ウィリアム続編・新たなる魔域 4
ウィリアム続編~新たなる魔域へ
ウィリアムとカタニスは、雨の上がった夕方に来た村長と面会していた。
森に分け入った初日。 二人掛りで結構な量を採った。 帰った夜に、薬草と樹香の一部は引き渡しておいたのだが。 何故か一夜明けて雨も上がった夕方に、村長と他二人の男性が遣って来る。
今、村長と一緒に来た薬師や道具屋の店主などと、ウィリアム、カタニスの両名が引渡しと共に情報交換をして話し込んでいた。
その話は、村長の頼みで貸切と成った酒場の窓側の隅で、随分真剣に行われており。 軽く呑んだり食べたりする一行には、口を差し挟む隙の無い様子だと思えた程だ。
薬草などは、村や町の薬師。 若しくは、道具屋などが乾燥や抽出を行う事が多い。 狩人などは、草を最低限度の処理だけして売るが、大きな街に運び込まれる形はそれぞれである。
何が話の中心かと云うと、薬師と道具屋などの主が、自分達も同行したいというのである。 生じ有能な冒険者が来たので、此処で護衛を買って貰い。 余分に採取をしたいと云うのだ。
だが、散策初日で、危険が多い事を証明された森である。 ウィリアムやカタニスも、無責任に引き受ける訳には行かない。
斡旋所へ仕事を通して、キチンとした段取りを踏んで欲しいと云うウィリアムやカタニスに対し。 スケベ心と云うか、便乗しようと熱心な薬師や道具屋側。 両者を取り成し、村の現状を伝える村長と云う構図である。
アクトルやリネットの注文したビアを届けに来た女将は、呆れた顔で離れたその様子を見て。
「全く・・どうしても懲りない連中だよ」
大きなグラスを持つアクトルは、女将の言葉に不穏な気配を感じ。
「どうゆう意味だ?」
溜め息を出した女将は、話し合いを見ながら。
「先月に来た冒険者達は、あの薬師や道具屋の勧誘を引き受けたのさ。 でも、どうやら森の中でモンスターとの戦いに成った時、冒険者達の形勢が不利に成ったと見えたのか。 ・・恥ずかしい話、真っ先に逃げ出したのはアイツ等なんだよ」
この話にリネットは、聞き捨てならないと。
「見捨てたって訳?」
頷く女将は、薄汚い輩を見る目で。
「逃げた若いのに聞いたけどね。 あの二人、冒険者のリーダーが言う事聞かずに勝手に騒いで、挙句の果てに見捨てて来たらしいよ。 チャッカリ薬草は、幾らか持って来たらしいしね」
スティールの顔が、少し冷たいものに変わり。
「なぁんだ・・。 村の為に頑張って損した気分だな」
女将は、スティールを見て。
「でも、あの粘る二人は、元からの村の者じゃないんだよ」
と。
ワインを舐めていたロイムは、
「違うのぉ~?」
と、驚いた。
「そうさ。 あの二人は、元々村を出て行った家族の子供とかでね。 首都の方で成功した商人の手先として、薬なんかの原料確保に来てるんだよ。 表向きは、村の発展の為とか言って住み着いたケド。 村長や村の有力者に金をばら撒いて、狩人から薬草なんかを多く仕入れてる。 正直、あの二人が来てから、薬の値段そのものが上がった。 村のモンとしては、出て行って欲しいのが本音だと思わ」
アクトルは、ウィリアムに食い下がる男二人を見てから。
「しかし、村長もそんなのに弱いのか。 どうしようもないな」
と、漏らす。 自分の父親の影響も在る故、筋を通さない者はいけ好かないと思えてしまうアクトルだ。
女将は、一応頷きはしたものの、少し黙ってから。
「・・。 でも、しょうがない。 村長の娘って体調が優れなくて、虚弱なままにもう30過ぎた。 高い原料の薬を、あの二人から安く手に入れてるから・・。 頼まれれば、嫌とは言えないんだろうね」
マラザーフは、自分の奥さんの事が在る手前に、何も言えない気分に成る。
アクトルは、スティールに。
「おい、女だぞ」
と、言うのだが。
醒めたスティールは、ワインを飲んでから。
「・・。 関係無いね。 その村長か、娘の頼みならイイが。 そんな金の亡者みたいなヤツ等のダシに使われるのは、正直気に入らねぇ」
