Cafe Shelly 魔法の効かない男
悩みというのは尽きないもので。僕も今までいろんな悩みを持ってきた。友達とのちょっとした思い違いでの喧嘩。両親との意見の食い違い。高校や大学進学の時の進路のこと。人並みに恋の悩みもあった。
そして結婚をするときも正直悩んだ。本当にこの相手で一生を暮らしていけるのだろうか。そんなことを真剣に悩んだ挙句、今その相手とは二人の子どもまでいる始末。
家を建てようと思った時もかなり悩んだ。ローンを組んで、そこに定年まで縛られる人生が始まるのか。
それを一方では幸せと呼ぶということも知った。まぁこうやって思い起こせば、僕の人生も悩みばかりのように思えるが。けれど、気がつけばそれなりに平穏無事に暮らしているところを見ると、悩んだ挙句の選択には間違いがないのだろう。
しかし、今目の前には今までの人生にはなかった、最大級と思える悩みが舞い込んでしまった。これをどう乗り越えればいいのか。誰かに相談したいのだが、その誰かが思い当たらない。まずはそこに悩んでしまった。
えっ、何を悩んでいるのかって? きっと周りから見れば、大した問題には思えないだろうけれど。だからあまり人には言いたくない。でも、誰かに相談したい。
僕はよほど悩んでいた顔をしていたのだろう。
「あなた、何か困ったことでもあったの?」
妻が心配そうに僕に声をかけてくれた。しかし、この悩みを妻に相談していいものだろうか。いや、やはり世間一般的に見て、自分の妻に相談を持ちかけるべきなのだろう。が、的確なアドバイスが出てくるとは思えない。むしろ私の気持ちを引っ掻き回すだけになると思う。
「まぁ、ちょっと会社でね」
と言葉を濁すことにした。
「そう、大変ね。私にはわからないことだけど、あまり無理をしないでね」
妻は会社のこととなると、自分には手に負えないのでノータッチになる。
はぁ、この問題をどうすればいいのだろうか。私の態度はどうやら周りにも影響を及ぼしているようだ。
「来生さん、なんだか最近元気がないようですけど。どうしたんですか?」
会社で女子社員からそんな声をかけられた。
「あ、いや。ちょっと家でいろいろとあってね」
「そうなんですか。なんだか大変ですね」
こっちはこっちでごまかすために、家で何かあったことにしておいた。わざわざ女子社員に話す内容でもないし。女子社員も家庭のこととなるとそれ以上突っ込んでは聞いてこない。
さて、誰に相談するのが一番いいのか。話したい、けれど話す相手がいない。困ったな。こんな気持ちじゃ家庭にも仕事にも身が入らない。
そんなこんなで数日を過ごしていたとき、私の手元に一通の手紙が舞い込んだ。
「同窓会のお知らせ、か」
それは高校の同窓会が開かれるという内容である。手帳を開きスケジュールを確認。この日だったら空いてるな。それにしても急なことだな。
幹事は文具屋の隆史か。あいつ、こういうのは得意だからなぁ。集まるのはあいつの結婚式以来か。隆史は中学の時の同級生と結婚したんだったよな。なんでもクリスマスの時にやたらロマンチックなプロポーズをしたとか。ったく、幸せなやつだ。
それにしてもどうして今頃同窓会なんだ? それについては案内のハガキの下の方にさりげなく書いてあった。
「我が師の飯山先生が今年退職されます。みなさんと一緒に大いに盛り上がって退職をお祝いしましょう」
そうか、飯山先生ももうそんな年齢になるのか。
飯山先生は高校の頃の恩師。僕が進路のことで悩んでいたときにかなりお世話になった。進路だけじゃない、人生に対してもいろいな教えをいただいた。僕だけでなく、隆史を始め同級生の多くが飯山先生を今でも慕っている。すばらしい方だ。
そうか、飯山先生に相談してみよう。先生なら誰かに話すなんてことはないだろうし。僕の生活に直接関与しているわけでもないから、客観的な意見がもらえるはずだ。同窓会まではしばらく悩みの状態が続くが。まぁ希望の光が見えてきたからそのくらいは我慢できそうだ。
それから二週間、頭の中で悩みが浮かんではくるものの、同窓会までカウントダウンすることで自分の気持ちを落ち着けることができた。そうして待ちに待った同窓会の日。会場に入ると待ち受けていたのは幹事の隆史である。
「よぉ、明。遅刻魔のおまえがこんなに早く来るなんて珍しいな」
「ばぁか、僕だってもう部下を持つ身なんだから。学生時代みたいにちんたらやってらんねぇよ」
「その割にはオレの結婚式じゃギリギリだったじゃねぇかよ」
「そういうのはちゃんとTPOを使い分けてんだよ」
なんて感じで冗談を言い合う。隆史は気のいいやつだ。
「ところで飯山先生は?」
「まだお見えになってないけど。何かあるのか?」
「あ、いや。まぁいいか」
できれば皆んなが集まる前に少し話をしておきたかったんだが。
