K特別編 秘宝伝説を追って 第一部 ⑲
K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第1幕
≪過去を抱いて死の淵に向く老人≫
夜に成ったアハメイルは、何時も以上にライトアップされて、商業区から文化区までが明るく成っていた。 何時もより明るい印象の街灯ランブは、この数日間だけ使う油の品質が代わり。 街中でも普段はランプだけしか明かりを灯さないのに、金の在る店は魔法の明かりを閉じ込めた水晶を用いる。
もし、鳥に成って空からアハメイルを見たら、光が溢れて美しい光景を見れるだろう。
普段は馬車が往来している太い道路は、馬車の通行禁止によって店の明かりに挟まれ。 そこを練り歩く様々な人が楽しんで居る様子を見せてくれる。
普段は貴族や富裕層だけの住む区域に居る者達も。 この数日は下々を伺いに来た様な感じで、お供や家族と共に賑わいを楽しんで歩いている。
アハメイルの街が、何時も以上に活き活きとしていた。
★
ウィンツを伴ったKは、酒屋で軽く食べる物やワインなどを買った。
一応、上着にと厚手のコートを着て来たウィンツだが、海風に吹かれて寒くポケットに手を入れて店先で待つ。 これから尋ねるウォーラスは、重い病気だとKから聞いていた。 だから、店から出て来たKへ。
「おい、病人を見舞うのに・・・酒か?」
港や海沿いに伸びる海岸通りを歩き始めたKは。
「もう、手遅れなんだ。 今更に身体を気にしても始まらない。 正直な所、今夜死んでも驚けないね。 昼過ぎに従兄弟を尋ねたが、最近は身体の具合が更に悪いらしい。 何も食べず寝ている事も多い様だと」
「・・・、そこまでか。 なぁ、親方を連れて来た方が良くないか?」
「無理言うな。 今更にクラウザーが逢っても、ウォーラスには辛いだけさ。 ウォーラスは、クラウザーに全てを預け、運命の糸を切ったも同然。 今のウォーラスに、クラウザーは毒でしかない」
困惑するウィンツは、
「俺なら・・いいのか?」
そんな彼を見るKは、呆れるままに口元を崩し。
「おそらく」
その曖昧な言い方にウィンツは言葉を見失い。 込み上げる気持ちをのままに、もやもやし始めた声で。
「お・・・いや。 な・・なんだ、そのいい加減な曖昧さは。 “おそらく”ってよ・・」
「いや、本当に・・そのままだ。 クラウザーとウォーラスは、根本が食い違ってる。 だが、アンタはまた違う。 だから“おそらく”、なんだよ」
ウィンツには、Kの言わんとしている事が良く解らなかった。
結構歩いた。
商業区を行き過ぎ、住宅が並ぶ所まで来ると。
「向こうだ」
Kは、海側を指差す。
ウィンツは、明かりの無い方を指差したので。
「あんな真っ暗な方か?」
「もう世捨て人と同じさ。 ただ、船に対する愛着は残してるんだろうなぁ。 もう遣われてない古いドックの後ろに在る、船上げ倉庫に居る」
「あんな所に? 夏はまだいいだろうが・・、冬の今頃じゃ暖炉でも無いと凍死するんじゃないか?」
「過酷な場所と解っていても、行く所が他に無いのさ。 堕ちる処まで堕とされたウォーラスを微かに生かしてるのは、ウォーラスの無実を知る者。 俺とクラウザーを抜けば、他にはウォーラスの従兄弟しかいない」
「その人が・・今まで面倒を?」
「あぁ・・。 隠れて、時々食べ物なんかを届けてる。 元は、片腕として副船長をしてたみたいだ。 少し前にウォーラスを尋ねた時、俺と再び再会して・・・。 フッ、喰って掛かられた」
(当然だろうな・・。 客観的に、ウォーラスさんを追い落とす事をしたケイだ)
ウィンツには、寧ろその従兄弟の気持ちが一番解る。 Kの事件に対する仕様や証言によっては、クラウザーには迷惑が及ぶだろうが、ウォーラスが全てを失う事も無かったかも知れない。
住宅の立ち並ぶ区域へと伸びる道と、海岸沿いに伸びる道が別れ。 街灯も無い海岸沿いに向かった。
ウィンツがまだクラウザーから独立する前は、此処に大きく敷地を取って修理ドックが有った。 今のクラウザーが船長として運行する巨型の船は入らない古い船の修理ドックで、そのドックの裏手には、広大な倉庫郡が広がっていたのだ。
今では、もう遣われない船を仕舞いっ放しにしてある数列の倉庫を残し、大半の倉庫は壊され、住宅の敷地にされている。
星空が広がる寒空の下。 古びた大型の倉庫が建ち並ぶ中を少し歩いた所で。
「ウォーラス、俺だ」
倉庫の裏手出入り口を叩いて言うK。
少しの静けさが隙間を埋めて。
「・・・入れ」
と、掠れた声で老人の声がした。
Kは、戸を開く前にウィンツに顔を向け。
「少しだけ、中の内側に立っててくれ。 警戒させないために」
「解った。 驚かせても悪い」