リネットも。
「同じだな」
黙っていたラングドンは、薬師と道具屋の声が荒く成り。 罵る様に成ったのを聞くと、
「困った輩達だ・・。 己達で解決出来もしないクセに、若い者を相手に喚きよる」
スティールは、去ろうとした女将に。
「ちょい」
と、呼び止め。 振り返った女将へ。
「処で、元々から村に居る薬師や道具屋は?」
振り返って、この質問を受けた女将の顔ゆきは頗る悪く。
「廃業寸前・・。 森に入れない上に、交渉権を村長経由であの二人に奪われた。 殆ど薬草なんかを回して貰えないみたいよ」
スティールは、むず痒い思いのままに怒って顔を歪め。
「死ね・・。 ゴミ屑がよ」
と、漏らす。
クローリアは、言葉が過ぎると思い。
「スティールさん、それは・・」
「・・・」
スティールは、クローリアから視線を外した。
アクトルは、今更ながらに。
「なぁ~んか、あの斡旋所の主が大形にウィリアムを頼った理由が、此処に来て見えてきたなぁ~。 確かに、こんな様子じゃ~普通のチームを幾ら回してもキリ無ぇ」
聞えてくるウィリアムの語りは、冷静で淡々としていた。 もう、薬師と道具屋の魂胆を見抜いているのだろう。 やや怒り気味のカタニスに比べ、完全に冷め切っている。
ウィリアムは、物別れでも構わないと。
「責任の持てない事は、お断り致します。 それから、森の現状などの情報も求める斡旋所の要望も在るので。 この村での出来事は、全て報告させて貰います。 正直、噂の操作など無理ですよ。 情報が食い違えば、斡旋所は本腰で調査するでしょうから」
睨む様な顔の初老の薬師と、小太りな中年の道具屋。
項垂れて居るのは、村長である。
先に席を立ったのは、薬師と道具屋の二人。
白いものが混じる短髪の薬師は、
「村長っ、村で金を出して、もっと有能な冒険者を雇えっ!! こんな腰抜けなどっ、使い物に成らんわいっ!!!」
と、罵り。
道具屋の男も。
「そうだそうだっ!! 中央に訴えて、村長の交代をして貰おうかっ?! この非常時に、村の者より冒険者が偉そうで、村長が何も言えないなど恥ずかしい限りだっ!!!」
と、偉そうに。
ウィリアムは、涼しい顔色で前を見ながら。
「何処の村でも、高額の金を請求される冒険者への依頼は、村の長である方が決めます。 言葉尻を聞いても、村人の視線を見ても、余所者の様な貴方方には、そんな偉そうな事を言う筋合いは有りませんよ」
出て行こうとした薬師と立っていた道具屋が、この一言でウィリアムに睨みを向けた。
ウィリアムは、暗殺者の技能を修得する上で、殺気などを感知するのはお手の物。 顔を微動だにせず。
「その様に殺気を向けられても、困ります。 斡旋所に戻った際、貴方方と繋がりの深い薬屋や商人に抗議しましょうかね。 今回の依頼は、一人二人の依頼では無く。 街の大店の集まりからですから。 勝手に村で薬や原料を独占しようとする行為が行われているなら、物議は避けられないので?」
ウィリアムを睨んだ二人は、顔色を曇らせた。 自分達の行為が中央に伝われば、前面で非難を浴びるのは元締めの大店である。
ウィリアムは、最後に。
「しゃしゃり出るのも、周りを見てやりませんとね。 それこそ、本当に薬の需要が逼迫した緊急時なら、物議ぐらいでは済みませんよ」
と、一撃を突き入れる。
二人は、何も言えず憤慨を溜め込むしか無かった様だ。
スティールは、その様子を横目に。
「酒の肴に最高だね。 アイツの毒舌は、歯切れがイイ」
アクトルも。
「全くだ」
リネットは、狡猾で口の上手い者は嫌いな方なのだが。
「うむ」
と。
さて。
二人が外に出て、一人に成った村長は、改めてウィリアムに誰かの同行を頼むのだが・・。
ウィリアムは、あくまでも冷静に現状を分析し。
