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火曜日の朝、ジャックはケーキ工場に向かっていた。今日もとても寒くて、雪が降っていたが、まだ積もってはいなかった。彼は、あたたかくするために何枚も服を重ねて、コートを羽織り、サンタクロースみたいに膨れた体を重たそうに揺らし歩いていた。
彼が町を歩いていると、ふと、一匹の黒猫が彼の前にあらわれた。猫は彼のことをちらりと見て、そのまま横切ろうとしたが、彼が先に前を通ったので、ちょこんと座って通り過ぎるのを待っていた。
《猫はいいな、自由気ままで……それに比べてぼくは――》ジャックは猫を通り過ぎるとき、ぼんやりとした目でこう呟いた。
「誰が自由気ままだって? 口に気をつけな――ったく!」
ジャックはびっくりして振り返った。しかし後ろには誰もいなかった。彼は首を傾げて仕事へと向かった。
日が暮れ、仕事が終わると、また同じ道を彼が戻ってきた。どういうわけか、彼はうつむいて、大きな溜息をついていた。
彼が今朝と同じ場所を通りがかると、またあの声が聞こえた。
「どうしたんだよピエロ、そんな浮かない顔してよ」
《えぇ……》
ジャックは大きく目を見開いて辺りをきょろきょろと見渡した。しかし誰もいない。
「おい、どこ見てんだ、下だよ」
ジャックが下をみると、そこにはグリーンの瞳をした一匹の猫がいた。ジャックはもう一度、辺りに誰もいないかどうか確認して、猫に話しかけた。
「ぼくに話しかけたのはきみかい?……」
「そうだよ、ほかに誰がいる」
「いいや……その……」
「おいらはおめーのことを良く知ってるぞ、おめーはたしか、町の真ん中にある公園で芸をするピエロだ」
「うん……まぁ……」
ジャックが猫と話していると、後ろを親子連れが通りがかった。
「ねぇ、ママ、おにーさんが猫と話してるよ!」小さな男の子が言った。
「そうねー」母親は息子の行ったことを軽く聞き流す。
ジャックは猫と話しているのを見られ、恥ずかしそうに顔を赤くした。
「な、どうしたんだよ、黙ってないでなんか喋れよ、おめーピエロなんだろ?」
「ちょ、ちょっとまって、あのさ……実を言うと、ぼくはピエロなんかじゃないんだ」
「なんだおめー、さっきは『うん』て言ったじゃねーか」
「そうだけどさ……ピエロになるためにはピエロのしかくが必要なんだ。でもぼくはそれをもってないから――」
「おまえはいったい何言ってんだ?」猫は手の甲をなめながら言った。「おまえ様はちゃんとお客の目の前で曲芸を披露してるじゃないか、どっからどうみてもピエロだよ」
「そんなことないよ……しかくがないとダメなんだ」
「しかくしかく――って、おまえそのうち本当に四角形になっちまうぞ?」
「ならないよ……」ジャックは冷静に答えた。
「いいか! おまえはどっからどうみてもピエロだ、だれが何と言おうとな!」
「うぅん……褒められてるのか叱られてるのかよくわからないよ」
「褒めながら叱ってるのさ」
「なるほど」
「はー、ちょっとそこで待ってろよ」
「なに?」
「いいから」
「うん……」
猫はいったん路地裏に入ると、地面に落ちているチラシを拾って、彼の元へ戻ってきた。
「ほらよ、これを見な」猫は彼の足元にチラシを広げてみせた。
「なにこれ?……道化師のチャーリー? 知ってはいるけど……」
「そうだ、こいつはいつも弟子を探してるから、きっとピエロになれるまで面倒を見てくれるはずだ」
「え、でも、ぼくなんかが行っても相手にしてくれないよ」
「そんなことはない、このおいらが保証してやる、なぜなら、おいらはチャーリーに飼われてたことがあるからな」
「え、きみってチャーリーの猫なの?」
「正確には『チャーリーの猫だった』だよ、いまは違う、逃げちまったからな」猫は尻尾をぴんっと立てて立ち上がった。「ま、一緒に来ればわかるさ」
「いいの?」
「あぁ、もちろん」
「なんか悪いな……それに、きみはチャーリーの猫ではいたくないんだよね?」
「大丈夫さ、また逃げてやるから、あいつから逃げるのは飼い犬をからかうより簡単だからな」猫はそう言うと、ジャックの前を歩き出して、言った。「さ、チャーリーの家はこっちだ」
ジャックは猫の後をついて行くのだった。




