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018.自分のアトリエ

 薬草摘みをして数日経った、ある日の午後。


「お父様、エリスです。今いいでしょうか?」


 私は、お父様の執務室の扉をノックした。


「どうした? エリス。入っていいぞ」


 その言葉で警備兵が扉を開ける。そこを通って、私はお父様と執務机向かいに立った。


「お願いしてあった、私の錬金術師としてやっていくための器材や書物の件なんですけれど……」


「ああ、それならば、庭の離れを改築してアトリエを作って、一通りのものはそろえておいたから、執事にでも聞いて場所を教わるといい」


「ありがとうございます! お父様!」


 私は、向かいに座るお父様の元に駆けていって、感謝の抱擁で喜びを伝えたのだった。


「こちらです、エリス姫」


 執事のダルクが庭を通って、私とマリアを離れへと案内する。そして、その離れの扉を開けてくれた。


 昔、幼い頃に忍び込んで遊んだ、薄汚れた物置だった離れは、すっかり広々として明るいアトリエに様変わりしていた。


 私は足早にアトリエの中に入っていく。


「では、私は失礼します」


 一礼をして、ダルクは去って行った。


 私は、まず戸棚向かっていく。中には、乳鉢、ビーカーにフラスコ。そして、アルコールランプならぬ魔道具のランプなどが収められている。


 なんと、魔道具式の遠心分離機――ぐるぐると回して遠心力をかけることで成分を、たとえば牛乳からクリームをより分けるようなことができる器材。そんなものまで用意されていた。


「さすがお父様だわ!」


 作業中に服を汚さないように必要そうなエプロンや手袋といった、細々としたものまできちんと用意されている。


「懐かしいなあ」


 前世でも、これらビーカーやフラスコ、メスシリンダーや試験管を使って色々やったものだ。そんな記憶が懐かしくて、戸棚をあけて、まだ新品でキラキラと輝くガラス器具に指先で触れる。


「この世界にも同じものがあるのね」


 その言葉はマリアに聞こえないように小声で言いながら、懐かしい器具達になんだか嬉しくなってきて、口角が自然と上がってくるのを感じた。


 前の世界を思い出してビーカーを手に取る。


 そして、さっき採ってきた素材は鮮度が落ちないように床下の湿度と温度が保たれた床下収納にしまってから、部屋に戻ったのだった。

 

 自室に戻ってみると、ラズロが私の部屋の寝床としたクッション入りのふかふかのカゴの中で寝ているところだった。


「ラズロを完全に治してあげられるくらいのポーションが作れるようになるといいんだけれど……」


 すると「ん……?」とラズロが目を覚ました。


「ごめんなさい。起こしちゃったわね」


「いやいい。十分に寝たところだにゃ。ところで、そんなすごいポーションを作れるのかにゃ? ということは錬金術師?」


「……って、私はまだ新米だから、一番基本のポーションも作ってみたこともないわ」


 本当は行儀が悪いことなのだけれど、私は自室の毛足の長いカーペットの上に直に座り込む。そして、ぽんぽんと自分の膝を叩いてラズロを呼んだ。


「おいで」


「全く、期待させておいて……」


 ブツブツ言いながらも、私の膝に乗ってくる。


「でも、そのうちすごいポーションであなたを治しちゃうかもしれないわ」


「……期待せずに待っておくにゃ。さあ、今日の治療をするのにゃ」


「はいはい。全く。治してもらっているというのに偉そうなんだから……」


「何かにゃ?」


「……いいえ。上級回復(ハイヒール)


 ――それにしても。ちょっと傷が深すぎるわよね。

 

 私の上級回復(ハイヒール)は『水の聖女』と呼ばれていたくらいには効果はあるはずなのだ。けれど、日々治療しても、なかなか完治とまではいかなかった。


「ねえ、ラズロ。この傷はどうして……」


「……それは人が知らずともいいことだにゃ」


「そうですか」


 こんな感じで全くラズロは理由を教えてくれようとはしない。しかも、従魔になったとはいっても、尋ねていることに全て答えずにいられる……ということは、実はラズロはそうとう強い獣なのではないだろうか?


「ねえ、ラズロ」


「なんだ?」


「私を……私達を傷つけたりしないわよね?」


「そう誓ったはずだにゃ?」


 それに、見た目は特殊といっても、このサイズ。とても、人に危害を及ぼすような獣には見えなかった。


「まあいいわ。はい、今日の治療はおしまいよ」


 そう私が言うと、ラズロはぴょんと跳ねて再びふかふかのカゴの中に潜り込んでしまった。


「……全くもう」

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