ウィリアム続編・新たなる魔域 3
ウィリアム編
次の日の朝。
宿屋や村長の口利きで厚意に預かった。 昨夜に飲み食いした酒場にて、朝の食事を取る面々である。
只、起きた面々と、起こされた者の顔が、微妙に違っている様だ。
「何で・・ブツブツ」
スティールは、妙な起こされ方をして機嫌が宜しくない。 夢の中で。 可愛い娘と果てしなく壮大な・・(?)恋愛をしていた所で、突然にブレンダが出てきてた。 言い寄られて恐ろしい目に成った直後。 更に、大量のオカマまで、溢れる湯水の如く出現したのである。
実は。 もう起きる頃に成っても全く起きないスティール。 それに怒ったロイムが、スティールの耳際で適当な事を吹き込んでいたのだ。 その所為か、夢には不気味な面々が溢れ、スティールは驚いて飛び起きた。
「何時までも寝てるからだよ」
ま~るで他人事の様に云うロイムの斜め目線。
ジロっと見返したスティール。
「オメェ・・後で覚えてろよ」
睨まれるロイムに、スティールの事を頼んだ本人であるアクトルは、緩く笑って。
「一人でガーガー爆睡してるのが悪い。 お前、揺すっても起きねぇ~から、俺がロイムに相談したんだよ」
カリカリに焼いたパンをガシガシと齧るスティールは、
「ウルヘェっ・・、んぐんっぐっ。 何で選りによってあのオカマ主なんだよっ!! どうせなら子猫ちゃんとか、それクローリアとか、それこそリネットでもイイだろうがぁっ?!」
と、喚く。
下らない話で機嫌の悪くなる一方のリネットは、細めた目をそのままにスティールを睨み。
「まてっ、何で夢にまで登場しなければ成らないんだよっ?! 夢の中で一体何をする気だっ?!」
と。 機嫌が悪い所為か、言葉遣いが女性らしく響く。
そのリネットの横では、無視して食事をするクローリアが居る。
ウィリアムは、なんとも面倒と云う顔をしていて。
「はぁ~、何処に行ってもメンドーな人だ。 いっそ、モンスターのエサにしようかな」
と、呟いた。
やや、せせら笑う様なラングドンは、ウィリアムに向け。
「リーダーとは、かくも面倒なものよの」
と、云えば。
「えぇ。 ま、迷惑の12割は、見て解る通り一人なんですが・・。 面倒見切れないですよ」
カタニスやマラザーフは、朝から元気な面々に苦笑しか無かった。
さて。
斡旋所の依頼内容を聞いて、ウィリアム達の下に村長が来た。 宿代などは面倒見るから、村の分の樹香も欲しいと云うのだ。 ウィリアムとカタニスは、薬草の類などの要求も聞き。 代わりに、怪我人が出たときの運搬に使う馬車や、後で薬が必要な場合には、なるべく安く譲って欲しいと交渉を。 村の村長は、快諾をしてくれた。
食事を終えて、宿に戻った面々。 普段着などの衣服を残す為、宿屋の奥の保管場を借り。 農作業に農民が出払った頃に、カタニスの案内で村の西部を流れる川へと向かった。
森の木々に囲まれる川は、小砂利の敷き詰まった川底なども窺える清らかな水だった。
川のせせらぎを聞くスティールは、川を見て。 自分の膝くらいまでの深さで、30歩どうかと云う川幅をした川から、ず~っと山の方を見る。
「此処から、向こうの森に行くのか?」
カタニスは、川の元へ指を向け。
「そうだ。 この先は、山と森に繋がっている。 昨日のラングドンさんの話を聞くに、水が近ければ魔法も発動させ易いだろう。 飲み水も確保出来るし、怪我をしても直に洗える」
続く様に、ウィリアムも。
「樹香は、樹齢の高い木ほど良質と云われ、適度に湿気が在る方がイイんですよ」
もう、真面目な顔のスティールは、