今日の出席者は三十名ほど。わざわざ九州からきたのもいるという。飯山先生の人気ぶりがわかる。そうしているうちに人が集まりだした。懐かしい顔ぶれもある。誰だかわからないくらいのヤツもいる。そして主役の飯山先生が登場。みんな拍手で出迎えた。
「よっ、今日はありがとう」
もう還暦とはいえ、まだまだ若い。堅苦しい挨拶は抜きにして、みんな思い出話に花が咲き始めた。僕はなんとか飯山先生に相談を持ちかけようと近づいたが、その度に誰かに呼び止められたり、飯山先生が誰かと話をしたりしてそのチャンスを伺えなかった。
そうしているうちに場はお開きに。けれどまだチャンスはある。
「先生、まだお時間はありますか?」
思い切って先生にアプローチ。
「あぁ、まだ今日は大丈夫だ。二次会にでも行くか?」
願ったりだ。だがここでおじゃま虫が。
「なになに、二次会行くの? オレも連れてけよ」
隆史が横から割り込んできやがった。下手に断るわけにも行かない。で、結局その他に二人合流、合計五人で二次会へと足を運ぶことに。着いたのは先生の行きつけのスナック。僕はすかさず先生の横を陣取り、乾杯もそこそこに話を始めた。
「飯山先生、先ほどはゆっくりお話をするチャンスがなくて」
「いやぁ、私もまいったよ。立ち替わり入れ替わりみんなが来るものだから」
そう言いながらも、まんざらではないという表情を浮かべる飯山先生。
「それで先生、ちょっと今悩みがあるんですけど、相談にのっていただけないでしょうか?」
「ん、どんなことだね?」
ようやく先生に話をすることができるぞ。そう思った矢先。
「おい明、なに神妙な顔つきしてんだよ。ったく、辛気くせぇぞ」
先生との会話に横から隆史が割り込んできやがった。ったく、これからだというのに邪魔しやがって。だが、さすがは飯山先生だ。
「こら、加藤。今こっちは大事な話をしているんだ」
隆史もさすがに飯山先生にそう言われると態度を一変。
「あ、すいません。でもなんだかいつもの明らしくねぇなって思ったもので。なんか悩みでもあるのか?」
うっ、なんでわかるんだよ。こいつ、こういうところには鋭いからなぁ。図星を指されて躊躇しているところに、隆史はすかさず言葉をかぶせてきた。
「そういう悩みを解消するんだったら、いいところがあるんだよ。カフェ・シェリーって喫茶店に行ってみな。あそこの魔法のコーヒー、シェリー・ブレンドを飲めば、一発で悩みなんて解消するからよ」
なんだよ、それ。魔法のコーヒーって、そんな都合のいいものがあるわけないじゃないか。そう思っていたら、なんと飯山先生から意外な言葉が発せられた。
「おぉ、カフェ・シェリーか。あそこはいい喫茶店だ。加藤くんから勧められて行ったが、おかげで私も悩みが解消できたよ。あのときは助かった。来生くん、どんな悩みかは知らんが君もぜひカフェ・シェリーに行ってみたまえ。私なんかよりもきっといい答えを導いてくれるよ」
「は、はぁ」
まさか隆史の言葉に飯山先生がこれほどの反応を示すとは。ちょっと驚きである。
で、結局飯山先生には相談をしそびれた。だがカフェ・シェリーという新たな相談先を見つけることができた。
しかし、隆史や飯山先生が熱弁を振るうほどの魔法のコーヒー、シェリー・ブレンドとはどんなものなのだろう? 飲むとその人の望んだものの味がする、ということだが。それが悩みの解決とどうつながるのか? とにかく行ってみるしかない。早速次の土曜日にカフェ・シェリーへと足を運ぶことにした。
「っと、この通りだな。ここ、久しぶりに来るなぁ」
隆史からもらった地図を頼りに来たのは、車一台が通る程度の細い通り。道の両端にはレンガでできた花壇があり、道そのものはパステル色のタイルが敷き詰められている。いい感じの通りだ。
「ここの二階か」
下手くそな字で「ここ」と描いて丸をしている場所に到着。そこには黒板の看板が置いてあり、こんな言葉が書かれていた。
「いつもの毎日が幸せの証です」
これ、どういう意味だろう。けれどなんとなく感じるものはある。それがなんなのかはわからないけれど。言葉が気になりつつもお店へとつづく階段を上がる。
カラン、コロン、カラン
ドアをひらくと心地良いカウベルの音。それとともに香ってくるコーヒーの匂い。さらに遅れて甘いクッキーの香りが僕の脳を刺激する。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのはとてもきれいな店員さん。隆史から聞いている。この人がマイさんだな。確か、カラーセラピストとしても活躍していて、若いけれどとても頼りになる女性だとか。そしてここのマスターの奥さんでもある。
「いらっしゃいませ」
遅れてカウンターから低くて渋い声が出迎えてくれた。この店のマスターだ。僕より年上で頼りになるらしい。昔は駅裏の学園高校で先生をしていて、そこで教え子として今の奥さんと知り合った。歳の差カップルではあるが、それを感じさせない爽やかさがあるとか。
この二人とシェリー・ブレンドが僕の悩みを解決してくれるだろうか?