「村長さん。 我々も、その依頼を請けたいのは山々です。 ですが、あの様な村を掻き回す方々が居る中で、その依頼を安請け合いは出来ません。 何より、村長さんを信用出来ても、村人の全員を信用出来ないからです。 この一つの出来事で、村の方に死人でも出たら・・。 村長さんの地位をも危ぶませます」
村長は、老いた顔を俯かせ。 ウィリアムの話に頷いた。
「ま、出来る範囲内で薬草などは持ち帰ります。 依頼は、それでも十分かと。 あの彼等の言い成りになる意味が、村長さんに何か在るんでしょうが。 それが本当の意味で、為に成っているのか疑わしいですよ」
と、ウィリアムは突き付ける。
ウィリアムの言い方は、確かに厳しい。
スティールは、
「でた」
と、首を竦める。
マラザーフは、顔を曇らせ。
「アレはないダス」
リネットも、どっちつかずである。
村長は、娘の病気の事を話すと・・。
「あ~、それは“子不幸”ですね」
と、ウィリアムは言い切った。
黙る村長に、ウィリアムは続け。
「愛する親心でしょうが、それならしっかりと街で医師に診て貰うべきですね。 “診て貰った”だけでは、解決しませんよ。 子供さんの心が真っ当なら、父親が自分の御蔭で村の治世に手心を加えてるなんて・・耐えられないんじゃありませんか?」
村長は、返す言葉が無く。
ウィリアムは、涼しい眼で村長を見て。
「もし、あの二人の事を念頭に置いて、更にモンスターの事で村人全体が貴方の村長を疑問に思う様に成ったとしたら。 最終的にその全ての事は、心配や心労として娘さんにも圧し掛かりますよ。 恐らく、今の現状を娘さんに相談されて無い・・。 違いますか?」
村長は、小さく頷く。
ウィリアムは、吹き抜ける天井を仰ぎ。
「親の気持ちは、それで構わないでしょう・・。 でも、あの帰った二人にしては、それは利用の価値を値踏みしての品物でしか無い。 それに価値が無くなったら、アッサリ捨てられるでしょうね。 そして、今さっきに」
“村長を変える”
「だの言う。 もう、村長の貴方より上に立った気分で居る言い回しです。 村長さんの娘さんに、どれほど重要性を持って見ていらっしゃるのか・・。 切られるか・・、決断をするか。 いずれ、村長さんか、向こうかがその選択を迫られる時期が来ますよ。 モンスターが居なくなるまで、村には脅威が迫ったままなのですから。 その選択の結果が最悪の場合、村長さんの娘さんは・・・どうなりますかね?」
老いた村長の一人娘は、歳が行ってから出来た末っ子である。 その娘に村長が父親として注ぐ愛情がどれほどか・・。 それは、親でなければ解らないだろう。
席を立つ村長は、
“考えてみます”
と、ウィリアムに言う。
ウィリアムも、また。
「責任の持てる事は、全力でやらさせて頂きます。 森の捜索中は、常に薬草の採取は出来る限り。 他、相談が在るなら聞きます。 貴方は、一人では無いハズだ。 村人や、少数の兵士も預けられている。 もっと、周りを信用してイイと思いますよ」
と、付け加えたのだった。
村長は、深深とウィリアムに頭を下げて出て行く。
皆の居る席に戻ったウィリアムは、仲間それぞれから気持ちに沿った視線を向けられる。
リネットやマラザーフからは、あまり気分の良くない視線を向けられるし。
ロイムやクローリアやカタニスは、困った視線である。
しかし、ラングドン、スティール、アクトルは、平静の視線で。
スティールが、座ったウィリアムに水を注いでやりながら。
「ウィリアム。 あの村長、あんましもう長くないんでないの?」
貸切状態で、近場に居た女将が顔色を変えた。
だが・・、ウィリアムは淡々としていて。
「でしょうね。 今回、我々は大店の集まりから依頼を請けたので良かったですが。 もし、あの怒鳴った二人と繋がりの在る方のみの依頼であったら・・。 村長さんに強引にでも我々へ仕事を押し付けさせるか、出来なければ村長さんを脅すぐらいの事をしたと思います。 村長さんの横暴が目立ってくれば、いずれは中央の役人が来ますね。 村長さんの立場は、我々に関係無くこれからは苦しく成りますよ。 あの二人の言い成りに成ってるとね・・」