軋むボロ戸を開けたKと中に入れば、弱い弱い絞った明かりでランプが正面壁に掛けられていた。 入った先は、左右に廊下が伸びていて。 右側の奥には、水瓶らしい黒い大瓶と、朽ちた木樽が置いてあるのがなんとか見える。
Kは、ウィンツをランプ前に残すと。 やや明るさが窺える左の廊下を行き、直に壁の向こう側へと曲がった。
この倉庫の床は、地面剥き出しの土間だ。 広く吹き抜けた中、少し倉庫の真ん中へ踏み込んだ場所に火が見える。 地面を掘り石を敷き詰め、簡易的に作った竈代わりなのだろう。
「お~、夏に来たと思ったら、こんな死に損ないに逢いにまた・・。 態々寒い中、有り難いね」
皺枯れた声とは、こうした声を言うのか・・。 老いた声が、弱弱しくも乾いて聞える。 火の有る竈の前に、朽ち掛けた古木を横にした物を椅子にする老人が居た。
「ウォーラス、差し入れ持って来た」
近づいたKは、酒の瓶が入った紙袋を持ち上げた。
「おぉ・・、助かるなぁ。 マベルのヤツは、俺の身体を心配しくさって酒を持ってこねぇ。 こりゃ、有り難い」
喜んだ老人を誰でも直視出来る間近まで来たK。
(確かに、更に悪化してるな・・・)
目や顔を診るに、それが窺えた。
その老人は、正しく家も無い浮浪者と同じだった。 垢が染みきった肌は、皮ごとポロポロに成って剥がれ掛け。 その下に見えた肌は、感染れや寒さで赤くなっている。 白くなった頭髪は、乱れ放題でボサボサ。 皺を刻む顔は、頗る血色の悪いやや浮腫んだ感じがしていた。 医術に心得など無くても、この老人は身体が悪いと推察出来そうなものだった。
Kは、海岸通りの商店先に掛けてあった厚手のコートも購入していた。
「寒くないか? 少しでも温かくするのに使ってくれ」
と、コートと酒瓶の入った紙袋を老人に渡す。
「・・・、お前・・」
受け取った老人の衣服は、もう汚れて黒ずみ。 彼方此方を擦り切り、何枚着ていても防寒効果が有るのか解らない物だ。
Kからコートとワインを受け取った老人は、確かに顔付きは悪くなかった。 身綺麗にして紳士風の衣服を着せれば、中々悪くない様子だと思える。 目の輝きは失われている様に思えるが、物を見定める目や人を見る目には光が霞む。
「ま、座れよ」
Kは、老人・・いや。 ウォーラスの勧めで、火に向かう別の木に腰を下ろした。
ウォーラスは、酒とコートを持ち上げ。
「お前、まぁ~だ俺に悪気を感じているのか? 気にするな、もういい・・。 お前があの時止めなかったら・・、俺は、最悪の所まで悪党の片棒を担いでいたかも知れねぇ~んだ。 人を見る目の無い俺の責任も有る。 ・・・差し入れは嬉しいがよ、あんまり気を遣うな。 もう、直に俺は死ぬんだ」
ウォーラスの声は、確かに落ち着き払っていた。 聞いていたウィンツは、
(なんて落ち着いた声だろうか・・、本当に腹を括ってる)
と、解った。
口元を解すKは、炎に片手を差し出し。 コルクを歯で引き抜くウォーラスに・・。
「解ってる・・。 だが、テメェが追い落とした人間の中身が真っ当なら、人の一面を辛うじて残す悪魔だって同情するさ」
またウィンツは、そのKの声に。
(後悔じゃない・・、やるせなさか)
と。
ウォーラスは、軽く乾杯がてらにワインを持ち上げて見せると。 ワインを素飲み(ラッパ呑み)にして、深く味わう様に一息ついた。
「フゥ~・・。 しかし、お前も物好きだな~。 この年の瀬だ、一緒に過ごす女にでも不自由してるんと違うか?」
「はは、もう女も酒も要らないさ。 只の捨て鉢人生、知り合いに逢うぐらいしか遣る事無い」
「はは~ん、お前さんがねぇ~」
Kは、此処で。
「今な・・、冒険者のチームに加わってる」
「ほぉ」
「昔の誼で、クラウザーの船に乗せて貰ってる」
「・・・、そうか。 アイツは元気か?」
「今の所は・・・。 だが、アンタと似たり寄ったりで、内腑に腫が出来てるな」
すると、ウォーラスは声を少し焦らせ。
「直にヤツもっ?!」
「多分・・」
「そ・・そうか・・・。 クラウザーには、長生きして欲しいんだがな・・・」
Kとウォーラスの会話を聞くウィンツは、ウォーラスの本意が、何処までも憎しみなどに支配されていない大らかなものと解る。
(こうなっても、こんなに親方と似た人が居るのか・・・。 勿体無ぇ)
しんみりするウォーラスへ、Kは。
「クラウザーの夢・・、覚えてるか?」
「・・あぁ。 海旅族のお宝を探す・・・だったな」
「そう。 実は、その手掛かりを持って、一族が没落するまで捜し求めた学者が居てさ。 その最後の末裔である若い娘が、俺のチームのリーダーだ。 クラウザーは、今回の船旅を最後に・・・一緒に探す旅に加わる」