「おし、んじゃ行こう。 森の中で野営しなきゃならないとしても、初日が肝心だ」
と、中々な事を言う。
ウィリアムは、カタニスと並んで歩き出しながら。
「頼りにしてますよ」
と、スティールに。
「ま、お前の出番が回るまでは、気張る」
スティールも、素直にそう返した。
ロイムやアクトルは、二人の間に見えない握手の様な雰囲気を感じる。 クローリア以外の男性のチーム4人は、それぞれに男同士の信頼が見え隠れする。
ラングドンやマラザーフなどは、それが少し羨ましい様な。
朝に、モンスターの遠吠えが聞えたとの事で。 少し下流に在る砂金や琥珀を取る場は、今日は休みならしい。 村に近いこの場所からでも、警戒は怠る事は出来なかった。
川に沿って歩き出した一行。 大岩から小さい石までが転がる川原。 白い石が多く、上を見上げると伸びた木の枝が庇を作る。 風も爽やかで、良い気候だった。
だが。
川を上流へと上り始めてから、少しして。
「ん?」
大岩が右手に近付いた所で、ウィリアムが足を止める。
スティールも足を止め。
「今、遠くでなんか・・」
と、云うと。
ウィリアムは、スティールの見ている対岸の川向方向とは逆。 自分達が歩いている川沿いの先を見て。
「何か・・気配がします。 少し先の・・大岩の辺り」
ロイムは、杖を握り締めてその方を見る。
「ホントだっ!! ウィリアムっ、岩の裏側になんか居るっ」
ラングドンも、
「随分と気配を消しておるが・・、確かに何か」
その時だ。 ウィリアムは、急にガサガサと蠢く森の一部を指差し。
「対岸の川向からも、何か来てますっ」
スティールは、早くも剣を抜き。 川の所々に突き出た石の上に飛び乗った。
ウィリアムは、対岸へ向かうスティールに。
「なるべく、川にモンスターの死骸を入れないで下さいっ。 村人の飲み水でもありますからっ!」
「おうっ」
スティールは、先制されないように川向の対岸へと移動。
アクトルは、殿のマラザーフに。
「守りを任せる」
と、云ってから。
「俺は、岩の右側に回るから、ウィリアムは左から」
武器すら持たない様子のウィリアムは、直に。
「はい」
と、云って。 カタニスに。
「何時でも射る準備を」
もう、弓を手にし、矢を番えられる体勢に入りつつあるカタニスは、ロイムやラングドン達を庇える間合いに下がった。
そんな中で、リネットだけが。
「おっおいっ」
勝手に何もかもが決まって行く様で、武器も持たないウィリアムが出張る様子に驚く。
そんな様子で慌てるリネットへ、クロ-リアが。
「ウィリアムさんは、大丈夫。 それより、必要なら直に、スティールさんへ加勢出来る用意を。 ロイムさんが、サポートいたします」
リネットがその声に周囲を見れば・・。 ラングドンが、アクトルとウィリアムのどちらも窺えるカタニスの脇に出ていて。 ロイムは、対岸のスティールのサポートに回るべく、杖を握って川岸に近づいていた。
(何だっ?! 命令もされてないのに・・)
リネットは、焦った。
先にモンスターと交戦するのは、スティール。 森の木々が揺れ動く音が近づいて来たと思いきや。
ーシューッ!ー
甲高い声を上げ、枝の上から川沿いに飛び出して来たのは、何と足の長いカニである。 長く黒い鋏を持ち、左の鋏が大きく人を楽々と鋏み込めそうなほど。 黒味がかった丸い形の甲羅は、ヤドカリに近い姿で。 大きな蝸牛の様な目が、頭部からやや斜め上へと突き出ている。
「うひょー、カニかよっ」
と、目を見張るスティールに。 ロイムは、応え。
