014.ラズロとの出会い
「手紙、返事が来るといいんだけれど……」
ふうとため息をつくと、ガサッと葉擦れの音がするのが聞こえた。
――どうしよう。森には入るなと言われている。
かすかに風が血のにおいを運んでくる。
――来る? 来ない?
私は、いつでも魔法を撃てるよう、姿勢を整えた。
すると、ガサガサと音を立てて出てきたのは、まるで白い毛足の長いラグドールのような、けれど額に白銀のツノを持つ、見たこともない獣だった。けれど、その白い毛は赤く染まっている。
魔獣ともなれば、大きさだけでは強さの判断は出来ない。しかも見たこともない獣となれば、警戒するのは当然の対応だった。
――手負いの獣? どうしよう。助ける?
「娘。極めて稀な、しかも強き聖なる気を感じる……。治癒の力を持っているなら、私を治してはくれにゃいか」
しかもなんとその獣、人語を喋るではないか。
「しゃ、べった……!?」
私は驚いて馬を後に引かせようとする。
「……待て。頼む。助けてくれにゃ。私が死ぬわけにはいかにゃいのにゃ」
まるでずるずると這うようにして、その獣は私の方へやってきた。
彼の言うことは本当だろうか?
「私はラズロ。……治してくれるなら……その身を守る従魔となってもいいにゃ」
そう言うと、苦しそうに咳き込んで、ラズロはカハッと口から血を吐き、そこへ倒れ伏した。
「ごめんなさい、苦しいわよね。今すぐ治療するわ」
あまりの苦しそうな姿に、警戒心よりも憐憫の情のほうが先に立ち、私は彼を助けることにした。いざとなれば、私にも聖魔法や水魔法といった身を守る術もあるのだし。
私は急いで馬から下りる。そして、ラズロの側へ寄る。
「そっ、そうね。まずは少しでも治療をしないと……」
私は慌てて苦しそうな彼の側に手をかざす。
「治療するわ……上級回復」
それは私が職業とは関係なく覚えている最上級の回復魔法。
「これで治ってくれるといいんだけれど……」
「ああ、大丈夫。大分楽になってきたにゃ……。ありがとうにゃ」
とは言ってはいるものの、完全には回復していないらしい。
「治らない? ずいぶんと酷い怪我をしているの……?」
「でも一回じゃまだ治っていないわよね?」
「だめみたいにゃ……。しばらく面倒を見て欲しいにゃ」
そう言われて、私はひょいっと彼を抱き上げる。
「これでいいわ」
そうして微笑んで彼を胸に抱いていると、リルルが飛んで帰ってくるのが見えた。
「リルル!」
その足には手紙らしきものが巻き付けられていて、期待に胸が躍る。
ユリウスからの返事だといいのだけれど。
「ちょっと一度降りていてね」
柔らかい草むらの絨毯になっている場所を選んでラズロを下ろしてから、リルルを腕に止まらせて、片手でその紙をほどく。
『エリスへ
帰ってきてくれて嬉しい。前のようにまた会いたい』
――会いたい、ですって!
思わず衝動的に手紙を抱きしめて、くしゃっとしてしまいそうになるのを、かろうじてこらえて、私は丁寧にたたみ直して胸に抱く。
「……ユリウス……」
大切な友人。
「……私も会いたいわ」
この、リルルが飛んできた同じ空の下にいるのだと思うと、急に会いたい気持ちが強くなった。
「想い人かにゃ?」
「えっ!?」
ラズロに直球で問われてドギマギとする。
「ち、違うわ。友人……幼なじみなのよ。でも、男性だから。私、今まで婚約者がいたから、会うことができなかったの」
「……なるほど?」
猫の姿のラズロが口の片端をあげて笑う。
「嫌な子ね! 残りの治療、しないわよ?」
「それは困る。さあ、連れて帰ってくれにゃ。完全に治るまで治してもらわんとにゃ?」
「はいはい」
治してもらおうというのに、そして、従魔になるというわりには、なんだか偉そうな口ぶりだ。
「そういうときは、『治してください』っていうものよ」
ちょんっと鼻先を指先で軽くはじく。
「なにをするにゃ!」
「従魔としての物言いを教えてあげたのよ。さ、行くわよ?」
「おいで」というように今度は私から手を差し伸べると、不承不承というように私の方に手を差し出してきて、抱き上げられた。
「リルル。ありがとう。おつかれさま」
私はポケットからリルル用の小さな木の実を差し出すと、彼女は嬉しそうに摘まんで食べる。
「じゃあ、今日は帰りましょう」
――素敵な再会も期待できそうだし。
希望を胸に、私は自宅に帰るのだった。
そして、ラズロといえば。私がお父様に説明をして、私の従魔となることを認めてもらった。家に仕える魔獣達を従える術を知っているテイマーの手を借りて、ラズロに従魔として拘束するためのチョーカーをつけてもらった。
こうして、ラズロは無事、私の部屋で治療することを許可してもらえたのだった。