そう言うKに、ウォーラスは喰えない顔を向け。
「お前ってヤツは・・。 俺の弟弟子に、ケジメって云う引導渡す気かよ。 死神みたいな真似を・・・」
鈍く笑うKは。
「アンタにも、引導を渡しに来たんだ」
ウォーラスは、グィっとワインを含んでから、やや大きく構えるままに。
「んぁ~、俺にだとぉ?」
「あぁ。 今な、後ろの壁の裏に、クラウザーの元で修行した弟子が居る。 クラウザーの弟子の中でも、腕は一番だとか」
「ほぉ~。 んじゃ、ヤツの息子か?」
「いや」
「違う? ・・・んじゃ~分けた大船団の一つを任された誰かか?」
「いや、違う」
Kの言っている事が嘘だと思ったウォーラスは、何とも下らないと。
「なら、ソイツは嘘を言ってるぞ。 クラウザーの弟子で腕のイイヤツは、みぃ~んな名の通ったヤツに成ってる。 他じゃ~、マーケット・ハーナスの大商人に仕えてるバッファー、モーガイフ、ジョーンダー。 この港じゃ、ヤツの率いた大船団の分割組みが主流・・、他には居無い。 断言してもいい」
と、言い切る。
だが・・。 緩やかな眼差しで炎を見つめながらKは、やや笑み。
「それが、一人だけ異端の経緯を辿った大馬鹿が居るのさ」
と、云うと。
「いいぞ。 出て来てくれ」
と、後ろに声を掛けた。
ウォーラスは、Kの声に呑むのも忘れる様子で壁側を見る。
歩み出たウィンツは、ウォーラスと炎を挟む形で対面するまでに進むと。
「初めて・・お目に。 親方、クラウザーの弟子だったウィンツと云います」
と、挨拶した。
ポカ~ンと見上げたウォーラスは、抜けた歯茎すら見えるままに。
「・・・みすぼらしいヤツだなぁ~。 ま、座れ」
「失礼します・・」
ウィンツは、古びた切り株の椅子に腰を下ろした。
★
「ん~、おいちぃ~」
骨付きの大振りな肉の塊を香ばしく焼いたものを、モシャモシャと食べるリュリュ。
チームの全員が、それなりに衣服を正していた。 安目の宿は、何処も満杯で質の良い宿を取るしか無かったオリヴェッティ。
マルタンの街を出た頃のクラウザーの予定では、早めにアハメイルを出港し、船上で年越しを祝う予定だったのだが・・。 海の氷の具合が酷く、日程がずれにずれた。 夕方に聞いた話では、これから年の瀬3日に加え、年越しを迎えて更に3日はこのアハメイルに逗留するとか。
他の船の出入りや、雇い主と話して決めた結果なのだろう。
さて。 キチンとしたテーブルマナーの好まれるレストランを内に抱えた宿だ。 リュリュにも、それなりのマナーを教えなくては成らない。
白いタイトなピアリッジコートを着たルヴィアは、リュリュの横で食べる様子を窺いながら。
「ホラ、フォークやナイフを汚したままにクロスの上に置くな」
とか。
「海老は、殻を砕き過ぎると散らかるぞ」
とか、しっかり教えている。
しかし、リュリュは・・。
「はぁ~い」
手取り足取りの様にルヴィアが身近で教えてくれるので、ルヴィアにべったり。
(なぁ~んか、仲良しですわね)
オリヴェッティは、リュリュの逆隣で様子を窺うだけ。
ビハインツは、オリヴェッティやルヴィアの作法を見真似る。 鎧を縫いでそれなりのコートを着た上で、スカーフネクタイをオリヴェッティにして貰った。 広いレストラン内を見回すに、紳士的な正装した客以外では、他の冒険者客より様になっている。
そして、此処には・・。
「良く寝てるわ。 この子、私より物怖じしないみたい」
と、マリーを連れたライナも。
オリヴェッティは、宿を取るのに人数が多い方が得だと知ったので、気晴らしを含めてライナを招いた。
事件の影響で影を背負ったライナだが、マリーを育てる事には本気の意思を持ったのだろう。 過去を振り返る仕草は人前では見せない。 新しい生活が始まれば、ライナは強く生きれるだろうと思えた。
ライナと会話をするビハインツやオリヴェッティは、少しでもライナを支えてやりたくなった。
リュリュは、今やライナに。
「ライナお母さん、赤ちゃんと一緒に冒険しよ~よ。 チームで居ればイイんだよ」
と、勝手な発言をする。
苦笑するライナは、
「私だけなら、それでもいいのだけれど・・。 でも、他に上手く仕事見つけれないと、それも仕方ないかも」
と、云う。
“赤子を連れた冒険者”
奇抜なチームではある。 だが、人数の多いファランクスチームでは、そうゆうチームも存在するのは事実。 それにしても僧侶は、寺院の他に僧兵や医者の助手としては求められる。 上手い具合にそういった仕事の口を見つけれるか・・。 重要な問題だった。
その頃、別の場所では。
リオン王子が居る軍部の要塞の様な建物。 その一室で、リオンとアルベルトが会っていた。 やや明るい軍服を着たリオンは、応接用のソファーに座ったアルベルトを前にして。