「あのぉ、ここにシェリー・ブレンドという魔法のコーヒーがあると聞いてきたんですけど。それをもらえますか」
僕はカウンターの席に着くなり、水を持ってきた店員のマイさんにそう注文をした。
「シェリー・ブレンドですね。かしこまりました。マスター、シェリー・ブレンドひとつお願いします」
優しくも元気な声で僕の注文を復唱してくれる。なるほど、隆史や飯山先生がこの店を勧めるわけがわかる。なんとなく居心地がいい。初めての店なのにリラックスできるし。やはりこのコーヒーとクッキーの香りのせいなのだろうか。それとも、白と茶色でまとまったシンプルな店の内装のせいだろうか。小ぢんまりとした喫茶店ではあるが、なぜかゆったりとした気持ちにさせてくれる。
「お客さんはどちらでここのコーヒーのことをお聞きになったのですか?」
マスターがコーヒーの準備をしながら私に語りかけてくる。そのにこやかな笑顔も居心地の良さの理由の一つだろう。
「高校の頃の同級生に聞いたんです。文具屋を営んでいる加藤というやつなのですが」
「あぁ、隆史さんかぁ。隆史さんはよく来ていただいていますから」
「はい、僕が今悩みを持っていると言ったらここを勧められて」
「なるほど。ではもうお聞きになっていると思いますが、今からお出しするシェリー・ブレンドはその人が望むものの味がします。人によってはその映像が出てくることもあります。それが今お持ちの悩みに対しての解決のヒントになるかもしれません」
マスターからそう言われると、期待感が高まる。シェリー・ブレンドは僕に一体どんな答えを見せてくれるのだろうか。
「はい、お待たせしました。シェリー・ブレンドです」
見た目は何の変哲もない一杯のコーヒー。香りもいい。僕はコーヒー通ではないが、素人でもシェリー・ブレンドが普通のコーヒーではないことがわかる。
期待を込めてカップを手にする。そしてゆっくりと口の中に流し込む。
「うん、おいしい」
僕の感想はここまで。期待した割には何も感じない。家で入れるコーヒーよりもおいしいのはわかる。が、それ以上のものは何も無い。いわゆる普通のコーヒーだ。
おかしい、隆史や飯山先生、マスターが言うような特別な味わいは感じられない。僕はもう一度コーヒーを口の中に入れる。今度は舌の上で味わう時間を長めにとった。が、結果は同じ。普通のコーヒー、それ以上の味わいは出てこない。
「いかがでしたか?」
いかがでしたか、と言われても感想はこれしかない。
「えぇ、おいしいコーヒーでしたよ」
私の答えにマスターはちょっと戸惑っているようだ。
「他に何かお気づきになったことは?」
「気づいたことといっても、僕はコーヒー通ではないのでそのくらいしか答えられませんよ。魔法というのはちょっと感じませんでしたねぇ」
マスターはそんなバカな、という表情。そう思いたいのはこっちの方だ。隆史や飯山先生が絶賛したこの魔法のコーヒー。マスターも自信を持って魔法の話をしたのに。僕にはそれが効かない。まぁ、胡散臭い話だとは思っていたが。
「それではこちらのクッキーと一緒にいかがですか?」
マスターは僕に白と濃い茶色のクッキーを差し出した。
「まず最初は色の濃い方のクッキーをシェリー・ブレンドと一緒に食べてみてください」
いったい何が起こるのだろう? とりあえず言われたとおりにしてみる。
濃い茶色のクッキーをひとかじり。これは黒ごまだな。なかなか風味がいい。そしてシェリー・ブレンドを口に含む。クッキーの香ばしさとコーヒーの苦さが絶妙なブレンドとなって舌の上で一体になる。
「うん、おいしい」
「いかがでしたか? 何か見えませんでしたか?」
「いえ、何も。香ばしい香りの黒ごまクッキーだなとは思いましたけど」
僕の答えにマスターは困惑した表情を見せた。
「それでは白い方のクッキーも同じように食べてもらえますか?」
「はい」
僕はもう一度、期待を込めて白いクッキーを口にした。とろけるような舌触りだ。今度はとても甘い。コーヒーを流し込むと、さらにクッキーが溶けていく。甘味と苦味がいい感じで混ざっていて、最後は一体になって私の胃の中へと消えていく。
うん、これもなかなかおいしい。だがそれだけ。何かが見えた、という感じはしなかった。
「今度はいかがですか?」
「えぇ、これもまたおいしいクッキーでした。白いのも黒いのも、このコーヒーにはピッタリ合いますね」
「えっ、では何も見えてくるものはなかった、ということですか?」
「えぇ、特に何も見えませんでしたが。これ、何が起こるのですか?」
私の気持ちは期待感から徐々に落胆へと移った。マスターは悩んだ顔つきで私にこう言った。
「おかしいですねぇ。黒ごまのクッキーはなりたい自分が見えてきます。白い方は、今自分が欲しいことの答えを感じることができるんです」
「でも僕はそれを感じることができなかった、ということですね」
落胆の意を込めてそうつぶやいた。なんだよ、魔法なんてないじゃないか。騙された気分と、どうして僕だけという気分が胸の中でぐちゃぐちゃに絡みあう。
「おかしいな。今までそんなことはなかったのに…」
マスターの方も驚いている。これは一体どういうことなのだろうか?
