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012.遠駆け

 なんだか、三人で難しい顔をして相談を始めてしまった。


 私は……場違いかしら?


「ねえ、お父様。私は少し気晴らしに出ても良いかしら? やっと窮屈な王宮からでられたんだもの軽く馬を走らせてきたいわ」


 私の場合、気晴らしとは城下町を出て馬で軽く走りに行くことをさしている。


「あっはっは。おてんばな気質は王宮でもなおらなかったらしいな。というか、窮屈なところに閉じ込められていて、うずうずしているといったところか? お前の馬も、馬番がしっかり面倒を見ているはずだ。気晴らしに行ってくるといい。ただし、いつも言いつけていたとおり、危ない場所まではいくんじゃないぞ」


「わかっています! ありがとうございます。お父様。では、失礼します!」


 そう言って、私は礼をしてから、その場を足早に立ち去ったのだった。


 そうして人目がなくなると駆けだしていく。


 ――嬉しい、嬉しい、嬉しい!


 馬に乗るのなんか、何年ぶりかしら!


 そうね。王都へ送られてから一度も乗ったことはない。


 王宮の中に閉じ込められてからは、勉強、社交、勉強の毎日。


 そして、大切な友達とも連絡をやめざるを得なかった。


 ――私の大切な幼なじみ、ユリウス。


 男性だから、婚約者ができたら文通なんてできやしない。そんなことをしたら、不貞を疑われて家にも迷惑をかけるかもしれないと思うと、お別れの手紙を最後に、連絡を絶ったままだった。


 正直どこのどんな家の子なのかも調べずじまいだったし、好きなのか嫌いなのかと問われれば好きなのだけれど、では、異性として好きなのかと問われればその答えは出ない、曖昧な関係。


 友達のような、でも友達だけでもないような。


 ――それでも、会いたい。


 あの綺麗な蜂蜜色の金髪と海のような藍色の瞳が懐かしい。


 けれど、彼ももう多分良い年齢のはずよね。


 婚約者や思い人がいたっておかしくはない。だって、私から婚約を理由に別れを告げたのだもの。でも、勝手かもしれないけれど彼を失うことは正直怖かった。


 私が足早に戻った自室は、ありがたいことに、王都に招聘されたときのままに綺麗に整えられていた。


 そして、クローゼットを開けば、私の今のサイズを調べておいてくれたのであろう。私にとって必要な衣類が一式きちんと揃えられていた。


「ありがとう。お父様!」


 私はその中から私専用の乗馬服を取り出す。


「お願い! 着替えるわ!」


 呼び鈴を鳴らして呼べば、控え室にいたマリアの代理の侍女がやってくる。


「お手伝いしますね」


「お願い」


 そうして着替えを手伝ってもらって、男性の乗馬服にスカートを巻いたような姿になる。「リルル、あなたも付いてらっしゃい」


 鳥かごの扉を開けて指を差し出せば、その指にちょんと可愛らしく乗った後、パタパタと飛んで私の肩に留まる。


「遠駆けにいってくるわ。いつもの平原よ。何かあったら伝えておいて」


「承知しました」


 靴音を鳴らしながら廊下を歩き、やがて屋外に出て、厩に回る。


「私のスノウはいるかしら?」


 スノウは私の馬。お父様から誕生日プレゼントにいただいた美しい白馬だ。


「大丈夫ですよ。このとおり、調整は毎日欠かさずしておりましたから。さあ、スノウ。ご主人様がやっと帰ってきてくださったぞ。思い切り甘えるといい」


 そう言って、スノウの面倒を見ていた馬番が場所を空けた。


「スノウ、久しぶりね。やっと帰って来られたわ」


 そう言って、彼女を撫でれば、スノウは甘えるように私に額を擦り付けてきた。


「嬉しいわ。覚えてくれているのね」


 私は十二歳のときから今十六歳までの四年間を王都に縛り付けられてきた。一度も帰郷を許されたことはない。


「四年もの間待っていてくれたのね。久しぶりの遠駆けをしましょう」


 十分に額を撫でてやった後、馬番に準備をお願いする。


「馬具をつけてちょうだい」


「承知しました」


 そうして準備の整ったスノウの鐙を踏んでまたがり、意識的に背を伸ばす。


「行くわよ、スノウ!」


 鐙を蹴って、スノウを促す。


 スノウは久しぶりの遠掛けに嬉しそうにいなないて、足取り軽く駆け出すのだった。その後を、リルルがパタパタと追いかけてくる。


 そうしてしばらく走って、いつもユリウスと待ち合わせをして遊んだ平原までやってきた。ここは、ちょうど国境。国と国の境目だ。


 とはいっても線もなく、柵もない。


 ただ、広々とした平原が見渡せる丘があるだけ。


 最後の別れをした頃には、ユリウスと私はほとんど背丈も変わらなかったはず。彼はもう変わってしまっただろうか。


 どんな風に?


 また、友達としていられる?


 いろんな思いが胸に溢れた。


 ――そうだ。リルル!


 もう、彼に手紙を出すのを禁止される理由もないのだ。


「リルル。ユリウスは覚えているかしら?」


 手の甲に彼女を乗るよう促して尋ねてみると、ちょんと乗る。そして、尋ねたことにコクンと頷いて見せて応えたのだ。


 私は内ポケットにしまっておいた簡易な筆記用具でメモを書き、リルルの足にその紙を結わく。


『ユリウスへ


 私、故郷に帰ってきたの。自由になったわ! 婚約は解消したの!』


 そう、幼い日に出会った彼にしたためて。


『また会いたい』とは、自分からは少し気恥ずかしくて書けなかったけれど。


 そして、気恥ずかしさとは別に、『そう言う女性(ひと)がいたら』と思うと、もう会えないのかもしれないという不安と。


「さあ、届けてきてちょうだい!」


 それでも、わずかな希望にかけて、私はリルルを解放する。すると、彼女は青い空に飛び去って、溶けて消えていった。


「無事に届くといいのだけれど……」


 私は祈るように目をつむってその場でリルルの帰りを待つのだった。

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