「アルベルト殿、久しいな。 前の頃から、3・4月は経っていたかな?」
「王子、そうですね。 年末年始は、この街で過ごそうかと立ち寄りました」
リオンは、脇にテトロザまで座らせていた。 流石は剣名で有名な者達、お互いに見知って付き合いはそれなりに深い。
だが。 アルベルトを見るテトロザは、以前のアルベルトには無い陰りを見透かし。
「アルベルト殿、お顔が優れませぬが・・。 どうかしましたかな?」
紅茶の湯気を見つめるアルベルトは、声を低くし。
「実は・・・。 去年からポリア様の伝で、その・・凄まじい剣士の存在を知りました」
リオンは、剣士と聞いて。
「ほお、・・実は私も凄い人物を知った。 して、アルベルト殿の知る人物は、どんな人物ですか?」
「恐らく、秋にこの都市で徒党の群れを斬った人物だと思います」
パッと自分を向くテトロザを見て、リオンは。
「テトロザ・・・あの黒尽くめの男だ」
頷くテトロザも、アルベルトに。
「その御仁が、どうされました?」
アルベルトは、ガロンの死を克明に語り。
「今まで・・自分の剣は、上り詰め始めたと思っていました。 噂の剣神皇や斬鬼帝の方々に近づいたと・・・。 だが、あのガロンと云う者の斬られ方を見て、決して超えられぬ壁を見た気がします。 人の手練では無い・・・。 正直、目指す目標を見つけたの同時に、神業の粋を見せ付けられたと思います」
テトロザは、今にアルベルトが悩む時期に差し掛かったのだと読み取った。
リオンは、寧ろアルベルトに思いが近く。
「確かに・・。 秋に、俺もその手練を見た。 大勢の悪党が惨殺されたが・・・、斬られた者を見てな。 その・・・思わず・・美しいと思ってしまった。 傷跡・・血の出方・・どれも及ぶ所では無いとな」
テトロザは、そう言い合って俯く二人を見て。
「失礼ですが・・・、お言葉を宜しいですかな?」
名を轟かす二人は、先輩として剣豪と謳われたテトロザを見上げる。
老い始めた皺の目立つ顔をしたテトロザの表情は、落ち着き払ったもの。
「私がこう云うのもどうかと思いますが・・。 御二人は、そのままで良いと思います。 私も斬られた悪党を見ましたが、あの技量は悪魔か・・バケモノ。 あの様な剣技は、リオン様やアルベルト殿には不要だと」
リオンは、素直に。
「人であれと?」
と、聞き返せば、テトロザは頷き。
「そうで御座います。 あの剣技を手に入れる代償は、人を捨てる修羅や悪鬼の道。 御二人の思われる使い手は、その道を使いこなし切っているのかも知れませぬが。 誰が手にしてもそうなるとは思えませぬ。 あの斬り方の主は、過去に人もモンスターも無数に殺め、殺め、殺め尽した者と見抜けます。 その様な道は、リオン様やアルベルト殿には渡れませぬ」
テトロザの言葉に、リオンも、アルベルトも黙った。
死体の後処理をしたリオンは、役人から相談された。 あの様に人を斬れる者を、自由にのさばらせていいのかと・・・。
二人の若き剣士に、一つの波紋を投げたバケモノ。 そのバケモノは、古い倉庫に居た。
★
ウォーラスの向かいに座ったウィンツへ、ワインを含んだウォーラスは。
「ウィンツ・・・、確かに聞いた事有る様な・・。 お前、今は何処で船に乗っている?」
ウィンツは、首を左右に振り。
「全てを失いました。 今、親方のご好意で此処まで乗せて貰いました。 これから、仲間の船員と雇い主を探そうと思っています」
訝しげにウィンツを見続けるウォーラスは、どうも気に入らないとばかりに。
「お前、随分と生っちょろい事を言うなぁ。 自前の船は?」
「・・・無いです。 少し前まで雇われの身でしたが、幽霊船と出くわして沈めました」
ウォーラスは、何とも渋い顔をして。
「なんだぁ~お前。 情っけねぇ~ヤツだぁ~、逃げる事も出来なかったのかよ。 クラウザーの有能な弟子が、それじゃ~聞いて呆れるな」
俯いたウィンツに、Kは事情を話した。 補足する様に細かく事情を吐露するウィンツの話も聞いて。
「全く、なぁ~んてクソ真面目なアホだ・・。 その使えない悪党のジョンソンだか言う輩の話にも、確かに一理有るぞ。 お前、何で出港した素振りで近場に停泊しなかった。 状況を悪く報告するとかで、出戻っても良かっただろうに・・」
ウィンツは、海流の流れや寒波の異常な速さを指摘。 そして、乗客が無理な触れ込みで集められた者達ばかりで、状況的に難しかった事を再度語った。
その様子を見つめたウォーラスは、少し声を正し。
「確かに、お前さんの海の見立ては正しい。 船がポンコツのガタ船なのもしょうが無ぇ~だろうがぁ・・、何よりも気に入らねぇのは、よ。 クラウザーの弟子たる者が、そんなアホウの三下に成り下がる事自体だろうがよ。 お前、船分けもされないままに飛び出したのか?」