カラン、コロン、カラン
「マスター、こんにちはー」
ちょうどその時、店に勢いよく一人の男性が登場。
「隆史さん、いらっしゃい」
声のする方を見ると、やたらと陽気な隆史の姿がそこにあった。
「おーっ、明じゃねぇか。早速来てたんだな。おっ、シェリー・ブレンド飲んでるねぇ。で、どうだった。何か見えたか?」
頼んでもないのに僕の席の横に当たり前に座る隆史。なんて図々しい奴だ。
「隆史、お前が言うようなことは起きなかったぞ。オレにとってはこいつは何の変哲もない普通のコーヒーだ。美味しいのは認めるけど、それ以上のものはなかったぞ」
「うそっ、そんなはずはねぇよ。オレなんか毎回いろんな味わいがあって、そのたびに自分の気持に気づくんだけどなぁ。マスター、魔法の腕が落ちた?」
マスターは苦笑い。
「じゃぁオレが確かめてやるよ。マイちゃん、シェリー・ブレンド一つねー」
隆史は目の前にマスターがいるにもかかわらず、あえてマイさんに注文をする。スケベごころ丸出しだな。
「ところで、お前が悩んでいることってなんだよ。この前の同窓会で聞きそびれてたんだけど」
「あ、あぁ。それはだな…」
ここで少し、言うのを躊躇してしまった。どうせそんな事で悩んでいるのかと笑われるに決まっている。だが僕にとっては大きな問題なのだから。だからこんなふうに答えた。
「それは、お前がシェリー・ブレンドの魔法とやらを確認してから話すよ」
何のつながりもない答えだが、今は話そうという気持ちにはなれなかったのでついそうやって逃げてみた。
「なんだよ、まぁいい。しかし、なんで明にはシェリー・ブレンドの魔法が効かねぇんだ?」
「こっちが聞きたいよ。ホントにそんな魔法、あるのか?」
そんな押し問答をしているうちに、マスターからコーヒーが差し出された。
「はい、お待たせしました」
「お、きたきた。どれどれ、早速一口…」
隆史はコーヒーを口にして目をつぶる。そして天を仰ぐようにしてしばらく黙りこむ。
「うん、今日の味は躍動感って感じだな。ウキウキする気分だ。舌の上でコーヒー豆が踊り出すような、はじける感覚がするよ」
「隆史さん、なんか今日いいことあるんですか?」
隆史の言葉を聞いていたマイさんがそう質問してきた。
「あ、マイちゃんわかる? 実は今夜、カミさんとデートなんだよ。コンサートに行く予定なんだ」
なるほど、この浮かれた頭の原因はそこにあるのか。
「にしてもよ、間違いなくいつもの通りのシェリー・ブレンドだぜ。今オレが欲しいと思っているものの味がしたからなぁ」
「それってお前の錯覚じゃねぇのか? 僕にはそんな感じはまったく受けなかったけど」
隆史のヤツがうらやましい。僕だってその魔法とやらにかかってみたいと思っているのに。ふと見ると、マスターはなにやら考え事をしている。そして僕にこんな質問をしてきた。
「すいませんが、もう一度振り返ってみてもいいですか。まず最初にシェリー・ブレンドを飲んだ時。このときはどんな味がしましたか?」
「まぁ、普通のおいしいコーヒーだなって。何か見えるとか、特別な味がするとかは感じませんでした」
「なるほど、普通のおいしいコーヒーですね。では黒ごまのクッキーと一緒に飲んだときは?」
「そのときは黒ごまの香ばしい風味が引き立って、コーヒーの苦味とうまくブレンドしてとてもおいしかったです」
これが僕の素直な感想。それ以上でもそれ以下でもない。だがマスターはさらに突っ込んで僕に質問をしてきた。
「その時に何かイメージできるものってなかったですか?」
