7.意地悪な王子様
それはある日の昼休みのこと。
私は昼食を終えて教室に戻ろうと思い廊下を歩いていると、進行方向の先に一際目立つ人物を見つけてしまった。周囲の人間は、彼に声を掛けるわけでも無くその存在を気にする様に、チラチラと視線を向けている。恐らく声を掛ける勇気が無いのだろう。
何故なら、そこにいたのは王太子のカエサルだったからだ。
しかし、どうして2学年の教室が並ぶ廊下にカエサルはいるのだろう。
そんなことを考えいると彼と視線が合ってしまった。
すると彼は目的の物が見つかったかの様な表情を見せて、私の方へと近づいて来た。
その間カエサルの視線は真直ぐに私へと向けられていて、私はその場で固まり視線を外すことなんて出来なかった。
「ライラ嬢、少し時間はあるかな?」
「え…?はい…」
カエサルは私に声を掛けて来た。突然の事に私は戸惑って表情を浮かべながらも、小さく頷いた。
(私に会いに来たの…?でも、どうして…)
「突然来たから驚かせてしまったか?そんな困った顔をするな、取って食うなんてことはしないよ。少し君に聞きたい事があったんだ」
「……聞きたい事?」
私が不思議そうに顔を傾けると、カエサルは「ここで話すのも何だし、付いて来て」と言って来たので、私はカエサルの少し後ろを歩きながら付いて行った。
「どうして後ろを歩くんだ?ライラ嬢は緊張しているのか?私の方が年下だぞ」
「それは…そうですが。さすがに殿下の隣を歩くなど…私には出来ませんっ…」
私が委縮して答えると、カエサルは足を止めて私の横に並んだ。
「随分と律儀だな。ならば、隣を歩く許可を与える。いや、命令とでも言っておこうか。その方が君には良さそうだ」
「……っ…!」
カエサルは愉しそうに笑うと、私の方に視線をチラと視線を向けた。
そんな風に言われてしまえば、私は何も返すことは出来なくなってしまい仕方なく隣を歩くことになった。
カエサルとはつい最近会って話したばかりだと言うのに、突然こんな隣を歩いている展開に私はかなり動揺していた。
王太子である彼と私の接点はほぼないはずなのに…。
*****
それから私はカエサルに連れられて、屋上に来ていた。
「今日は天気がいいな、風も気持ちがいい」
「そうですね…」
確かにぽかぽかしていて気持ちは良いが、私の心は穏やかではなかった。
こんな場所にカエサルと二人きりなのだから当然だろう。
「突然こんな場所まで連れ出して悪いな」
「いえ、それで私にどういったご用件でしょうか…?」
私が早速問いかけると、カエサルと視線が合い私の胸は高鳴った。
(やっぱりこの人の顔…好きかも。顔だけだけど…)
「ライラ嬢、君に聞きたいことがあってね」
「聞きたい事…ですか?」
「君って弟のグロウとは仲が良かったよね?単刀直入に聞くけど、グロウはナーシャの事をどう思っているの?」
「どう…とは?」
何を言い出すのかと思えば、予想外な問いかけに私は思わず聞き返してしまう。
「二人は既に恋仲なのか?」
「まだだと思いますが…」
「まだ…か」
私は思わず『まだ』と答えてしまうと、その発言を聞いたカエサルは少し考えたような表情を見せた。
二人の事をカエサルは気にしているのだろうか?
(こんな事を聞いて来るなんて、カエサル殿下もやっぱりナーシャさん狙いなの?)
まさか、ここで私にナーシャとの仲を取り持って欲しいとでも言うつもりなのだろうか。
そんなこと言われても困る。私が応援したいのは弟なのだから。
「どうして…そんな事聞かれるのですか?」
「もしグロウがナーシャの事を好きでいるなら、私も協力してあげたいなと思ってね…」
私は曇った表情を浮かべながらじっとカエサルに問うと、意外な返答が返って来た。
「……?」
協力…?今協力って言った?
どういうこと?
カエサルが好きなのってナーシャさんじゃないの?
私の頭の中は完全に混乱していた。
「おい、大丈夫か?ちゃんと戻って来てるか?」
「えっ…あ、すいません。あのっ…、どういうことですか?」
私は思わずぽかんとしてしまったが、カエサルの言葉で我に返った。
「ナーシャはグロウの事が気になっている様だから、友人として協力しようと思っているんだ」
「ちょっと待ってください!!ナーシャさんはグロウの事が好きなんですか?カエサル殿下はナーシャさんの事が好きではなかったんですか…!?」
私が驚いた顔を見せて勢い良く聞いてしまうと、カエサルは可笑しそうに笑い出した。
「それはないな…。彼女を見ていれば誰に気持ちが向けられているのかなんてバレバレだからな。それに私はナーシャの事は友人だと思っている。勿論それ以上の気持ちは持ってはいない」
(これって完全にグロウルート確定じゃないっ!!)
「カエサル殿下も、二人の事を応援してくれるって事ですか…?」
「そのつもりで君に会いに来たんだ。姉である君ならグロウの事は一番知っていると思ってね」
私は思わず力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫か?」
「すいません、気が抜けてたら急に力が…」
私がへらっと力なく笑うと、彼はぷっと可笑しそうに笑った。
「やっぱり噂通り君は面白いな。表情がころころ変わって見てて飽きない」
「噂?私が焦っているのを見て、面白がるなんて酷いですっ…」
私は不満そうにむっとしながら小さく答えると、カエサルは「すまないな」と笑いながら返した。
その表情からは反省なんてしてるとは一切感じ取れなかった。
「でも、本当に協力してくれるんですか?」
「そのつもりだ。友人であるナーシャには幸せになってもらいたいからね。それに協力すれば少なからず君に近づく口実にもなるからな」
カエサルは目を細めて、チラッと視線の先に私を捕えた。
「はい…?」
私にはその意図が分からず、思わず気の抜けた声が漏れてしまう。
「君は結構有名人だって知ってる?」
「私がですか…?」
「そう、君が。縁談を全て断っている令嬢。それなりに地位の高い貴族でさえも問答無用で断るって有名な話だよ?」
「まさか…。私は一度も縁談の話なんて聞いたことないです。何かの間違いでは…?」
今まで私に縁談の話なんて来たことはない。
明らかにそれって別人だろう。私のわけがない。
「間違い…?どうだろうね。それなら、試しに私と婚約でもしてみるか?」
「は…?御冗談を…」
冗談だと分かっていてもカエサルに言われるとドキッとしてしまう。
心臓に良くないので、からかうのはやめてもらいたい。
「ふふっ、さすがに冗談だ。その焦った顔も惹かれるな、もっと見たくなる」
「意地悪ですね…」
私が僅かに頬を染め戸惑っていると、カエサルは口端を上げて愉しげに呟いて来る。
そんな態度を取られて余計に私は焦ってしまう。
「からいかいすぎたか。悪かったな…」
相変わらずカエサルは反省している様子は微塵もなく、寧ろ楽しんでいる様子に見えた。
カエサルの印象は私の中で意地悪な王子となった。
でも気を抜くと王子スマイルにはやられそうになる。
だって一番好みの顔なのだから仕方ない。
この日からカエサルが私の協力者になった。
ルディスに続きカエサルまでもナーシャ狙いではなかった。
そしてナーシャは確実にグロウルートを進んでいることを知った。
私にとっては嬉しいはずなのに、どこか寂しくも感じていた。
これは独り立ちする子を思う親のような心境なのだろうか…?
私は親ではないけれど、ずっとグロウの傍にいたのだからそんな気持ちを持っていてもおかしくは無いのかもしれない。