アクトルは、手拭きの布をウィリアムに差し出すと。
「お前、それが解ってるから断ったのか?」
チャレンジャーとして、斡旋所の回す依頼は全て請ける気のウィリアムなれど。 依頼に成らないものは、別である。 いや・・それ以上に。
「えぇ。 あの二人の我儘の増長を許せば、村長さんにどんな事を言い出すか解りませんからね。 彼らには、村長さんは権力を持つ傀儡・・。 その癒着が大っぴらになってしまえば、村に派遣された役人か。 村の人から密告されますよ。 そうなったら・・、村長さんも、病気の娘さんも終わりッスよ」
ラングドンは、その意味が解る。 重々しく。
「早い判断が求められるのぉ・・。 前回の冒険者達の犠牲が有って、今回の依頼における冒険者の腕を吟味する選別が行われた。 このまま我々が、あの村長をいい様にしようとする二人の言い成りを請けたとして。 万が一にと云うか・・もしもの事に成れば、次からは斡旋所も依頼自体の受付を渋るであろうし。 村の現状の調査も行われるかも知れん。 そうなれば、村長殿はもう首も回せない状態に成ろうし。 あの二人などは、真っ先に逃げ出すわい。 残される病気の娘は・・どうなるやらな~」
スティールは、ワインを呷ってから。
「いっつも犠牲は弱いヤツ。 偉そうに牛耳って醜く足掻くのは、金持ちや権力持ったヤツ。 見苦しい世の中だ~こりゃ」
淡々と頷くウィリアムは、静かに食事へ動きながら。
「とにかく、今回の仕事を成功させるに限ります。 採取量が多ければ、中央の店も催促を緩めるでしょう。 原料が足りなくなる一時を凌げば、他の村からも原料などは運ばれるでしょうしね。 足りない分は、後からでも他のチームがそれぞれに仕事を請け回れば、森に潜むモンスターを討伐したりして、現状が良くなるかも知れませんし」
リネットは、ウィリアムのその言い方が気に入らず。
「随分と楽観視だな。 その保障が何処に在るんだ?」
と、強い視線を向けるも。
スティールは、ワインをグラスに注ぎながら。
「リネット、俺達はただの冒険者だ。 権力を持ってる訳でも無いのに、そんな先をどうしようも出来ねぇ~ってよ」
野菜をバリバリと食べたアクトルも。
「・・そうだ。 もし、村長以外の誰かがこの現状を密告したら、一番苦しい立場に立たされるのは、病気の娘を抱えた村長自身だろう。 俺は、病気の娘を抱えた村長を、これ以上追い詰める事などしたくないゼ」
漸くリネットは、ウィリアムがそこまで解っててあんなキツい言い方をしていたのかと解り。
「リーダー・・、アンタ・・そこまで解ったから、あんな言い方をしてたのか?」
スティールは、親指でウィリアムを指し示し。
「ウチのリーダーは、その辺の読みの深さはタダ者じゃないぜ?」
アクトルも。
「そうだ。 でないなら、前に色々請けたあんなこんがらがった事件を解決出来ない。 ま、口は少しキツいがな」
リネットやラングドン達は、少しづつウィリアム達チームの実力を理解し始めた。
★
次の日
朝に食事をしに酒場へ向かうと、何時もの様に客が入れられていた。
席に座るウィリアムに、村人が近づき。
「薬草アリガトよ。 ウチのババァの薬が間に合った」
だの。
「痛み止め、ありがとうね。 ウチの旦那、モンスターに怪我させられて困ってたの」
だの。
スティールが奥様に言い寄るのは、クローリアとロイムにて阻止されたが。
「なぁ。 村長の助けもしてくれよ。 悪い人じゃないんだ」
と、言うのには、チームの誰もが何も言えなかった。
ウィリアムは、自分達を乗せて来た馬車の御者二人に樹香の管理を任せた。 何せ、あの薬師と道具屋の二人は、持ち帰る予定の樹香まで狙っているフシが見られたからだ。
さて。
今日からは、森林峡谷へと向かう事を前提とした。 向かうだけで一日は必要だ。 予定では、帰りを含めて4日を目標にする。