「イメージ、ですか? うぅん、そうですねぇ…強いて言えば、黒ごまとコーヒーの味が渦を巻いてブレンドされていく、そんなイメージかな。でもそれって、普通何かをミックスして食べる時に思い描くものと同じですから。特別だとは思いません」
「へぇ、明は普通そんなイメージを持つんだ。オレはそんな感じを持ったことはないなぁ」
「隆史はそんなイメージを持ったことないのか? これが普通だと思ってたけど」
するとマスターはまた何かひらめいたようだ。
「もうひとつの白いクッキーの時も同じようなイメージでしたか?」
「そうですね、今度は甘い味とコーヒーの苦味がグルグル渦を巻くような。ほら、CMなんかで渦を巻きながらコーヒーにミルクを落として混ざっていくようなのがあるじゃないですか。まさにあんなイメージですよ」
僕は当たり前のようにそう答えた。が、これも隆史が意外な反応を見せた。
「オレも白いミルククッキーを食べたことはあるけどよ。そんなイメージを持ったことはねぇな」
「そうなのか? 僕はこれが普通だと思ってたけど」
「明、お前は昔っから人と感覚がずれてたよなぁ。ほら、大学を決める時もそうだったな。普通は自分の進路とか成績とかで行きたい大学を決めるじゃねぇか。でもお前はちょっと違ってたもんな」
「違ってたって、どんな風にですか?」
マスターが興味深そうに僕の目を見てそう聞いてきた。その目線に応えるように僕は自分の話を始めた。
「あの時、僕は信州の大学を受けたんです。いろいろと大学のパンフレットを見てたら、なんか風景が良くて。ここに住んでみたいなって思ったから。それっておかしいですか?」
場は一瞬無言になった。
「ま、まぁものごとを選ぶ基準は人それぞれですから」
マスターが苦笑いしながらそう言う。
「いや、確かにそうだけど。でもねぇ、場所を先に選んでそこの学校にある学科を調べてどの進路にしようかを決めるなんて、なんか順番が逆じゃねぇか? そこが東大とかの有名な難関大学ならともかくよぉ」
「いいじゃねぇか、ほっとけよ」
「他にもあるぞ。修学旅行に行ったときのおみやげ選び。あれもちょっとビックリだったなぁ」
「え、どんなふうにビックリだったんですか?」
今度はマイさんも参加してきた。
「おみやげ選びって、お前はどんなふうに選ぶんだよ?」
僕が逆に隆史に質問を投げかけてみた。
「オレか? オレはやっぱりお菓子だったらこんなのだったら食べるかなーとか、小物だったらもらって使ってもらえるものだとか。とにかく相手が喜ぶだろうなってものを買うけどなぁ」
「わたしもそうだな。おみやげを渡したときの相手の喜ぶ顔を思い浮かべて買いますよ」
マイさんも隆史と同じ意見か。
「でも明は違うんだよな。こいつ、おみやげを買うときは自分のバッグにきちんと入れることが出来るか、とか形が形を整えてもって帰ることができるかってのを優先するんですよ。だから、わざわざメジャーを持参して、おみやげを積み重ねて測ってたんですよ。しかも店先でですよ。これには驚きましたね」
「隆史はそういうのは考えないのか? おみやげがかさばったら、持って歩くのが大変じゃないか。それに妙な形のものを買って、持って帰る時に型崩れしちゃったらもったいないだろう」
僕はあたり前のこととしてそう語った。
「なるほど、そういう考え方もありますよね」
マスターは口ではそう言っているものの、また苦笑いをしている。僕ってそんなに考え方がみんなとずれているのかな?
