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032.その頃のノルデン王国①

「え? 教育係が辞めた?」


 アルフォンスがミリアに尋ねた。そして、そこにいた王宮の者は騒然とした。


「ええ。なんでも、私への教育はもう不要だと言って、辞退してお帰りになりましたよ」


 ミリアは、不機嫌そうにツンとそっぽを向いた。


 実際の所、彼女の言葉は正確ではない。ミリアのあまりに努力をみせない様子に、堪忍袋の緒が切れた教育係が厳しく言ったのだ。それがきっかけで、彼女達は口論になった。


「これくらいの教育に耐えられなくてどうするんですか。 未来の王の妃になるのです。これは知っていて当然のことなのです。隣国の言葉、しきたり、王族や貴族の家名に家系図。王の隣で社交の場に出るのです。出来なければ国の恥になるんですよ!」


 そう、エリスのことも担当していた教育係が窘めた。


「いきなりそんなこと言われても、何でもかんでもできないわよ!」


「そんなわがままをおっしゃっている時間はあなたにはないのです。元々のこの国のマナーについても一から勉強し直さなければならないことが山のようにあります。王太子殿下のお妃になりたいのでしたら、人一倍の努力をなさらないとならないのです!」


「そんなこと言ったって。お勉強なんてかったるいわ。……国の政治は王太子殿下がするものでしょ。そうすればいいじゃない」


 そう言いながら、ミリアは御用商人に新しいドレスを次々と運ばせては、指示している。「あらそれ素敵、それと色の合う宝石も欲しいわ。ああ、お金のことなら大丈夫。殿下が支払ってくださるそうよ」と、説教など上の空だった。


「はあ。……少しずつでもいいのです! 学ぼうとしてください! ……全くエリス様なら、それはきちんと熱心に学ばれていましたのに……」


 教育係がため息交じりに呟いた言葉と、()()名前がミリアの耳に入る。ミリアはカチンと頭に血が上った。


「なんですって? 失礼ね! 王太子殿下が婚約破棄した娘と比べるの!?  将来の王太子妃にふさわしいと王太子殿下がお認めになったのよ! そんな婚約破棄されたような娘ではなくて、私に合わせて覚えられるようにしてちょうだい!」


「……努力をなさる気はないと? あなたは男爵家の出。エリス様は辺境伯の出。それだけでもハンディキャップがあるんですよ!」


「努力なんていやよ。私は王子様のお妃様になりたいだけ。ああ、そのネックレスがいいわ。殿下の前でお見せしたいわね。ああ、靴も見繕ってちょうだい」


「……でしたら、あなた様への教育はもう不要でしょうね。私は教育係を辞退させていただきます。失礼します」


 そう言って、頭を下げると、きびすを返して教育係は部屋を出て行こうとした。


「勝手に出て行きなさいよ!」


 そんな彼女に、ミリアはちょうど手元にあったクッションを投げつけたのであった。


 さらに困ったことに、ミリアは聖女の勉強もそっちのけであった。


 やがて、教育担当である教会のシスターが泣き言を進上にやってくる。


「そもそも、ミリア様はめったにお約束の日に来て下さらないのです。来て下さっても、そんな苦労は面倒くさいだとか、そんなことをいうならやらないだとか、言い訳をなさっては、鍛錬をしてくださいません。……正直に言いますと、聖女ではなかったエリス様よりも、格段に見劣りのするお力しか発揮できません」


 アルフォンスは頭を抱えるものの、その不勉強の一端は自分にもあるのだから、あまり強くも言えなかった。


 要は、二人して遊び耽って、すべきことをおろそかにしていたのである。


 ◆


「陛下」


 ちょうどその頃、王太子の教育係が国王に対して面会を申し出ていた。ちょうど、第二王子のヴィンセントも同席している。国王は彼にこの場を辞することを命じず、そのまま話を始めた。


「……アルフォンスのことだったな」


「はっ。……以前と変わらず、あまり勉強にはご興味がないご様子で……。以前はエリス様がその分も学んでくださっておりましたので、ゆくゆくは補佐してくださればそれで……と思っておりましたが……」


 教育係が国王に頭を下げる。


「確かに、エリス嬢は勉強熱心で彼女の教育係が盛んに褒めていたものだったな」


「ですが、代わりに婚約なされたミリア様もあまり勉学には熱心とはいいがたい方のようで……。それどころか、元々の出自が出自ですから、国と国との社交の場に出すなど問題外という出来です」


「全く……どうしてもというから、新たな婚約を認めてやったというのに……」


 国王は頭を抱えた。


 そんなとき、ヴィンセントが父である国王の耳に口元を寄せ、そっとささやいた。


「……エリス姫を取り戻してはいかがです? 彼女はもうすでに立派に王妃教育を終えている身。彼女ほど王妃にふさわしい、王を支えるにふさわしい女性はいないでしょう」


「は……?」


 国王が、驚きでヴィンセントの目を瞠目して直視する。


「もう兄上の婚約者にというのは体裁が整わないでしょう。アネスタもさすがにそれはうけいれないはずです。ですが、丁重な謝罪をした上で、相手が私ならば……?」


「……そして、兄を廃嫡せよというか……」


「さあ……別に? 王弟としてサポートするのでも、構いませんが。まあ、それですと、実質私が宰相か後見として実権を握るようなものかもしれませんがね」


 そう言ってヴィンセントがクツクツと笑う。けれど、叱ろうと思ったとしても、ヴィンセントの言うことは現状のままでは的を射ており、叱責しようにもできなかった。


 それを聞きながら、国王は口元で手を組んで、思案にふけるのだった。

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