また西側の川原を上り、上流を目指す。
途中では、またカニのモンスターの群れに襲われたが、マラザーフとリネットが薄い切り傷を作るぐらいで。 問題も無く峡谷入り口に在る洞窟へと辿り着いた。
夕方。
深く深く切立った崖を前にする丘の上。 結界が張られた洞窟を休憩の拠点とするのだが・・。
「あ~、蚊に喰われたぁ~。 カイ~」
腕をボリボリと掻くスティールは、洞窟の入り口で虫除けの草を焚くウィリアムに。
「なぁ、薬くれい」
「焚き終わったらあげます。 掻かないで、患部を水布で拭ってキレイに」
「おい~」
同じく、背中を喰われたロイムは、杖を握りながら。
「うぅ~ん・・掻かない・・掻かないぃぃ」
と、我慢している。
一方のアクトルは、カタニスと崖間近から周囲を見回して。
「凄い峡谷と森だな・・。 こんなの初めて見たゼ」
と、感嘆していた。
丘の上の様な場所から、左右に深く切り込み落ちる岩壁を見せる渓谷。 深い谷底に向かうのだが、その谷底へと向かう切立った断崖は、途中途中に突き出すテーブルの様な空中に浮く台地があるのだ。 台地は、空中に浮いた盆栽の様に小さな森を形成し。 風の吹き抜ける谷を彩る。
同じく見るカタニスは、その渓谷を指差し。
「此処は、非常に特徴的な地形だ。 年間を通じて雨が多いのに、この状態で吹き抜ける風が、台地の森の乾燥を速める。 その為、固有と云うか、独特の自然を作り出している」
「なるほどなぁ~」
「モンスターが出てくるまで、一つの景色美を楽しめる名勝にも成っていたんだ。 旅人を狩人などが案内し、副収入も得られていた。 全く、なんでこの奥に、突然モンスターを産む穴が開いたやら・・」
アクトルは、それ以上に気に成る事を思いつき。
「処で、あの台地まではどうやって行くんだ? 一々ロープを使って、上から一ヶ所づつ回るのか?」
「あ、いや。 台地の裏側に成るのだが。 峡谷の内側には、天然の自然洞が縦横無尽に走っている。 観光の名勝でもあったから、手摺代わりのロープや、台地に向かう道標も残る。 それを頼りに行けばいい。 岩の裏側から、所々の台地へと抜けれる」
「モンスターは?」
「小型のものばかり。 寧ろ、谷底の森や、谷の上から左右に茂る森の方が怖いな。 ただ、大型の飛行モンスターだけは、要注意だ」
「ウィリアムは、その事を知っているのか?」
「知っている。 その情報を纏めて追加記述された本を、首都で読んでいた様だ。 それから、怪我をした狩人からもその話を聞いているし。 冒険者に成る以前にも、もっとモンスターの多い頃に森に来た冒険者から、色々と話を聞いていたみたいだな。 正直、驚くほどに緻密な知識を得ている。 現場で、再認識しながら修正するぐらいなんではなかろうか」
アクトルは、どんな知識力だか怖くなる。
(全く、勝てるのは生きてる経験のみってか)
苦笑いしか浮かばないアクトルは、ウィリアムを見ると・・。
「ロイム、此処で背中出しちゃダメだって」
「うぅ~んっ、カユい~っ!」
薬を塗るスティールが、ロイムの後ろに回り。
「手形作るべよ」
「やだぁっ」
と、逃げるロイムが居て。
「二人して、騒がないでよ~」
と、呆れているウィリアムが見える。
観光にでも来ている様な緩さが見られ、
(アイツ・・なんでこのチームがいいのかねぇ)
ウィリアムに付き合いの良さに笑いしか無い。 そうゆう処は、不思議な人物だった。
さて。
「コラっ、手形付けさせろっ!!」
「イ・ヤ・ダっ!!!」
と、追い回すスティールと喚き逃げるロイム。
膏薬を持つウィリアムは、げんなりして。
「日が暮れる前に食事したいんですがね。 ・・騒ぎでモンスター来ますよっ?」
クローリアは、実力行使だとスティールを殴ろうと構えれば・・。
「わっ。 辞めますっ」
と、スティールは逃げる。
みんなの元に戻る足のアクトルは、特にじゃれ合うスティールとロイムを見て。
(此処に来るさっきまでの真剣さは、何処に行った?)