「だから、僕の悩みなんかみんなわかってくれないんだろうなぁ」
ボソリとつぶやく。これが本音だ。僕の抱えている悩みを話すと、きっと笑われるに違いない。それどころか、馬鹿にされるに決まっている。そう思うと、ちょっと腹が立ってきた。
僕がよほどふくれっ面をしていたのだろう。マイさんがこんな事を言い出した。
「明さん、でしたね。その感覚って、すごい個性だと思います。確かに人から見れば変わっていると思われるでしょうけど。でも、私たちって一人ひとり人とは違う、変わっていると思われる部分を必ず持っていますよ。私だってマスターだって、変わり者だって言われていますしね」
私のご機嫌取りのようなセリフにも聞こえたが。でもそのマイさんの話に隆史が同調してきた。
「そうそう、特にマスターって変わり者だよね。自分の世界に入っちゃうと、周りが見えなくなっちゃうし。かと思うと、人のためにって自分の時間を費やしてまで、そこまでやるのってことをやってくれるし。オレにはそれ、真似できないよなぁ」
「そういう隆史さんも変わり者ですよ。こんな喫茶店に毎日のように足を運んでくれるんですから。なかなか貴重ですよ」
マスターは笑いながらそう言う。しかし僕にはわかっていた。隆史やマスターの会話が、僕を普通の人間扱いしようとしていることが。僕だってわかっている、人と考え方が違うことくらい。けれど、それで今まで人生を歩いてきたんだ。それに対してとやかく言われることもないし。そう思いながらも、心のどこかで釈然としない思いもある。
「それにしても、どうしてシェリー・ブレンドの魔法が明には効かないんだ? これが不思議なんだよなぁ。マスター、今までそんなお客さんいた?」
「うぅん、私もシェリー・ブレンドを注文したお客さん全員に感想を聞いたわけじゃありませんからね。ひょっとしたらいたかもしれませんが。でも、ほとんどのお客さんは飲んだ瞬間に表情を変えていたのは確かですね」
「私はシェリー・ブレンドを頼んだお客さんには、いかがですかって聞くようにはしているんだけど。そこで少し解説をしているの。そしたら必ず何かしらの感想を言ってくれるわ。といっても、そうするのはシェリー・ブレンドが始めてのお客さんだけだから、時々来るお客さんの中には魔法が効いていない人もいるかも」
マイさんはそう言うが、逆に僕は自分がやはり特殊な人間だと言われているような気がしてならない。どうして僕だけ、シェリー・ブレンドの魔法が効かないんだろう。なんだかだんだん悔しさと悲しさが込み上げてくる。
「ん、ひょっとして…」
と、ここでマスターが何かをひらめいた。
「マスター、どうしたの?」
視線がマスターに集まる。
「明さん、今から私がいくつか質問をします。ちょっとそれに答えてもらってもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
マスターは何を質問してくるのだろうか? ちょっと不安がある。
「明さんは自分が周りとは違う感覚を持っているというのは自覚しているんですよね?」
「えぇ、まぁそうですけど」
「その感覚、自分ではそれでいいと思っていますか?」
「思っているっていうか、それが正常だと私は感じていますが」
「けれど、周りの意見が気になる。そうじゃないですか?」
これは言われてドキッとした。
「は、はぁ。確かに周りの言葉は気になりますね」
「できれば、周りと同じような感覚を持ちたい。
心の奥でそう思っていませんか?」
この質問には即答できなかった。私はそう思っているのだろうか。今の自分でいいという思いと、いやそうじゃないという思いが交錯している。
しばらく考え込んだ結果、僕が出した結論はこうだった。
「おそらくそうかも…」
妻からもこう言われている。あなたって、変な感覚を持っているわねって。やはりそうなのか。そう思わざるをえない。
「だったら解決です。明さん、シェリー・ブレンドの魔法は効いていますよ」
マスターはにこやかな顔でそう言う。しかし、僕にはそんな感覚はなかった。
「どうしてですか? 僕が飲んだ時には普通のコーヒーでしたよ。美味しいのは認めますが、なにか特別なことを感じるなんてことはありませんでした」
「だから魔法が効いているんです。思い出してください。明さんは今、私の質問になんと答えましたか?」
「マスターの質問に? できれば、周りと同じ感覚を持ちたい。おそらくそうかも、と」
「でしょう。それが明さんの心の奥で欲しがっていたものです。シェリー・ブレンドは飲んだ人が欲しがっていたものの味がします。だから魔法は効いているんですよ」
マスターが言っていることが今ひとつわからない。
「あー、そうか! だから明には美味しいコーヒーだったのか」
隆史はマスターの言わんとしていることが理解できたようだ。マイさんもにこやかな顔をして首を縦にふっている。どうやら僕以外はその意味が理解できたようだ。
「隆史、どういう意味か教えてくれよ」
「いいか、明、よく聞けよ。お前は普通の感覚を持ちたい。そう思っていたんだろう?」
「あぁ、どうやらそうらしい」
「だからシェリー・ブレンドはお前に普通の感覚をもたらしたんだよ。特別な味ではなく、普通の味。普通のコーヒーをお前に見せたんだよ」
普通のコーヒーの味。それがボクに与えられた魔法なのか。普通の感覚を持ちたい、これが答えなのか。
「マスターの言っていることは理解できました。でも、なんかもったいないですね。他の人はもっと違う味を楽しんでいるんでしょう。どうして僕だけ、普通のコーヒーなんだろう」
魔法の正体を聞いて、ちょっと落胆してしまった。どうせならもっとおもしろい味を見せてくれればいいのに。僕はまだ半分残っているシェリー・ブレンドのカップをグルグル回して、うらめしそうにそれを見た。
「では今の状態でもう一度シェリー・ブレンドを飲んでみてください。ひょっとしたら何かが変わるかもしれませんよ」
「でも…」
今度は飲むのが怖かった。これで何も変わらなければ、所詮僕の望んでいることってその程度なんだって。それに、よく考えてみたら僕が今悩んでいることの根本解決にはならない。
僕はカップをじっと見つめる。
「明、何やってんだよ。さっさと飲めよっ」
隆史からツッコミが入る。えぇい、どうにでもなれ。僕は目をつぶって、残りのコーヒーを一気に喉に流し込んだ。
最初に飲んだときはアツアツだったものが、今は冷めてしまっている。それだけに苦味がより一層強く感じた。
今度は何か起こるのか? その期待と、また何も起こらないかもしれないという不安が入り交じっている。その二つが僕の舌の上でグルグルと渦を巻いている。あれ、この渦を巻くっていうのはさっきも見た気がするな。あ、クッキーを食べたときのあの感覚か。二つの異質のものがひとつになっていく。この光景がひょっとしたら僕が望んでいたものなのか?
