先読みの令嬢の婚約破棄
婚約破棄ものが、楽しくて書き殴ってしまいました。
優しい目で見て下さいませ。
_:(´ཀ`」 ∠):
「アリアナ。私は【真実の愛】を見つけた。お前との婚約は破棄する!!」
この国の王太子であり、アリアナの婚約者であったマーカス王子はそう宣言した。
ストロベリーブロンドの髪をした少女を右腕で抱いて…………。
アリアナはチラッとその少女を見て、あぁやはり、と納得していた。
マーカス王子とこの少女との噂は、侍女や友人から聞いていたし、夜会に出席すれば、他の令嬢達からは嘲笑混じりに揶揄される。
当人とは全く接触がなくても、嫌でも存在を知る事となっていた。
「お前の "未来視" の眼は役に立たず、挙句このミリアの教科書を破いたり悪口や執拗なイヤガラセをし、あまつさえ階段から落とし殺害未遂まで……よって、お前との婚約を破棄し、ミリアと婚約を結び直す!!」
そうマーカス王子が言えば、腕にしがみついているミリアはウットリとしていた。
自分が悲劇のヒロインかシンデレラにでもなっている気分らしい。
マーカス王子の言う通り、一時的に幼き日に【未来視】が出来ると騒がれたアリアナ。それにて、王家との婚姻が決まってしまったのだが、それは過去の事。
今は全く視えず、役に立たない。
しかし、未来視を度外視してもアリアナは身分や資質から、婚約者として申し分ないため婚約者のままだった。
それが気に入らないマーカス王子は、過去の事も引き合いに出し、アリアナとの婚約をなかった事にしたい様だった。
国王生誕を祝うめでたいパーティーの楽しい会場で、そんな場違いな宣言をした王子に皆は唖然としていた。
会場の皆はアリアナの未来視の事など、完全に忘れていたし、王妃としての資質もあるため不満などなかった。
2人の世界に入り悦に浸っているのか、それを聞かされていたアリアナや、その友人達はすでに白けているのだが、全く気付いていない様だ。
主催者の国王陛下に至っては、アリアナの父と顔を見合わせて呆然としている。
「未来視の事はともかく、わたしくしがその方を虐めていた記憶はありません。それに何故、宣言をなさるとマーカス殿下とその方の婚約が決まりますの?」
アリアナは下がる処か、半歩前に出た。
ミリアと云う少女を、自分が何故虐めなければいけないのかも理解出来ない。それ以上に分からないのが、私との婚約を破棄してそのミリアと婚約するという事である。
誰が了承したのだ。宣言したから決定する訳ではない。開会宣言とは違うのだ。
もはや、そんな事はどうでもイイが、一応アリアナは当然の権利だと説明を求めた。
皆は罵倒されたのに騒がず緩まない、凛としたその姿に皆は圧倒されていた。さすがは侯爵令嬢だと。
王子の腕にぶら下がるどこぞの令嬢とは、格が違うのだと知らしめていた。
「…………っ」
思わぬ反論にマーカス王子は、つい次の言葉を紡げなかった。
「大体、その方をわたくしが虐める理由は?」
「私がこのミリアと仲が良い事を嫉妬して……」
「嫉妬? お慕いしている訳でもないのに?」
アリアナはキョトンとし、首を傾げて見せた。
百歩譲って好きだったとしても、そんな小賢しい虐めなどする訳がない。身分を、笠に着まくり、2度と近付けない様に排除するに決まっている。
「お前は私に惚れているだろう!!」
心外だとばかりにマーカス王子は声を荒げた。
「何時、何処で、貴方をお慕い申し上げているなんて戯言、わたくしが言いましたか?」
「なっ!」
マーカス王子はアリアナの酷い言い様に、二の句が出なかった。
自分に惚れているからこその婚約だと、信じていた。それが根底から覆されたのだ。
「ひどいわ!! 婚約者なのに愛していないなんて」
ミリアがマーカス王子の胸に、しなだれかかり目には涙を浮かべていた。
愛のない結婚だなんて可哀想とばかりに、マーカス王子を慰めにかかった。
昨今、恋愛結婚もある貴族社会ではあるものの、まだまだ政略も多い。幼稚過ぎるミリアの言葉には失笑さえ漏れていた。
「まぁ、わたくしがマーカス殿下の婚約者とご存知でしたの?」
アリアナは少しだけ、わざと驚いて見せた。
ついでにこの国で、マーカス王子とアリアナを知らない令嬢の方が少ないのだが、一応本当に知っていたのかと訊いてみる。
「知っていましたわ」
アリアナが何故聞いたのか、何も理解していないミリアは涙ながらに言った。
「知っていて、尚、わたくしの婚約者にちょっかいを出されていたの?」