と、思い。 警戒を微かに残した気持ちのままに周りを見る。
すると・・。
「ん?」
峡谷の上、鬱蒼と生い茂る山の森の方から、黒い影が小さく見えていた。 此方に来ている様で、不気味な感じだった。
ロイムの背中に薬を塗り始めたウィリアムへ。
「ウィリアムっ、何か影が来てるっ! モンスターじゃないかっ?」
皆が、一斉にアクトルへと向いた。
「本当かっ?」
「気付かれたかっ?」
「チィっ、もう暗くなるゾっ」
と、アクトルの方に走る面々が居て。
「ヤバ、気付かれた?」
と、スティールが顔を顰め。
「僕の所為じゃないよぉっ」
と、ロイムが困る顔をした。
ウィリアムは、膏薬の詰まった細い筒を仕舞いながら。
「ホラ、面倒になりましたでしょうにっ」
と、アクトルの方へ歩き出す。
夕日が随分と傾く中。 ワサっ・ワサッっと羽ばたく羽音が聞えて来る。
影の集まりを見るウィリアムは、指をロイムに向け。
「ロイムっ、魔法の光を遣ってっ!! 切らさないでねっ」
と。
「わわっ、待ってっ!」
ローブを下ろす前に下着の乱れを直していたロイムは、慌てて杖を拾う。
影しか解らないリネットは、ウィリアムに寄り。
「モンスターかっ?!」
「はい。 夕方に成ると餌を探して飛び回るヤツで、“コウモグラ”だと思います」
「コ・・モグ? ややこしいっ」
「いえ、コウモリの羽根や身体をしたモグラです。 嗅覚は良いのですが、目は光に弱いとか」
と、正しい説明をしたウィリアムは、此処で皆に。
「魔法使いは、ロイムの周りに。 他の皆さんは、自由に撃墜してくださいっ。 洞窟の前では無く、此処の丘の上で退治して下さいよっ!! 強い臭いを、寝泊りする洞窟の前に残さない様にっ」
コウモリらしき大きな影を確認するマラザーフは、
「守りはイイダスかぁっ?!」
「はいっ、俺とカタニスさんで十分ですっ!」
「解ったダスっ」
そこで、ロイムは杖を持って念じ。 パァーっと明るい光を杖先から放つ。
光によって、遣って来るモンスターの顔が見えた。
剣を引き抜いたスティールは、キザキザの牙を生やした大型犬の頭をした様なモグラが、膜の様なコウモリの羽を羽ばたかせて遣って来るのが見える。
「おいおい、こんなブキミンなモンスター有りか?」
戦斧を構えるアクトルは、面倒そうな相手だと思いながら。
「見て、目の前に居るんだから“有り”だろう。 お前、呼び寄せたんだから気張れよ」
それに、リネットも乗じて。
「本当だっ、一人で相手をしろっ」
と、スピアの真ん中を回し、長さを変える。
前髪を弄るスティールは、
「女の相手がしたい気分・・・って、来ちゃったし」
と、頭上間近に迫ったモンスターを見る。
バサバサと羽音を立てるモンスターは、結構大きい。 羽根を広げた横の長さは、アクトルが両手を広げた幅に匹敵する。 体は平べったく、潰れた楕円の様だが。 羽根は広い。
その数、20前後。 数頭づつ、群れて遣って来た。
後方に下がり、ロイムの周りに集まった魔法使いの面々と、ウィリアム、カタニス。
カタニスは、ウィリアムへ。
「後方支援か?」
「えぇ。 薄暗い中で相手が飛行していますが、羽根を破れるなら射抜いて下さい」
「解った」
ラングドンも。
「ワシもか?」
ウィリアムは、辺りに警戒を配りながら。