「森に潜むカニのモンスターだよっ!! 凄く獰猛で、動物の肉が好物なんだっ!!」
片手を上げて了解を示すスティールは、
「ロイムっ、チビって逃げんなよっ」
と、自分に向かって横歩きして走るカニへ向かった。
「一人でっ・・」
と、焦り。 スティールに助太刀しようとしたリネットだったが。 それより早く、ロイムが。
「魔想のチカラよっ、飛礫を生み出せっ!」
と、魔法を唱える。
(コワイけど・・この杖があればっ)
ロイムの杖から、優しき波動の蒼いオーラが満ちる。 かの有名に成る事を拒んだ天才魔法遣いオルロック。 彼の作った杖は、ロイムの心に湧く恐怖心を薄め落ち着きを促す。 ギュっと集中したロイムの生み出した飛礫は、強くしっかり光って具現化されていた。
その頃。 右回りで行くアクトルより、二呼吸先に岩の向こうへ躍り出たウィリアムは、大岩の裏側にギョロリと動く目を見つけ。
「エビナスカムフラだっ」
と、川沿いを更に先へ走った。
ウィリアムの判断は、素晴らしかった。 狙い澄ました動きで、粘液に満たされた長い舌を飛ばすエビナスカムフラ。 ウィリアムの臭いを嗅ぎ、舌を伸ばす用意をしていたのである。 走らなければ、ウィリアムは舌の直撃を受けて居ただろう。
ーシュ!ー
空気を切る音がして、エビナスカムフラの伸ばした舌がウィリアムのわき腹に寸部及ばず、空を突く時。
「ガラ空きだゼっ!!!!」
と、アクトルが戦斧を上段に構えて踏み込んだ。 太陽の光を屈折させる、特殊な液体塗れの身体をしたエビナスカムフラだが。 その毒々しい赤紫色をした舌の色までは、変えられない。 アクトルの振り下ろす戦斧を喰らって、川原の上に落ちた。 更に、止めを入れるアクトル。
対岸では、カニのモンスターの目を斬り飛ばし、長い足を掬いに斬り払うスティールが居て。 足を斬り払われたモンスターは、宙で反転し。 丸い甲羅を川原へと打ち付ける。
「それっ、それっ!!!」
ロイムの飛ばす飛礫を喰らい。 甲羅を砕かれ、目をやられる他のカニのモンスター。
「でかしたーっ!!」
スティールは、壊れた甲羅の下に脈打つ青緑の臓器を発見。 忙しく左右に暴れるカニ、二匹の間を駆け抜け。 そこを断ち斬った。
ーシュシュシュ・・・-
泡を吹き上げ、暴れるカニだったが。 直に動かなくなる。
初戦と云うべき戦いは、余裕の内容だった。
★
再び集まり、川原を歩く一同。
感心した表情のマラザーフは、スティールに。
「いい腕ダス。 素早かったダスな~」
歩くスティールは、ヘラヘラした様子は無く。 やや顔を笑ませ。
「あぁいうモンスターは、俺の相手さ。 でも、甲羅は硬かった。 オッサンがハンマー仕えたら、前に呼んだな」
「あぁ~。 オイの得物は、通常より何倍も太い特注品で、重みと圧力でも殴れるだよ。 次は、周りを見て加勢するダス」
その時。 ラングドンは、斧を見ながらアクトルに。
「見事な腕前。 斧は、魔法の武器の様だな。 一瞬、森と大地のエネルギーが感じられた」
アクトルは、辺りを警戒する上で、斧を担ぎながらの姿。
「みたいだ。 ま、斧は、幽霊やガイコツにも効くからな。 重宝するぜ。 ・・それより、周囲にはモンスターの気配は?」
「いや。 素早い戦いだったからの。 気付いて来ている気配は、今の所は無い」
「そうか・・。 しかし、スゲ~能力だぜ。 舌と目玉以外、倒すまで良く解らなかった」
「うむ。 気付いたリーダーに、感謝かの」
先頭を行くウィリアムへ、カタニスが。
「しかし、よく解ったな」
辺りを見るウィリアムは、