浅ましい、との言葉は含みを持たせておく。
どんな理由があるにせよ、婚約者がいる男性に粉を掛けるのは宜しくない。
「ちょっかいだなんて! 私とマーカスは本気で愛し合っているのよ!! 大体こうなったのは、あなたがマーカスを蔑ろにするからでしょ!?」
とアリアナがマーカス王子を構ってあげないから悪いのだと、責任転嫁をしていた。
アリアナに言わせればキッカケはどうであれ、婚約者になってしまった訳だから、手紙やお茶会など出来る限りして、歩み寄り頑張っていたつもりだった。
だが、次期王妃ともなればやる事は多い。
王子とて同様の筈なのだが、遊びたい盛りのマーカス王子には全く理解出来なかったらしい。
アリアナが頑張っているのを知らず、女や他の事で遊び呆けていれば苛つくのは当然の事。
それが何年にも渡れば、一体誰の妃になるために、私は頑張っているのだと鬱憤が溜まっていく。
そして、つい遊び呆けるマーカス王子に、お小言を言ってしまったのがキッカケだった。
それからは何をしても言っても、彼の気持ちはあれよあれよ離れていく一方。結局、マーカス王子は自分をチヤホヤし甘やかしてくれるミリアが気に入り、簡単に取られてしまった。
【真実の愛】ッテスゴイデスネ。アハハ。
「例えどの様な理由があったとしても、婚約者や恋人のある方に手を出せば浮気だと思うのですが、ミリア様の中では違うと?」
「私達は本気だもの!」
頭の痛くなる返答をしてきたミリア。
なお、悪いだろう!?
と目で伝えている会場のこの白けっぷりを理解して、早々に退場して欲しい。
「お話になりませんわね」
とアリアナがもう半歩前に出れば、マーカス王子はミリアを庇いつつ半歩下がった。
私がミリアに危害を加えるとでも考えているらしい。本当に失礼極まりないですわね。
「国王陛下」
「…………なんだ」
「ヘイゾルース侯爵」
「…………なんだ」
アリアナは遠くで静観を決め、壁になっていた主催者でありマーカス王子の父と、自身の父を見た。
皆がそういえばと気付き2人を見れば、2人は呼ぶなよと言う表情を隠し、眉を寄せてアリアナを見ていた。
「お2人を含め他の方は存じませんが、婚約者がいるのに、他の方に現を抜かすのはわたくしの中では "浮気"と認識しております。どうでしょうか、お父様方?」
「「う、うむ」」
違いますか? と暗に問われ、2人は違うと否定出来なかった。違うと言えば近くで見ている妻だけでなく、世の女性から反感を買うのは分かりきっている。
ここは、例え浮気くらいと思ってはいても「そうだな」とボソボソと呟くしかない。
「ですので "約束通り" にさせて頂きます」
「「約束……?」」
約束とは何の話だと、アリアナがそう宣言した言葉に、国王陛下とや父は勿論、マーカス王子達も眉を寄せて固まった。
「では、失礼」
と、アリアナはマーカス王子の前に立つと、誰もが見惚れる程の美しい微笑みを浮かべた。
マーカス王子も思わず見惚れた、その瞬間──
バチーーーーッン!!
と何処からか激しい音がし、マーカス王子が横に吹き飛んでいた。
「「「…………っ!?」」」
会場全体に異様な空気が流れ始めた。
マーカス王子が横に弾き飛ばされたのだ。
突然の激しい音。あり得ない出来事に皆は固まっていた。急過ぎて頭が働かなかった。
「あら、叩く方も、存外痛いのですね?」
右手を摩りフフッと笑う声に、皆はやっと正気に戻り音の原因を探して見た。
その原因はアリアナであった。
そう、あの激しい音は、アリアナがマーカス王子の頬を、おもいっきりひっぱ叩いた音であった。
「なっ!?」
口端から血を流し、突然の出来事に口をパクパクと開くマーカス王子。
同様に会場の皆も、息を飲み口を押さえていた。浮気は良くないにしても、まさかあの深窓の令嬢のアリアナが、手を上げるとは想像しなかったのだ。
「アリアナ!!」
いち早く復活した父ヘイゾルース侯爵が、慌てた様子で前に出てアリアナを叱責する。
なんて事をしでかしてくれたのだと。
「お約束ですもの……ね?」
アリアナの冷めた微笑みに、皆は文字通り凍り付いた。
「お、お約束?」
唯一口を開けた父ヘイゾルースが、娘アリアナに問う。
約束とはなんなのだと。
「まさか、コレをお忘れに?」
アリアナは更に冷めた表情を見せると、胸元から1枚の紙を取り出した。
【ブライト=フランベルトが第一子、マーカス=フランベルトと、ルイス=ヘイゾルースが第二子アリアナ=ヘイゾルールの婚姻を認めるにあたり、マーカス=フランベルトが以後、ミリア=ドイルなる女性との友人関係を超えた関係を認めた時、次なる代償を与える。
