019.ポーション作り
私は次の日、またアトリエへと向かった。今度こそ、ポーションを作るためだ。ポーションに興味があるのだろうか。ラズロも付いてきている。
「まずはポーションから作ってみようかしら」
ラズロと共についてきたマリアが驚いたように首を傾げた。
「いきなり作られるのですか?」
「まず錬金術師が作ってみるものの一つが、ポーションなんですって。だったら、それで練習するのが一番かと思って」
以前王宮の図書館で読んだ本の中では、錬金術師が作るものの中では『初級』であるとされていたものだ。ならば、まずはそれから作るのもいいだろう。
ちなみにポーションとは飲み薬にも外用薬にもなる万能の治療薬と思ってくれていいかしら。ただし、これから私が作ろうと思っているのは一番初級のもので、風邪や軽い怪我を治す程度の効力しかない。
王宮の図書館で読んだ本の内容を覚えてはいるものの、念のためお父様が用意してくれた初級の錬金術の指南書の該当ページを開く。
「素材は、水とエルムの葉、リッカの葉ね」
「確か、その二つの素材ならば、先日姫様が平原から採取して持ち帰られましたので、床下収納から出して、乾燥させておいてありますよ」
そう言って、アトリエの外の日陰の風通しの良い場所に吊してある素材達を、窓越しに指さした。
「マリア、ありがとう。あれを取ってきてくれるかしら?」
「はい、姫様」
マリアが扉から出入りして、乾燥したエルムの葉と、リッカの葉を持ち帰ってきてくれた。
「まずはそれぞれ乳鉢で粉にして……」
「じゃあ、私はこちらをお手伝いしますね」
「ありがとう」
そういう訳で、私がエルムの葉を、マリアがリッカの葉を粉にすることにした。
「で、水をビーカーに溜めて」
私は水魔法で純水をイメージして、ビーカーに水を溜める。
「そして、エルムの葉とリッカの葉を同じ量計って入れる……」
私は吊り下げ天秤を使って、片方の皿にエルムの葉、もう片方の皿にリッカの葉を載せる。
さじで少しずつ調整して、同じ量を計りとり、そして、それぞれを水で満たした二つのビーカーの中に加えた。
「まずは、これから有効成分を錬金魔法で抽出するのよね」
私は、初めて使う錬金魔法にドキドキして胸を片手で押さえる。
――出来るかしら?
すーはー、と深呼吸をしてから、リッカの葉の入ったほうのビーカーに両手をかざす。
「抽出!」
……
……
……
「あれ?」
私は眉根を寄せてビーカーを見る。そして、指南書と見比べた。
「……リッカの葉から抽出すると淡いオレンジ色になると書いてあるのに、何も変わらないわ」
じっと見つめたビーカーの中の水は、無色透明のままだったのだ。
「それは、なんにも成分が出てないにゃ」
そんな私にアドバイスをくれたのは、意外なことにラズロだった。
「ラズロ。あなた見るだけでわかるの?」
「大体にゃ。私は妖精とか精霊の類いだから、そういうのはなんとなく見てわかるのにゃ」
誇らしげに、ふふん、と二本足で立って胸を張るラズロ。
それに反して、「なんにも出ていない」と言われたわたしはがっくりと肩を落とす。
そんな私に、マリアがフォローするように声をかけてくれた。
「でも姫様……考えようによっては、ラズロさんが『見える』なら、修練しやすいのでは? 出来たか出来ないかの判断もしてくれるんですし」
「それもそうね……。ねえ、ラズロ」
「なんだにゃ?」
「あなた、私の練習の指導をしてちょうだい」
「えっ。姫様。普通は錬金術師の人間の師匠を持つものでは?」
私からのラズロへの依頼にマリアが驚いたように、もっともな反応を返してきた。
「うーん、そうなんだけど。でも、ラズロは『見える』って言ったじゃない。なら、そのほうが効率もいいと思って」
そう。前の世界的に言えば、測定器が隣にいるようなものじゃない?
出来たか、出来ていないか、即時に判断してくれるんだもの。
「ふふん。見てやらんこともないにゃ」
「ちょ、お二人とも……」
マリアは不安そうだ。
「いいのよ。ねえ、ラズロ。どうしたら抽出できるのかしら?」
「集中力も、念じる力も全くたりてないにゃ。何をどう抽出したいのか、よく意識する。いつも魔法をつかっているにゃ? 要領はそれと同じにゃ」
「……私が聞いたとはいえ、ずいぶん詳しいのね、ラズロ」
ちょっとびっくりしてしまって私は彼に尋ねた。
「そりゃあ、私は精霊の類いだからにゃ。この世の自然の理というものには詳しいのにゃ」
再び、えっへんとばかりに胸を張るラズロ。
――ただの精霊にしてはずいぶんと詳しすぎる気もしなくはないけど。
でも、今は彼に頼るしかないか。私はまだまだ初心者なんだから。
結局、二つの葉から成分を十分に水に抽出するまでに、私は丸一日を費やすことになったのだった。