「いえ。 こうなると、戦う事で別のモンスターを呼び寄せる可能性が強いので。 我々は、背後の森を警戒しないと。 挟み撃ちにされては、困ります」
「なるほど」
ウィリアムは、ロイムの生み出した魔法の光で、狙いを上手く定められないコウモグラを見ながら。
「魔法の支援は、恐らく要らないでしょう。 ラングドンさんの魔法は強力ですので、ロイムが手を塞がれる今は、集まる他のモンスターを排除する一撃に」
言われたラングドンは、ウィリアムの状況判断の速さと正確さに、
(なるほど、魔法で守りを固めるか。 ワシの魔法の音で、居場所を知らせる真似は良い事では無い。 仕方ないと云う処まで、戦いの騒ぎを小さくしたい訳か)
と、思う。 一気に倒せる数でも無い上、自然魔法は音が大きい。 ウィリアムは、その辺の長短も考えている様だ。
「はっ、そらそらっ!!」
リネットがスピアの届く範囲に降りて来るモンスターを突き刺す。 アクトルは、柄の長さを生かした斬り上げなどを見舞い。 落ちたモンスターに止めを入れるスティールやマラザーフ。
其処へ。
ーグギギっ。 グギィイイイっ!!-
高音域の悲鳴を上げ、羽根にカタニスの矢を受けてバランスを崩すモンスターも現れ。
「そぉーれぇっ!」
太く大剣に近いショーテイルの振込みを見舞うマラザーフが、当たったモンスターを重みで地面に落し潰し。
スティールは、矢で羽を破られたモンスターがバランスを崩し。 その飛行能力に衰えを窺わせると解るや。
(羽根を斬り破った方が早いっ)
と、判断。
「リネットっ、羽根だっ。 翼の幕を突き破れっ!!」
と、低い位置に降りて来たモンスターに斬りかかる。
呼び寄せた様なスティールに指図されて、リネットも気が苛立つ。
「解ってっ・るっ!!!」
突き込みをかわされ。 スピアを引かずに、そのまま飛ぶ横のモンスターに叩き付けるリネット。
見る見る数が減る感じで、この戦闘は楽だと見えるのだが。
しかし・・。
ウィリアムは、森の広がる方を見ているウチに・・。
「やっぱり、寄って来たかな」
と、目を細める。
ウィリアムの一言で、ハッと後ろを振り返ったクローリア。 広がる視界は、離れた森まで開けた丘の上のみ。 洞窟の有る一部の岩壁以外は、距離を離して森が目立つ。
急に。 ガサガサっと森の茂みが動いたと思うと・・。
「あ・・」
其処には、ブタの様な醜悪たる顔をした人型の怪物が。
「オーク・・ですか」
確認して云うウィリアムは、ゆっくりとした足取り動き出す。 現れた2体のモンスターと対峙する様にして、クローリアの前に歩み出た。
ラングドンが杖を構え。
「魔法でカタを付けよう」
と、云うと。
ウィリアムは、森の左側を指差し。
「微かですが、向こうから随分と大きい羽ばたきの音が・・。 少しガタイの大きいモンスターかも知れません。 ラングドンさんは、そのモンスターを全力でお願いします」
「だがっ」
と、焦るラングドンへ。
脇を見る様にしたウィリアムは・・。
「たかがオーク2体、俺一人で十分ですよ」
と、前に向き直る。
ーグゲェ。 グゲゲェッー
倒木の一部を割って剥ぎ取った様な棍棒を手にするオーク。 クローリアの匂いを嗅いだ所為か、走れない早歩きの様な姿で向かって来た。
2体のモンスターを向かえるウィリアムは、薄く笑った。
(皆さんの戦いを見てて、血が騒ぎますねぇ・・。 俺も、スキモノですか?)
