7
次の日、ジャックはまた、ケーキ工場へ向かった。真っ白な服を着て、エアーシャワーで体のばっちいものを吹き飛ばしていた。
いつものように工場のラインに着こうとしていると、ジャックに誰かが声を掛けた。それは工場長だった。いつものように、「おはようございます」と元気よく挨拶すると、ジャックは、工場長からおもいもよらないことを言われるのだった。
「ジャックくん、おかしいな、連絡がいっていなかったんだねぇ――きみは今日からここに来なくて良いことになったんだ」
「工場長、それはいったいどういうことでしょうか?」
「つまりだ……きみはここにいるよりも新しい人生を歩むべきだ、ということだ」
「そ、それはつまり……クビということでしょうか?」
「いいやきみ、クビだなんてわたしは一言も言っていない――おっほん……。つまりだよジャック君、きみの仕事は優秀なロボットがやることになったから、きみは仕事をしなくて良くなったんだ。だからきみは自由気ままに残りの人生をたのしめばいいのさ。わかるだろ?」
ジャックは肩をぽんっと叩かれた後、更衣室で荷物を片付け、工場の出口へと案内されていくのであった。
工場の門を出ると、冷たい風が吹いていた。
とりあえず、今日は何もすることがなかったので、適当に街を散歩して、落ち着いたら家でゆっくりとしよう、と彼は思った。
どこに向かうべきか考えていると、目の前の道路に広告をつけたバスが通りがかった。広告には猿や象、ライオン、ペンギンなどの絵とともに、『動物園へいらっしゃい』という宣伝文句があった。
《そうだ、動物園に行こう》と彼は思い立ち、駆け足気味になって歩道を歩いていった。
動物園に到着すると、チケットを買って敷地内に入った。
まず出迎えてくれたのは、ウラルフクロウだった。フクロウは入ってすぐの広場にある樫の木に止まって、上から動物園に入って来る客を見張っていた。気の下にフクロウの名前が書かれた看板が立っていて、そこには『彼女の名前はレイラ――よくしゃべります』と書かれていた。
「あら、お客さんね」とレイラは羽をばたつかせて飛び立ち、ジャックの目の前にある看板にちょこんと座った。
「やぁ、どうも、レイラ」
「おはよう、ずいぶん早いこと、あなた暇人ね。お仕事クビにでもなったの?」
「よくわかったね。そうだよ、ぼくは暇人さ――」
「やっぱりね。おかしいと思ったもの、こんな平日に大人が一人動物園に来て、フクロウとおしゃべりしようって言うんですもの。そんなことをするのはお仕事クビになった暇人以外ありえないわ、ないわ――ホー、ホー……」
「きみは?」
「わたしも暇よ、暇な鳥」
「よかったら案内してくれるかい?」
「いいえ、いまは忙しいからだめよ」
「いま暇だって言ったじゃないか……」
「暇だからといって忙しくないとは限らないのよ。いまわたしは、とっても暇で、とっても忙しいの。だからあなたと一緒に園内を回りたい気持ちはやまやまだけどだめなのよ」
「そうか、わかった暇で忙しいなら仕方がない」
ジャックはフクロウと別れて、園内を歩きはじめた。
象が柵の中をぐるぐると回っているのが見えた。象はしきりに立ち止まると、「はぁー」と溜息をつくのだった。柵の外にはやはり看板が立っていて、『彼の名前はジャンボ――よく溜息をこぼします』と書かれているのだった。
「どうしたんだい、そんな溜息をついて」
「はぁー、なんだ、また人間か、もう人間は見飽きたよ」
「どういうこと」
「はぁー、柵の中にいる人間を見るのはもう飽き飽きだって言ってるんだよ」
「え、ちがうよ、柵の中にいるのはきみのほうだよ?」
「はぁー、わかってないな、きみは……」象はジャックの側へ歩いて来て言った。「人間っていうのはさ、柵をつくって自分たちを閉じ込めるから人間なんだよ。動物はそんなことはしない。動物は自分のことを閉じ込めたりしない。人間たちは、自分たちを閉じ込めると自由になれたと思ってるんだ、そういう生き物なのさ。だからつまらないと言っているんだよ」
ジャックは象の言葉に頭をかしげて、静かに去っていった。