アリアナ=ヘイゾルースはマーカス=フランベルトを張り倒す権利。
婚約は白紙。
以後、アリアナ=ヘイゾルースは好きな者との婚姻を許可するものとする。
ブライト=フランベルト】
「お前……まだ、そんなモノを持って」
国王陛下の直筆の書面と署名。
その書面を見て思い出した父ヘイゾルース侯爵は、眉根を掴み疲れた様に呟いていた。
その古ぼけた紙は、アリアナが幼き日マーカス王子との婚姻話が出た時に、婚約の条件として提示、一筆書いて頂いたものの控えである。
「期限等書かれていませんもの。国王陛下、お約束を違えぬ様宜しくお願いしますわね?」
皆がなんの話だと唖然呆然とする中、アリアナは晴々しい笑顔を見せていた。
「…………」
国王陛下は渋い顔をしたまま、縋る様にアリアナを見ていた。
今の今まで完全に忘れていたのだ。
出来る事ならなかった事にして欲しい。
「へ・い・か?」
アリアナは深い笑みを向けた。
「お前の【未来視】は真であった」
疲れた様子でポソリと言った国王。
「ど、どういう事ですか!? 私はこの女に殴られたのですよ!?」
この国の王太子が殴られたのに、国王として叱責しない処か、罰さえも与える素振りも見せない父に、マーカス王子は怒りをぶつけていた。
「そういう約束……いや、契約だったからだ」
「は?」
父の言う事が理解出来ないマーカス王子は、アリアナの持つ紙切れを奪い取った。
そして、字を目でなぞるマーカス王子。
「ミリアとの友人関係以上の…………」
マーカス王子は唖然である。
なんなのだ、この契約書はとマーカス王子は手が震えた。こんな契約が交わされていたのを、全く知らなかったのだ。
「こ、こんなモノ、昨日今日書いた──」
「それはありえん。わしが書いたのだ。ルイスや書記長も見ていて記録にもしっかり残っておる」
国王は項垂れていた。
2人の婚約が決まったのは、別に【未来視】だけが理由ではない。アリアナとマーカスは当時、本当に仲睦まじく、それを見た父と陛下がならばと勧めたのだ。
だが、婚約が決まった日、アリアナにこの契約を提示されたのだ。
国王は俄かに信じられなかった。
息子可愛さ故の不安と、子供の戯言として【未来視】を完全に侮っていたのが過ちだった。
確かに未来視により、災害を避けられた実績はあった。
だが、まさか本当にミリアなる女が現れ、未来視通りに息子マーカスが誑らかされるとは思わなかった。
マーカスが何処かの令嬢に入れ上げていると聞いた時、この契約を真っ先に思い出し名前を聞き流すべきではなかったのだ。
「婚約は白紙で宜しいですわね? 陛下?」
「う、うむ」
息子マーカスの所業も含め、ここに書状がある限り、もはや仕方がないと国王は諦めた。
今後、災害などを未来視した時には、早急に知らせるとの言質は取れている。ならばと、諦めたのである。
「では、ミリア様。王妃教育、淑女教育、その他諸々頑張って下さいね?」
「え?」
すんなり引き下がると思わなかったミリアは、拍子抜けである。
なんなら、泣きつくアリアナを見て優越感に浸ろうと考えていたくらいだ。
「わたくし、10年近くも遊べずに勉強ばかりで正直辟易としていましたの。学園とは比べ物にならないくらい大変でキツイ勉強ですが、【真実の愛】とやらで乗り切って下さいませ。わたくしもわたくしの【真実の愛】を捜しに行って参りますわ」
では、皆様失礼します。
と晴れやかにカーテシーを決めたアリアナは、今までで最高の笑みだった……と後に父は語っていた。
【数週間後】
「いやぁぁぁぁーーっ!!」
教育のなんたるかを知らなかったミリアは、日々お妃教育と淑女教育で悲鳴を上げる毎日。
音を上げる暇も与えられず、日に日にヤツれていく姿を見て、他の令嬢達はせせら笑う処か明日は我が身かもしれないと、身を引き締めるのであった。
「あぁぁぁぁーーっ!!」
マーカス王子は心身を鍛え直しだと、国王の命により騎士団に入隊。
アリアナ派だった騎士団も多く、容赦のない鍛え直しに早くも悲鳴が上がる毎日だった。
「はぁぁぁぁ〜〜っ!!」
アリアナは、しばらくは療養という名のもと、屋敷で飼われているモフモフ達と毎日楽しく戯れていた。
肉球のプニプニした感触。ふわふわの毛。そして、日向の様な堪らない匂い。
お妃教育や淑女教育で全く構ってあげられなかったモフモフ達と、毎日毎日もふもふモフモフする楽しい日々を送るのであった。