ウィリアムは、腰のベルトの一部から何かを引き抜いた。 同時に、“カチッ”と、足の具足からも音がした。
「え? ・・何ですの?」
クローリアは、ウィリアムの手にしているモノが解らなかった。
其処に。
ーシギャアアアアアアアアッ!!!!ー
鋭く大きな咆哮が聞えた。
「新手かっ?!」
声の方を見るスティール。
ラングドンは、
「ワシが相手をするっ!!! そのコウモリを寄せるなぁっ!!!!!」
と、杖を手に声の方に走った。
大きな翼から生み出される羽音を響かせて来たのは、長い首と尻尾をした“テイルバウスト”と云う翼竜種だ。 その長さは、長柄のランスに匹敵する尾で、先端は鋭い鉤爪状だ。 広げた翼と体は、“コウモグラ”の5倍以上は有ろうか。 蛇の様に長い首自体でも大蛇の様なのに、顔は列記としたドラゴンの面構えである。
ウィリアムは、オークを目前にして。
「一気に倒して下さいっ。 口から、強酸のミストを吐き出しますっ!!」
ラングドンは、今日がここ一番だと思い。
「おうっ!!! 我が魔法の真髄を見せようっ!!」
と、杖を振り翳し。
「天を流るる風よっ、今こそ我が全身の呼び掛けに応じ給え。 渦を巻くは水だけに非ず。 風こそ、その王者なりっ。 “暴風の狂舞”(トゥルネード・ラプシュデナス)っ!!!!!!!!」
と、大声を張り上げ、天を全身で仰ぐ様に向いた。
すると・・。 ラングドンの前に四方八方から疾走する風が・・、丘の短い草を削る様にして集まり出し。 凄まじい音を上げて伸び上がり、竜巻を形成し出す。
咆哮を上げ、ラングドンの間近へ来ようとしたテイルバウストだが。 急に湧き出す大木の如く高さへと成長を続ける風の強さに、動きを留めた。
「キャっ、す・凄い・・」
直視出来ない程に強く吹く暴風に驚くクローリアは、その巻き上げる草をズタズタに細かくする竜巻を細めた目で見て畏怖すら覚えた。
ーシギャアアアアーーーーッ!!!-
空中で羽ばたき、ラングドンを襲おうとするテイルバウストは、右に回ろうとしたりするのだが。 ラングドンは、ピッタリと相手に風を突きつけ、モンスターを動かさない。 動けないのに、モンスターは焦れる様に咆哮を上げる。
それは、テイルバウストが大きく鎌首を持ち上げ、強酸を吐き出そうとした時。
「来るかぁぁっ?! お前の最後だぞっ!!!!!!」
ラングドンは、杖を大きく前に振りつけた。
テイルバウストが鎌首を前に突き出し、大きく口を開けた処へ、竜巻が突っ込んでくる。 吐き出された黄緑色の霧。 だが、風に霧は巻き取られてしまう上に、その霧を纏った竜巻にテイルバウスト自身も引きずり込まれ始める。
ーシギャアアーーーーっ!! シギャギャアアアアアーーーーーーーーーっ!!!!-
後退する動きも虚しく、風の渦に吸い寄せられ巻き込まれるテイルバウスト。 大暴れをして、尻尾を振り回すのだが・・。
「うぬぬぬ・・・・はぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!!!!」
額に血管を浮き上がらせるほどに唸ったラングドンは、大きく杖を振り上げ、旋回させて高く高く突き上げた。
ラングドンの動きに合わせ、竜巻が渦の回転を変える。 激しく速度を上げて回る真ん中。 テイルバウストの動きを封じる為の様だ。 逆にやや緩慢に緩まった上と下の渦は、ぎゅーーっと幅を狭めてゆくのだった。
間近に居るモンスターを倒しきったアクトルは、その強大な魔法に目を凝らし。
「凄まじいっ、高等魔術かぁっ?」
その威力は、一目瞭然。 骨をへし折る轟音を上げ、テイルバウストの長い尾と、首が複雑に折れ曲がり。 遂には千切れて捥ぎ取られた。
「し・・しぃ・・・仕舞い・じゃぁぁっ!!!!」
何処か苦しみながらもニヤっと笑みも窺わせながら、大声を上げたラングドンの杖は峡谷の方に振られた。 丸で天を流れる風の川と化す魔法は、死んだテイルバウストを峡谷の空中に運んだ。
「うぐ・・・、はぁはぁはぁ・・ん・・はぁはぁ・・・」
魔法が空気に還るのと同時に、ラングドンはガクリと膝を落とした。
「あぁっ、大丈夫ですかっ?!!」
クローリアは、ラングドンを心配して向かう。
オーク2匹を倒したウィリアムは、
(風の大魔術・・、凄い腕してますねぇ)
脇目にラングドンを見て、幅の広い頼れる人物だと思った。
どうも騎龍です^^
ウィリアム続編も折り返しとなります^^
ご愛読、ありがとう御座います^人^