「川のせせらぐ音と違う音が聞えたんですよ。 おそらく、モンスターが攻撃態勢に入る時に出る、一種の威嚇音に近いものかと。 あれが聞えてなかったら、ヤバかったですね」
と、返す。
カタニスは、レンジャーとして森に入る自分ながら。
(敵わないな)
と、思った。 耳の良さ、目の良さ、気配を感じる感性、そしてその全ての情報を素早く判断に繋げる知性。 自分の及ぶ処では無いと思ったカタニス。
一人不満顔は、リネットである。 ムスっとして、喋らない。
雰囲気でそれを察するスティールは、リネットに。
「加勢するタイミングが解らないなら、魔法使いを守る事に徹していいぞ。 誰かが守らないと、敵に有利なこうゆう場所では、本当に危険だ」
「・・・」
それでもリネットは、黙ったままだった。
ウィリアムは、スティールに。
「スティールさん。 ブレンザさんが腕を認めてる人ですから、大丈夫ですよ。 それより、特攻生け贄係なんですから。 喰われる時は、最初でお願いしま~す」
と、云えば。
聞いていたロイムは、スティールを汚い物でも見る顔で見て。
「うわ・・・。 食べたモンスターが、急にスケベに成ったりして」
軽く吹いたアクトルは、
「上手い。 スケベなモンスターか、見てみたいな」
と、感想を追加。
スティールは、笑う皆を見て。
「ゴルァ! 俺は毒かっ?」
と、云うと。
自分のチーム全員が、確実に頷く。
「ガク・・・」
項垂れたスティールだった・・。
が。
少し歩いた所で、ウィリアムとカタニスがまた足を止める。 今度は、奇妙な“カサカサ”と云う音が川原の上から聞えて来る。
アクトルは、斧を構えて。
「何の音だ?」
と、前方へ目を凝らした。
その直後である。
ウィリアムは、川原に黒い紐の様な物が這うのを見つけ。 それが、前方を埋め尽くす様に見えた時。
「あっ! 川原に棲む肉食のハサミムシ“骸這い”だっ」
スティールは、直に前へ出て。
「どうするっ?」
ウィリアムは、水辺に住む“骸這い”だが、水の中を泳げない事を思い出し。
“対岸へっ”
と、言おうとしたのだが。
「ワシの出番じゃ」
と、一足先にラングドンが出た。
集団より3歩ほど前に出たラングドンは、杖を川に向け。
「ふむぅっ・・水の力よっ、我が呼び掛けに応呼せよっ!!」
と、川原に振り戻す。
すると・・。 突然に川の水の一部が伸び上がり。 ラングドンの杖の動きに応じて、川原へと飛び出して来た。
「すごっ」
ロイムが驚く中で。 ラングドンは、杖を振り上げると。
「水よ、蛇の如く伸びて壁となれっ」
飛び出して来た水は、川原に浸み込む事も無く。 川原を横断する様に一線の帯と化した。
「ぬぅっ、はぁっ!!!」
ラングドンが杖を振り回し、前方へ突き出す。 すると、水の帯は、川原を舐める様に転がって行くのだった。
「はーっ、こりゃスゲ~」
スティールも、その魔法には圧巻と云った処。
回転しながら川原を進む水の帯は、すぐそこまで迫ったモンスターの群れを飲み込み始めた。 大人の手の平程の体長をする、ハサミムシのモンスター。 しかし、水に飲み込まれると、その回転する水流の圧力で倒される。 モンスターを次々と飲み込む水の渦。 それを、更にまだ向かってくるモンスターを迎えるが如く、前へと進めたラングドン。 そして、群れて現れたモンスターを全て飲み込みきった処で。
「ほいさっ」
と、水ごと持ち上げた。
「・・・」
静かに見守るウィリアムだが。 この涼しい川原で、ラングドンが汗を顔に掻き始めたのを見逃さず。
(相当に集中する魔法だ・・、中等の応用が混じった魔術かな?)
