5
風船のように丸い顔の老人はバスローブ姿で、新聞紙を左手に抱えていた。
「みゃーん……」猫は甘えた声で鳴いて見せてチャーリーの足元に擦り寄ると、部屋の中へ入っていった。
「まーた逃げだしおってからに……まったく世話がやける」
「あ、あの……」
「あーん? あ、チップか、ちょっと待ってなさい」
「いいえ、いりませんよ」
「そういうわけにはいかんよ。あ、そうだ、時間はあるかい?」
「えぇ、ありますが」
「寒いだろ、ちょっと中へ入って休みなさい」
チャーリーは体をくるっと回して、ストーブのある居間に彼を案内した。ジャックは外套をコート掛けにひっかけると、ストーブのある居間へ向かった。
「ソファーに座ってくれ、いまあたたかいお茶をもってこよう」
「あ、ありがとうございます」
ジャックはソファーにかけると部屋を見渡した。
本物の道化師の家は想像以上に凄かった。記念品の皿やトロフィー、いろんな人と写った写真がたくさん飾られていて、テーブルの上には、吸おうとしたのか、高そうなシガーが灰皿の上に置かれていた。足元では、先ほどと同じ猫とは思えないほど愛らしい姿で、パディシャが擦り寄ってきた。
「どうしたんだよ、え?」ジャックは猫の背中をゆっくりと撫でてやった。
「みゃーう……みゃーう……」
パディシャは鳴くばかりで何も答えなかった。
チャーリーはスリッパを引きずりながら、マグカップを二つ持って歩いてきた。気の優しそうな青年に愛猫が懐いているのを見て、老人は彼のことを知りたいと思うのだった。
「珍しいねぇ、この子が懐くなんて」
「急に道端で話しかけられまして」
「ふ、は、は、なるほど、なんて言っていたんだね」
「ぼくが、猫は自由気ままでいいな――って、言ってやったら、こいつが、口に気をつけな――って」
「たしかに、そいつはうちの猫だな、間違いない」
ジャックは微笑してテーブルに置かれたマグカップを手に取って、お茶を飲んだ。それを見たチャーリーも茶を飲んで、一息ついた。
「それにしても、すごいですね、トロフィーとか、賞状とか」
「あぁ、そうだろ、まぁ、そうやって褒められたくてきみをここへ呼んだのもひとつあってね、おかげで私の願いがひとつ叶ったよ」
「そ、そりゃどうも……」
「それで? きみの願いは?」
「願い?」
「そうだ、いいから、正直に言って見なさい」チャーリーは前のめりになって言った。
「え、そんな、ぼくはいいですよ。美味しいお茶までいただいて――」
「そうか、まぁ、ゆっくり考えればいい」
しばらく沈黙が続いた。ジャックは気まずさに耐えられず、熱いお茶を飲み干してすぐにチャーリーの家を出ようとした。
「それでは、ぼくはこれで」
「ほんとうにいいのかい?」
「何がですか?」
「いいや、ほら、その……きみは……そうか……いや、なんでもない」
ジャックはチャーリーの家を出て、長い螺旋階段を下っていった。
チャーリーは彼が下りてゆくのをじっと見守って、名残惜しそうに玄関の扉を閉めるのだった。