と、叱り付ける様な言い方に変わる。
ウィンツは、クラウザーの元を飛び出した経緯を語ると。
「うははっ、あはははははは~~~っ! こいつは愉快だっ!! 馬鹿だっ、大馬鹿を久しぶりに見たぁっ!!」
と、ウォーラスは大笑い。
Kは、素直なままに。
「やっぱり、アンタもそう思うか? 俺も、正直に事実を聞いて思った」
二人の言い草に、少しムッとしたウィンツ。
「現実だ、しょうがない」
と、横に向きながら云うと・・。
「馬鹿ヤロウっ!!」
突然にウォーラスがウィンツを怒った。
驚いたウィンツに、ウォーラスは怒った目を向け。
「おめぇ、その前の兄弟子を見てねぇーのかっ?!」
と、ウォーラスは畳み掛けたではないか。
「え?」
何故にこうも怒られるのかが解らず、唖然とするしかないウィンツだ。
ワインをまた飲んだウォーラスは、ウィンツを睨み。
「クラウザーって男はなぁ、本当の苦労人だっ。 その弟子一人一人の性格や、その運気を見計る眼にも長けていた。 お前の兄弟子だって、それなりにクラウザーが見計って独立を示唆したはずだろうがよっ。 えぇっ?!! 違うけっ?」
ウィンツは、昔を思い返し。
「確かに・・仰る通りです」
「はんっ!! テメェの腕を過信して、親方の眼を黙殺したんだ。 蛆虫みたいな船長人生も仕方無ぇ~だろうがよ」
此処でウォーラスはまたワインを含むと、声をどっしりとさせ。
「俺はな、クラウザーにその部分だけは絶対に勝てないと確信してた。 クラウザーってのは、人を見る眼に掛けては玄人や占い師より勝る。 直属の弟子で、それも解らねぇのが大馬鹿って言う証拠だぜぇ」
ウィンツは、深く項垂れた。 クラウザーの商売敵で、最大のライバルと思っていたウォーラスに、自分の師匠であるクラウザーの正しさを説かれたのだ。 今にして、何も言い返せない。 現実的に実証された事実だった。
だが。
「おい、ホラ」
と、ウォーラスの声が・・・。
ウィンツが顔を上げると、もう一つのワイン瓶を差し出すウォーラスが居た。
「・・・俺に・・ですか?」
聞き返すウィンツに、ウォーラスは瓶を揺らし。
「他に誰が居るんだ。 こっちのミイラは、酒を飲まん。 ま、とにかく呑め」
ウィンツは、その仕草にクラウザーと似た雰囲気をまた感じ。
「頂きます・・・」
「お前、俺とクラウザーの関係は、コイツから聞いたか?」
コルクを齧るウィンツは、頷きを一つして引き抜く。
「そうかい、な~ら話は早い。 俺は、正直な所でクラウザーに何一つ勝てた試しは無いと思ってる。 コイツは、本心だ」
先ずとワインを含んだウィンツは。
「・・・。 ですが・・、疾風船団で世界最速の荷運びをしたと聞いてますが?」
「あぁ、アレか。 あんなの、船が同じならクラウザーでも出来る。 でも、クラウザーはしなかった。 何故だか解るか?」
ウィンツは、クラウザーの心構えなどを云い。 更に、船を早く運行しても、それを出来るのは春の終りから冬の前まで。 時期が時期である上に、波以上に早く移動する為に揺れの多い。 そんな状態での輸送で運べる物には、確かに様々な制限が入る事を指摘した。
ウォーラスは、本腰を入れて話をし出し。
「そうだ、その通り。 リスクを過大に背負っての運行だ。 全ての物流に適用できないのが、正に難点の一つ。 他に、俺の通っていた海運ルートは、潮の流れに乗ると早いがな。 途中の海が荒れたら最悪のルートでもある。 天候、運、腕、どれに於いても普通の船長では無理なんだ。 そんな危険なルートを俺が開拓した御蔭で、他の海を良く知らない商人は、テメェの抱える船長にそれを押し付ける。 つまり、一人の英雄染みた行為が、他の者の命を危ぶませる結果を生んだ。 クラウザーは、それを理解していたんだ。 だから、俺と同じ真似をせず、安全で時期に合った航海を心掛けたんだ」
更に続く話・・。 ウィンツは、ウォーラスの話に真剣に成っていた。 丸で、教育を受けている様で、弟子時代の学ぶ気持ちが自然と湧き上がる。
その二人の様子に、Kは。
(やっぱり、同じ熱い血と気持ちを持ってるな・・・)
と、見透かし。 余計な口を差し挟まない。
ウィンツに自身の体験した危ない経験を語り。 そして、ウィンツにその場合の切り抜け方を問うウォーラス。 ウィンツは、真剣に考えて答え。 ダメ出しを貰ったり、褒められたり。
ウィンツとウォーラスの話し合いは、時折大声のものになったり。 時には、笑い合う話になったり。
中でも、女性の話に成り。 ウィンツの彼女がハルピュイアと聞いたウォーラスは、大いに喜び。