と、行方を見守り続ける。
空中で球体と成った水。 それを、思い切り川原へ叩き付ける様に、杖を振り下ろしたラングドン。 水流の回転と水圧の御蔭で、肉食ハサミムシのモンスターは、駆逐された。
直後、向かい風を受けたウィリアムは、
「先を急ぎましょう。 モンスターの死骸から、強い匂いが出ています。 下手すると、集まって来たモンスターに囲まれる」
と、皆に云い。 それから、ラングドンへ。
「お疲れ様です。 流石に、素晴らしい威力ですね」
顔に流れる汗を拭うラングドンは、
「いやいや、これしきでは恩返しとは言えまい。 ま、若い者に負けたくないが、少し歳かのぉ。 汗が出たわい」
と、更に腕で頬を拭った。
川原を上がる事、更に。 太陽が昼に差し掛かり。 周囲に気を配りながら、軽く食事を取った一同。
川原の石に座るスティールは、ウィリアムに。
「まだ一つも見つけられないのか?」
大岩に凭れて食事をするウィリアムは、少し離れた森の境を見て。
「まぁ~、薬草の類はチラホラと」
「あぁ。 草は、摘んだ瞬間から鮮度が落ちるんだったか。 んじゃ、帰りだな」
「ですね」
しかし、ウィリアムは、川原を見つめているウチに。
「え? アレ・・なんでしょう?」
と、遠くを指差す。
「モンスターかっ?!」
鋭く声を上げて立ち上がるスティールや、リネット。
目の良いウィリアムは、スティールに。
「ホラ・・歩いている様に見えますよ」
「あぁ・・、みたいだが・・人か?」
「さぁ・・」
と、ウィリアムは首を傾げ。 川岸まで歩いて行く途中で。
「うわっ・・黄色い肌してる」
と、見えてきた事を言った瞬間。
「それはブッカーだっ!!」
と、カタニスが弓を手に遣って来る。
ウィリアムは、初めて聞く名前に。
「モンスターですか?」
と、聞き返しながら、モンスターを見る方に気が向いてしまった。
急いで矢を取り、番えるカタニスは、
「魔界の住人の亜種らしい。 混血小鬼と呼ばれる種族だとかっ」
と、矢の射程範囲に入った処で放った。
ーオッ・・オッ・・-
変な息を吐く声を出しながら遣って来たのは、本当に黄色い肌をした人型の生き物である。 みすぼらしい髪をしながらも、頭には数本の棘の様な角が生えている。 筋肉質の裸姿で、口には収まり切らない犬歯の様な牙が、上下に食み出ていた。
カタニスの放った矢は、緩い放物線を描いて。 “ブッカー”と云う、遣って来た人型の亜人の顔に命中する。
ーハゴォォっ!!!-
二匹来たウチの先頭に命中し、黒ずんだ血らしきものを流して蹲る一匹。
だが、もう一匹は一気に走り出し、対岸の向かいに遣って来た。
「うわぁっ! 顔は人じゃないよぉぉっ!!」
と、驚いてマラザーフの後ろに逃げるロイム。
ギラギラと燃える様な狂気の目は、モンスター特有と云うべきか、共通のもので。 カタニスが放つ二の矢を、何と自分の腕で庇い。 腕に矢が刺さったままに成りながら、川原に落ちている拳大の石くれを掴む。
ーオオッー
そしてなんと、カタニス目掛けて石を正確に投げて来た。
「なっわっ!」
驚いたのは、矢を取り出したカタニスで。 屈んで何とか避けたのだが、その投げられた速さは、早い。
ウィリアムは、直に。
「気を付けてっ」
と、云いながら、深みの在る川に足場が見つからないので困る。
ロイムが杖を側め。
「こんなモンスターも居るのぉぉぉ?」
と、云うと。
「魔想のチカラよっ、無数のダガーを生めぇ!!」
