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雪雲は、雪を降らせぬように、じっと息をこらしていた。裸の白樺が寒そうに体を寄せ合い、地面に落ちたコートは誰かが持っていってしまったようだ。
毎週土曜日の夕方。ジャックはロープをトランクから取り出して、周りを囲んで円形のステージを作り、腕を慣らす。準備が整うと、アンプの電源を入れて音楽を鳴らし、人を呼び、曲芸をはじめる。
人が集まりはじめると、彼はまず帽子の中から長いステッキを取り出してそれに寄り掛かってみせて、お次にステッキをぐるぐると回しライフルのように構えると、先から花束を出してみせる。
まばらな拍手が聞こえる。彼はそのお客さんに深々と頭をさげて、次の曲芸に映った。
彼のお客さんはわたしと親子連れの三人だけだ。でもわたしは彼に見えない様に木の蔭に隠れているから、彼から見えるお客さんは二人だけであった。
日曜日になると、彼はわたしの家にくる。彼はわたしの家にきて、夢を語り、去っていく。わたしは彼が夢を語るあいだ、一言も喋ることができない。それは彼と話すことが怖いとか、恥ずかしいからとか、そういうことではない。わたしから彼に話をしたら彼は、彼の本当のことを知ってしまうから、わたしは話すことができないのである。もし彼が彼の本当のことを知ってしまったら、わたしの好きな彼ではなくなってしまうのである。だからわたしは、今日も彼の言葉に相槌をうって、彼の頭を撫でてやるのだ。彼はわたしに撫でられたことを知ることはない。それでもわたしは、彼の頭を撫でてやるのだ。