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002.婚約破棄

「エリス・フォン・アネスタ。貴様との婚約を破棄する! 田舎出の錬金術師など王太子妃には値しない! 聖女の職を与えられたミリアこそが我が妃にふさわしい!」



 壇上目前にいる、婚約者であるアルフォンス王太子殿下にそう宣言され、私は呆然とした。


 威風堂々と、私を指さし宣言しているつもりなのであろう王太子殿下の脇、反対側の腕の方にミリアさんとかいう男爵家のお嬢さんが寄り添っている。


 ピンクのゆるやかにたれた髪と瞳が愛らしい、私よりいくぶん年下の少女である。


 けれど、彼女のその姿勢は、殿下に寄り添うというよりはべたべたと絡みついているといった方が良いかもしれない。


 そうそうたる貴族が集まる公衆の面前で、人を指さすのもそうだけれど、異性に胸を押しつけるほどのその甘えぶりは、いささか礼儀にかなっていない。


 二人の間には、もうすでに、()()()()関係なのではないかと邪推したくなるような、親しすぎる空気を感じた。


 未婚の私がそういうことを邪推すること自体がよくないのかもしれないのだけれど……。彼らの親密さはそういうことを私にすら想像させるような距離感を感じた。


 そして、それに対して私は、本来エスコートしてくれるはずの当の婚約者、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されている。


 婚約破棄自体は、実際のところ悲しい出来事というわけでもないけれど、大衆の視線が痛かった。


 ここは、そうそうたる貴族が集まる夜会の場だったのだ。


 そんな中、みなが自然と私を遠巻きにし、私の周りに輪ができた。


 私は、皆に興味津々といった様子で見られる中で、膝の力が抜けた。そしてそのまま床にくずおれた。片手を床に、もう片方の手のひらで額を押さえた。


 ――頭が痛い。


 額に冷や汗が流れる。

「はっ。そんなに私の妃になりたかったか?」


 ――違う。あなたが恋しかったわけじゃない。あなたに未練はない。


 確かに、今置かれた身の上が、体面上悲しく惨めなのは確かだ。


 そして、どれほど口惜しかったことか。


 相手側からの要請で望まぬ婚約を結び、どれだけ王太子妃の婚約者であるために、厳しい婚約者教育に耐えたのだ。その年月を返してほしい。


 その上、王太子殿下自身は実はあれこれと色恋沙汰で放蕩していたらしく、全く勉強には身が入らなかったとのこと。


 その結果を今目の前にしていた。


 私が何もわからないのをいいことに、「王妃たる者、王の務めも補佐することが必要です」なんていわれて、帝王学まで学ばされたほどで。


『水の聖女』ならぬ『氷の聖女』なんて揶揄されたことも知っている。


 なぜなら、人に笑いかける余裕も、社交に割く時間もないほど、勉強に追い詰められていたのだ。


 ……と、色々と過去の出来事が脳裏をよぎる。


 けれど、冷や汗が零れ落ちた理由は、それだけではなかった。


 私は頭を押さえる。 


 頭が痛い。割れるように痛かったのだ。


 そしてさらに視界まで暗くなってきた。


 私は、意識を手放した。


 ◆


 暗かった視界が鮮明になってくる。


 見慣れぬ四角い建物らしきもの……いや、あれは、マンション。


 何でその建物の名前を知っているのだろう?


 そこを出て、見慣れぬ服装をした黒髪黒目の()が歩いて行く。なぜあれが私なのだろう? 私は真逆の銀髪のはずだ。


 それにしても、どういう魔道具なのだろう?


 とても長い金属の箱に運ばれて、大勢の人間が運ばれていく。それは驚くべき人数だ。


 ()も、その箱の中に人々でぎゅうぎゅう詰めにされながら、一定の時間を耐え忍び、どこかでその箱から降りた。


 私が動く階段を上って外へ出ると、石のようなもので綺麗に整地された道がまっすぐに続いていた。


 ――そうだ!


 ここは、私がいた世界。日本。


 私が今いる場所は東京都心から少し離れた郊外。


 私はそこにある医薬品の研究施設に勤めていて、そこに通っていたんだった。


 私は確かお父さんとお母さんを早くに事故でなくして。母方のおばあちゃんの元に引き取られた。


 そのおばあちゃんの体が弱くて、それを治してあげたくて。体に優しいハーブの勉強なんかをしたっけ。おばあちゃんは結局、天寿を全うして亡くなってしまったけれど、優しいおばあちゃんで大好きだった。


 やがて、そんな思い出をきっかけに、人の役に立つ薬や医学に興味を持って薬学部に進んで。両親の事故への慰謝料やら、遺産があったから、学費には困った記憶は無い。


 そうして、そのままみんなの役に立つために新薬の研究なんかをしたいと志し、それが実ってこの郊外にある研究施設で薬学の研究職をしていたのだ。


 郊外は車が必須。駅から研究施設へは車で通わなくてはいけなかった。


 確か、自分で運転している車で事故に巻き込まれたところまでは記憶があるのだけれど……?

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