「お前ぇ、なっかなかの男前じゃないかよ。 あのハルピュイアをなぁ~、こりゃイイや」
と、ウィンツを赤面させる。
その後。
ウォーラスは、クラウザーの妻と成った愛おしい女性の事を口にし始め。
「俺は・・、今でもリドリーを抱かなくて正解だと思ってる・・・」
ウィンツは、マキュアリーを思いながら。
「愛していたのでしょう?」
すると、ウォーラスは弱弱しく頷き。
「あぁ。 ・・思いは、クラウザーにも負けないさ。 だが、・・そうさなぁ。 思いを押し付けても、リドリーは俺の子を生んでも、俺に愛情を向けなかっただろうさ。 それに、歪んだ彼女の義弟は、どう転がっても悪事に加担しただろうさ。 どの道、俺と結婚したらリドリーは不幸に成ってたな」
「・・・、そんなもんでしょうか。 リドリーさんとウォーラスさんが一緒に成れば、普通に行くと・・ウチの親方は廃業していたと思いますが?」
「・・・だからだ」
「え?」
「クラウザーを廃業に追い込む切欠は、リドリーが作ったも同然・・・。 そうなれば、彼女は命を絶っただろう。 俺もクラウザーも、真っ当に仕事出来ねぇ~さ。 リドリーって女は、その覚悟が出来る。 俺とて、親友で弟弟子のクラウザーを失うなんて・・・無理だ」
ウォーラスは、その充血した目に涙を光らせる。
ウィンツは、ウォーラスと云う男の気持ちを、目の前にして熱く・・純粋に感じた。 正直、このままにしておくには惜しいと切に・・・。
ウォーラスは、ウィンツを見て。
「俺は、クラウザーとリドリーに全てを託せた・・。 今、何度も思っても、な。 自分の部下をバラバラにせず、リドリーに迷惑を掛けない今に出来た事を嬉しく思ってる。 全てを預けたクラウザーには、・・済まなかったともな」
「そうですか・・。 親方は、・・貴方の悪口を嫌ってました。 俺達が言うのでさえ・・・。 今に貴方に会って、その意味が解りました。 親方も、逆に心配だったでしょうね。 親友であり、兄弟子の貴方の事を・・・」
ウィンツの話に、涙を流しながら弱い笑みを見せるウォーラス。
「はは・・、懐かしいよなぁ。 クラウザーとは、一緒に夢を語り合ったからなぁ~。 二人で肩を組んで、安い酒を朝までかっ喰らったりなぁ~。 アイツとの出会いってのは、俺の・・・俺の・・宝だよ」
深夜の冷え込みが倉庫にも遣って来る。
だが、暖かな心の温もりを握ったウx-ラスとウィンツには、その寒さなどどうでも良かった。
・・・。
その夜。
奥のベットに移動と成ったジョベックが居て、薄暗い部屋で自分の手を擦るアムリタに。
「あの・・アムリタさん。 寒いですから・・も・もう・・・寝て下さい」
ジョベックの看護をするアムリタの様子は、確かに優しかった。 ジョベックにしてみれば、アムリタに無理はさせたくない。
化粧もせず寝不足気味のアムリタは、少し老けて見えるかもしれない。
だが・・。
「そうだねぇ。 んじゃ、隣に寝かせて貰おうか」
と、アムリタはジョベックと床を共にしようと・・。
驚いたジョベックだが、身体を動かせる自分では無いだけに。
「あっ・ああ・・アムリ・・・」
声を上ずらせたのだが。
ジョベックの横に寝たアムリタは、静かな口調で。
「静かにおし、離れるなって云ったのはアンタんなんだよ」
と、言い聞かす様な大人びた声。
「・・・はい」
アムリタに抱かれたジョベックは、何も言えなく成った。
一方で、最初の子供が生きていれば、ジョベックぐらいだと思うアムリタは・・。
「アタシさ・・・、昔に子供を産めなかった。 アタシの願いは、一人でもいいから・・子供が欲しい」
ジョベックは、アムリタの腕の中で静かに頷いた。
この日の夜は、船に泊まる者にとっては静かな夜だった・・。
★
年末年始。 騒がしいアハメイルの街が、少しだけ静けさを取り戻す時が有る。 それは、騒ぎ疲れた人々が眠る朝方。 最後の月に入り、雪が良く降ったアハメイル。 年の瀬が迫る今に、珍しく晴れ間が続いた。 ピンと張り詰めた空気が凍る様な朝だった。
昔話に花を咲かせるウォーラスは、ウィンツやKを相手に朝まで話し続けた。 燃やす薪が無くなるまで話、竈には熾きと成りつつある炭だけが赤く燃えているのみ。 もう、炎は出ていなかった。
「おいおい、朝まで元気だな~。 ウォーラス、本気で養生すれば一・二年生きるんと違うか?」
Kが、起き続けるウォーラスに小言臭い事を言えば。
「なぁ~にをお前らしくもねぇ。 病気を知るテメェは、俺の寿命ぐらい知ってるハズだろうが。 今更に、そんな戯言言うな」
「・・全く、腐れジジィがよ」
Kは、ウォーラスの目を見て、自分の気休めを言い返されたと疲れた。
だが、それでもウィンツは、クラウザーの大切な兄弟子あるだけあり。