と、十数本の半透明なダガーを生み出し。 パッとマラザーフの影から躍り出て、石を投げて来るブッカーに飛ばした。
全身に魔法のダガーを受け、それが弾けて衝撃波を生む。 けたたましい絶命を上げた対岸のブッカーは、ロイムの魔法で崩れたものの。
「おいっ、蹲ってたのが逃げるぞっ」
と、ラングドンが云う通り。 最初にカタニスの顔に矢を受けたブッカーは、目の前の森の中へと飛び込んで行く。
石を避けた面々の中でも、最初に見つけたウィリアムは、驚きと呆れを顔に滲ませ。
「あんなのも居るのか・・。 初めて聞いたモンスターって・・興味が湧きますねぇ」
アクトルに守られたクローリアは、そんなウィリアムに。
「観察なんてしないで下さいまし・・。 はぁ・・怖かった」
と、やや非難を示す。
カタニスは、周囲の安否を確かめながら。
「以前に聞いたのだが。 別の冒険者の学者に因ると、最近生まれた新しいモンスターらしいと、な」
聞いたウィリアムは、深く考え込み。
「なるほど・・なるほど・・・」
興味が先行していると見受けられるウィリアムに、ロイムは近寄って。
「人でも、もっと警戒しようよぉぉ~。 ウィリアムが一番警戒無かったよっ?」
だが。 ウィリアムは面を上げると。
「もしかして・・。 此処には、オークやゴブリンなどの悪魔や鬼の住人が、極めて少数に孤立して住み着いているのではないでしょうか。 人を攫うだけの数が無いので、似たり寄ったりのモンスター同士が、交配を・・」
学者でも、好奇心や知的欲が強過ぎるのも考え物であろうか。 ウィリアムの様子に、スティールは笑って頷くと。
「お前、モンスターの集落なんかみっけたら、先ず観察しそうだな。 倒すとか、駆逐するより」
皆の呆れた視線を見返したウィリアムは、
「・・・かも」
と、苦笑いでそう言った。
★
さて。
昼を過ぎて。 夏の長い陽が、まだまだ傾かない昼下がり。
警戒した様子の一行は、川原から森の中へと踏み込み始めていた。 草も生い茂らない、暗く湿気の篭った森の中。 煩く蚊が近寄ってきて、しっかり塗った筈の虫除けの薬も、汗で肌から剥がされる。 風が吹き込めない森の中は、様々な木々が鬱蒼としていた。
モンスターに警戒する皆の中、ウィリアムが。
「有りましたね。 樹香です」
と、太い木の上を指差した。
濁った黄色の樹液が、枝の付け根の部分に固まっているのを見たスティール。
「あれか」
真っ直ぐに伸びる白い樹皮の木で、樹香の見える所までは上らなければならない。
アクトルが上を見上げ。
「結構高いなぁ」
だが、細工をしたロープを取り出すウィリアムは、涼しい顔で。
「直に終わります」
と、ロープを別の枝に投げた。
「上手いな」
カタニスは、一回で絡めるウィリアムを褒めたが。
ウィリアムは、軽く手を上げるだけ。 直に木を上り出す。
ラングドンは、その身の軽さを見て。
「なるほど、確かに身の動きに無駄が無い。 逃げ足に自信が在るのも、頷けるわえ」
と、感心する。
ロイムと見合うスティールは、互いに笑っていた。
さて、ウィリアムが木の上に上ると・・。
「この高さからだと、樹香の位置が解ります。 皆さん前。 この木を越えて、進行方向二つ目の白い木の下まで移動して下さい」
と、ウィリアムは作業に入る。
マラザーフは、ウィリアムがナイフを取り出したのを見て。
「ほえ~。 そんなに硬い物なんダスか?」
同じく見上げていたリネットが。
「ではないか?」
と、素っ気無く返すのに対し、カタニスが。