そうか、そうに違いない。やっと解決の糸口がつかめたぞ。なにも別々のことをどっちかに決める必要はないのか。二つのものを一つにしてしまえばいいんだ。そんな単純なことにどうして今まで気づかなかったんだ。
「明、今度は何か見えたか?」
隆史の言葉で僕は目が覚めた感覚を覚えた。
「どうやら今の反応は何かが見えたようですね」
マスターがにこりと笑ってそう言う。
「わかりました。二つのものを一つにしてしまえばいいんです。そうか、そういうことだったのか」
僕が突然、納得した表情に変わったので周りのみんなは驚いているようだ。だが僕の興奮はやまない。
「さっきみた、二つのものが渦を巻いて一つになっていく様子。これ、クッキーを食べたときに見ていたんだ。そこに気付かなかっただなんて。そうか、僕にもちゃんとシェリー・ブレンドの魔法は効いていたんだ。マスター、マイさん、そして隆史、ありがとう、ありがとう」
「おいおい、明、えらく興奮しているけど。もう少し分かりやすく説明してくれよ。一体何が見えたんだ?」
「渦を巻いて一つにするんだよ」
「だから、何がだよ? ったく、お前の感覚にはついていけねぇなぁ」
「だから答えが出たんだよ。普通になりたいと思っていたけど、別に普通に固執しなくてもいいんだ。変な自分でいいとも思ったけど、そこにこだわらなくてもいいんだ。二つを一つにしちゃえば、それでいいんだよ」
僕の興奮はまだ続いている。それどころか、言葉にすればするほど自分の中の答えが明確になっていくのがわかる。
「明さん、何かに気づいたみたいですね。よかったらもう少し詳しく話を聞かせてもらえませんか?」
マイさんの言葉でようやく我に返った。
「はい、僕の悩みが解決したんです」
「悩み悩みって言ってるけどよ、そもそもお前はどんなことで悩んでいたんだよ。それをまだ聞いてねぇんだけど」
「えっ、まだ言ってなかったっけ?」
そういえば、僕の悩みをまだ人に伝えた記憶がなかった。自分の中ではもうみんな知っているものだと思って会話をしていた。
「だいたいだな、お前は順序がいつも逆なんだよ。ちゃんと内容を説明してから始めようぜ。で、お前の悩みってなんなんだよ?」
隆史はちょっと呆れ顔で僕にそう言う。
「僕の悩みはだな、あ、言って笑わないでくださいよ」
僕は真顔でみんなにそう忠告した。みんなは僕の方を向いて首を立てに振る。それを確認して、あらためて僕はみんなの方を向いて話を始めた。
「そもそも事の起こりは妻の一言だったんだ。あなた、紅茶とコーヒー、どっちにしますかって」
「まさか、紅茶とコーヒー、どっちにするかでずっと悩んでいたんじゃないだろうな?」
隆史は一瞬呆れ顔をした。
「まさか、さすがにそんなことで何日もずっと悩みはしないよ。そのときは紅茶の気分だったから、紅茶をお願いしたんだ。そしたら次にこう聞いてきた。レモンとミルク、どっちにしますかって」
「で、明はその時はなんて答えたんだ?」
「そこで考えたんだよ。僕ってこうやって人から提示されたことを選択するばかりの人生を送っているんじゃないかって。とくにうちの妻との関係がそうなっているなって。妻は僕にいつもこうやって選択を迫るんだ。晩ご飯はカレーとシチュー、どっちにしますか。子どもの塾のお迎えは私が行きますか、あなたが行きますか。果ては、今夜は早く寝ますか、それとも…」
「わかったわかった、もういい。いずれにしても、明んとこはそうやって奥さんがお前に選択を迫ってくることが多いってことだな。でも、それでなんでお前が悩むんだよ?」
「よく考えてみろよ。僕の人生って、人の選択で生きていることになるんだぞ。僕自身の考えなんてどこにも反映されていないじゃないか。それって僕が生きているってことになるのか?」
場は再びシーンと静まってしまった。
「明、お前って変なところで悩むんだな…不思議なやつだわ」
だから人には言いたくなかったんだよ。だがマスターが僕にこんな質問をしてきた。
「な、なるほど。そういうところで悩んでらしたんですね。しかし、今回シェリー・ブレンドを飲んで解決に至ったんですよね? どういう結論なのか、詳しく教えてもらえませんか?」
「はい。ここに来る前までは、自分の判断で生きるのか、それとも他人が提示したもの、もっと詳しく言えば妻が提示した選択肢で生きるほうがいいのか。そこに悩んでいました。でも、二つをミックスしてしまえばいいんですね。時と場合によって、自分で判断してもいいし妻が提示したもので考えてもいいし。なんだ、こんな単純なことにどうして今まで気づかなかったんだ」