「ウォーラスさん、それでも少し休んだ方が・・」
と、心配を。 何もかも包み隠さないウォーラスと語らい、もう一人クラウザーが出来た様な印象さえ受けたのだ。
すると、ノロノロと立ち上がるウォーラスは、
「はんっ。 クラウザーのガキ弟子に心配される必要も無ぇっ」
と、ワイン瓶を逆さに残りの滴を飲み干し。
「おう。 俺と同じ運命を読めねぇ~バカ野郎ぅ・・、こっち来い」
と、だけ言うと。 倉庫の表に向かって行く。
ウィンツは、どうしたらいいかとばかりにKを見る。
Kは、ウォーラスの方に首を巡らせるのみ。
頷いたウィンツは、ウォーラスの後を追った。
大きな左右に押し開ける滑車付きの木戸を押すウォーラスには、押し開くその力は無く。
「・・・」
ウィンツが手伝って開き、外に。
「うははーっ。 眩しいなコイツめ」
古いドック脇の海岸沿いに出たウォーラスは、眩しいまでに明るい日の出を見てそう言う。
そんな彼の脇に立ったウィンツも、眩しい朝日を見た。
すると・・・、突然に。
「ん・・・」
ウォーラスは横に左手を伸ばし、ウィンツに何かを差し出した。
「え?」
ウォーラスを見たウィンツは、そのままから視線を巡らせて差し出された物を見た。 それが大きな錠前の鍵らしき物だと解るので。
「あの・・コレは?」
金属の太い鍵を揺らすウォーラスは、老いた顔を少し厳しいものにして。
「俺の船で動かねぇのの唯一残したのが、この倉庫並びの右外れに残ってる。 今時に自前で船も持って無ぇ~んじゃ、胸張って船長とは言えないだろうが。 くれてやるから、ちった~立派になってクラウザーに恩返ししろい。 断るなんざ・・許さねぇぞ」
「・・・」
クラウザーの兄弟子であるウォーラスの言葉を受け、ウィンツの全身をゾワっと駆け巡った鳥肌。 恐れ多いぐらいに震える手で、徐ろに鍵を取る。 込み上げる感謝と、済まなさ・・。
「こんな・・すいま・・・」
と、鍵を握り横を見たウィンツに視界に、立って居る筈のウォーラスは・・居なかった。
「あっ、ウォーラスさんっ!!」
ハッとして更に下を向けば、吐血して蹲る様に倒れ込んだウォーラスは、既に右脇に居るKが抱える様にしている。
「か・かん・・しゃ・・すっ・すぅるぜ。 たくせ・・る・・・アホ・あ・・ありが・・と・・よ」
絞り出すその言葉を聴くKは、緩やかにウォーラスを下に座らせ。 身を崩した時に肩から落ちた新しいコートを取り、またウォーラスの肩に掛ける。
「これぐらいしか出来ない・・。 本当に、済まなかった」
Kの後悔が、その短い言葉に全て集約されていた。
ウォーラスは、横に転がる様にKに向き。
「じゅ・じゅう・ぶん・・・さ。 ・・う゛っ、うぐぐ・・がはっ!!」
内臓が破れたのだろう。 多量に血を吐き、ウォーラスはそのままに目を閉じた。 ウォーラスの名前を叫ぶウィンツは、もう必死でKに処置を頼むが・・。
「もう手遅れだ。 今、ウォーラスは死ぬ」
「そ・・そんなっ!! 親方・・・おやか・た・・だって・・・」
クラウザーとせめて逢って欲しかったウィンツ。 鍵だけ託されても、返せるものが今は何も無い。 こんな終わり方など、あまりにも可哀想過ぎると思える。
Kとウィンツに看取られ、ウォーラスは吐血から程なく死んだ。 自分に縋り付く様にして、“死ぬな”、“死んじゃダメだ”と必死に声を掛けるウィンツの手に、ウォーラスは弱弱しい手を掠る様に置き。 2度、微かに叩いた直後だった。
“船を頼む”
そう云われた様なウィンツ。 鍵を手にし、その様子を見るしか出来なかった・・。
「ああああ・・。 そ・そんな・・・うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!」
激しく石の下を叩くウィンツ。
Kは、ウィンツの叫びを止めなかった。 座って抱えるウォーラスの顔は、苦労の多い人生の割に安らかで。
(辛い人生だったろうにな・・。 苦しいハズなのに・・、コレぐらいの事で安らかな面してやがる)
Kから見ても、ウォーラスには何かの満足が有ったと知ることが出来た。 それは、船を託せる誰かを見つけれたと云う事だろう。
疾風船団を率いたクラウザーの兄弟子ウォーラスは、年を越さずして息を引き取った。 クラウザーの弟子であるウィンツに、残した物を託して。
叫び上げた後、無力感に支配され掛かったウィンツ。
だが・・。
「見て来いよ、託された船を・・。 今からアンタの船なんだろう?」
Kに言われたウィンツは、涙で濡れた目に力を込めて鍵を見た・・。
「・・そうだな・・、み・見てくる」
大粒の涙を流しながら、ウォーラスと語り明かした昨夜を鍵と共に握り締めたウィンツは、倉庫の列の前を進み始めた。
