竜の助とチューリップ
あたりを見回すと赤・白・黄色……様々な色のチューリップが咲いている。虹色に輝いているのも有った。きっとこれは夢の中。ボクにはわかるよ。
足元を見るとスケッチブックと色とりどりのクレヨンが落ちている。ウズウズしてきたボクは、
「わーい、お絵描きするぞー!」
そう言ってベストポジションを探して座り込んだ。黄色や赤を組み合わせて色を造ったりするのが楽しい。我ながらうまく描けたと思う。うーん。この絵を誰に見せようかな?
ワクワクしていたら、何者かがチューリップに小さな影を作った。振り返ると、いつもボクの夢の中に現れる小さな竜。竜の助がそこに居る。
そうだ、この描きたてのチューリップの絵を竜の助に見せよう! そう思ったボクは、スケッチブックを持って竜の助の方に向けた。
「へへ。凄いでしょー」
竜の助の表情はちょっと怖かった。怒っているのかな。あ、もしかして昨日の夢のことかな。空に浮かぶパンケーキを独り占めした竜の助の口元を引っ張っちゃったからなぁ。
でも、あれは欲張りな竜の助が悪いんだ。ボクは悪くないよ。多分。
(お菓子を盗られたときもそういう気持ちなのかな)
幼稚園でのボクの行いをちょっとだけ考えてみた。やっぱり独り占めはよくないのかな。今度からは、「これ、食べて良い?」って訊くことにしよう。
そう思ったボクは、機嫌の悪そうな竜の助に、
「怒るのは解るけど、独り占めするのは悪いと思うよ」
そう言った。竜の助の鼻息が荒くなる。
「何を偉そうにー!」
竜の助は、短い両手を上に揚げて威嚇して来る。怒った竜の助は、綺麗に咲いているチューリップを踏んづけて走り回った。驚いたボクは、スケッチブックを地面に落としてしまう。
それも竜の助は、容赦なく踏んづけた。
「あー!」
ボクは悲鳴のような声を出した。その声に驚いたのか竜の助は、気まずそうにその場から走って去っていってしまった。ボクは、クシャクシャになったチューリップを眺めていた。そしたら、シャーっていう音がして、光がさしこんできた。まぶしい!
「――おはよう、裕也」
いつも通りママが起こしに来たんだ。だって、ボクは今、ふかふかのベットの上だもの。今日の竜の助は、いつにも増して、意地悪だった。
せっかく描いた絵を踏んづけるなんて。酷いや。
(そう言いつつ、ボクも竜斗君の絵を破いちゃったけど……)
少しの反省。
「おはよう、ママ」
そう返して、幼稚園に行く準備をしたら、迎えのバスが来るのを待っていた。ちょっとだけ気分が悪い。それでも、バスは無事に来て幼稚園に着いた。
いつものように真っ先に、竜斗君が手を振りながら走ってくる。昨日、絵を破ったことを責められるのかな。朝っぱらから怒られるなんて。なんだかやだな。
「おはよう!」
竜斗君の一言はそれだけだった。一安心したボクは、竜斗君と庭のブランコで遊ぶことにした。立ち漕ぎはしちゃいけないけど、スリルがあって楽しい。
竜斗君は、「止めときなよ」って言ったけど、ボクはそんな言葉を聞くことはしなかった。立ち漕ぎは楽しい。どんどん高い所までひゅんって移動する。まるで空を飛んでるみたい! 楽しい!
でも、その時間は長くは続かなかった。足を踏み外してしまった。地面に叩きつけられるボク。いててて。右足をすりむいちゃった。
そうしたら、竜斗君は、
「先生! 裕也君がケガしちゃった!」
ってボクの肩を支えながら大きな声で先生を呼んでいた。大袈裟だなぁ。ただのすり傷なのに。先生がやって来たら竜斗君は、ボクのケガの原因を、
「庭で追いかけっこしてたら転んじゃったんだ。本当だよ!」
って庇ってくれた。何か大切な言葉を言わなきゃいけない気がしたまま、一日が終わってしまった。ふかふかの布団は、毎日ママが干してくれてる証拠。今日も、竜の助は現れるかな?
またチューリップ畑を荒らされたら嫌だな。
ボクは、シクシク痛む右足が上になる様に横を向いて眠った。