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013.サウザン王家の事情

「兄上! 何度言ったら聞いてくださるんですか! 私がせっかく段取りした見合いも、顔合わせも、断ることもう何度目かわかりません! あなたは王太子。そしてもう十八にもなるんです! 妻を娶り、子をもうける義務があるでしょう!」


「何も私じゃなくてもいいだろう。第二継承権はアベル、お前にあるんだ。お前にはすでに妻も男の子もいる。その子が第三継承権を持っている。王室は安泰だよ」


「そういう問題じゃなくて……!」


 肩を落としてアベルと呼ばれた青年が肩を落とす。


 そして、アベルが話をしていた相手はユリシーズ。彼の兄で、サウザン王国の王太子だ。


「父上は咳の病がなかなか治らず、その病は酷くなってきている。母上だって、気鬱の病がなかなか治らず、民の前に出ることもない。国民に明るい話題を与え、不安を与えないためにも、王太子である兄上が結婚をして……」


「好きでもない女と結婚しろと」


「……それも、王室に生まれたものの義務では?」


「そうだったな……この話は平行線。折れるつもりはない。私は結婚をしない。妻を娶る気はない……あの人以外には」


「兄上! だから、あの人とは誰なんです! ……それをはっきり言ってください。兄上!」


 足早にその場を離れながらユリシーズは考える。


 諦めるべきなのだろうかと、何度思ったことだろうと。


 幼い日から思い続けたあの清らかな少女。そよ風になびく長い銀の髪に、スミレのような紫の瞳。小さな傷ついた青い小鳥を癒やしていた彼女はまるで小さな女神のようだった。


 そうして、彼女がそこによく来ることを知り、自分もまた忍んで出かけた。明確な線はないものの国境であることから、王太子であることがばれないようにユリウスという偽りの名……正確には幼名に近いものなのだが、その名で友人となり、その青い小鳥を待ち合わせの約束の文通役として使って、遊んだものだった。


 いつしか、そこに淡い恋心が混ざっているとも知らずに。


 けれど彼女は、彼女の国の王命による婚約が決まり遠い地へ旅立った。


 恋心に気づいたのはそのとき。彼女はノルデンの王都に発ったあとで、すでに手遅れだった。もう、いつも待ち合わせた懐かしい野原で会えるわけでもないのだ。


 彼女からの最後の別れの手紙もその前の手紙もすべて、まだ鍵をかけた引き出しにしまってある。


 弟が持ってくる縁談の娘達は、結局のところ『王妃の座』を意識して私のもとへくる。それが悪いわけではない。それが目的であり義務なのだから。


 けれど、あの想いを知ってしまった後では、『義務』や様々な『欲』のために結婚をする気にはなれなかった。自分は王太子として失格なのだと、何度思ったことだろう。


 幸い弟は真面目で実直な男だったから、子をなせる年には早々に結婚し、男児をもうけてくれた。だから、継嗣についての不安はない。


 廊下の窓から外を見ると、青い空が広がっている。


「……エリス……」


 ユリシーズは目を眇めてその青空を見ながら、胸を締め付けられるような思いがした。


 この同じ青い空の下に、彼女もいるのだろうか?


 幸せに、笑って過ごしているのだろうか?


 思うのは、せめて彼女が幸せであって欲しいと、そればかりだった。


「え……」


 ユリシーズは目を瞬かせた。


 その青い空に、いつも彼女からの手紙を届けてくれていた青い小鳥が飛んできたのだから。

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