の瞳に嘘偽りはないと思えたことと、自分自身がやっと実った思いを信じたい思いで、彼を信じると、信じて待つと決めたのだった。

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