「樹香とは、樹液の固まった物が何年も水分を含んだり乾燥したりして、その純度を増しながら凝固した一部分を指すのだ。 一々樹液の固まりをそのまま取っては、重くて持ち帰れる量は少ない。 彼は、その必要な部分だけを削り取る気なのだ。 さ、確かに向こうの木のほうが周囲が開けて見易そうだ。 彼の云う通り、周囲を警戒し易い所へ行こう」
と、説明をしてくれる。
ロイムは、感心した様子で。
「ウィリアムって、凄いよねぇ~。 何で、ボクやスティールさんなんかを、チームに入れてくれてるんだか・・。 もっと優秀な仲間を集めてもイイのにね」
と、歩き出す。
すると。 スティールは、格好をつけた顔で。
「それは、俺とロイムがセクシ~だからさ。 アイツは腕だけで無く、人間の価値を解るオトコなのよ」
引き攣る笑みを浮かべたクローリアは、ズバリ。
「スティールさん・・価値が在りますの?」
歩き出した一歩目で固まるスティール。
アクトルは、歩き出しながら。
「その理論から行くと、ロイムは別にしても。 お前に対しては、目利きが節穴って事の証明にしか成らん気がする。 義兄弟として、ガキの頃から一緒に居る俺は、お前の価値の重さを感じた事ないぞ」
スティールの前を通り過ぎるリネットは、只。
「バカ」
と。
涙が出そうなスティールは、
(ウィリアムぅぅ~、早く返って来てぇぇぇ・・)
と、願った。
木の上に上がったウィリアムは、拳の様に丸い樹液の固まりを削り。 下方に白く固まった樹香を削り取って。
(次に行きますか)
と、太い枝の上を歩いては、ヒョイっと次の枝へと飛び移る。
その音を聞き、上を見る皆。
少し開けた場所に着いた一行だが。 ウィリアムを見ないのは、アクトルとスティールのみで。
アクトルが。
「なぁ~んか不気味だ。 ウィリアムより、周りに注意した方がイイぜ」
と、云えば。
「あぁ。 奥に入ると、なんか腐臭に似たカビ臭さないか? 気味悪いゼ」
と、スティールも。
ウィリアムも、木の上で次の樹香を採ろうとしていると。
(あれ?)
次に向かう木だけを確認したつもりだったのだが、何か違和感を感じた。 それが何かは解らなかったが、景色が変わって見えたのだ。 大きな変化では無かった。 だが、何かが違って・・。
その時。
アクトルは、スティールの前方の木を見て。
「スティール・・」
「ん?」
「その木・・・もっと遠くじゃなかったか?」
言われて木を注視するスティールは、周囲と何か雰囲気の違う黒っぽい木に。
「・・なんか、近い・・」
と、下を見た。 すると、7・8歩先の木の根が、上に浮いて地面を這う様に動いていた。
「ヤベっ!! こいつモンスターかっ?!」
驚くスティールが剣を引き抜くのに合わせ、マラザーフが前に踏み出し。
「魔術師わぁ太い木にっ」
と。
狭い範囲内だ、乱戦は必至である。 魔法遣いは、魔法の遣い処が難しい局面であった。
アクトルは、カタニスの前に踏み出し。
「皆を頼むっ」
と、不自然に垂れ下がって来た枝を斬り上げる。 スッパリと枝が斬られた直後、その木はグルリと向きを変えた。
「わっ!!!」
思わずの反射的に声を上げたのは、ロイム。
だが、ロイムが驚くのも当然だろう。 黒ずんだ木の樹皮には、棘の様な針が多数突き出た部分が有り。 其処には、腐った人の死骸が・・。
木の上からその様子を見たウィリアムは、
「“ニードルスポイルト”ですっ。 棘や枝に気をつけてっ!!」
と、降りる体勢を整えるのだが。
