020.ポーション作り②
そして次の日。
「さあ、これを、変成するのよ!」
変成とは要するに、化学反応を魔法でやってしまおうということだろう、私はそう解釈していた。
まず、指南書のとおり、昨日抽出したエルムの葉のエキスとリッカの葉のエキスを一つのビーカーに入れて混ぜる。
次に、全ての素材が混ざった水に両手を添えて、いつも魔法を使うときの要領で念じてみる。意識して念じるというのは、昨日散々抽出の特訓で覚えたつもりだ。
ただし、念じる内容は、「癒しのポーションになれ」だ。
「変成!」
指示する言葉を口にして念じると、私の手のひらから金色の光があふれ出てきた。
「そうよ、みんなを癒す、ポーションに変わって……! って、え?」
「姫様……!?」
「何事にゃ!」
指南すると約束してくれて見守っていたラズロまでがその、ポーションへと変わるはずの液体の様子に目を見開く。
「……爆発……はしなかったわね」
でも、本来ポーションは緑色だと本には書かれていたのに、虹色にきらめく液体が出来てしまったのだ。
「……これは、一体?」
私は混乱して首を捻る。
「エリス、そなたの魔力の質が原因じゃないかにゃ?」
「魔力の質?」
ラズロにそう指摘されて、私はさらに首を捻った。
「最初にいったにゃん。そなたの魔力は強力な聖なる気に溢れているにゃ。だから、それがポーションに影響したにゃ。……これはきっと普通のポーションとは違うはずにゃ」
「姫様……」
「どうしよう、マリア。いきなりポーションから失敗しちゃったみたい……?」
「失敗というなら、ある意味失敗だにゃ。普通のポーションはできていないんだからにゃ」
そうラズロに言われて、私は項垂れる。
そんな私に、ラズロは二本足で立って歩いてきて、慰めるように、ぽん、と前足で私のスカートを叩く。
「そんなに性急になげくにゃ。まずは鑑定士にでも見てもらえばいいにゃん」
「……そういえばそうね」
確かに、どんなものが出来たのかは、お父様お抱えの鑑定士に見てもらえば、わかるだろう。
場所は変わってお父様の執務室。
ラズロの提案どおり、お父様にお願いして鑑定士を呼んでもらった。
「なんですか! これは!」
ところが、見せた途端、鑑定士に叫ばれてしまって、私はきょとんとする。
錬金術師として、ポーションを作ろうとしたら何か違うものが出来たようなので鑑定をして欲しいと依頼したのだ……けど。
そうしたら、その試薬瓶に入れた薬(?)を見せたら、鑑定士が叫びだしてしまったのだ。
「そんなに大きな声を出すんじゃない。エリスが驚いている」
「は、すみません……ですが」
「ですが、なんだ」
鑑定士は、父様に軽く叱責されても、どうしても言いたいことがあるらしい。
「これはポーションなんてものではありません。強いて言えば、どんな病も、怪我も、一般的なものなら何でも治してしまうような薬ですよ! 強いて名付ければ『万能薬』です!」
「……え? ちょっとそれ、ポーションじゃぁ……」
私が戸惑いながら尋ねると、さらにたたみかけるように鑑定士が説明してくる。
「そうですね……なおせないというなら、病なら末期、怪我なら四肢欠損。それ以外であれば治ってしまうようなとんでもない品です! こんなポーション存在しませんよ!」
「エリス……」
「……お父様。どうしましょう……」
私とお父様は顔を見合わせるのだった。
「どうしようもなにも、素晴らしいことじゃないか! 聖女に匹敵する治癒の力を持っている上に、錬金術師としてそれ以上のことができるのなら、素晴らしいことだよ、エリス!」
お父様は、たいそう感激したらしく、私をその大きな腕で抱擁してくれた。
「……お父様……」
その言葉が嬉しかった。
「……とても嬉しいです。私、励みます。そして、聖女でなくてもそれ以上の成果を出せるのだと、証明してみせます!」
「ああ、その意気だ!」
ぱん、と気合いを入れるように、両肩を叩かれた。
そして、私はその場を辞そうとしたときのことだった。
すると、どこから忍び込んだのか、ラズロがちょこんと二本足で立っていた。
「聞こえたぞ? 末期以外、四肢欠損以外は治るほどのものと聞いた……なぁ、エリス」
「なっ、なあに? ラズロ」
「その薬、誰かで実際に試してみたかにゃ?」
――そういえば、鑑定士のお墨付きはもらったけれど、実際に誰かが飲んだわけじゃない。
そして、そこにいた私、お父様と鑑定士が顔を見合わせる。
医学には『治験』というものがある。理論上正しいとされる薬などを、本当に安全かどうか実際に動物や人間で試してみることをいう。
「そういえば、誰かで試したわけじゃないわ。効果はあっても、なんらかの悪影響があったりするかもしれないし……」
確かに、鑑定士に見せたのだから、理論上は問題がないはず。けれど、万が一ということもあるのだ。
「それを私でためしてみないかにゃ?」
「いいの?」
「私は深い傷を負い、まだ完全に体が治癒してないにゃ。それでもし治る可能性があるのなら、喜んで最初の実験台になるにゃ」