025.錬金術師は美容に興味を持つ
そうして迎えた夜。
「今日はお疲れでしょう? 湯浴みをなさっては?」
そうマリアに提案されて、私はその晩湯浴みをすることにした。
この世界では湯浴みは毎日するわけでもないし、髪の毛なんて毎日洗ったりはしない。
――それが、前世の記憶を取り戻してから気になるところなのよね……。
しかも、湯浴みの時に使う石けんときたら、手に入りやすい獣の油を使った物だから、臭くてしかたない。それが気になって仕方がないのだ。
そして湯浴みの湯。
お湯を運んでくれるマリア達侍女には申し訳ないんだけれど、沸かしたお湯を運んで陶器のバスタブに入れる、ただそれだけだから、入っている間にだんだん温くなってしまう。勿論、加熱機能なんてない。
――加熱機能付きお風呂と、香りのいい石けんが欲しいなあ。
どれから取りかかろう?
まずは石けんかしら。
臭いのは勘弁だもの。
石けんは油とカリウムで出来る。しかも、天然成分の草木や海草を焼いて出来た灰を、水に溶かしてできる灰汁がカリウムを含むのだ。
どうせならミネラルの多そうな海草を元にしたいわ。うちは海に面した地域もあるから、お父様に頼んで、海草を入手してきてもらうことは可能よね。
どうせ、この世界では海草なんて食べる文化はなくて、ただうち捨てられているだけなんだもの。有効活用しなきゃ!
油も、海沿いに確かパーム椰子やココナツに似た植物があって、そのオイルはうちの領でも産出していたはず。それを混ぜれば、良い香りの植物性石けんができあがるはず!
ああ、そうだ。
肌や髪に使うなら保湿性が高いものも欲しいから、シアの木から取れるシアバターに似た油も用意してもらおう!
――あ、そうだ。なら、精油も欲しいわね。
いろんな花々から採れる精油は、香りも良いいから、石けんにいれたらとても素敵なものになりそう! それに精油を採る課程で天然成分だけの化粧水も出来ちゃうんだったわ。
それにお砂糖や塩とオイルでスクラブも出来る……上質な石けんで体を清め、そして、スクラブで磨ける。これは魅力的だわ!
私は頭の中で前世の世界で知った知識をフル回転して、なにをどう改善しようか考えた。
でも、これを実現させるには、協力してくれる人達が必要ね。
「ねえ、マリア」
私は湯につかって、渋々髪を獣臭い石けんで洗ってもらいながら、彼女に声をかける。
「はい、なんでしょう?」
マリアは私の髪を丁寧に洗う手を休めず応えた。
「この石けん、臭いと思わない?」
「まあ、確かにこれは獣臭くて、姫様がそう思われるのは仕方がないかもしれませんね」
かといって、石けんといえば我が国ではこれなので、仕方がないと困った様子でマリアが答えた。
「これ、良い香りのものが出来たら、みんな喜ぶと思わない?」
「え? そんなものが出来る……あ。姫様の場合錬金術師でいらっしゃるから、もしやお作りになろうと思われているのですか?」
マリアの反応の良さに、私は嬉しくなってマリアのほうに振り返る。
「そうよ! そうしたら、みんなが喜ぶわ」
私はにっこり笑って答えた。
「それとこのお湯。すっかり冷めているでしょう?」
「あっ! 申し訳ありません! すぐに追加の湯を持ってこさせ……」
「違う、違う。そうじゃないのよ」
慌てて謝罪するマリアを制して、私は話を続けた。
「お湯自体を加熱できる魔道具にしちゃったらどうかしら? あなたたちが重い思いをしてお湯を運ばなくてもすむようになるわ」
その言葉に、私の髪をすすいでぬれた手を胸の前で組んで、マリアが涙ぐむ。
「姫様。私達のことまで気を配ってくださるなんて……」
「だって、女性にとっては重労働じゃない? こういうのは効率よく改善していくべきよ。……そうねえ。でもこれは火の魔力を宿した魔石を火力源にした魔道具で実現できそうだから、うちで雇っている魔道具師達にアイディアを提供して作ってもらうのがいいかしら……」
ああでもない、こうでもないと考えていたら、とても楽しくなって、私は再び思案に暮れながら、その日はいつもの湯浴みで我慢したのだった。