スティールは、このぐらいの奇襲は想定内であるので。
「わぁーーったっ!! ウィリアムっ、とにかく採取を優先しろっ!!」
マラザーフも。
「早く森を出れる様に、そのままダスっ」
と、ウィリアムを制す。
アクトルは、戦斧を下からのカチ上げで振り上げ、幹前面に伸びる針の部分を斬り飛ばし。 スティールは、降りて来る枝を斬り払う。
モンスターの全体を見回すクローリアが。 木の上の方に、枝に護られた顔の様なコブが突出しているのを指差し。
「か・顔がっ」
と、言うと。
ウィリアムは、上から。
「それが弱点ですっ!!!!」
と、鋭く伝える。
カタニスが弓を番える前に。
「このっ!!!」
スピアを構えたリネットが、顔の様なコブに目掛けて投擲した。
その寸部手前である。 規格外のショーテイルの先端を構えて、モンスターを転ばそうと突進したマラザーフが居た。 ズンっと突進を根元近くに喰らった為。 モンスターがコブを護るべく伸ばしていた一部の枝が、揺さ振られて引っ込まった。
其処で、リネットの投げたスピアが、顔の様なコブの口の様な部分にグサリと突っ込み。 後頭部を思わせる後ろまで突き抜けたのである。
ーギシギシギシっ!!!!ー
その一撃を受け、俄かに激しく動き出した枝や根。
アクトルは、モンスターへ思いっきり踏み寄り、側面から斧を振り込んだ。 ザックリと幹に斧が降り込まれた衝撃を受け、グラリと傾き倒れるモンスター。
“バタァ~~ン”
地響く様な振動を伝え、モンスターは倒れる。 走ったスティールは、削ぎ落とす様にコブを切り離した。 然程の暴れも無く、ドロドロと黒い体液を流してモンスターは動かなくなる。
寄って来たマラザーフは、スピアを拾い。 軽く振ってコブの様なモノを投げ飛ばすと。
「イイ腕ダスな」
と、後から遣って来たリネットに投げて渡す。
「フン」
“それ程でも無い”とばかりに、鼻を鳴らす彼女だが。 スティールとアクトルの二人には、自然と目が向く。
(確かに、この二人は強い)
悔しい部分も有るが、自分より腕は上だと認める戦い方だ。 素早く動き、的確な斬り込みを見せるスティール。 状況判断が良い上に、相手の動きを読んで攻撃をブチ込むアクトル。 対照的だが、動きの連携が出来ていた。
(この二人が要だな。 あの素早いだけで頭脳的なリーダーと、魔法を操る二人は脇役みたいなものか)
リネットは、そう判断した。
3種類の樹香を集める事が出来るこの森で、ウィリアムとカタニスが樹香を集める。 樹木のモンスターには幾度か襲われたが、魔法も駆使して切り抜けた。
日が暮れるまで集めたので、ウィリアムは一旦村に戻る事にした。
峡谷の様な場所に、森が点在すると云う場所には、此処からまだ少し行かなければ成らない。 採取した樹香は、十分に乾燥したものばかりだった。 手間も掛けず保存の利く種類だったので、無理に夜営をする必要は無いと判断した訳だ。
しかも、村長に頼まれた薬草も、後回しにしていざ採れないのでは悪い。
ウィリアムの判断は、ラングドンやカタニスには無理の無いものだと言われ。 マラザーフやリネットも、然して反論はしなかった。
村に戻った夜遅く、雨が降る。
次の日の夕方まで降った雨で、リネットも戻って正解だったと思った。
どうも、騎龍です^^
今回の話は、途中から微妙に竜種が登場するので。 大まかの内容が出来上がっていた関係も在り、気合いが出て早い仕上がりです。
ご愛読、ありがとう御座います^人^