僕は自分の言葉にさらに納得感を覚えた。
「おい、明。お前、本当にそれで今までずっと悩んでたのか。お前の出した答えって、なんかとても当たり前のように思えるんだけど。やっぱお前、変だわ」
隆史はポカンと口を開けてそう言う。
「いや、それはとても大事なことに気づいたと思いますよ。私たちって、つい人が提示した答えにのってしまいがちですから。その方が楽なんですよ。責任を負わなくていいんですからね」
マスターがすかさずこう言ってくれた。だろう、その通りだよ。マスターはさらに言葉を続けた。
「だからこそ、相手に自由に答えさせるような質問をするといいでしょうね。コーヒーにしますか、紅茶にしますかっていう質問も答えやすいですが。単純になにかお飲みになりますか、でもいいんです」
なるほど、そうすれば自分の意志で考えることはできるのか。今までそんな単純なことに気付かなかっただなんて。
「マスター、ありがとうございます。なんだか気持ちが楽になりましたよ。隆史、やっぱお前じゃだめだな」
「おいおい、そんな言い方はねぇだろう。この店を紹介したのはオレなんだし」
隆史はそう言いながらも顔が笑っている。僕も本心からそう思ったわけではない。隆史には感謝している。
「さて、問題も解決したことだし。明日からはがんばっていけるぞ!」
僕は大きくノビをして、新たな気持に切り替えた。うん、二つの答えをうまくミックスすれば何事もうまくいきそうだ。この考え方は、この先の僕の人生を大きく飛躍させてくれることになった。
カフェ・シェリーを出て、早速その問題にぶち当たった。
「そういえば妻から買い物を頼まれていたんだった。でも本屋にも行きたいし…」
前の僕だったら、間違いなく妻の買い物を優先していた。が、自分の意志も反映していいんだ。そこでミックスして出た答えはこれ。
「せっかく街に出てるんだから、買い物をさっさと済ませて本屋に足を運ぶか」
そんな単純なことが今まで出来ていなかっただなんて。自分でもあきれるな。
カフェ・シェリーに行って以来、僕の生活は大きく変わった。いや、周りからみると僕の人格が大きく変わったように見えるらしい。まず一番驚いたのは妻。
「あなた、紅茶とコーヒーどっちにします?」
そう選択を迫る妻にはこう答えるようになった。
「紅茶かコーヒー、どっちかじゃないといけないのか?」
「いえ、そういうわけじゃありませんが」
「では日本茶をもらおう」
「あ、はい、日本茶ですね。あなた、今まではそんなに自分の意見を言う人じゃなかったのに」
どうやら妻は、私が自分の意見を言わないからわざわざ二択を用意していたらしい。僕は妻が二択で迫るから、どちらかしか答えなかったのだが。
しかし、自由に意見が言えるっていいものだ。会社でも同じようなことで意見を迫られたときに、自分の意見で返すようになった。
「来生くん、この件はミカサ商事がいいか、それともサワタニ商事がいいか、どう思う?」
そんな選択を迫られたときに、私は即座に頭の中でミックスしてこう答えた。
「値段ならミカサ商事ですが、アフターサービスはサワタニ商事です。私はどうせならイイボシ商事にその両方を迫ってみるのがいいかと思います」
私の答えに部長は目を丸くしていた。それ以降、私は第三の答えを出すことが楽しくて仕方ない。相手の選択だけで考えなくていいんだ。自分の考えを押し付けなくていいんだ。両方をミックスしたいいアイデアを出す。こんな方法があったんだ、ということがとてもうれしい。
だが、未だに解決できないことがひとつだけある。それがこれ。
「こんにちは」
「あ、明さんいらっしゃい。今日もチャレンジしますか?」
「はい、シェリー・ブレンドをお願いします」
あれから事あるごとに、カフェ・シェリーに通ってはシェリー・ブレンドを飲む。そして味を確認。
「うん、今日も普通の味だなぁ」
「明さん、まだまだ普通の人になっていないってことですね」
どうやら僕の普通の人願望が強いようで。いくらシェリー・ブレンドを飲んでも普通の味しかしない。でも落胆はしていない。これでも魔法は効いているのだから。
今ではこの普通じゃない自分を楽しめる余裕さえ出てきた。そもそも普通って定義は存在しない。
そう思っている。そう思いつつも、普通に憧れる自分がいる。
さて、今度はこの二つをどうミックスさせるのか。これが目下の課題だ。それが解決したとき、きっとシェリー・ブレンドは素敵な世界を見せてくれるのだろうな。
<魔法の効かない男 完>