竜の助と消えた翼
びゅびゅん! 今のボクには天使のような真っ白い翼が生えている。きっとこれは夢だ。知ってる。だからどこへだって行ける。どこまでも高く。空よりも高く。飛んでいくんだ!
ボクは真っすぐ上へ飛んでいた。バサバサと翼が動くたびに風が起こって気持ちがいい。
(……ん? 何者かがボクの後ろを付けてくる)
何かの気配を感じたボクは、ひょっと後ろを見てみた。ボクの夢ではお馴染みの小さな竜の、竜の助だ。ちょっと気まずそう。もしかして昨日チューリップ畑を荒らしたことを謝りに来たのかな?
ボクはクスクス笑って、
「もう怒ってないよ。一緒に遊ぼう!」
そう言って、竜の助の方を向いた。夢の中では翼を動かさなくても浮いていられるらしい。居心地がよくてずっと見ていたい夢だ。
ボクの機嫌が良いことを知ったからか、竜の助はトカゲのような目を輝かせて、
「追いかけっこをしよう!」
って言ってきた。でも、ボクがしたかったのはそういう子どもじみた遊びじゃない。ボクがコホンと口に手をあてて提案する。
「どっちが速く、宇宙までたどり着くか勝負だ!」
ボクは一度言ったことは曲げないタイプだ。真っ先に大きな翼を動かして天へ天へと目掛け上昇していく。それを見た竜の助は、
「危ないよ。宇宙は高すぎるよ!」
そう言って止めに入って来た。でも、空を飛ぶことは楽しい。夢のなかなら死なないし、こんな貴重な体験を見過ごすわけにはいかない。
ボクは竜の助が見えなくなる所までやって来た。そこは宇宙。ボコボコの穴が開いた月に仙人みたいな人が居た。ボクは気軽に、
「おーい。おじいさん、やっほー!」
と遠くから声をかけた。仙人らしき人は、ボクのことを見ると、
「神に向かって、おじいさんとはなんじゃ!」
そう言って、手に持った杖でボクの翼を消してしまった。どういうわけか、月から地球へと真っ逆さまに落っこちていってしまうボク。絶体絶命のピンチだ! どうしよう!
――ドシン……!
何やら硬い物にぶつかって、今その上に居る。赤い鱗の持ち主は、「ぐぎゅ~」と苦しそうな声をあげながらボクに声をかけてきた。
「大丈夫?」
その声は竜の助のものだった。ボクは少し怖かったから涙目だ。竜の助は、それを見て「はぁ」と、ため息をつく。
「だから宇宙は危険だって言ったでしょ?」
竜の助の説教が始まった。それよりボクには言いたいことがある。夢の中だから簡単に言えるはずだ。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
この言葉と同時に、幼稚園での出来事を思いだした。竜斗君が、ブランコの立ち漕ぎしているボクをせっかく注意してくれたのに無視をした。だから、右足をケガしてしまった。
それに、ケガをしたボクのことも庇ってくれた。なのに、言えなかった。
「ありがとう」
この一言を。
明日なら言えるかな?
竜の助は、地上までボクを送り届けてくれた。そのあと、お腹がすいたからと言って竜の巣穴に戻っていった。
バッと何かがめくりあげられて、途端に冷たくなる体。それで目が覚めてしまった。どうやら、布団をひっぺ剥がされたようだ。今日は雨の日。もわわわーん。
「おはよう、裕也」
いつもの優しいママの声。この声がしたら幼稚園に行く準備をしなきゃ。歯を磨いて服を着替えて、朝ごはんを食べて……。子どもも大変なんだよ。パパみたいに新聞読んでる暇なんてないんだからね!
迎えのバスが来て、いつも通り幼稚園に着く。今日は雨だから、竜斗君はさくらんぼ組の部屋の中に居るはず。よし、伝えるんだ。昨日助けてもらったお礼を!
竜斗君は、積み木遊びに夢中で、ボクに気づいていないみたい。そこでボクは、ある悪だくみをした。後ろから大声で、名前を呼んでやろうって。
思い立ったらやる。それがボクだ!
「竜斗君ー! おーはーよーうーっ‼‼」
「わぁ!?」
驚いた竜斗君は、手元が狂ったのか積み木を倒してしまう。あちゃー。竜斗君は顔を真っ赤にして、
「もう、何だよっ!」
って言ってきた。こうなることは分からなかった。けれど、「何だよ」って言われたら、ちょっとムカッとしちゃう。その日は結局ケンカになって、一言も話していない。
ボクが悪いけど、なんか謝りたくない。どうしてだろう。どうしてこう上手くいかないんだろう!
ボクは、ふかふかのベッドの中で頭のモヤモヤと戦っていた。今日も竜の助は、現れるかな。ははは。また説教されちゃうかもなぁ。
そう思いながらボクは、時計の針を目で追っていた。気が付いたら意識は夢の中へと引きずり込まれていった……。