ウォーラスを抱えたまま、朝日を見るK。
「・・ウォーラス。 今日のアンタの目利きは、間違って無いと思うゼ。 アンタとクラウザーのバカ弟子は、何処に出しても劣り無い一端の船長だ。 アンタの夢も、船も、しっかり受け取るさ」
Kは、心配だったのかも知れない。 ウォーラスが、誰に看取られる訳も無く死ぬ事以上に。 心に何かを残したままに死ぬ事が・・。 死神のKが間に合わせたのか、それともピリオドを打たせたのかは解らない。
だが、時はまだ進む。
★
「え? ・・・葬儀ですか?」
驚いたライナは、寝るマリーを抱えて話を聞いた。 Kは、朝もまだ早い頃にライナを尋ねて来たのだ。
前日、ライナを迎えに来たオリヴェッティは、ウィンツを迎えに来たKと鉢合わせしていた。 一応、Kにも宿の事を言って置いたオリヴェッティ。 Kは、余計な説明を必要としないライナを頼った。
しかし、その後・・。
本来なら、これは意味が無いだろう。 でも、死んだ人間より、生きた人間を考えるに・・。
「クラウザー、ウォーラスが死んだ。 今から、街外れで葬儀する。 来たけりゃ来い」
Kは、クラウザーも尋ねたのだ。
突然・・突然すぎる訃報だった。 甲板の上で、クラウザーがKに掴み掛かる姿を見たブライアンやカルロス。 普段のクラウザーでは、有り得ない姿だ。 ウォーラスが死んだと云う事で、何が起こったのか尋ねるクラウザーだったが・・。
(ウォーラスは、ウィンツに思いを託せた。 アンタには託せ無い事だが、ウィンツには出来た。 兄弟子だったんだろう? 静かに見送ってやってくれ・・・)
Kの囁きに、どうしようも出来なくなった気持ちだけが残り、膝を崩したクラウザーが甲板に居た。
朝も大分に過ぎた頃。 街の中心では、劇の始まりを告げる花火が上がった。 まだ数日の騒ぎを残している。 天候の良さから、人々が昼を前に街中へと出始めていた。
そんな街中の喧騒が聞えてくるアハメイル北部の墓場。 人気の無いこの場所に、何故か墓を用意してあるKで、棺と飾る花が・・。
参列は、クラウザーにウィンツと、そしてウォーラスの従兄弟。
Kは、ウォーラスの着替えから全てを行い、棺に寝かせる。
レクイエムを歌い祈りを捧げるのは、マリーを近くに居るリュリュ達に預けたライナだ。
ウォーラスの遺体と直面したクラウザーは、噎び泣くままに涙を隠さず。
「・・・、ウィンツ。 お前、なっ何か・・話したのか?」
「はい・・。 ウォーラスさんは、最後まで親方の事を頼ってました。 全てを親方に預けれた事も、罪など全てを引き受けた事も含め、自分に悔いは・・無いと」
「あ・あにさん・・・」
クラウザーの口から、修行時代の頃の言葉が迸る。
棺に縋る様に身を崩すクラウザーに代わり、俯くウィンツの脇に来たのは・・従兄弟の男性である。 60を過ぎた苦労人の様な顔で、涙の跡が残るままに。
「義兄さんから、鍵を預かったそうだね」
「はい・・。 朝方に」
「そうか。 その鍵は・・・ウォーラス義兄さんが、託す相手が居無いと・・。 墓場まで持って行くしかないと言ってた鍵だ。 今では病気を患い・・身体の悪い私では、その鍵で封された船は操れないと嘆いてた。 でも、クラウザーさんの弟子なら、貴方なら大丈夫だろう。 どうか・・義兄さんの代わりに・・あのマピューラを復活させてくれ」
「マピューラ・・。 あの・・・蒼い船体の船の事ですか?」
すると、クラウザーが顔を上げ。
「ウィンツ・・おお・覚えとけ。 “マピューラ”ってのはぁ・・、在る場所の海で・・満月が二重にも三重にも映る現象だ。 海面に映る月が・・海の・・・青さを薄っすらと宿す。 あ・・あにさんの・・一番好きな・・海の神秘よっ」
泣き声で教えてくれたクラウザーを見つめたウィンツは、再び鍵を握り締めて。
「はい・・、心に刻みました」
ウォーラスの墓の管理は、従兄弟の男性とクラウザーが引き受けるという事に成った。 知り合いの多いクラウザーだ、嘗てのウォーラスの部下だった船員にも顔が利く。 それが一番いい事だろう。
多くの理由も聞かず、葬儀を手伝ってくれたライナ。 墓に納棺する前に、眠るウォーラスの死に顔を見て。
「とても安らかな御顔ですね・・」
と、だけ。
クラウザーは葬儀を終えると、従兄弟の男性と語り合い。
「カラス。 年明けの後も、3日は逗留すると決まってる。 やるべき事がまだ在るなら、ウィンツを頼むぞ」
と、船に戻って行く。
従兄弟の男性とも別れたK達。
思いを鍵に託したウォーラス。 それを受け取ったウィンツは、鍵を見つめながらKに聞いたのだった・・・。
どうも、騎龍です^^
K編も、残す所1・2話に成りました。
ご愛読、ありがとうございます^人^