13.苦手な人
「ライラ嬢、顔が強張ってるよ。まだ緊張してる…?」
「はい…足を踏まない様に…」
私は足元に集中し過ぎていて、思わず心の声を漏らしてしまう。
先程ルディスと踊った時にも最大限注意をしていたはずなのに、それでも何度も足を踏みつけてしまった。
そして今回は相手は王太子であるカエサルだ。余計に緊張してしまうのは当然の事だと思う。
そんな時、突然腰を引き寄せられる。
さすがにそれには気付き慌てて顔を上げると、すぐ近くにカエサルの顔がありドキドキしてしまう。
こんな近距離で見つめ合っていることに耐えらえなくなった私は視線を逸らした。
「踏んでも構わないよ。だからもっとリラックスして…」
「無理ですっ…」
するとカエサルはふっと小さく笑い、更に私の耳元に顔を寄せて囁いて来た。
私はびくっと反応しながら、弱弱しい口調で答えた。
先程ルディスと踊った時の曲に比べると、かなりテンポもゆっくりで落ち着いてる。
本来ならば余裕が出来る筈なのに、相手がカエサルなだけに全くそれを感じることが出来なかった。
そして額からは変な汗が滲み出てくる。
「落ち着いて…」
私が表情を強張らせていると、カエサルは再び耳元で囁き、更にはふうっと息を吹きかけて来た。
「ひゃっ…!」
耳元にかかる暖かい吐息に思わず体がびくんと反応すると同時に変な声が漏れてしまう。
その反応を見てカエサルは僅かに口端を上げた。
「やっぱり、君は耳が弱いんだな」
「い…いきなり何をするんですかっ…!」
私が慌てて答えると、カエサルは悪びれる様子もなくにっこりと微笑んでいた。
だけどその笑みはとても意地悪そうに見えた。
「君の緊張が中々解けない様だから、少し違う事に意識を向けさせてみようと思ってね」
「…でもっ、耳はやめてください。びっくりするので…」
私の緊張を解くためにしてくれた…?
しかしカエサルの表情を見る限り、それ以外にも理由はありそうで私は腑に落ちない顔を浮かべてしまう。
そしてほんのりと顔は赤く染まっている。普段刺激されない場所に突然何かされれば誰だってこうなるはずだ。と心の中で言い訳をしていた。
「そんな顔で言われると、もっとしたくなるな」
「私の心臓止める気ですかっ!」
カエサルは僅かに目を細めて、意地悪そうな瞳でじっと私の事を見つめて来た。
それを聞いて私の顔はかぁっと熱くなり、恥ずかしさから思わず声を荒げて言ってしまうと、カエサルは突然噴き出す様に笑い出した。
「くくくっ、さすがに……くくっ…君の心臓を止めてしまうわけにはいかないね…ふふっ…ごめんね」
「……っ…!もう…笑いすぎですよ…」
カエサルは目に涙を溜めて本気で笑っている様に見える。
そしてダンス中に突然笑い出すカエサルに周りの視線が集められ、一緒に踊っている私にまで注目されてしまう。
私は恥ずかしくなり、むっとした顔でカエサルを睨みつけた。
しかしそんな私の顔を見ても暫くカエサルの笑いは収まらなかった。
(恥ずかしいっ…!そんなに笑う所…?)
「本当に君って面白いな。ライラ嬢といたら退屈とは無縁だね」
「それって褒めているんですか…?」
「もちろん。最高の誉め言葉だよ…?」
嘘つけ…!と心の中で盛大に叫んだ
カエサルは少し笑いを堪えている様子だったが、どう見てもからかわれている様にしか思えない。
そんなやり取りをしていると曲が終わり、私は終わったことにほっとした。
「あれ…?もう終わりか。もう一曲踊ろうか?」
「え…?」
私は1曲で終わると思っていたので、まさかのもう1曲という言葉に驚きの顔を見せてしまう。
「そんなあからさまに嫌そうな顔をされると傷つくな…」
「そんなことは…ただ驚いただけで…!」
「君って、すぐ顔に出るから分かりやすくていいね」
「……っ…」
当たってるから言い返せない。
だけどカエサルは嫌味で言っている様には見えなかった。どちらかと言えば私の反応を見て愉しんでいるかの様に見えた。本当に意地悪な人だ。
「本当はもう1曲…君とは踊りたかったけど、迎えが来たみいだからここまでかな」
「迎え…?」
カエサルは私の奥を眺めながらそう呟いた。
「カエサル殿下…、彼女を返してもらっても宜しいですか?」
振り返るとそこにいたのはルディスだった。
先程まで一緒にいたアイリスの姿は近くにはなく一人の様だ。
「ああ、もちろんだ。ルディス…悪かったね、姉上がいつも迷惑をかけて。さすがに今日は姉上の婚約者も来ているし、ルディスもパートナーを連れて来たから何もしないと思っていたけど、まさかここでも強引に出るとは思わなかったよ」
「いえ、俺の事は大丈夫です。それよりアイリス様は少し悩んでいる様子だったので、あまり責めないであげてください」
「ああ、わかってるよ。その話しはまた今度にしようか。ライラ嬢、今日は楽しんでいってね。じゃあ私はこれで失礼させてもらうよ…」
「はい、ありがとうございました」
挨拶を済ませるとカエサルはその場から去っていった。
漸くカエサルから解放されて私はどこかほっとしていた。
あの人といると変に緊張するし、毎回からかわれてばかりで落ち着かない。
(落ち着かないのは…ルディス様も一緒だけど)
「ライラ嬢、本当にすまない。俺から誘ったのに…」
「いえいえ、私の事ならお気になさらず…。ルディス様がいなかった間、カエサル様が相手をしてくださったので大丈夫です」
私が答えるとルディスは僅かに表情を曇らせた。
それは私を一人置いて行ったことへの罪悪感なのだろうか。
「殿下とは…随分仲良くなったんだな…」
「そうですか?仲良くなったって言うか…単にからかわれただけな気がしますけど…」
私が困った顔で答えると、ルディスは不意に私の手をぎゅっと握った。
突然な事に私が戸惑った表情を浮かべると、ルディスはふっと小さく微笑んだ。
その笑顔に思わずドキッとしてしまう。
そして繋がれている手は、簡単には外れない様にきつく握られている。
「少し外に行かないか?君に話したい事があるんだ…」
「はい…」
ルディスは私の手を握ったまま歩き出した。
私はそのまま着いて行った。
***
外に出ると、中庭の方まで足を進めて行く。
先程外に出た時よりも夜は深まり、夜風がひんやりとしていて気持ち良く感じる。
大広間の賑やかな音も、ここでは空気を漂うみたいに遠くから鳴り響いている様な感じだった。
落ち着いた空間に移動して来たことにより、私は再び緊張してきてしまう。
ここには私とルディスの二人しかいなかった為だろう。
それにいつまで経ってもルディスは私の手を解放してくれない。
そんな事に私が動揺していると、ルディスはゆっくりとした口調で話し始めた。
「アイリス様のこと、殿下から聞いたかな?」
「少しだけ…」
私が小さく答えると、ルディスは「そうか」と呟いた。
「君には誤解されたくないから、少し俺の話を聞いてほしい」
「はい…」
ルディスは真直ぐに私の瞳を見つめていた。
辺りは薄暗かったが、近くには外灯があったのでルディスの表情はしっかりと見て取れる。




